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さて。 とうとうここまでキタ。 あとはホーローの看板と店の奥の部屋の小物。
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ミニチュア制作
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一月に注文を受けた「駄菓子や」。 この度1番大変な作品だったので最後にとっておいた。 もう十中八九出来ているのだが、作っても作っても足りない気がする。 自称お嬢の私はあんまりこの手のものに詳しくはない。 深窓の令嬢ゆえ、チクロとサッカリン漬けのお菓子は食べてはいけないと 我が母にきつ〜〜〜〜く言われて育ったもーん。 が。 夏休みやお正月に祖母のうちに遊びに行くと 従姉妹達と誘惑には勝てず 親の目を盗んで忍び通ったものだ。 反対に実家が商売をしていた亭主は、幼い頃毎日のように親戚宅に預けられ、向かいの駄菓子や店にどっぷり浸かっていたようだ。 だからか、未だに歯性が悪い。笑 さて、もう何を作っていいかわからん!と叫んだ私に 亭主が参考にと黒糖麩菓子を買ってきてくれた。 一口食べるとなんとも噛み応えのない!! けど、きっと毎日これを食べてたら癖になるであろう・・・・ これは一個一個袋に入れずにガラス瓶に入れといた方がいいのかしらん? 全くお嬢だから、困っちゃううううううううう
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あっという間の一週間であった。 4,5年ぶりやし世間の勘もにぶってどないなるやろ?と思いきや 結果は上々かと。 何より母が張り切って、異様な怪気炎を上げ、今まで嫌がってたのが何であったのか? いろんな人とお喋り三昧で口が疲れた〜〜〜〜〜〜〜。笑 それにしても 境遇も違う、年齢も違う女性たちの強さと賢さを今回ほど 感じたことはなかったなあ。 残念ながら男性には女性化したなあ・・・と思うだけで何の感慨もなかったワイ。 で、相変わらず私は失敗の連続で遠方からわざわざ来てくださったお客様に 人並みに接待しようとエエカッコしようとしたのはいいけれど、 清算の時に「カードは使えません」などと言われ、真っ青になった事や、 準備は完璧!!と思いつつ名刺を作るの忘れたりとか。笑 西宮阪急近辺というところは若いファミリーが多く住んでるようで 夕方になるとそれまでの賑わいが嘘のように、ピタッと客足が遠のく。 すると、向こうから娘さんのような人に車椅子を押してもらうフェアリーなお婆さんが来られ、まじまじとうちの商品をご覧になる。 私以上にミーハーな母が思わず「作家の田辺聖子さんでは?」と伺うと 妹だと仰る。 なんぼお姿そっくりでもそれは冗談やろ?と思いきや、マジでほんまらしい。 あの方がお人形さんとか、見るからに綺麗なものとか、こんなミニチュアがお好きなのはテレビで知っていた。 そっくり妹さん曰く「お姉ちゃんが持ってるものよりずっと素晴らしいわ。」 と褒めちぎり。 すっかり気をよくしたミーハー母娘は著書をプレゼント。 下手くそな字で裏表紙に一筆添えさせていただいた。 近くに住むといわれるその女史にすぐ見せに行くと本を抱えて去って行った。 翌日以前の生徒がまとまって来店。 2ヶ月、3ヶ月に一度でいいから教室を再開しろとうるさい。 と、そこに再びそっくり妹さん登場。 ほんまは歩けるけど面倒臭いから車椅子に乗ってると言われる。 教える方もミーハーなら生徒も当然ミーハー。 誰かが一緒に記念写真をと言い出し、何がなんだかわからないうちに そっくり妹さんを挟んでパチリ。 「お姉ちゃんに見せたらとても喜んでいた。さっそくお手紙を出したようだ」と仰る。 正直ここまで、私は半信半疑だったのだ。 チェ・ジウが本人が望まなくともエセ・タカラジェンヌに間違われるように ヒマを持て余した遊び心のある年寄りが、面白がって演じたとしてもそれはそれで一興よのう? しかし。 今朝 田辺聖子女史から宅配便が届いた。 中には自書2冊と手紙2通。本人からと弟さんからだった。 で、手紙にはていねいなお礼と、 戦災で消失した生家・大阪の田辺写真館を作っていただきたい。とあった。 それより前に一度おいでくだされとも。 住所を見れば我が家から車で30分足らずでいけそうだ。 きっと先の一週間の疲れもそこそこにミーハー母娘は
いそいそと出向くであろう・・・・・ |
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http://www.hankyu-dept.co.jp/nishinomiya/index.html |
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大忙しの案内状作りだ。 そういえば、一度文面を見せて欲しいとビリケン脂漏が言ってたっけ。 で、奴の事務所にtel。出えへんやんか!! ピンときて、携帯に再度tel。 「はい、もしもし」といつもと違う応答。 やはり本日は休みであったか。 「もしもし?あ・た・し」笑 ざまーみろ!嫁の手前、一瞬ドキッとしたに違いない。 そやけど。 人間慌てたらろくなことない。 チェ・ジウに手伝ってもらってなんとか年賀状として案内状を作ったが。 印刷し終えて初めて気づく大ちょんぼ! 箸箱写ってるやん!!!!!!!!!!
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