全体表示

[ リスト ]

新世紀エヴァンゲリオン劇場版「DEATH」と「Air/まごころを君に」がBSプレミアムで2週に分けて放送される。劇場公開から20年も過ぎて未だに地上波では放送されず。一部地域で規制して放送したのみで、テレビでは放送できないとされてきた。20周年を記念してNHK-BSプレミアムではテレビシリーズのデジタルリマスター版が放送されていた。

新世紀エヴァンゲリオンはテレビ東京で製作していた当時から創価学会が関係している。テレビ版製作時の庵野秀明は精神的に追い詰められてしまって、ロッカーや壁に向かって頭突きするなどの奇行に及んでいたことを創価学会信者が話していた。いくら指示を出しても、原画担当者らがスムーズに作業してくれず、庵野は壁にむかって話し掛けたりする。創価の連中は制作現場にもいるので、そこから情報が組織内に回っている。



庵野秀明個人は創価学会信者ではない。エヴァの制作に関わっていたアニメーターの中に創価学会信者たちがいて、連中は自身が所属しているグループのグループ・リーダーの指示があるまでは勝手に動けないため、庵野秀明ら制作サイドが指示を出したところで、何だかんだと理由をつけて作業を遅らせている。そうとは知らずに、制作に参加していた一般人のアニメーターたちも追いつめられてしまい、最終話を待たずして原画と動画が挙がってこなくなり、苦肉の策として既存の原画を繋いでラスト2話を制作した。その2話が「問題作」と言われる切っ掛けになった。

一般人の視聴者らが制作現場で起きていたことを知る筈もなく、「エヴァンゲリオンは崩壊した」とインターネットで議論し始めた。意図的に制作したものではないラスト2話について、何か意味があるのかと勘ぐりだしたことから議論が活発化する。庵野秀明らスタッフが書き上げたプロットには、初めから「Air/まごころを君に」の展開は含まれていた。動画スタッフが妨害したのでラスト2話が作れなくなった。そこに庵野秀明の作家としての意図は何も無く、その場しのぎでやれることをやったに過ぎない。そこに深い意味はない。

ラスト2話では人類補完計画の最後の段階だけが描かれている。劇場版の「Air」に相当する部分がごっそり抜け落ちている。いきなり飛躍しているためストーリーに着いていけなくなる。「Air」の断片が一部だけ挿入されるのみで、何が起きているのか判別できない。問題の最終話においては、学生物の日常を描きつつ、これを否定して終劇を迎える。庵野自身のスタンスとしては、「日常の生活に戻る」というありきたりなエンディングを否定している点でテレビ版も劇場版も同じ内容になっている。テレビと劇場版で描き方が違うというだけで、内容としては変わってない。

その制作現場で起きていたであろう、「カルト信者たちによる妨害」を想像しながらテレビシリーズを見ていると、ラスト2話といわず、ラスト4話分で崩壊しているのが解る。「意図して作ったものではない」ということを理解しながらテレビシリーズを見なければならない。日本に支社を設立した欧米企業の経営者らでも「日本人の中に指示待ち人間がいる」と不気味がっている。カルト信者に指示を出しても直ぐには動かない。その原因はカルト宗教内の教義にある。私から世界各国の主要企業の経営者らに実情を伝えたところ、誰もが絶句している。共産主義が跋扈していることを改めて世界各国が意識するようになっている。



新世紀エヴァンゲリオンは良くも悪くも話題になったことで、崩壊したラスト2話を完成させて劇場版として公開する運びとなる。が、劇場公開されるや否や、「真のラスト」も問題作と見なされることになる。大半の視聴者は「巨大ロボット活劇」に満足しつつも、作品の本題である「人類補完計画」を理解できていなかった。「人類補完計画」とは一体何だったのだろう、と再び議論し始めた。真性のバカだからなのか、あの程度のことも理解できない輩が意外と多いことに驚いた。人類補完計画について「生命の再構築」と言っているのだから、その言葉の通り受け止めればいいだけだ。

謎の組織ゼーレ(世界各国の富豪が名を連ねる裏社会の組織)の人類補完計画は「新たなる生命への進化」だ。ゼーレの下部組織に当たるネルフは人類補完計画に必要なパーツを管理している。そのネルフのチーフスタッフに碇ユイが参加している。碇ユイ個人は、研究に携わっている内に「やがて人類は滅びる」という結論に達して、エヴァ初号機の中に自身の魂を同化させることを思いつく。人類が生存していた記憶を未来永劫に残すことが碇ユイ個人の人類補完計画となる。六分儀ゲンドウはゼーレの存在を知ってネルフと碇ユイに近づいてきた、どこの馬の骨とも言い難い存在である。六分儀ゲンドウに何か陰謀でもあるのかと思いきや、目的が碇ユイを再生することに変わっていて、単に物見遊山で近づいただけになっている。

生命の再構築を発動させるには、神に近い生命体を再生させること。神に近づくには、人間(黒き月の生命)とシト(白き月の生命)を初号機(器)に取り込んでいなければならない。ロンギヌスの槍は制御棒。生命の再構築が異常な方向に向かったときにロンギヌスの槍で制止できる。それをやらせないために、ロンギヌスの槍を月に向かって投げ飛ばす。それで邪魔者の介入は不可能になったかと思いきや、ゼーレはロンギヌスの槍のコピーを大量に作っていて、初号機の暴走を制止する。ゼーレによる人類補完計画が発動するかと思えば、今度はゲンドウ側がバックアップを使ってくる。リリス+アダム+綾波レイによって神を再生する。いざという時のためのバックアップとして用意したネルフ側の隠し玉である。しかし、そのバックアップには「意思」が無く、生命の再構築は初号機の中に閉じ込められた碇シンジに委ねられる。


シンジ君が選んだ「生命の再構築」は元の世界に戻すことだった。それがどういう状態で元通りに戻っているのかは描かれなかった。シンジとアスカの2人がそのままの状態で描かれたのみで、他に誰が元通りに戻っているのか分からない。アスカの目が負傷していることや海の水が赤く染まっている(人類の大半は生命のスープに戻る)ことから、シンジとアスカの2人以外は消滅したままではないかと思われる。

漫画に描かれているラストシーンは、本来用意されていたラストシーンに近い。それを描いたとして、読者の反応は「ふつうだった」という素気ないものだった。庵野秀明がラストだけ変更したのは、視聴者の反応が予期できたからだろう。「何でもない日常が良い」という答えはあまりにも味気なく、視聴者にも予想できる。殺伐とした日常こそが日本で見られる真の日常であるので、その中にどっぷりと浸かっていた庵野としては「何でもない日常」が非現実的に思えたのだろう。日本社会には日常は存在せず、漫画に見られる学生生活は絵に描いた餅そのものである



新劇場版はフルハイビジョン時代に合わせたリメイクに過ぎない。「お遊び」で次回予告に制作予定の無い内容を加味してある以外は内容に大きな変更点はない。少年ジャンプの次回予告が尽く関係ないように、次回作の予定が無いまま作られた序の次回予告は不確定要素を孕んでいる。次回作のプロットを書いた時点で駄作ならば内容も変えることになる。次回予告の内容が正しいかどうかは、先に次回を作っているときだけに言えることで、次回を作っていない段階での次回予告は取って付けたものでしかない。新劇場版のスタッフは、次回作の予定が無い時点で、次回予告を作ることになって、毎回の新劇場版に「遊び」で次回予告を作っている。その「遊び」がファンのハートをつかんでしまった。そのことがインタビューでも語られている。

新劇場版は普通にリメイクするだけの予定で進行していたが、序の興業成績が芳しくなかったので、破から思い切ったストーリー変更を開始する。遊びで作った次回予告が好評だったことから、それをそのまま制作する方向で話が進んでいく。2作目にして一気に人類補完計画まで発動させてしまったのは、制作スタッフがノリノリで作業していたからだろう。その間には色々とタイアップ(パチンコだったり、コンビニだったり)も決まり、制作に掛けられる資金繰りも良くなっている。それが制作に弾みを付けたと思われる。

破からQへの移行では、やりづらさが生じている。破の時点で人類補完計画を発動させてしまったので、Qで再び同じ事を描いてもストーリーが進まない。人類補完計画(生命の再構築)の最中に起こることは旧劇に描かれている。それをもう1度、事細かに描いて見せたところで視聴者に与えるインパクトは薄い。旧劇を見れば解るでしょ、ってことで人類補完計画の発動シーンは飛ばしてある。再構築された世界を経て、また再構築が行われ、どんどん世界が崩壊していく物語になっている。

次回シン・エヴァンゲリオン劇場版を見る前に、旧劇を見ておくと人類補完計画のシーンが描かれてあるので、これはこれで見ておかなければならない。その最中に起こるシーンは旧劇にしか描かれていない。興行的な面から見ても、エンターテイメント作品の鉄則として同じ事を何度もやってはならない。


ファンは「破」に付属していた次回予告のストーリーを見たがっていたかもしれないが、内容としてはテレビシリーズをアレンジしたものになる。初号機を衛星軌道上に打ち上げ(旧作ではロンギヌスの槍を衛星軌道に投げ捨てた)、ゼーレが6号機を使って人類補完計画を発動(旧作では量産型エヴァを使って初号機を制御を乗っ取る)、ゲンドウや冬月がバックアップシステム(リリス+???)でゼーレによる人類補完計画を阻止(旧作でもバックアップシステムで制御を乗っ取り返す)、などをやるだけで、大筋としては中身が変わっていない。

それらを飛ばして、ゼーレとネルフによる互いの人類補完計画の上書きの仕返しで物語を先へと進めることで、また新たなメッセージを投げかけている。ここまで見れば、最後はこれだろうな、と思える答えが見えてくる。それを話すと製作スタッフに余計な邪念を抱かせかねないので触れないでおく。

旧劇と同じ内容を繰り返すぐらいなら、Qの内容で面白いだろ、と思ったまでで、Qが「急」のままなら、巷で言われているループ(同じ事の繰り返し)で終わってしまう。Qの世界は旧劇のひとつ先の世界になっている。さらにその先で庵野エヴァのファイナルアンサーを描こうとしている。

とにかく、庵野には面白い絵を作ってもらいたいよ。「絵作り」に関しては庵野の右に出る者はいない。




閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事