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TM NETWORKのあれこれ

SNS上でTM NETWORKの話をする機会もこれが最後になるだろうから、TM NETWORKの音楽性のツボと言える話をあれこれと書いておこうと思う。



まず初めに、音楽関係のまとめサイトを見ても 管理者があまり音楽を聴いていないようで、ミーハーなネタばかり扱った内容が多い。内容といってもまとめサイトの内容は管理者が書いた記事ではなく、匿名掲示板の書き込みを抽出しただけなので、掲示板に書き込んでいる連中があまり音楽を理解してないということになる。TM NETWORKのスレッドではネタ的な話ばかりになっていて、音楽の方向性のような玄人よりの本格的な話で語られているのを見たことがない。まとめサイト自体がここ10年に定着した流行なので、管理者も若く、TM NETWORKのことをほとんど知らずに書き込みを抽出している。


ここでは本格的な内容とまでは行かないが、TM NETWORK時代の小室哲哉が何をしていたかポイントになる話をする。2000年以降にファンになった若い人は1980年代のポップシーンの事も知らないだろうから、2000年代のポップシーンや2010年代のポップシーンとの違いを踏まえつつ読んでみて欲しい。、




音楽業界関係者を唸らせたTM NETWORKの伝説的なエピソードがある。TM NETWORKの関連資料を読むと、コカ・コーラ主催『フレッシュサウンズコンテスト』に出場してグランプリを受賞したことがデビューの切っ掛けとされている。実はその少し前に小室哲哉はレコード会社各社に自作のデモテープを送付していた。大手レコード会社による争奪戦の末に最大手のソニーレコードと契約することが決まっていた。コンテストに参加したのは「コンテストの箔付け」のためにレコード会社が要請したものだった。TM NETWORKの箔付けと言われることもあるが事実はコンテスト側の箔付けである。


1983年6-8月の時点で小室哲哉がソニーの担当者と交渉し、「レコード会社のイチオシにして欲しい」との要望を受けたソニーが、グループ系列のEPICソニーを受け皿にすることで「イチオシにする」ことを了承した。ソニーのスカウト担当者を唸らせたのは8トラック16チャンネルをフル活用して録音された『1974』のデモテープだった。テープを再生したレコード会社の名うてのスカウトたちは「音がいくつ鳴っているのか解らない」とこぼすほどで、20年以上が過ぎてからも、当時の担当者らがその話をインターネット上で語るなどしている。インターネット総明期の1996-1997年には個人で作成したファンサイトなどがあり、ファンサイトの掲示板には音楽業界関係者たちもアクセスしていた。


1982年の時点で既に小室哲哉は音楽プロデューサーとして活動を開始しており、セリカ with ドッグというバンドのフルアルバムを制作している。そのセリカ with ドッグの業界向けパイロット版レコードをCD-Rに焼いたものが1997年頃までネット上で2万5000円で取引されていた。小室ブーム(globe人気)の最中ということもあって音楽マニアは最初期のプロデュースにあたるセリカ with ドッグのCD-Rを喜んで買っていた。デモ音源なども売られていたが、伝説の『1974』のデモテープだけはインターネット上での取引に挙がってきたことは無い。


1982-1985年の小室哲哉は、プロのアーティストでもやらない多重録音を駆使した複雑なサウンドをプロデュースしている。BOOWY時代の布袋寅泰がラジオ番組で「ライブで演奏できない曲を作る意味ないでしょ」と暗にTM NETWORKと小室哲哉を批判したことがある。これは誤解があって、コンサートでのライブ演奏では多重演奏を実現している。単純に人海戦術を用いて、小室哲哉と木根尚登のダブルキーボードに、小泉洋がシーケンサーを操作してサポートした。正しく言い換えると、ライブでは演奏できるけれど、音楽プレーヤーでは再生できない。これは音楽業界関係者の誰もが気づかなかったことなのだが、複雑な多重演奏されたサウンドはレコーダーを用いた「盗み録り」ができない。TM NETWORKの初期のコンサートを盗み録りした音源テープをいくつも聴いてみたが、まともに録音できている音源は1つたりとも存在しなかった。小室サウンドはテープレコーダーごときの録音分解性能を余裕で超えている。


TM NETWORKがプロデビューしたあとに正式な商品としてリリースしたレコードでは音が間引かれている。シングルやアルバムに収録されている『1974』もスペックダウンしてある。8トラック16チャンネルでフルレコーディングされた『1974』はレコード会社に送付したデモテープの中にしか存在しない。マニアはそれをとても聴きたがっている。小室哲哉が作成したデモテープがいくつも流出しているが、コンサート会場に足を運んでくれたファンに小室哲哉が直接プレゼントしたものである。FANKSサミットなどのイベント会場でもデモ音源をプレゼントしていた。しかし、『1974』のフルバージョンと思われるデモテープだけは何処からも流出してこない。仮に、入手できたとしても、通常のラジカセでは音を再生できないので、その音源の価値を理解することは無いだろう。音楽を聴くときは、使用されている楽器の数(トラック数)やシンセサイザーのチャンネル数を聴き分ける。8トラック16チャンネルだと、少なくとも20以上の音を重ねていることになる。音を重ねれば重ねるほど、音と音がくっついてしまい、その1つ1つの音の聴き分けが困難になる。20以上の音を用いて構築された『1974』はどんな風に聴こえるものなのか音楽マニアはそこに注目する。DRAGON THE FESTIVAL TOUR (日本青年館)のブルーレイ・ディスクに収録されている『1974』が限りなくそれに近い。


DRAGON THE FESTIVAL TOUR (山口市民会館)で演奏された『1974』は、山口県のローカルテレビ局のスタッフがコンサート会場で撮影し、同局の『TVビデオマガジン・スペシャル』にてテレビ放送されている。テレビ局のマイクで録音してテレビ放送しても音が潰れていた。『TVビデオマガジン・スペシャル』の当時の番組をパソコンに取り込んで、音をブーストして確認してみたが、シンセサイザーのチャンネル数を聴き分けることができない。プロの録音機器を用いて録音しても、テレビ放送した時点で音が潰れてしまっている。さらには、ファンの間でダビングする内に劣化コピーになってしまって音声の原形も崩れてしまう。ここに至って、TM NETWORKのサウンドを正常な形で楽しむには「コンサート会場に足を運ぶしかない」と結論づけられた。しかし、そこは女子中高生に絶大な人気を誇るTM NETWORKだ。コンサートチケットはプラチナ化していた。1985まではチケットの入手は比較的可能だった。1986年以降は入手困難になった。ファンクラブの会員にならないとほぼ入手できない。


TM NETWORKのDRAGON THE FESTIVAL TOUR の音源テープ(コンサート会場で録音されたもの)をパソコンに取り込んで、フリーソフトを用いて音を増幅させてみたが、テープレコーダーで録音した音は、音と音がくっついてモヤモヤしている。擬音で表現してみると、伴奏がバウンバウンしている。ドラムやベースの音とシンセの音がくっついてしまい聴き取れない。超高性能マイクを用いないとTMサウンドは録音できない。素人が録音したテープは「歌」としてなら聴くことができる。音として聴こうとすると全く録れていない。DRAGON THE FESTIVAL TOUR のブルーレイ・ディスクを購入しても、普通のブルーレイ・プレーヤーに乗せて液晶テレビで再生しただけでは音が出力しきれていない。ハイレゾ対応イヤホンを接続してボリュームをMAXにしてようやく音が聴こえる。ブルーレイ・プレーヤーと一体型の液晶テレビで再生してみたが音が聴こえてこなかった。そのレベルの音楽を作るのが小室哲哉である。オーディエンスを驚かせてやろうという企みは面白いが、並の音楽再生機器では再生できないのだから、誰にも音の凄みが伝わっていない。



ここまでの話を読んで、小室哲哉は凄いことをやっていたんだ、となんとなく思えるようになってきたのではないかな?女の子のファンはこのレベルの話についてこれない。レコード会社のプロデューサ・クラスの人材でようやく通用するレベルの話。





シングルやアルバムでリリースした『1974』はスペックダウンしてある、と書いたが具体的に指摘するとシンセサイザーのチャンネル数を大幅に減らしてある。言うなれば、音を間引くことでラジカセでも再生できる音にしてある。1980年代はカセットテープをラジオカセットにセットして音楽を聴くのが主流だった。今の10代の子はカセットテープもラジオカセットも見たことが無いので想像しづらいかもしれない。音楽再生機器としては最低品質だったと言うしかない。テープの品質とスピーカーの品質によって音楽の質まで左右されてしまう。MP3などのデジタルデータで音楽を聴くようになってからは音楽の品質が左右されることは無くなっている。1980年代の音楽マニアたちは、少しでも高品質の音で聴こうと高額のPCMやDATを購入していた。音楽ソフト(レコードやCD、MP3などのデジタルデータ)を正常に楽しむには再生機器への投資を惜しんではならない。1980年代のTM NETWORKはラジカセで音楽を再生することを見越して音質をスペックダウンしてあるが故に、今になってTM NETWORKのアルバムをハイレゾ化しても、それほど際立って良化していない。ハイレゾ版の音源を購入しても素人には解らないと思う。誤解が無いように言っておくと、ハイレゾ版はCD音源よりも良化しているのだが、レコード音源と比較すると素人では解らない程度の良化しか感じられない。


1980年代のJ-POPはデジタル加工されたものが多く、ハイレゾ化には不向きな側面もある。AKB48のことをとやかく言う声があるが、君たちもそんなに言える立場ではないだろう。1980年代の世間一般的な認識では、BOOWYがギターバンドで、TM NETWORKはシンセバンドと認識されていた。しかし、レコードを聴くとBOOWYの方がテクノバンドっぽく仕上がっている。音の迫力を出そうと完成後に加工してあるのだ。TM NETWORKのレコードはあまり加工していない。そのため、レコードで比較するとTM NETWORKの音はおとなしく感じられる。安全地帯の『ワインレッドの心』はサウナ風呂の中でレコーディングしたのかと言いたくなるぐらい、加工し過ぎて変な音になっている。それをハイレゾ化してもハイレゾリューションサウンドに成らない。J-POPに見られる「音を増幅させる加工」については、前述のラジカセ対策(音が出難い)もあってのことなので、1980年以降で急激に増えている。AKB48とBOOWYでは音の加工の度合いに大差はない。他のバンドにしてもAKB48を笑える立場ではない。




TM NETWORKはコンサートになると音を何チャンネルも使用する。レコードに収録されている原曲がそのまま演奏されることは無く、すべてリミックスバージョンになっている。1984年当時のシーケンサー(自動演奏)では機材トラブルが起こりやすく、ソニーの指示でシーケンサーを使用せずに、事前にテープに録音しておいた音源を流してコンサートを行ったこともある。『ELECTRIC PROPHET』のタイトルで知られるファーストコンサートがそれである。小室哲哉が演奏するキーボード以外は全てテープ音源が流れていた。小室哲哉自身はサポートメンバーを加えて生演奏したいと主張したがソニーが許可しなかった。テープ音源を使用したというのに細かなトラブルが多発して同コンサートの映像と音源はお蔵入りした。『VISION FESTIVAL』に収録されてある同コンサートの映像は後日に録り直した音源に差し替えてある。『ELECTRIC PROPHET』のコンサート映像も、「完全な形で出してほしい」というファンの要望が絶えないが、無事に演奏している楽曲がたった2曲のみという散々なコンサートだった。半分以上は宇都宮隆が歌詞を間違えている。そのため、音源を差し替えて口パク映像になってしまった。


同コンサートの音源(パルコの実際の音源)を聴くと、テープを流しているだけの伴奏部分は音量が小さく、小室哲哉の演奏パートだけが浮いた感じになっている。差し替えた音源では全てのパートの音量を合わせてある。小室哲哉にとっては不本意なコンサートだったようで、追加公演として行われた1985年2月10日のELECTRIC PROPHET (広島郵便貯金会館)ではサポートメンバーを加えて構成を変えてある。ラジオライブとして収録されてあり、3回行われた同コンサートの中では唯一ライブ音源が放送されている。セットリストにはニューアルバム『CHILDHOOD'S END』の楽曲が入っているので先の2公演とは内容も変わっている。


1985年9月27日から始まったDRAGON THE FESTIVAL TOUR以降は、メンバーがソニーの意向に反対して、シーケンサーを使った生演奏のコンサートを行っている。『1974』は広島県民文化センターの公演からシンセサイザーの使用チャンネル数が増えている。伝説の8トラック16チャンネルの『1974』に近づいてきた。デビューコンサート(1984年6月18日)の『1974』はコンサート映像が公開されているものの、音源はレコード音源に差し替えられていた。ファーストコンサート(1984年12月5日)の『1974』もコンサート映像は公開されているものの、音源はスタジオで録り直した音源に差し替えられていた。そして、DRAGON THE FESTIVAL TOURの1985年10月31日の『1974』は宇都宮隆の歌詞間違いでお蔵入りする。ソニーの公式商品として、コンサートで演奏された『1974』を完全な形で入手できるようになったのは、1994年5月18日の解散コンサート(東京ドーム2日目)の映像が初めてだった。TM NETWORKの代表曲の1つだというのに『1974』のコンサートの音源は入手困難だった。『Get Wild』や『RAINBOW RAINBOW』は食傷気味になるぐらい有り触れている。その東京ドームの音源にしても、音をブーストしてあるのでコンサートの生の音源とは言い難い。



音楽や音についての理解が進むにつれて、正確に音楽を再生することがとても難しいことに気づかされる。そのことを痛烈に感じさせてくれたのが小室サウンドだった。小室サウンドという言い方をすると、1990年代のダンスミュージックを思い出す人が多いかもしれない。1980年代と1990年代では小室サウンドの指し示す内容が違う。小室哲哉の仕事量はデビュー当初から膨大で、精神的なタフさは並大抵のものではない。オーディエンスを圧倒しようとするエネルギーに満ち溢れていた。あの不倫釈明記者会見においても、精神的に折れているようには見えなかった。まだ、第一線でやれるエネルギーを持っている。小室哲哉に関しては何も問題ない。宇都宮隆のボーカルがすっかり枯れてしまったことがTM NETWORKの終焉だった。TM NETWORKのファンに対しても、小室サウンドのファンに対しても、DRAGON THE FESTIVAL TOURの『1974』は聴く価値があるのでお勧めしておく。今のところ、完全な状態でリリースされた小室サウンドは数が少なく、その中の1つである。


1980年代には再生できなかった小室サウンドをようやく再生できる時代になった。音楽ソフトを正常な形(アーティストが意図した形)で再生するのが難しいので、音楽ソフトの評価自体も曖昧なものになりがちで、音楽専門雑誌の記事を読んでみても小室サウンドの真髄を解説した記事は無かった。デビュー当時の雑誌の記事はどれもアイドル扱いである。1980年代の小室サウンドは同時代の音楽プレーヤーでは再生できないオーパーツと言える。時代を超えて、2020年代に突入すると小室サウンドの完全再生が可能になった。それこそまさに、2025年の未来からやってきた音楽バンドだった。1984年のTM NETWORKデビュー当時のバンドコンセプトは、「2025年の未来の世界からタイムマシンに乗って現代に現れた音楽ユニット」というものである。2025年の音楽プレーヤーでなければ再生できないのだから、2025年の未来からやってきたというテクノロジーレベルの話はあながち誇張ではない。




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スピードウェイの頃からWキーボードでしたものね。
音を重ねて複雑に増幅させることに何の抵抗もなかったのだと思います。
最初は従兄から知った音楽でしたが、
当時見事に嵌まって
初期ファンクラブに入会して
コンサートに行っていた者として、
漠然と感じていた事を
こうして的確に
文字に書き起こしてくださり
ありがとうございました。

2019/8/31(土) 午前 10:49 [ ]

師匠、こんばんは。

🎵My Revolution/渡辺美里
https://m.youtube.com/watch?v=oOAum6HWX-o
wikiより
>第28回日本レコード大賞で「金賞」を受賞し、作曲者の小室哲哉が授賞式に出たところへ渡辺美里がお祝いに駆けつけたこともあった。
>作曲を手がけた小室哲哉は、当時TM NETWORKとして既にデビューしていたとはいえまだ無名に近く、この曲で作曲者として(大衆に)認められたいという強い信念があり、曲が完成すると渡辺の待つスタジオに自ら足を運んで、ピアノ演奏でメロディーを伝えたという。同曲の特徴ともいえる転調は、曲の途中で三度も上がるという、それまでの邦楽には珍しいもので、洋楽、特にモータウン系のコード進行に近いと言われる。

2019/8/31(土) 午後 10:44 [ ☆ みるく ☆ ]

そのメロディーを聴いた渡辺は「体中に電気が走るほど『凄い!』と思った」と言い、レコーディングエンジニアの伊東俊郎も思わず「この曲いいね!」とトークバックしたという逸話が残っている。小室はこの曲がコンペで選ばれた事を電話口で聞いた時の感覚は、今でも忘れられないと語っている。小室自身も、この曲がヒットしたことで後に「ああいう曲でちゃんと歌っていけばいいんだって、ヒット曲作りのコツや方向性みたいなものが見えた」と語っている。

🎵JINGI・愛してもらいます/中山美穂
https://m.youtube.com/watch?v=oRyiV0i-o5k

いかにもな女子のセレクトです(笑)
「JINGI・愛してもらいます」の作曲が小室哲哉なのは最近知りました。
My Revolutionも不動の名曲で、どちらも当時から好きな曲でしたね^^
ウォークマンでアイドルの曲聴いてた頃が懐かし(笑)

2019/8/31(土) 午後 10:52 [ ☆ みるく ☆ ]

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こんばんは。
「永遠のパスポート」を聴いてみました。「本当のことは誰も知りたくはないさ。全てを赦せるほど優しくなれない。トンネルをくぐり抜けよう、永遠の前に。会うたびにみつけたい。いつまでも君を」という歌詞がいいですね。SEYMOUR(麻生香太郎)さんの作詞とありますが、実は初めて聴きました。TMNはこれまで殆ど聴いておりませんでした。

明日(今日)でもうこのブログは更新できなくなってしまいますね。何事も終わりがあるということなのでしょうか。
ここで沢山のことを教えて頂きました。ありがとうございました。

2019/9/1(日) 午前 0:54 kamakuraboy


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