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1990年のセリエA
ACミラン vs ナポリ

ACミランはトヨタカップを連覇したときのレジェンドチーム。それまでトヨタカップでは南米勢が優位と言われていたがイタリア代表の守備ユニットとオランダトリオの融合で南米連覇を達成した。ACミランの守備陣がそのままイタリア代表の守備陣で、ナポリのエースだったディエゴ・マラドーナに対してプレスディフェンスで潰しに掛かる。マラドーナが前を向いてドリブルを始めるとACミランの包囲陣が身体をぶつけて潰しにいく。


ナポリにはマラドーナ以外にカレカとアレモンのブラジル代表コンビがいた。こちらも南米最強の攻撃ユニットと言える。髪の毛が薄い金髪がアレモン。中盤から猛烈なスピードでオーバーラップしてマラドーナのパスを受ける。1990ワールドカップではアルゼンチンとブラジルが対戦して、マラドーナはアレモンに毒物(下剤?)を飲ませたことでも有名だ。試合後にブラジルのメディアが紛糾した。マラドーナの前方にいるフサフサの黒髪がカレカ。


当時と今では守備戦術が全く違うのでピッチ上にはスペースもある。その分、マラドーナの爆発的なスピードが脅威で、マラドーナにボールが渡ったときにはミランの守備陣がすぐに潰しにかかる。随所にセリエAの荒々しさが見られる。リーガにおけるメッシやイニエスタに対するプレスは微妙に緩い。シュートを打つ瞬間でさえコースを消していない。1990年代のセリエAと2000年代のリーガを比べると対人戦では前者の方が激しい。メッシを見て育った世代(2000年以降の生まれ)でもACミラン vs. マラドーナの戦いは十分に見応えがあると思う。


今見てもマラドーナは化け物。これでもスピードが数段落ちている。スピードだけならメッシやロナウド(ブラジル)も同格に見えるかもしれないが、視野の広さを加味すると断然マラドーナの方がレベルは高い。40m、50mのパスレンジと40mのシュートレンジを兼ね備えている。いわば、メッシに小野伸二のスーパー・パス・テクニックを足したのが神の子マラドーナだ。ドリブルはメッシ級、パスは小野伸二級である。この映像でもアウトサイドで30m級のパスを出してアレモンに通している。マラドーナはこういうパスもつかって相手の裏を取る。常に2人、3人掛かりで潰さないと潰しきれない。必然的にマラドーナの周囲にはプレスディフェンスが生じる。


セリエAの外国籍枠が3枠しかなく、EU枠フリーでもないので、ナポリの攻撃は南米トリオに集約されている。セリエA時代のマラドーナの動画がチラホラとYouTubeに落ちてるので見ておいた方がいい。メッシから学べることは少ないが、マラドーナから学べることは多い。


ACミランの10番はオランダの怪人ルート・フリット。オランダのマラドーナ、フライングダッチマン、プレデター、などと呼ばれていた。両足の長いストライドを活かしてボールをコントロールする。アフリカ系の選手で、ここまでテクニックを身に着けているのはオコチャとフリットしかいない。セネガルのマネがその後に追従するぐらいで、頭脳的にテクニックを多用するアフリカ人は本当に少ない。フリットは頭の良いアフリカ人という最強のスキルを持っているモンスター。ドレッドロックヘアの容姿と異質なプレースタイルでインパクトは絶大だった。フリットと来カールとのプレーからアフリカの時代が来ることを誰もが予感した。しかし、こなかった。彼等がほんの一握りの異質な存在であったことを思い知らされた。フリットとライカールトを輩出したスリナム共和国は未だに頭角を現さず、他のアフリカ諸国も期待を裏切っている。日本と対戦したセネガルが最もワールドカップ優勝に近いチームと言える。







Yahoo ブログ最終日

Yahoo ブログは9/1を持って各種編集機能を終了する。8/31と誤解している人が多いのは8月末が区切りだからなのだろう。まだ編集できるぞ!というブログ記事がポツポツあるのは誤解していた人たちだ。



ニュースでは自動車の自動運転を取り上げる頻度が減っている。メーカーがPRしている以上に考えなければならない条件が多く、自動運転の実現は限定的な範囲に留まるとされている。ボケ老人に運転させるよりはマシというだけであって、平均的なドライバーと比較しても自動運転AIの判断能力は低い。停電や台風の影響で信号が使えなくなると警察官が手旗信号で誘導することがある。一定のルールに基づいて稼働させる分には自動運転AIは機能するが、複雑な環境条件下で判断を求められた時には5歳児程度の知能にしか過ぎない。自動運転AIならば踏み間違いが起きないかといえば絶対にそんなことは無い。自動運転AIでも条件設定が悪ければ踏み間違いする。トヨタのPR動画を見ても夢のまた夢の世界という印象しかない。


テレビの報道番組で自動運転AIのニュースを取り上げるとき、メーカーの宣伝マンさながらに肯定的な意見を並べ立てていたアナウンサーやコメンテーターも、今では疑問符だらけになっている。少し冷静に考えるようになってきて、複雑な道路事情に対応できないとする学者の意見を紹介するようになった。事故が発生したときの賠償責任がどこにあるのか法的な処理が難しいことも指摘されている。運転手を雇用する分の人件費を無くせることから運送サービスや輸送サービスの価格が割安になるというメリットも過疎地で実施テストしてみるとそうでもない。利用者の少ない過疎地では、人が運転しようと、自動運転AIにしようと、利益性が伴わないので、公共サービスとして運用すると直ぐに赤字になる。ボケ老人が免許証を返還してAI自動車を購入することも考え難い。安全性や防犯機能が伴わないことには購入をためらう。全ての機能を満たした場合には1台1000万円以上もする高級車になるので一般家庭では買わない。公共サービスに投じるしかない。それも利益性を踏まえると都心部でしか運用されない。


日本よりも遥かに条件の甘いアメリカや中国やドイツでのテストも遅れている。IT界の巨人であるGoogleも未だに実用レベルの段階に達していない。ディープラーニング(学習AI)を搭載したAI自動車は道路事情を学習できているのか経過報告を楽しみにしているのだが音沙汰無しである。特許を取得するために中国共産党も莫大な投資をしているはずなのに音沙汰無し。ドイツは1994年にメルセデスが運送用トラックの自動運転化をPRしてから何も進んでいない。どの国もPR動画はしっかり作るのにテストドライブの段階から全く進んでいない。計画開始から25年も経過していたなら実用段階を終えていなければならない。公道での実用データから問題の有無を検証した結果、何を改良してきたのか消費者にアピールできるはずである。メルセデスはその段階に入っていないとおかしい。まだテストしているのか?



テレビのCMではAIを導入したサービスの普及を呼び掛けるものが増えている。経営効率を高めるみたいな文言が飛び交うだけで具体性は無い。AIを導入して何を判断するのやら中身のある話は聞こえてこない。生産ラインの管理はできそうだがAIを導入するほどの事でもない。在庫管理にしても単純作業なので人間の目視で済む。人間が考えるには複雑すぎて手間取るようなことをAIが補助することで効率性が上がる、というケースに該当する具体的な事例がほとんど出てこない。医者の診断をアシストする事例が紹介されていたが、あの程度の判断をAIに助けてもらわないといけないようでは医者としてセンスが無い。現実として信用できる医者が少ないので、患者からするとAIも医者もどちらも信用しづらいだろう。AIの進化が遅れていることもプログラムを設計する人間のセンスが無いからだ。何をどう解析すれば良いのかも解っていない。医者であり、なおかつシステムエンジニアであり、そしてずば抜けたセンスの持ち主がいて、初めて設計らしい設計が可能になる。そこまで優れた人材はノーベル賞クラスの人材しか存在しないので、IT企業では到底、高度なAIは設計できない。自動運転AIにしても社会の構造や自然環境の変化を理解していないと設計できない。社会学者と自然環境学者と運転手とシステムエンジニアの全ての能力を持ちつつ、ずば抜けたセンスの持ち主でなければ自動運転AIを設計できない。


世界中の自動車メーカーが日本のテレビで必死になって自動運転AIをPRするのは日本から情報を引き出そうとしているからだろう。私が陣頭指揮していれば1994年にスタートして2004年で実用段階までこぎつけている。それぐらいのスピードでやるべきことである。自動車メーカー各社は人間の事が解っていない。社内管理もできていない。人材がいないから社会環境や自然環境への対応が遅れている。自動車メーカーとIT企業が資本提携していること自体も遅い。他社の情報を得なくても三菱グループの人材だけで実現できる。それができないのは各社ともに組織を統制できていないからだ。欧米企業にしても。自動車メーカーの未来は暗いと言っておく。業界を牽引する人材が世界の何処にもいないのだから時間が掛かる。デザインからしてコピーが横行しているのだから人材不足が否めない。




『朝まで生テレビ』にオックスフォード大学出身の企業経営者デーヴィッド・アトキンソンが出演していた。番組内で「日本が高度成長を遂げることができたのは人口が増えていたからだ」と発言していた。人口の多い少ないは高度成長とは直結しない。オランダやオーストリアが中国よりも先進性を備えているのは頭がいいからだ。人口だけで高度成長できるのなら中国もインドもとっくの昔に超先進国と化している。イギリスが先進国たる地位を盤石にしたのも300年前のこと。その時代のイギリス人がずば抜けて頭が良く、センスも良かったからイギリスは世界の指導者になれたのだ。日本の近代化も高度成長も数人の天才が成し遂げたことであり、今は指導するリーダーがいないので経済も社会も低迷している。政治家には軒並みセンスが無い。自民党が政権を担おうと、民主党が政権を担おうと、実のところは大差ない。


日本社会がリーダー不足に陥ったのは共産党や社会党の影響である。日本で起業経営している経営者ならば優秀な人材が少ないことぐらい把握しているはず。どうしようもないので人間性に優れた学生を取るようになっている。10年前、20年前と比べると、中間管理職の務まる人材さえ不足し始めている。日本企業の人材を中国企業と韓国企業が引き抜いていたが、それも10年後には出来なくなる。プロジェクト管理者もいなくなっているからだ。対人関係の悪化は深刻で町内会やPTAなども解散している。人材を統制できるリーダーが街の中でも不足している。企業セミナーなどでコミュニケーション技法を学ぼうとする人間がいること自体が破滅的である。社内研修が人間教育を兼ねている企業もある。人格破綻者が上にいると下の人間は指導を受けることもままならない。アップルコンピューターは1970年代に社内でパワハラやセクハラが横行したことで、その当事者であるスティーブ・ジョブズを解雇した。1990年代になってスティーブ・ジョブズが復帰すると生え抜きの優秀な人材が去っていった。その後のアップルコンピューターは投資会社に変わった。今のアップルはクリエイティブ性が皆無である。他社のイノベーションを買うことしかしていない。




「何処に行けば優秀な人材がいるのだろうか?」

アメリカ政府が私に質問したことだ。



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