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なんかチグハグに感じてしまう。
子供に対しての躾と虐待の狭間で、親であっても子供に対して
躾で暴力を振るう事を禁止する。
体罰を禁止を明記した児童虐待防止法などの改正案が
閣議決定された事について、とりあえず暴力だからとか
海外ではと、日本人としての大切な何かを置き去りにして
判断されているように感じる。
古き良き日本では、村社会であり集団生活の中の規律や
礼儀など、守るべきものと互助的な助け合いがあった。
近代化する国際化の波と高度成長から村社会から
核家族化が進み、村社会での集団が個を育てる環境から
各々の家庭で個を育てる時代の変化が生まれた。
昭和の時代には、精神論としての躾は暴力的な部分が
あった事は否めないが、そこには躾や指導する側からの
愛情があって成立する部分があったが、精神的な部分は
引き継がれずに体罰という部分だけが受け継がれた。
又、平和主義だけが誇張された結果横並びを推奨して
喧嘩することもなく、大人になってしまった時代の大人が
自分の感情だけをぶつける躾をすることになったから
このような法律改正につながったのかもしれない。
しかし、精神的にも、感情的にも未熟な子供に対しては
時として、必要な体罰もあると思う。
よく、体罰を受けた子供は暴力的な問題行動をとると言われ
体罰を否定する文面を目にするが、諭す行為が欠けて
自分のした行為が悪い又は危ない行為だという事を理解させず
育った子供がということを理解してないだけではないのか?
日本という国では、侵略的な戦争を行う事は否定しているが
侵略されることに対して対抗する武力は認めるべきであり
防衛する武力さえ放棄すべきと能天気な平和論を唱える方々に
似た発想に思えて仕方が無い。
躾と同時に諭すだけの精神的に大人な行動ができない
コミュニケーション能力の低さが更にコミュニケーション能力の
低い子を育てて、変に他人にばかり権利を主張する輩を育て
教育の場である小中高大と学校に躾を放任するが問題があれば
自分の義務は二の次に学校を攻撃する馬鹿親の増加では
会社を経営する事業主は、権利ばかりで義務を果たさない者を
雇用する事を避け、国内産業の低迷下が促進していくばかりで
現実逃避する引きこもりが増えるだけとなる。
そして、行政負担が増え続けることで、国は疲弊していく。
国際状況と同じで、経済制裁などで判らせる行為で自発的に
改善されることが望ましいが、時として一線を越えた状況には
武力行使に至ることがあるように、躾も言い聞かせだけでは
不十分な場合があると思う。
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