妙とは蘇生の義なり

こんにちは
早いもので、もう5月もあと一週間ですね。
ご機嫌麗しくお過ごしでいらっしゃいますか?

今日は、過ちを犯してしまった後の
振る舞いについて書きたいと思います。

先日、日大アメフト部の悪質タックル問題で
加害者の学生が実名顔出しで
記者会見を開いたニュースを見ました。

その中で学生は、
「指示があったとしてもそれを実行したのは自分」
と趣旨のことを語り、罪を背負ったうえで
真実を語り謝罪をされていました。

もちろん、彼が行ったプレイは
決して許されるものではありませんが、
その会見の姿は本当に立派だったと感じました。

なぜそのように感じたかといいますと、
顕正会という団体に所属し、
間違えた教義を広め、周りに迷惑をかけ、
戒壇の大御本尊様、猊下様に対し
本当に申し訳ないことをしてしまった自分と
重ね合わせたからです。

私にはあのような立派な態度が取れただろうか?
思い返しても取れていたとは言えません。

親殺しよりも重いと言われる
謗法の中でも、猊下様御僧侶誹謗の罪は
最も重いものです。

顕正会で頑張ってしまったことで、
周りの家族・友人・会員の方々に
本当に迷惑を掛けてしまいました。

中には私が誘ってしまったこと、
励ましてしまったことで人生が
変わってしまった人もいるでしょう。

この罪は決して消えることはありません。

いくら、改心して
日蓮正宗に帰依したとしても
許されるものではありません。

それでも、戒壇の大御本尊様は
このような私を信徒として迎えて下さり
御目通りを許してくださいました。

しかも、ありがたい功徳を
数えきれないほどいただきました。

仏様の御慈悲は広大すぎます。

私の命は謗法の害毒により、
真っ黒に曇っています。

入信当初、御住職様に対し
「顕正会大阪会館の人たちを折伏して
大阪会館をつぶしてやりたい」
と言ってしまったことがあります。

その時、御住職様は私の
「つぶしてやりたい」という
慈悲のない言葉に、
とても悲しそうな顔をされました。

その御住職様の悲しそうなお顔で、
自分の命の汚さを思い知りました。

その後は、自分なりに一生懸命
苦しんだり悩んだりしながら、
勤行・唱題・折伏などを重ね
少しずつ少しずつ命を磨き続けています。

まだまだ真っ黒な私の命ですが、
大阪会館をつぶしたいではなく、
「この人たちをどうにか救いたい」
に少しずつ変わってきたように思います。

薄皮が少しずつ少しずつ剥がれるように
黒が灰色に変わってきているように感じます。

いつか数えきれないくらい何度も
生まれ変わって、修行を続けることができたら
明るいグレイになるのでしょうか・・・

以前法話の中で
「妙とは蘇生の義なり」
という御文について教えて頂きました。

色々な意味が含まれた御文ではありますが、
その中に、
妙とは蘇る、生まれ変わるという意味がある
と教えて頂きました。

私達は毎日勤行唱題の際、
御本尊様の「妙」の文字を拝し
お題目を唱えます。

御題目を唱えることで
毎日毎日信心を蘇らせて
新しい自分に生まれ変わることができるのかな?
と感じました。

今までやってきたことは
消すことはできないけれど、
これから自分がどう生きるのか
は変えることができます。

もし、顕正会がちょっとでも違うかな?と
気が付いた方。
自分が今まで信じてきたことを疑ったり
やめたりするのは本当に勇気のいることだと思います。

でも、私達は今までやってきたことよりも
これから何をするのかの方が
重要なのではないでしょうか?

自分が間違えていることに気が付いたら
悔い改め、二度と過ちを犯さない。

大聖人様も「立正安国論」の中で、
汝早く信仰の寸心を改めて
速やかに実乗の一善に帰せよ
と仰せです。

「早く」「速やかに」と、
急いで過ちを認めるよう仰せです。

どうか一日も早く顕正会で
活動をする方々が戒壇の大御本尊様に
お会いできることを願ってやみません。

それでは今日はこのあたりで失礼いたします。

Have a good day!
Keep smiling!!


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一信二行三学

こんにちは
夏のような暑さになってきましたが、
ご機嫌麗しくお過ごしでいらっしゃいますか?

少し遅くなりましたが、
13日の日曜日に寺院の
御報恩御講の参加させていただきました。

御報恩御講とは、大聖人様の
月命日にあたる13日を中心に
各寺院で毎月奉修される行事です。
(私の所属寺院では、
毎月第二日曜に奉修されます)

御本仏日蓮大聖人様に
御報恩申し上げるための
法華講員にとっては
1月のうちで最も大事な法要です。

この日は、献膳・読経・唱題のあと
御住職様より法話をいただきます。

先日は、「諸法実相抄」の御文について
教えて頂きました。

その中のほんの一部ですが、
「一信二行三学」の御文について
ご紹介させていただきたいと思います。


行学の二道をはげみ候べし。
行学た(絶)へなば仏法はあるべからず。
我もいたし人をも教化候へ。
行学は信心より起こるべく候。
力あらば一文一句なりとも
かたらせ給ふべし


この御文を以って
正しい信心姿勢について
御住職様より教えて頂きました。

言うまでもなく、一番大事なのは
「御本尊様に対する絶対の信」
ではありますが、
その信心はどうやって深めるのか。

大事なことは教学を学ぶこと
と教えて頂きました。

体験だけの信心であれば、
何かあったときに簡単にぐらついてしまう。

道理の上から学んで理解していれば、
他人の言動や現象に振り回されることなく
確たる信心となる。

確たる信心があれば、おのずと
「行」が出てくる。

そして、御本尊様への
さらなる確信が出てくる。

そうして、信行学が揃う。

ということを教えて頂きました。

顕正会では、
「一念信解でよい」「すべては現証」と
教学を疎かにし、御書を軽んじます。

では、その現証というのが
魔の通力なのか、功徳なのか
どういった現証なのかは
何を以って説明するのでしょうか?

自分の都合のいいように
解釈していませんか?

自分たちは、きちんと
浅井会長から学んでいるといいますが
新聞を見てみてください。

日蓮大聖人様のことはほとんど
書かれておらず、政権批判ばかりです。
それを一生懸命読み聞かせて
それが折伏になりますか?

大事な相手を顕正会に入れて
新聞を配らせたとして
本当にその人が幸せになれると思いますか?

自分の人生も周りの人の人生も
大事にしてほしいと思います。

本当の信心を学びに
日蓮正宗の寺院へ来てください

それでは今日はこのあたりで失礼いたします。

Have a good day!
Keep smiling




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こんにちは
連休も終わり、日常に戻られた方も多いと思いますが
ご機嫌麗しくお過ごしでいらっしゃいますか?

今日は、普段の食事について書きたいと思います。

法華講に入ってから、
信心のベテランの先輩方と
行動を共にすることが多くあります。

その時に驚いたのが、
食事を大切にし、御年輩の方でも
本当によく召し上がるということです。

お昼を挟んだ活動の時などは
お弁当を持参で来られたり
お寺の近所のスーパーで総菜を購入したり。

しっかり食べて
よくしゃべり(土地柄もあるかも?
よく笑います。

そんな先輩方の姿を見ていると、
信心というのは、普段の当たり前の生活の中にある
ということを感じるようになりました。

私も若い頃は体力にまかせて、
食事を疎かにしがちでしたが、
先輩方を見習い少しだけ気を遣うようになりました。

最近は、常備菜づくりをしています。
写真は、
セロリをごま油と塩昆布であえたもの
コーンとソーセージのカレーコンソメ炒め
切り干し大根とじゃこのオイスターソース炒め
(よくこんな雑な写真を載せたな。という
つっこみは心の中にしまっておいてくださると
幸いです

なかなか手の込んだものは作れないけれど
時間のあるときに少しずつ。。

信心と同じで毎日こつこつと頑張りたいです!

大聖人様の御書の中には

「人は食をたからとす。(中略)
食には三つの徳あり。
一には命をつぎ、
二には色をまし(略:顔色をよくする)、
三には力をそ(添)う」
(食物三徳御書)

と、食事について書かれた御書もあります。

顕正会では、会員を
必要以上に鼓舞するために
切り貼りされた一部の御書しか
教えてもらえませんが、
大聖人様が信徒にあてた手紙には
普段の生活態度について御指南いただいた
御書もたくさんあるんですよ

自分の今世でいただいた
命を大事に使って、毎日を丁寧に
御奉公に使っていきたいと感じます。

それでは今日はこのあたりで失礼いたします。

Have a good day!
Keep smiling!

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夫の実家のこと

こんにちは
GW真っ只中ですが、ご機嫌麗しくお過ごしでいらっしゃいますか?

前回の記事で夫の入信について書いたので
ついでといっては何ですが、
夫の実家について書きたいと思います。

夫の実家は、九州地方のとある
「せごどん」な県にあります。

夫の父親は12年前に亡くなっています。
亡くなった当時は創価学会で
友人葬で送られたそうです。

実家には、夫の母が一人で住んでいます。
私は初めて挨拶に伺った時には
創価学会がコピーをして配布している
本尊がかかっていました。

私も夫も創価学会のニセ本尊が
かかっている家に一人で暮らす義母を
とても心配していましたが、
なかなか遠方で会いに行けないうえ
義母は信心気がなく、
「お父さんが残したものを変えられない。
変えるなら私が死んだあとにして。
宗教にあまりのめりこんでほしくない」
とのことで、なかなか前に進みませんでした。

そんな中、2016年の夏に帰省することになりました。
私も主人も今度こそはと唱題に唱題を重ねました。

そして、12時間かけて九州に車で向かいました。
大変恥ずかしいことですが、
その時は私に魔が色々と入ってしまいました。

行く前から神経が高ぶってしまって、
どうでもいいことを気にしてしまって
車内の雰囲気を悪くしてしまったり。。

夫から、私がいると義母が本音を話さないかも
しれないから、今回は自分一人で話すと
の決意を聞き、私はできるだけ応援に徹することになりました。

お風呂に長く入ってみたりして二人になれる時間を
作ろうと色々画策しました。

でも、もう少しというところで私が何度も邪魔をしてしまいました
だって、お風呂でのぼせそうだったから。。。

そんな中でも夫は精一杯話をしてくれました。

大阪に戻る最終日、今日こそはとの思いで
近くの末寺様で唱題をさせていただきました。

そうすると夫が
「あっちゃんはここで唱題してて。
俺、おかんともう一回話をしてくるわ」
と言いました。

それなのに私は暑さにやられ、
熱中症になりかかっていました。

どうしてこんな大事なときに私って。。。

急いで冷えピタをコンビニで買い、
夫は実家に戻りました。
私は末寺様で唱題をしながら待ちました。

どのくらい時間がたったのでしょうか?
主人が「あっちゃん、お待たせ」と言って戻ってきました。

そこには、義母の姿が!!

夫が話をしてしばらくして、義母は私がいないことに気が付いたようです。

そこで、あっちゃんはお寺で待っているから迎えに行こう
とお寺に一緒に来たそうです。

義母は、「とっても立派なお寺」と感動していました。

そして、
「まだまだ子供だと思っていた夫がしっかりと信心のことを話していて驚いた」
と話してくれました。

私は、実家の本尊には手を合わせられない理由や
学会の家に嫁いできたことの不安、
義父はもともと大石寺に参詣していたことなどを
話しました。

そして、三人で御本尊様に手を合わせました。
何とも言えない気持ちになりました。

帰りに日蓮正宗のお数珠と経本を
買って帰りました。

その日は、全国の御僧侶が総本山に上がられる日であり
御授戒は出来ないとのことでした。
ですから、本尊だけでもなんとかできないかと
思っていました。

お寺を出て車で走っていたら義母が突然
「今かかっている本尊って偽物なんだよね?
それならあっても仕方ないから、
あんたたち持って帰って」
と言いました。

どひゃー!!

実家に戻り、偽本尊を外し、
仏壇の清掃ををさせていただきました。

そして、学会のものを払っていたところ、
「これ本尊って書いてるけどなにかな?」と義母。

一瞬何が起きたかわからなかったけれど、
日顕上人猊下の御本尊様だとわかりました。

どうやら、義父は日顕上人猊下の御本尊様を
綺麗に巻いて持っていたようでした。

御不敬してなくてよかった。。。。

急いで御住職様に連絡を取り、
指示を仰いで、御本尊様を
お仏壇におかけしました。

そして、3人で手を合わせました。

ずっとここに御本尊様はいらっしゃったんだな。
夫も私も御本尊様に導いてもらって
法華講員になれたんだなと思いました。

私たちの力不足で長い時間かけてしまって申し訳ありませんでした。
ありがとうございました。
とお礼申し上げました。

そして、ニセ本尊は大阪の菩提寺に納めました。

そして、2017年の3月、再度実家に行き
ようやく義母は勧誡を受けることが出来ました。

一族の広宣流布の第一歩です。

私が邪魔ばかりしてしまった中
夫はひるむことなく本当に精一杯折伏をしました。

尊敬の気持ちでいっぱいです。

来週は義父の13回忌法要を
執り行います。

法華講員として、御供養させていただく
息子を見たらきっと義父も
喜んでくれるのではないかなと思います。

それでは今日はこのあたりで失礼いたします。

Have a good day!
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初めての折伏成就

こんにちは
GWに突入しましたが、ご機嫌麗しくお過ごしでいらっしゃいますか?

今日は日蓮正宗に入って
初めての折伏成就について書きたいと思います。

顕正会の時に、周りを勧誘しまくっていたため
折伏をすることに関してはトラウマがありました。

「ごはん食べようよ」
とか言って友達を連れだし
いきなり総班長もいて
マニュアル通りの説明をして
試しにやってみようよとかいうのが
折伏だと思っていました。

だから、私は自分が心から折伏したいと
思えるまでは絶対に誰も誘わないと
心に決めていました。

でも、たった入信三か月で
私の気持ちは変わっていました。

お寺に参詣を重ねるうちに
当時付き合っていた今の夫との
結婚を考えていたので、
一緒に信心したいという気持ちが
自然と湧いてきていました。

そうして、お寺の御本尊様に御祈念を重ねました。
御住職様や地区のみなさんも
会うたびに励ましてくださっていました。

そんな中、入信して3か月後の
4月13日に私が一人暮らしをしていた自宅に
御本尊様の御安置が叶いました。

そして、4月30日に夫が
自宅に遊びに来ました。

実はその日は外で遊ぶ予定だったのですが、
ささいなことで喧嘩をしてしまい、
私が機嫌を損ねてしまいました。

そうしたら、夫が家に突然
仲直りをしたいとやってきました。

私はまだ夫に信心の話をしていなかったし
内緒で御本尊様も御安置していたので
少し焦りました

でも、御本尊様を目の前に黙っていることもできません。

だから、御本尊様の前に座り
自分なりの一生懸命を話しました。

夫の実家で創価学会の本尊を見たこと
自分なりに調べてお寺を訪ねたこと
今一生懸命信心の勉強をしていること

本当につたない言葉だったと思うけれど
一緒に信心をしていきたい
と伝えました。

そうすると、夫は
「御本尊様だ」
と言って泣いていました

よくよく聞いてみると、
亡くなった夫の父親と一緒に
破門前の学会の会館に行っていたらしく
御本尊様はとても大事だ
と教えてもらっていたそうです。

だからその御本尊様が私の家におられることに
驚いたようです。

そして、私の気持ちを汲んでくれ
一緒にお寺に行くと言ってくれました。

すぐにお寺に電話をして、タクシーを飛ばし
お寺に行きました。

御住職様は不在でしたので、
執事様に話をしていただき、その場で
勧誡を受けることができました。

あまりの急な展開に
自分ではない誰かが口を動かしたように感じました。
きっと御本尊様の御力なんだと思いました。

そこから、折伏というのは顕正会の時の様に
肩肘を入れて行うものではなくて、
目の前の大事な相手に心をこめて
気持ちを伝えるものなのかな?と思うようになりました。

7年前信心をはじめた夫は、
創価学会のトラウマで、しばらくは
「御住職の話は聞くけど、青年部会には出ない」
とごねていました。

でも、お寺の皆さんにあたたかく接してもらううちに
その気持ちもほぐれてきたようで、
副青年部長のお役もいただき、
青年部会にお誘いする側となりました。

今年からは地区の責任者にもなり、
今では私が信心を引っ張ってもらっています。
大変心強い同志です。

今はまだ二人暮らしですが、
いつか子供が出来たら
正しい信心を伝えていきたいなと思います。

過去帳を見ていたら、明日が
夫の入信7年目にあたることに気が付いたので
その日の色鮮やかな思い出を綴りたいと思いました。

それでは今日はこのあたりで失礼いたします。

Have a good day!
Keep smiling





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