最近の顕正会

こんにちは
(投稿時間的にはこんばんは)

ご機嫌麗しくお過ごしでいらっしゃいますか?

ここ最近、駅などで広告文を配布している
顕正会の方にお会いすることがあります。

そういった方々には、
「法華講員です」と言って話しかけるようにしています。

そうすると大抵
「宗門は地獄行き、間違えている」
と言われるんです。

理由をお聞きするとだいたい答えられません。
そして、自分が答えられなくなると
「うっとおしい、邪魔するな
あんたに話すことはない」
等と言って半狂乱の状態になります。

常識的に考えて、初対面の人に
「地獄行き」って失礼すぎやしませんか。

ちなみに、彼らが配っているのは、
浅井会長の著書の「基礎教学書」の
広告文です。

基礎教学書の中には、
浅井会長の主張するところの
宗門の誤りについてちゃんと書いてあります。

理由が答えられないということは、
さてはさては。

基礎教学書、読んでませんね???

大聖人様の宗旨は折伏です。
「私たちの宗教は素晴らしいから入りましょう」
だけでは、摂受の修行です。

大聖人様の仏法を広めるのであれば
相手の間違えた主張を正すための
折伏をしなくてはなりません。

私も顕正会の時はそのように聞いていて
他の宗派の誤りを勉強して
友人の折伏にのぞんでいました。
(今思えばあれは折伏でもなんでもないのだけど)

でも、最近お会いする会員の方は
それが出来る方がほとんどおられません。

なぜなのかな?と思ったら会で教えていないんですね。

私がいた頃は教学書には
「宗教批判の原理」という項目があって、
三証・五綱判について学びました。
(聞き覚えのない方は調べてみてください)

自分たちの宗教が正しくて
他が誤りだというからには理由があります。

でも、今の会員の皆さんが読む書籍には
その項目がないんだそうです。

だから、一念信解だとか
臨終の相推しでいくしかないのですね。

私も顕正会で聞いた正しい宗教の判定方法を使って
顕正会が邪宗だということが分かりました。

そういった方が多いから項目を削除せざるを得ないのでしょうか。

そして、法華講員と話をすると必ず
ニセ本尊
について責められるのではないでしょうか?

でも、会長は本尊問題について一切説明しませんね。
丸腰で臨まなければならない顕正会員を見ていると
気の毒に思えることがあります。

でも顕正会にいることを望んだのは自分です。
ちゃんと向き合いましょう。

正しい宗教の判定をする際に
本尊は大変重要です。

本尊に手を合わせることにより
その本尊の命に近づきます。

だから、力のない本尊を選んではいけません。

顕正会では、大石寺の戒壇の大御本尊様が
絶対だと教えます。

ここまでは正しいです。

でも、戒壇の大御本尊様と顕正会の本尊はつながっていません。
顕正会の本尊は出所が不明だからです。

本物の御本尊様は、必ず日蓮正宗で
開眼供養をされています。

開眼供養をされて初めて御本尊様なのです。
開眼供養をされて初めて
戒壇の大御本尊様とつながるのです。

だから、日蓮正宗から出されていない本尊があるとしたら
それをニセ本尊と呼びます。

いくら戒壇の大御本尊様を
遠くから拝んだとしても、意味がないんです。
御戒壇様とつながっている道理がないのですから。

それどころか、大聖人様に弓を引いているので
悪業を積み続けます。

開眼供養されていない本尊には
「家の主のなきに盗人が入り、
人の死するにその身に鬼人が入るが如し」
と大聖人様も仰せです。
(木絵二像開眼供養事)

悪鬼魔神がすみついた本尊に手を合わせ
拝むということは、悪鬼魔神に
命が近づいてしまうということです。

御本尊様にも
「若脳乱者頭破七分」とあります。

ニセ本尊を拝む果報として
精神や心が錯乱するのです。

周りの顕正会の方を見てみてください。
精神疾患を患っている方、
いつもイライラカリカリしている幹部、
多くありませんか?

自分自身も怒りっぽくなったりしてませんか?

私は顕正会に居た頃、いつもイライラしていました。
かなりしんどかったです。

最近はニセ本尊のことを気に留めない会員が多くいらっしゃいます。
正しい宗教の判定方法を教えていないから
本尊の大事が分からないのでしょうね。

都合の悪いことを削除しまくっていたら
折伏の意味が分からない会員が増えたのですね。

「謗法がなぜいけないか」
大聖人様の宗旨の根幹が分からない人が
増えたところで、
ニセ本尊に手を合わせる人が増えたところで
広宣流布にはなりません。

それどころか、人の心を乱し
災害を増やしているのは
ニセ本尊をばらまき謗法行為を犯し続けている
顕正会に大きな原因があります。

その中にいるのは大変危険です。
早く気が付いてそこから抜け出してください。

それでは今日はこのあたりで失礼いたします。

ご相談は
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日舜上人350回遠忌法要

こんにちは
ご機嫌麗しくお過ごしでいらっしゃいますか?

バタバタしてしまって更新が遅れましたが
先週、総本山第19世日舜上人の
350回遠忌法要に参加させていただき
御逮夜・御正当会と焼香させていただきました。

御開扉に向かう途中でばったり
トチロ〜さんにお会いしました。

示し合わせたわけでもないのに、
広い総本山内でお会いすることができ
ご縁を感じました。

布教講演では、菩提寺の御住職様が
御法話を担当されました。

一番前の真ん中に座らせて頂いていたので
御住職様と思いっきり目が合い
「あっ御住職様!!」と声をあげてしまいました。

「六難九易」と「衣座室の三軌」の話を引かれ
広めることが難しいこの信心を、
相手の立場によって態度を変えることなく
堂々と、また礼節を保って
一人でも多くの方たちに
勧めていきましょうと力強く励ましてくださいました。

私たちはつい、相手の立場が強く
人間的に立派な相手であったりすると
卑屈になってしまったり、
弱い立場の人が相手だと
上から目線や偉そうな言葉を使ったりしてしまいます。

すべての現象は「空」であり
相手の立場や自分の立場に
「とらわれないこと」が大事だと教えて頂きました。

もしかして、御住職様。
私に個人的に仰ってますか?というような
胸に突き刺さる内容でした。。

色々な方から
「御住職様の御法話よかったですね」
と仰っていただき、なぜか私が
誇らしい顔をしてしまいました。

立派な御住職様のもとで
信心ができる有り難さを今一度噛みしめました。

普段は、御住職様の物腰の柔らかさに甘え、
ついついその有り難さを忘れて
当たり前になってしまうことがあります。
反省です

また、今回一緒に登山させていただいた
信心の大先輩に色々なことを教えて頂きました。

その大先輩は、今年90歳で
毎月1回は必ず御登山をされています。

今回も御登山の前に魔が来て、
風邪を引き、転んで顔に大きなアザを
作ってしまったので、周りからは
「やめておきなさい」と言われたそうです。

でも、申し込んだ登山をキャンセルすることは
お約束をたがえる事。
自分の都合では絶対のキャンセルしない
と言って御登山されました。

普段、色々教えて頂きたくて話しかけても
「おばあの話なんて聞いてもしょうがない」
と言ってなかなか御自分の話をしてくださらないのですが
今回は二人きりの時間も多く、
ようやく口を開いてくださいました。

毎月1回の御登山はもう30年以上続けておられるとの事。
登山内拝券などはすべて取っているそうです。

総本山では少ない額の御開扉御供養しか
受け付けてもらえませんが
御供養を持って御戒壇様のもとに伺い
両親に自分の姿を見てもらうような気持ちで
お顔を見せに行き、このひと月であったことを
お話するんだと仰っていました。

この数十年の間には、登山が難しいときも
何度もあったそうですが、
両親に会いにいくような気持ちで
どうにか都合をつけてひと月も欠かさなかったそうです。

入院中の時には外泊許可をいただき
病院から直接総本山に向かったこともあったとのこと。

なかなかできることではなく、本当に頭が下がります。

「いろんなことがあったんですね」
と言うと、

色んなことがあるのは当たり前や。
生きていたらいい時も悪い時もある。
でも私らには御本尊様がついてくださっている。

だから、どんなことがあっても
「なにくそ」と思って這い上がることができる。。
信心をしていない人はそのまま這いあがることができない。

時々信心をしているのになんでこんなことがあるんだ
という人がいるけれど、信心ってそういうことではないから。

そんなことを言う人は本当は御本尊様のことを
信じていないんだよ。

御本尊様の力は自分で測れるようなものではないから。
信じて、乗り越える。

ということを教えて頂きました。

普段は、本当にいつもニコニコされている方でしたので
その強い思いに感激し、
話を聞きながら涙してしまいました。

「あんたはこれからの人だから頑張りや」
と強く励ましていただきました。

本当に、本当にありがたい御登山でした。

こうやって御登山のたびに色々な学びがあります。

「不敬・危険の御開扉」などと言っている団体がありますね。

浅井会長もこのように有り難く御開扉を受け
色々なことを御戒壇様の御力で乗り越えてきたはずです。

それなのにどうして、会員の方を御戒壇様から
遠ざけるのでしょうか?

浅井会長が御開扉を受けていた頃と
今の御開扉とどう違うのか。
ぜひ教えて頂きたいと思います。

不敬の御開扉を中せよと叫ぶのであれば
会員に叫んでもしょうがないでしょう?
御宗門に直接お伝えすればどうですか?

会員の皆さんはかわいそうですよ。
少しの情報しか与えられず法華講員と
話をしなければならないのですから。

会員の皆さんも会員の皆さんです。
浅井会長の言葉だけを信じている場合ではありません。

「時の貫主たりといえども〜」の御文を使い
御法主上人猊下ですら間違えるなどと言っていますよね。

それならばなぜ浅井会長も間違えるかもしれない
と考えないのですか?

あなたや周りの人の人生を大事にするために
国を守るために、どうか誠実になってください。

それでは今日はこのあたりで失礼いたします。

ご相談は
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までお気軽にメールをくださいませ。

Have a good day!
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こんばんは
ご機嫌麗しくお過ごしでいらっしゃいますか?

今日はお経日で、先祖代々の御塔婆を建立し
追善供養を申し上げてまいりました。

御塔婆供養を金もうけの道具などと
言っている団体が色々ありますが
御供養の本義を知らず、気の毒に感じます。

顕正会などは、御供養に対して
ひどく悪口を言っていますが、
我々日蓮正宗信徒が
御供養をさせていただかなければ
御戒壇様御安置の総本山大石寺も
ボロボロになってしまいますよね。

大石寺に初めて御登山させていただいた時
「私が顕正会で宗門の悪口を言いまくっていた時も
猊下様や法華講員の方々は
総本山を御護りくださっていたんだな」
ということに初めて気が付き
とても恥ずかしく申し訳ない思いがしました。

これからは自分もその一員になりたいと
出来る限りの御供養・本山での任務等を
させていただくようにしていますが、
まだまだ足りないと思っています。

そのことを顕正会男子部の方にお話ししたら
「しっかり守れよ」
と去り際に言われました

えっ!!もしかして。。
それは捨て台詞というやつなのかしら??

遠くから拝んでいても何にもなりませんよ〜
身口意の三業が揃っていないと
大聖人様の修行ではありませんよ〜

私の想いが彼らに届く日はくるのでしょうか。

そんなことを考えながら、顕正会時代に
思いを馳せていたら、
「そういえばあれは誰発信の情報?」
という顕正会の謎のしきたりについて
思い出しました。

勤行は水回りの近くで行ってはいけない

今思えばあれはなぜだったのか?

あと、浅井会長の予言の数々。
大聖人様はそんな予言をなさっていませんが
一体どこから出て来た予言なのでしょうか?

そんなことを言い出したら、きりがないのですが
オリジナルの教義を広めるのはやめてほしいです。

私はお寺で何度も恥ずかしい思いをしましたよ。。

顕正会の皆さん、
それって本当に大聖人様が仰せのことですか?

ほとんど浅井会長オリジナル発言かもしれませんよ?

私の話を信じるか信じないかは
あなた次第ですが一度きりの大事な人生です。
自分の目で調べましょう!

ご相談は
colorful.smilife@gmail.com

それでは今日はこのあたりで失礼します。

Have a good day!
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臨終のこと

こんばんは
ご機嫌麗しくお過ごしでいらっしゃいますか?

朝晩本当に寒いですね!
皆様どうか風邪を引かれない様に
気を付けてお過ごしくださいませ。

今日は臨終のことについて
思うことがあって書きたいと思います。

最近、顕正会による
「法華講ネガティブキャンペーン」が
止まりませんね

まず、「最後に申すべきことを粉砕す」
に対して返事を出してから言えばいいのに。
と思うのですが、会員を使って体験発表という形で、
ネガティブな情報を拡散しています。

ちっちゃ!!!

その中でも特に悪質なのが
人の臨終を、ましてや御法主上人猊下のことを
誹謗中傷していることです。

顕正会では、
「先づ臨終の事を先に習ふて後に
他事を習ふべし」との御金言を悪用して

臨終の相がすべてであり、
臨終のときの相が白かったら正しい
黒かったら罰
と教えていますね。

この「先づ臨終の事を〜」の御金言、
すべて読んだことはありますか?

人の寿命は無常なり。
出づる気(いき)は入る気を待つ事なし。
風の前の露、尚(なお)譬(たと)へにあらず。
かし(賢)こきも、はかなきも、老いたるも若きも、
定め無き習ひなり。
されば先づ臨終の事を習ふて後に他事を習ふべし。
(妙法尼御前御返事)

生を受けた者は必ず死を迎えるのですから、
まず臨終について学ぶことが大切です。
その上で「生きる」ことについて考えるならば、
有意義な人生とは何か、
どのように生きればよいのかということを真剣に思索し、
いては妙法の信行に励んで即身成仏を果たすことができる
と御教示くださっています。

自分がいつか死ぬ。
それがもしかすると明日かもしれない
と思うと、今日という一日を
いい加減に過ごすことはできなくなります。

人には宿業がありますから、
たとえ正法を保っていたとしても
全員が全員長生きできるわけではありません。

若くして寿命を終える方もおられるでしょう。
御僧侶でも若くして亡くなられる方もおられます。

すべては因果によることです。

また、亡くなり方に関しても
とやかく言うことは普通はしません。

ある御婦人の御主人が、60代で亡くなりました。
御主人は亡くなる前日まで仕事をし、
友人と食事をしたそうです。

翌朝、調子が悪くなり病院に行き
そのまま息を引き取ったそうです。

恐らく顕正会の方から見ると
「罰で急死」となるのでしょう。

でも御婦人はこう仰っていました。

「元気だったのが突然亡くなって
それはやっぱり悲しかったけど
主人は人生を亡くなる直前まで謳歌して
本当に穏やかな顔で亡くなった。
きっと幸せだったと思う」と。

私もそれを聞いて、涙しました。

若くして亡くなった。
急に亡くなった。
これは見る人から見ればとても衝撃的なことでしょう。

だから成仏を妨げる三障四魔の一つに
「死魔」が入るのだろうと拝します。

でも、この事実を見て
いいことなのか悪いことなのか
それを決めるのは、凡夫であり、
他人である私ではないことは確かです。

ましてや、人生において大事な臨終について
人前で口汚く罵るという行為は
人として最低であると私は思います。

臨終の相が黒かった
と嬉しそうに言ってくる顕正会の方が
複数おられます。
その姿は醜く、見ていて気の毒です。

すべては因果ですから、人様の、
ましてや御法主上人猊下様の臨終について
口汚く罵ったという原因を積んだ時、
出てくる結果を考えただけで身震いがします。

「臨終用心抄」
myodenjinet.web.fc2.com/rinjyuyojinsho.html
参考:妙でん寺様(でん:変換できず)HP
第26世日寛上人
*日享上人御判

一、他宗謗法の行者は縦ひ善相有りとも地獄に堕つ可き事。
一、法華本門の行者は不善相なれども成仏疑ひ無き事。 

成仏できたかできてないかは
あくまでも、正法をたもっていたかどうかによります。

顕正会がいくら成仏の相が良かったと発表しても
出所の分からない本尊を拝んで
成仏できるという道理はないんです。

そして、法華講員の相が悪かったと騒いだところで
日蓮正宗が間違えているということを証明できなければ
全く意味はないのです。

ちなみに日達上人猊下の御親族が住職をされている
妙通寺様のHPのURLを参考までに掲載します。
ぜひご覧ください。
きちんと情報の整理が出来る方であれば
真実は分かると思います。

私からは、恐れ多いことですので
これ以上は差し控えたいと思います。

あと、日達上人の姪御さんに
会ったという方の発表もありましたね。

喫茶店で広告文読み聞かせられたら
誰でも「もういい」ってなるでしょ?
と私は思います。

広告文を読み聞かせられる方の身になったことはありますか?
私はしょっちゅう、大阪会館の近くで
読み聞かせをされますが、
本当にただ読むだけなんです。

頑張って聞いたこともあります。
でも、どう考えても自分で読んだ方が早い。
満足して悦に入っているのは読んでる本人だけなんです。

喫茶店で始まった日にはもう。。。
その場面を想像しただけでいたたまれません。

それを、恐れおののいて逃げたということにするとは

私も最近は、読み聞かせは
お断りするようにしているのですが、
もしかして、「恐れおののいて逃げた」
ことになっているのでしょうか

もう考えるのはやめて寝ることにします。。。


それでは今日はこのあたりで失礼します!

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こんばんは
ご機嫌麗しくお過ごしでいらっしゃいますか?

こちらのブログを見に来られる方の中には
周りの家族や大事な方が顕正会に
入ってしまって悩んでいる
という方もおられるかと思います。

かくいう私も周りを悩ませてしまった一人です。
反省しても反省しても足りません。

そのお詫びと恩返しといっては何ですが、
母が私の目を覚まさせるためにとった行動と
自分の会員時代の心情をシェアしたいと思います。

もう思い出すたびに胸が痛くて
できればなかったことにしたいくらいなのですが
そういうわけにもいかないので
恥を忍んで書きます。

顕正会当時の私は大学生でした。
初めは大学の同級生に誘われ
なんとなーく入りましたが
毎日総班長から電話がかかってきて
集会に行くようになり、
友達を誘うようになり
顕正会のチラシや本を配布するようになりました。

同年代の会員さんたちもいて、
はじめはとっても楽しかったんです。
気が付くとそこが私の居場所になりました。

そうしているうちに、周りは会員しかいなくなり
入ってくる情報も
「顕正会は正しい、他は間違えている
人を集めなさい。何人来れるの?」
それだけになりました。

母からは、顔の相がきつくなっていると言われ
だんだんと怒りっぽくなっていきました。

心はいつもイライラしていたけれど
あと十年もすれば広宣流布だと
言われていたので、それまでの辛抱だ
広宣流布が来たら楽になれる
そう思っていました。

すべての情報を浅井会長のフィルターを
通してしか見えなくなっていました。

明らかにマインドコントロールされた状態でしたが
それを指摘されても
「魔が私の信心を妨害してきた」
と言って取り合いませんでした。

私にとって良かったことは母が外の世界を見せてくれたことでした。

大量にインターネットに書いてある顕正会に関する
記事をプリントアウトして見せてきました。

その時は私にも意地があるので
「ばかばかしい、こんなの見せてこないで」
と母に悪態をつきましたが、内心は動揺しました。

痛いところを突かれたものもたくさんあったからです。

一番心に残ったものは法華講員が
顕正会員に対して書き込んだ言葉でした。

「浅井会長のフィルターも外してみなさい。
そうすれば本当のことが見えるから」

あれ?私浅井会長のフィルターで
物を見ているのかな?と思いました。

また、心が一番ぐらついたのは
「あんたは国を救うとか言ってボロボロになっているけど
お母さんはあんたが笑っていてくれていたほうが嬉しいよ」
という言葉でした。

初めは幸せになりたくて顕正会に入ったはずなのに
気が付くと周りからは人が去り
顕正会の誘いを断った人が
病気やケガをしたらそれを
「罰だ罰だ」と喜ぶような根性が曲がった人間になっていました。

本物の信心というのは、
人生の四苦八苦を乗り越える強さを得て
周りの人に感謝と慈悲の心を持つことができます。
誰かの不幸を喜ぶなんて間違いです。
でも、それとは正反対の果報を得ていたのです。

自分の姿を外から客観的に見たことも
私にとっては転機となったと思います。

また、脱会後も注意が必要です。
顕正会を離れると地獄に落ち
罰が出るときかされているので
精神的に不安定になる人もいると思います。

また、顕正会以外の人間関係が
断たれている場合も多いと思います。

私の場合は、母が
「お母さんはあんたの味方」
とどんな時も支えてくれたこと、
そして新しくできた友人たちとの関係性がありました。

罰が怖くて眠れない日もありましたが
周りの方々のお陰でどうにかやっていけました。

長々と書きましたが、私の場合のポイントは

1 浅井会長のフィルターを外せたこと
2 精神的な支えがあったこと
の2点が大きかったように思います。

色んな方がいらっしゃるので
すべての方に効果的かどうかは分かりません。
一つの参考になれば幸いです。

顕正会で苦しむ方々が一日も早く
心穏やかに暮らせることができますよう
願っています。

もし、お困りの方がいらっしゃいましたら
お気軽にメールをくださいませ
colorful.smilife@gmail.com

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