twitterにて

こんにちは
暑い日が続いていますが
ご機嫌麗しくお過ごしでいらっしゃいますか?

連絡事項です。

twitterにて、
私のブログ記事を読んで
ご意見のある顕正会員の方が、
ツイートされているようです。

ただ私の方はあなた方を
フォローしていませんんし、
私のツイッターは非公開ですので
やり取りを行うことができません。

ツイッターというのは、やり取りが
流れてしまったり、他の人が
途中で入ってきたりするので
正邪のやりとりをするためには
私には向いていないと考えています。

もし何かあれば、
メールもしくは
ブログのコメント欄にてどうぞ。

メール
colorful.smilife@gmail.com

返信に数日かかることがありますが
ご了承くださいませ。

ちなみに、平成5年の日顕上人猊下の
御発言をあげてご意見があるようです。

もちろんこちらは読んだうえで
ブログを書かせて頂いております。

あと、私は元気です。
気にして頂きまして
ありがとうございます。

それでは今日はこのあたりで
失礼いたします。

Have a good day!
Keep smiling

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こんにちは
ご機嫌麗しくお過ごしでいらっしゃいますか?

顕正新聞7月5日号に、
「正本堂完工式にキリスト教神父を招く」
とのことが書かれていたので
今日はそのことについて書きたいと思います。

このことはすでに色々なところで
破折されつくしているのですが、
また同じことを言っているようなので
こちらでも書いておきたいと思います。

新しく入会した方は信じてしまうのでしょうね。

実際の記事はこちらです。
イメージ 1


また読みにくくてごめんなさい。



内容の要約ですが、
池田大作が上智大学名誉教授を通して
「ローマ法王庁から神父を派遣してほしい」と
依頼した。

その際、池田大作は教授に対し
「板曼荼羅に偏狭にこだわらない」
と諂いの条件すら出している

こうして正本堂完工式に
キリスト教神父が参加することになった



ということが書かれています。

これを書くことで会員は
このように誤解をします。

宗門と学会は謗法与同している
戒壇の大御本尊様は
秘蔵厳護のはずなのに
謗法の者にまで公開しているではないか

実際、私が顕正会員から言われたことです。

それは事実なのでしょうか?
いいえ、これも事実ではありません。



まず、正本堂完工式に
キリスト教神父は出席していません。

顕正新聞に載っている写真の人物は
神父ではなく、駐日バチカン外交官です。

よく見れば、
「ローマ法王庁特命全権大使」と
書いてあるのですが、
この文脈でこの写真があれば
キリスト教神父と勘違いします。

なぜいきなりキリスト教神父が
出てきたかというと、
キリスト教神父が池田あてに送った
書簡を見て、浅井会長が勘違いしたものです。

書簡を送った神父は当日出席しておりません。



また、正本堂完工式についてですが、
これは、完成された建物を披露すべく
戒壇の大御本尊様を正本堂へ
ご遷座申し上げる前に、建設工事関係者、
地元富士宮市の代表及び関係者、
報道陣、駐日各国外交官などを招いて
行った式典であります。

*通常おこなわれている寺院や
 個人宅の上棟式・完工式等と
 何ら変わらぬ式典です

したがって、参加者には謗法不信の
他宗の人々も多く含まれていますが
いずれも信仰上の次元とは異なる
社会的・一般的な立場において
参加したもので、
バチカン国の外交官についても
大使館からの参加希望があったため
一国の駐日外交官として
列席を認めたものでした。

(参考書籍:大石寺の名を詐称する顕正会の悪義を破す)

これは謗法の容認には当たりません。


第九世日有上人も化儀抄において

法華宗の御堂なんどへ
他宗他門の人参詣して
散供まいらせ花を捧ぐる事有り
之れを制すべからず。
既に順縁なるが故なり

と仰せです。

また、第五十九世日享上人も
化儀抄注解において

信謗の区別なき一般的のもので
順縁とも云ふべきであるから
禁制に及ばぬ

と仰せであって、

いかに謗法者であっても
世間一般的な意味で
本宗の境域へ参詣してくることは
むしろ順縁にも通ずるものであるから
禁制すべきではない

ということです。



また、最後に
池田大作がキリスト教神父を招いた際
「板曼荼羅に偏狭にこだわらず」と言って
諂ったとの件ですが、
こちらは平成五年聖教新聞掲載の言葉であり
正本堂建立よりもかなり後のことであったことを
申し添えておきます。




顕正新聞では、
他の人が言った言葉に対して
「いつ・どこで・誰に」
対して言った言葉なのかを
決して明らかにしません。

どこからの情報かということも
明らかにしません。

明らかにすると、情報源が
学会・正信会であり、
内容の整合性がないことが
分かってしまうからです。

顕正会員の皆さん、
浅井会長の言葉のみ信じていると
間違えた方向に行ってしまいますよ。

間違えて猊下の誹謗
僧侶の誹謗をしてしまうのは
大謗法です。

汝早く信仰の寸心を改めて
速やかに実乗の一乗に帰せよ
(立正安国論)


それでは長くなりましたが
このあたりで失礼いたします。

Have a good day!
Keep smiling




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正本堂に関する切り文

こんにちは
まだまだ各地で災害が続いていますが
いかがお過ごしでいらっしゃいますか?

今日もまた局所的な雨が降るとの予報もありました。
どうかお互いに気を引き締めて、
注意して生活できればと思っています。
無事に大石寺でお会いしましょう!!

さて、今日は
顕正会の切り文パート2
ということで、
正本堂の意義に関する日達上人の訓諭
について書きたいと思います。

顕正会では、
宗門は学会にへつらって
正本堂は御遺命の戒壇だと偽った
そのような大謗法を犯した
日達上人猊下・日顕上人猊下は
猊下とは認めない。

として、いまだに宗門に対する誹謗を
続けています。

本当に、宗門は御遺命を曲げたのでしょうか?
答えはNOです。

まず、御遺命を曲げたとする顕正会の主張をご覧ください。
(顕正会の基礎教学書より)

イメージ 2




















どうしても文字が見づらくなります。
ごめんなさい。

書いていることは次の通りです。

さきに法華講総講頭池田大作発願主となって、
宗内僧俗一同の純信の供養により、
昭和四十二年総本山に
建立の工を起せる
正本堂はここに五箇年を経て、
その壮大なる雄姿を顕し、
本年十月落慶法要の大法要を
迎うるに至る。

日達、この時に当って
正本堂の意義につき
宗の内外にこれを闡明し、
もって後代の誠証となす。
正本堂は、一期弘法付属書
並びに三大秘法抄の意義を含む
現時における事の戒壇なり。

即ち正本堂は広宣流布の暁に
本門寺の戒壇たるべき大殿堂なり。

昭和四十七年四月二十八日
日蓮正宗管長
細井日達



それでは続いて、訓諭の全文をご覧ください。
こちらも見づらくてごめんなさい。

イメージ 1





















さきに法華講総講頭池田大作発願主となって、
宗内僧俗一同の純信の供養により、
昭和四十二年総本山に
建立の工を起せる
正本堂はここに五箇年を経て、
その壮大なる雄姿を顕し、
本年十月落慶法要の大法要を
迎うるに至る。

日達、この時に当って
正本堂の意義につき
宗の内外にこれを闡明し、
もって後代の誠証となす。
正本堂は、一期弘法付属書
並びに三大秘法抄の意義を含む
現時における事の戒壇なり。

即ち正本堂は広宣流布の暁に
本門寺の戒壇なるべき大殿堂なり。



ここまでは顕正会の基礎教学書と
同じですね。
ここからが切り取られた部分です。

但し、現時においては
未だ謗法の徒多きが故に、
安置の本門戒壇の大御本尊は
これを公開せず、須弥壇は
蔵の形式を以って荘厳し奉るなり。

然れども八百万信徒の
護惜建立は、未来において
更に広布への展開を促進し、
正本堂はまさにその達成の
実現を象徴するものと云うべし。

宗門の緇素よろしく
此の意義を体し、僧俗一致和衷協力して
落成慶讃に全力を注ぎ、
もってその万全を期せられんことを。

右訓諭す。

昭和四十七年四月二十八日
日蓮正宗管長
細井日達




いかがでしょうか?

私にはどうしても、日達上人猊下が
御遺命を破壊したとは読めませんが
これでも宗門を誹謗されますか?

もし本当は間違っていないのに
猊下の誹謗をしているとすれば
それは恐ろしい大謗法ですよ。

今顕正会の皆さんは、
正系門家の濁乱が三災七難の
根本原因である
として、広告配布などを
進めておられると思います。

もし、本当に宗門が乱れているのだとすれば
まず顕正会の皆さんがしなくてはいけないことは
宗門の破折ではないでしょうか?

でも、実際はどうでしょう?

「宗門と話すのは時間の無駄」
「宗門と話さなくていい」
などと言っている方がほとんどと
見受けられます。

なぜ宗門と話が出来ないかというと
浅井会長が宗門に対する
破折の材料を持ち合わせていないからです。

そして、会員の皆さんは何も知らず
宗門を誹謗するための新聞チラシを配っています。

度重なる災害の本当の原因の1つは
顕正会の活動にもあるのですよ。

根拠なく猊下を誹謗し、戒壇の大御本尊様から
人々を遠ざける行為。
これが本当の大謗法であり
災害の根本原因です。

災害を起こす原因を作りたいですか?
それとも人を救う側でありたいですか?

ご相談用のアドレスを作りました。
もし疑問のある方は一度メールをください。

colorful.smilife@gmail.com
*返信には数日かかることがあります。
ご了承くださいませ。

それでは今日はこのあたりで失礼いたします。

Have a good day!
Keep smiling


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唱題を積み重ねること

こんにちは
大雨が続いていますが、
ご機嫌麗しくお過ごしでいらっしゃいますか?

被害にあわれた方々には謹んでお見舞い申し上げます。

顕正会にいたころは
地震や国家破産の話ばかり聞き
三災七難が来たら日本の人たちは
一気に顕正会が正しいと気が付く
との考えでいたので、
自分の一つ一つの行動が何かに影響する
ということがいまいち実感できずにいました。

そうすると自然と
「私なんて・・・」
と自分をちっぽけに思う気持ちが大きくなっていきました。

それが日蓮正宗に入って御尊師様方や
先輩方より唱題を欠かさず続けることの大事を
繰り返し教えて頂きました。

これは自分の子や孫に伝えたいことなので
ブログに書かせて頂きます。

顕正会では唱題の習慣がなかったので
「唱題の暇があったら自分で動く」
が正しいと思っていました。

でも、唱題せずに動いても空回りするよと
お寺で繰り返し教えて頂き
私も少しずつ頑張ろうと思いました。

当時の執事様に
一日どのくらい唱題したらいいのでしょうか?
とお聞きしたら、
「何時間したら十分なんてことはないけれど
三時間くらいできたら必ず環境は変わるよ」
と教えて頂きました。

でも、昔から落ち着きのない私。
大学の90分の授業が集中できず
外に出て歩き回ったりしていました。
外に出るなと言われるときには
ヘッドホンをして、外に意識がいかないように
しなくてはいけないくらいでした。

そんな私ですから
唱題をしていてもゴソゴソ動き回ってしまいます。
はじめは1日5分もできませんでした。

なかなか唱題が続きません
と執事様に相談したところ
唱題できるような自分に変わりたい
と御祈念するところからはじめてみたら?
と御指導いただきました。

そして、御祈念していたところ、
1日に自分が決めた時間を毎日必ず
唱題にあてようということを決意しました。

毎日5分唱題できるようになったら10分
10分できるようになったら15分と
牛の歩みのように少しずつ少しずつ
時間を増やしていきました。

今では1時間半以上の唱題を1年半
一日も欠かすことなく続けることが
できるようになりました。
今は2時間できるように少しずつ
努力しています。

目標の3時間から見るとまだ半分。
でも、7年前の自分は
毎日1時間半の唱題があげられる日が
来るなんて想像もしていませんでした。
そして唱題中集中できている自分にも
驚いています。

3時間できるようになるまでには
あとどのくらいかかるか分かりませんが
毎日一歩ずつでも歩みを続けて
必ず目標を達成して
そこから見える景色を見てみたいです。

唱題を重ねていると自然と気持ちが
変わってきます。
口癖のように「私なんて。。」と
自分を卑下していた私が
今はそんなことを思わなくなりました。

唱題を積み重ねることで
小さな一歩でも続けていけば大きな歩みになる
ということを信念として持てるようになりました。

世界を変えるなんて
私の力ではできないかもしれない。
でも、自分自身と周りの半径1mの世界は
変えることができる。
そして、同じ志を持つ仲間がたくさん増えれば
世界は必ず変えることができる。

今はそう信じています。

正しい信心をしていたとしても
うまくいかないと感じることは
たびたびあるのだと思います。

もし周りの環境が
自分の理想と違ったとしても
それを嘆くのではなく
まず自分が変わればいいと思っています。

一切を開く鍵は唱題行にある
と御隠尊日顕上人猊下も仰せです。

必ず道は開けるからあきらめないで
もがいてほしい、
そして自分もそうありたいと思います。

それでは私の好きな御金言を紹介して
今日はこのあたりで失礼いたします。


(てい)あつまりて大海となる。
微塵(みじん)つもりて須弥山(しゅみせん)となれり。
日蓮が法華経を信じ始めしは
日本国には一覦貳塵のごとし。
法華経を二人・三人・十人・百千万億人
唱え伝うるほどならば、
妙覚の須弥山ともなり、
大涅槃の大海ともなるべし(撰時抄)


Have a good day!
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浅井会長の切り文

こんにちは
私は暑くてクーラーを稼働させていますが
みなさんご機嫌麗しくお過ごしでいらっしゃいますか?

今日は浅井会長の切り分にだまされる
顕正会の方からのお手紙を
御紹介したいと思います。

先日から顕正会の御婦人と
やりとりをしています。

その中に、浅井会長の指導が
引用されていました。


日興上人『遺誡置文』の1条
「時の貫首たりといえども・・」

この1条について第五十九世日享上人は
「常にあるべきことではない(中略)
 稀に起こるべき不祥事であるとしか思えぬ」
(富士日興上詳伝)と仰せられている。

日興上人が無駄なことを御遺誡されるわけがない。
ただ一回だけ、こういうことが正系門家に起こる。
それが広宣流布の前夜なのであります。

日興上人御報恩勤行会 H30.2.7
(御婦人からの原文ママ)


私はこれを読んで開いた口が塞がらなくなりました。

何故かというと、日享上人の御指南が
都合のいいところだけ切り取られていたからです。

切り取られた部分にはこう仰せです。


時代はいかに進展しても、無信・無行・無学の者が、
にわかに無上位(*御法主上人の位)に
昇るべき時代はおそらくあるまい。

一分の信あり、一分の行あり、一分の学ある者が、
なんで仏法の大義を犯して勝手な大義をなそうや。


このあとに、
さきほどの手紙の中の

いかに考えても偶然に、まれに起こるべき
不祥事であるとしか思えぬ。

とのお言葉が続きます。

日享上人の御指南を切り文して
都合よく使うなど大謗法です。

顕正会の皆さん。
御書は浅井会長しか正しく拝せない
と浅井会長の言葉しか聞かないのは
大変危険な行為ですよ。

大聖人様の御金言や
御歴代上人の御指南でさえ
日蓮正宗の誹謗に使われます。

知らずとはいえ、誹謗している方も
多いと存じますが、
知っていようが知らなかろうが
御歴代上人に対する誹謗は
大謗法です。

大聖人様は、『真言見聞』という御書に
「謗法とは謗仏謗僧なり三宝一体なる故なり」
と仰せです。

顕正会のやっていることは
大聖人様が「謗法である」と
はっきりと仰せです。

大聖人様を信じますか?
浅井会長を信じますか?

それでは今日はこのあたりで失礼いたします。

Have a good day!
Keep smiling

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