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現実を生きること

こんにちは
お盆も終わり秋がもう間近ですね。
ご機嫌麗しくお過ごしでいらっしゃいますか?

私は、日蓮正宗の信徒として
他の宗教の邪義を破折する立場にあります。

ですので、普段やりとりのある方には
その方の宗教観についてお聞きした上で
折伏に入ることを心がけています。

そして、同時に自分の宗教観も
自身に問いながら信心をしています。

日蓮正宗に入ってからもしばらくは
「取引信心」「おねだり信仰」
の姿勢で御本尊様の前に
座っていたように思います。

「総本山に行けば功徳が頂けるかな?」
とか
「これだけ頑張ったんだから守られるだろう」
とか。

でも、それは違うんだということが
いつのころからか分かってきました。

ある先輩が
「信心は等価交換ではない」
とおっしゃっているのを聞いて私は
はっとしました。

私、恐れ多くも
等価交換だと思っていたなと。

今もまだまだ分かっていないことが多くて
信心の持ちようが正しいのかどうか
分かりません。

でも最近よく思うことが、
「人は瞬間瞬間の積み重ねでできている」
ということです。

一瞬一瞬の習慣や判断の積み重ねにより
その人は出来上がっていて
その習慣や判断をクリアにして
正しい判断力を身に付けることが
できるようになることが
六根清浄であり功徳なのかな?
と感じます。

正しいかどうかは分からないけれど、
そのようにとらえるようになってからは
心に荒波が立つことが減りました。

生きていたらいいことも悪いこともあるけれど
御本尊様に、猊下様に、
御住職様に心を合わせて
お寺の皆さんと同じ方向を向いて
信心が出来ていたら乗り越えられると思うと
幸せな気持ちが広がります。

私は今穏やかな幸せというものを
噛みしめています。

気持ちを言語化するのはとても難しいけれど
そんな気持ちで生活しています。

どうかたくさんの方に
この有り難い信心について
伝えていくことが出来ますように。

それでは今日はこのあたりで失礼いたします。

Have a good day!
Keep smiling






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