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野球は団体競技である。優先すべきは個人成績ではなく、チームの勝利である。だから、チームプレーが評価され、個人プレーに走る選手は批判される。チームプレー優先は野球の「基本概念」のようなものである。少年野球の子どもたちも、チームプレー優先を監督やコーチからしつこくたたき込まれる。野球の教科書にも例外なくそう書いてある。
しかし、何ごとにも例外が存在する。ここに野球の「基本概念」を超越してしまった選手がいる。今シーズンのイチロー(マリナーズ)である。イチローの個人プレーは批判されない。そればかりか、チームメイト、コーチ、監督、球場に詰め掛けた観客、そして口うるさいメディアからさえ賞賛されている。シーズン序盤から極度の不振に陥ったマリナーズにあっては、イチローの量産する安打だけがチームの「価値」になったからである。
シーズン終盤の8月に入って、地区優勝はおろかプレーオフ進出の可能性もない、最下位が定位置であるマリナーズの本拠地、セイフィコ・フィールドに何故、こうも観客が詰め掛けるのか。その理由のすべては、イチローの個人プレーを見たいためである。
想定しうる最悪の状況にあるチームの中で、逆境にもかかわらずではなく、逆境を活用して誰もなし得なかった挑戦を試みる。そして、その挑戦が批判ではなく賞賛される。そんな選手は、100年以上の歴史のあるメジャーリーグでも、イチローの他にはいなかったのではないか。
■四球と3番を嫌うイチロー
イチローは特異な打者である。プロ野球、メジャーリーグとも首位打者を獲得しているが、打率にはこだわってはいない。こだわっているのは安打数である。イチローは明らかに四球を嫌っている。四球は打率を上げるには効果的だが、安打数には結びつかない。
イチローが内外角の明らかなボール球に手を出すことについて、TV解説者はこんな説明をしている。イチローの類まれなバットコントロールの技術と、天性の感覚によって、彼はボール球にも本能的に手を出してしまう。
そんな解説は間違いである。イチローは、明らかに四球による出塁を嫌っている。それでも彼は、ゲームの状況によっては四球による出塁を受け入れる。1点を争う終盤、優勝にかかわるゲームであれば、チームプレーに徹すて、意識的に進塁打を打つことさえある。
イチローは3番を打つことも嫌っている。今シーズン前半、タイムリーが出ないチーム事情から、ボブ・メルビン監督はイチローに何ゲームか3番を打たせた。イチローは「3番・イチロー」を受け入れた。納得した訳ではない。チームの最悪の状況から、この「命令」に従っただけである。3番打者としての結果も残している。しかし、3番は自分の領分ではないという主張を、イチローはゲーム中に身体全体で表していた。
■最高のパフォーマンスが封じ込められたとき
1番打者としての、イチローの最高のパフォーマンスには、こんなプレーがある。昨シーズンまでのイチローならば、シーズン中に何度も演じてくれたものだった。
敵地での1回表。球場全体がざわついた感じで、観客もまだゲームに集中していない。盛大なブーイングに迎えられてイチローが独特の「ルーティン・ワーク」とともに左打席に立つ。1球目か2球目かにイチローのバットが鋭く旋廻する。打球は鋭いライナーとなって右中間を深々と破る。イチローは快足を飛ばして3塁に進む。滑り込むことなしの、「スタンディング・トリプル」である。
イチローは息を切らせるでもなく、肩を上下させるでもなく塁上に平然と立つ。そして、いつものように右腕の肘当てをはずし、3塁コーチに手渡す。その直後、2番打者の平凡なセカンドゴロの間に、イチローは本塁を駆け抜け、そのまま自軍ベンチにもぐり込んでしまう。
プレイボールから何分がたっただろうか。マリナーズの先制点はあっという間の出来事だった。あっけに取られたように沈黙する相手チームと敵地の観客。こんなプレーこそ、打撃における最もイチローらしいパフォーマンスである。
今季は、こんなプレーは見られなくなった。イチローが先頭打者3塁打を打てなくなったからではない。1回表、無死で3塁に立っても、本塁に生還できないからである。2番打者以降が内野ゴロさえ打てないからである。
マリナーズは今シーズン、開幕から極度の不振に陥った。主軸のエドガー・マルティネス、ジョン・オルルッド、ブレッド・ブーンがさっぱり打てない。移籍組みのスコット・スピージオらもまったくの期待はずれである。
適時打欠乏症に本塁打欠乏症までが加わる。投手陣は自軍の貧打に耐えられなくなって失点を繰り返す。メルビン監督の打つ手はすべて裏目にでる。悪循環が繰り返される。
■逆境まで活用する特異な打者
イチローは極めて特異な打者である。どんなに素晴らしい打者でも、チームの状態に影響される。チームが極度の不振に陥ってしまえば、自らのバットも湿りがちになる。しかし、イチローの場合は逆である。チームの不振によってこそ、驚異的なスピードで安打を積み重ねてきた。イチローはメジャーリーグの2、3年目、つまり一昨年と昨年、8月に極度のスランプに陥った。どうしても安打が打てない日々が続いた。
それが、どうしたことだろうか。今シーズン、8月の打率は4割を軽く超えている。チームの逆境を克服して自らのプレーを向上させている。いや、逆境だからこそ、自らを光り輝かせている。イチローは特異な、そして極めて稀有な打者である。
マリナーズの経営は、いまやイチロー一人によって支えられている。イチローがいなかったならば、イチローが次々と安打記録を更新していなかったならば、マリナーズはもっと大規模なリストラを強いられていたに違いない。観客が球場に足を運ばなければ、球団経営は成り立たない。日本のプロ野球と違って、年間40億円もの赤字を平気で補填してくれる能天気なオーナーなどいないからである。イチローの個人プレーは、マリナーズの経営まで救ってしまったのである。
■イチローの個人プレーが観客を引き付ける
イチローがチームプレーをやめてしまったのはいつごろからだろうか。7月あたりからである。それまでのイチローは、何か波に乗れない打撃をしていた。チームの不振がイチローにも「シンクロ」してしまったためだろう。
人間は、無意識にも周囲の状況に合わせてしまう。人間は状況に影響されるものである。それまでのイチローもそうだった。しかし、イチローは7月ごろから周囲の状況とは無関係に自らの打撃を追求し始めた。自らの本来のこだわりである安打を積み重ねることに専念し始めた。
通常ならわがままで自分勝手なプレー態度だと非難されるケースである。しかし、イチローの場合はそうはならなかった。開幕からアメリカン・リーグ西地区の最下位を独走、E・マルティネスが今シーズン限りでの引退を表明、オルルッドも解雇されてヤンキースに移籍するといったチーム事情では、観客を球場に引き付けるプレーは、イチローの安打だけになってしまったからである。
シアトルのセイフィコ・フィールドは8月、そして9月になっても観客で埋まっている。地区優勝どころか、プレーオフ進出の望みを早くから絶たれたチームの本拠地が、リーグ戦終盤になっても観客をひき付けられるということは、異常なことである。球場に閑古鳥が鳴くのが当たり前である。観客はイチローの安打だけを見にやってくる。イチローもそのことを十分に認識した上で打席に立ち、安打を積み重ねる。
その結果が通算4度目、今シーズン3度目の月間50本安打であり、今シーズン126試合目(イチローは1試合欠場)で達成した、新人から4年連続の200安打である。イチローの記録はなおも続く。8月はピーと・ローズと並ぶ月間56安打をマークした。イチローの相次ぐ記録更新に、メジャーリーグ記録の専門会社も調査が追いつけない。今シーズンのイチローはどこまで安打数を伸ばすのか。1シーズン257安打のメジャーリーグ記録の更新も射程圏内に入った。
打率にこだわらずに安打数を積み重ねてきたイチローが、シーズン終了時点でどんな数字を残すのか。最下位チームで価値ある個人プレーに専念する小柄なバットマンから、もう誰も目を離せなくなってしまった。(2004年9月5日記)
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