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(36)万理一空の事
万理一空の所、書きあらわしがたく候へば、自身工夫なさるべきものなり。
右三十五箇条は、兵法の見立、心持に至るまで大概書記申候。若端々申残す処も、皆前に似たる事どもなり。又一流に一身仕候太刀筋のしなじな口伝等は、書付におよばず。猶御不審の処は、口上にて申あぐべき也。
寛永18年2月吉日 新免武蔵 玄 信
具体論から「無」の世界へ飛翔
【やぶにらみ解説】(34)いわを(岩尾)の身という事(35)期をしる事(36)万理一空の事は、あえて現代語訳せず、テキスト(「五輪書」(渡辺一郎校注、岩波新書)の文章をそのまま載せました。
そのまま読んでいただいてもおおよその文意は理解できると思いますし、武蔵の独特な文体を味わってもらいたいとも考えたからです。
それ以上に、「岩尾の身」という武蔵の言う概念や感覚を、筆者が解釈することは不可能だと考えたからです。「期をしる事」にしても、「この事品々口伝なり」ではお手上げです。「万理一空の事」も、武蔵自身が「書きあらわしがたく候へば」と記している通りで、解説の通用する世界ではないようです。
いずれにしても、目の付け所、身の構え方など極めて具体的・実践的に自らの兵法を語ってきた、徹底的にリアリストであった武蔵が、最後には「無」の世界に飛翔していったことは、細川家の客分として死んだ武蔵の境遇も含めて、様々な事柄を想像させます。 (おわり)
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