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悲しく、そしてわびしい「帰還」だった。
12月4日午後3時、たまたまつけたNHKのTV画面に、2つの棺(ひつぎ)が映っていた。イラクで殺害された日本人外交官の遺体を納めた棺だとすぐ分かった。奥克彦・駐英国大使館参事官、井ノ上正盛・駐イラク三等書記官が日本に帰ってきた。――2人とも死後に大使、一等書記官に2段階昇進した――
しかし何という場所だ。コンクリートの地面と灰色の建物しか見えない。航空貨物の積み下ろし場のような殺風景な場所だ。成田空港の施設配置は知らない。アナウンサーは駐機場だと言っていた。TVカメラの向こうに彼らの棺が置かれている。その奥にある建物の2階からは、何人かが棺をのぞき込んでいる。
棺は既に飛行機から運び出されていたから、機内のどこに置かれていたかは分からない。棺の後方には黒い服を着た人たちが一列に並んでいる。殺害された2人の外交官の夫人や子どもたちや親族、それに外務省の関係者だろう。
千葉県警の儀杖隊が控える。国旗を棺にかける。しかし、何という小さな旗なのだろうか。その小さな旗は、棺の中央部分を少しだけ覆っただけである。棺全体を覆う大きさではなかった。ましてや棺を包み込む面積などなかった。
彼らを納めた棺は、儀杖隊員の肩に担がれてゆっくりと進む。霊柩車の後部ハッチが開く。棺は車内に滑り込んでいく。パトカーを先導に2台の霊柩車はゆっくりと、その場所を離れていった。
TV映像は2つの棺を「メーン映像」に、黒い服を着た遺族らを「サブ映像」にして、そうした光景を同時に映し出していた。サブ映像では、黒い服を着た女性の背中を、横にいる女性がしきりになでさすっていた。背中をなでさすられていた女性は、殺害された外交官の夫人だろう。なでさすっていた女性は、彼女の親族か近しい関係の人だったに違いない。
イラクで殺害された外交官の「帰還」に際して日本政府は、政府専用機もチャーター機も用意しなかった。直交便の段取りもしなかった。イラクから陸路搬送された棺は、クエートから民間機の定期便で、ロンドン経由で帰ってきた。
日本政府は、「帰還」の場に、自衛隊の儀杖隊も、棺を包み込むだけの大きさの国旗さえ用意しなかった。(2003年12月13日)
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