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■「平和の祭典」は「異教の祭典」 匿名希望
今年の正月、オリンピックをテーマにしたすごろくが地方紙に掲載されました。その中で、すごろくのマスにオリンピックについて、何も書き込むことがない場所が、イスラム圏に広く、広く、広がっているということでした。
今回の虐待事件で知られるように、イスラム文化は裸体を好みません。特に女性の裸体は原理主義者には目の敵です。つまり五輪のスポーツのほとんどは、異教徒のハラスメントに過ぎないわけです。
裸体を愛する、ある意味で不可解なほど偏愛するギリシア源流の価値観と、裸体を嫌う文化がぶつかっていることを、日本のメディアは理解していません。「平和の祭典」は、一方では単に「異教の祭典」にすぎないのです。(古代五輪が廃止されたのも、まさにそのような状況でした)
すごろくからも、学ぶものはあるのです。
■出版中止に追い込まれたテロ警告の書 藤原 肇
私は「オリンピアン幻想」(東明社)の著者であり、グルノーブル大会ではオリンピック・アタッシェをやった日本人です。
この本は札幌大会のときにテロが起きると予告したために、ゲラまで出来ていたのに1971年に出版中止になり、長野大会の前に三十年ぶりに生き返ったものです。テロが起きる前に予告しても不吉だと無視され、皆はお祭り騒ぎにしか関心がなくて残念です。
なお、オリンピックは市が主催するもので国がやるのではなく、首相や大統領がとやかく言うのは筋違いであることは、拙著を読まれればよく分かると思います。
【筆者コメント】 オリンピックを開催都市が主催することは、筆者も理解していますが、現実的には、開催都市が属する国家のさまざまな形の『保証』なしには、オリンピックは開催できません。準備の遅れなど不手際の目立つアテネ五輪を教訓にしたのか、IOCは、2012年夏季五輪の開催候補地を、パリ、ロンドン、マドリード、モスクワ、ニューヨークの5都市に絞り込みました。テロの脅威の増す中では、少なくとも夏季五輪開催都市は巨大都市に限られ、その都市の背後にあって、開催を『保証』する国家の存在が大きなものになっていくことでしょう。(2004年6月8日記)
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