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――宮本武蔵『兵法三十五箇条』現代語訳(http://www.ufpress.jp/blog/narita35/)に関連して――
明治以降の日本人は、それまで培ってきた固有の文化の多くを、惜しげもなく自らの意志で捨て去ってしまった。そのひとつが体のさばき方(使い方)である。体のさばき方の中でも、立って歩くという、最も基本的な動作ーー最も基本的な動作であることは、最も根源的な動作でもあるーーを、明治政府が富国強兵のために導入した、欧州流軍事訓練の方法によって、それまでとは正反対の動作に変えてしまった。
明治政府が導入した欧州流軍事教練は、戦前はもちろん戦後の学校教育にも引き継がれた。小中学校の運動会で現在も行われる行進もそのひとつである。
現在の日本人が当たり前の動作だと考え、あるいは考える以前に無意識に行っている立ち方、歩き方は、正しい、理にかなった動作だろうか。少なくとも、日本人の体形、つまり骨格や腱、筋肉の付き方に適合した動作であるだろうか。
立ち方、歩き方について、学校の教師やウオーキングの指導者はこんな風に教えている。膝と背筋を伸ばし、胸(肩)を張って、首を引いて立ちなさい。歩き方は、前述した立ち方を保った上で、後足の膝を伸ばした状態でつま先で地面を蹴り、前足もやはり膝を伸ばしたままで踵から着地しなさい。手(腕)は足とは互い違いの方向に大きく振り、そのことによって上体を捻って推進力をつけなさい。
学校の体育教師やウオーキングの指導者が教える、こうした立ち方、歩き方は、極めてエネルギー効率の悪い歩き方である。そればかりか、膝と背筋を伸ばし、胸(肩)を張った立ち方を前提にして、「点」(つま先)で蹴りだし、「点」(踵)で着地する歩き方は、膝や足首(アキレス腱)を痛める原因にもなっているばかりか、日本人にとくに多い症状である腰痛や肩こりを誘発している。
明治以前の日本人の立ち方、歩き方は、現在では能、狂言、歌舞伎、日本舞踊など伝統芸能の動作の中でわずかに残っているだけである。しかも、そうした伝統芸能の動作は、日本人の一般的な動作とはかけ離れたものになってしまった。
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宮本武蔵の『兵法三十五箇条』は、立ち方、歩き方を教えるために書かれたものではない。武蔵が、自ら編み出した兵法の極意を『言語化』(内的な言葉を一般に流通する言葉に変換させること)するために著したものである。しかし、武蔵が綴った短い言葉は、明治以前の日本人が身に付けていた、立ち方、歩き方を含めた体のさばき方のエッセンスを、驚くほど簡潔に示している。
一回読んだだけで理解できるような文章ではない。難解な文章である。しかも、アフォリズムのように、短い文章が項目ごとに並べられているため、前後の文脈からその意味を類推することも難しい。しかし、独創的な文章が共通にもっている、抗し難い魅力をもった文章である。
素人の拙い訳ではありますが、是非とも一読していただけることを願うものです。(2004年6月23日記)
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