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米国で起きた同時多発テロと米英によるアフガニスタン攻撃。既に現実のものになった炭そ菌をはじめ生物化学テロの恐怖が世界中に広がっている。そうした中で、世界選手権など海外で開催される国際大会への選手団派遣を中止する競技団体の決定が相次いでいる。手元にある新聞(10月19日付読売)によれば、日本体操協会は世界体操選手権と世界新体操選手権への選手団派遣中止を決定。日本水泳連盟も2002年3月までに開催される国際大会への選手団派遣を中止する方針を決めた。国際大会への選手団派遣の中止、見送りの決定は、日本ウエイトリフティング協会などほかの競技団体にも広がっている。
こうした競技団体の決定には、異論ははさみにくい。「選手団の生命の安全が100%保証されない限り、日本からの参加は困難」(同日付読売、日本ホッケー協会の国際ホッケー連盟への申し入れ)。選手団が危険にさらされても国際大会へ参加すべきとは、部外者の立場から発言することは極めて困難だ。
しかし、日本の競技団体はそうした態度を取っているだけで済むのだろうか。誤解を覚悟で言えば、彼らの態度には、日本の戦後社会に蔓延した無責任な「一国平和主義」のにおいがする。解説するまでもないが、「一国平和主義」とは、世界中がどうなっても日本だけは平和で安全であればいいという考え方だ。本来、そんな理屈は通らないはずだが、冷戦下で米国の「庇護」―良し悪しはともかくそうだった―のもとにあった日本だけで成り立っていた理屈だ。
とりあえず米国に照準を定めたとしても、テロリストの究極の狙いは、世界中の文明国を「恐怖の連鎖」に落とし込むことにある。恐怖の連鎖によって、文明を形成するあらゆるもの―もちろんスポーツも含む―の連携を断ち切ることだ。国際大会への参加中止を相次いで決めた日本の競技団体は、テロリストの恫喝に屈服したことにはならないか。あるいは、競技団体は、テロリストのそうした狙いを十分に吟味した上で決定したのだろうか。日本では毎年、複数の国際大会が開かれている。選手団派遣を中止した日本体操協会、日本水泳連盟もここ1、2年の間に日本で国際大会を開催したばかりだ。ホスト国の立場はよく分かるはずだが、彼らはそうしたことも十分に配慮した上で選手団派遣の中止を決めたのだろうか。
2002年5、6月には日本と韓国の共催でサッカー・ワールドカップ(W杯)が開かれる。テロと戦う姿勢も示さず、テロの恐怖だけで国際大会への選手団派遣を取りやめる国―。世界の各国にそう思われたとしたら、少なくとも日本でのW杯は失敗に終わるだろう。
日本オリンピック委員会(JOC)は10月24日の評議会で竹田恒和常務理事(53歳)を新会長に選出した。竹田氏は就任後の会見で、2002年冬季五輪への選手派遣について、「安全対策を十分にし、選手を送り込むのがJOCの使命と思う」と語った(10月25日付読売)。日本の競技団体は、もはや時代遅れでしかも理不尽な「一国平和主義」と決別できるのだろうか。(2001年10月25日)
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