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マラソンの常識を覆した北京の金メダリスト
スポーツ観戦の醍醐味のひとつは、かたい殻に覆われていて、とうてい壊れようもないと思われていた常識が、目の前で壊れてしまう瞬間を目の当たりにすることである。北京五輪でも、スポーツの常識がまたひとつ目の前で壊れた。
長く続いた耐久レースの時代を脱し、近年のマラソンは高速レースの時代となった。粘りで走り通す時代から、トラックの1万mに近いペースで40キロ余りを走り抜ける時代に変わったのである。
男子の世界記録はいまや2時間4分台である。2時間3分台にすぐにでも手が届くところまできている。
耐久レースの常識は覆ったが、近年の高速レース化したマラソンにも、厚い常識の壁が存在していた。
それは、マラソンには2種類のカテゴリーがあるという常識である。この壁はそう簡単には崩れないと、誰もがそう信じていた。
しかし、北京五輪の男子マラソンで、ケニアのまだ21歳と極めて若いマラソンランナーが、この常識をいとも簡単に覆してしまった。
北京五輪男子マラソンの金メダリスト、サムエル・ワンジルである。ケニアに生まれ育ったが、仙台育英高校、トヨタ自動車九州に所属してきた、日本で学び経験を積んできたランナーである。
ワンジルが覆した常識は、互いに関連するが、あえて分類すると、次の2つである。
その1つは、マラソンには2つのカテゴリーがあるという常識である。ペースメーカーの存在が認められる世界の主要大会と、ペースメーカーが出場できない、五輪や世界陸上などの公式大会である。
ペースメーカーが存在する世界の主要大会では、記録更新を狙うことになる。ペースメーカーが出場しない大会では、互いに牽制し合うことになるから記録は二の次で優勝を狙う大会になる。
五輪や世界陸上ではペースメーカーは出場が許されない。しかも、近年の五輪や世界陸上は、北半球の夏場に開催される。商業化した近年の五輪では、米国と欧州のプロスポーツとの競合を避けるため、この時期の開催されることになる。
ペースメーカーは出場できない。開催時期は高温(多湿)の夏場である。そうなると、五輪マラソンは記録を争う大会ではなく、順位を争う大会になる。前半は牽制し合ってローペースになる。勝負は30キロ過ぎから35キロあたりになる。
ワンジルはそんな五輪マラソンの常識をいとも簡単に覆してしまった。序盤からハイペースで入り、気温が高くなった中盤以降もペースを落とさず、ライバルを振り切って、ゴールへの一人旅を突き進んだ。
北京五輪では、女子マラソンでも常識が覆った。男子と違って想定どおりの高温多湿下のレースになったが、ルーマニアのコンスタンティナ・トメスクが序盤から独走して、そのまま逃げ切ってしまった。
常識どおりに後方待機の戦術を取った、ケニアの実力者、キャサリン・ヌデレバは、結果は2位だったが、トップからは終始遠い位置に付くだけで終わってしまった。
日本の新聞は、彼女はトメスクが飛び出したのを知らなかったと書いたが、これは信用できる話ではない。彼女は「個人」で走ったのではなく、「チーム・ヌデレバ」として走ったはずである。レースの要所で、レースの状況をチームの誰ひとりとして彼女に伝えなかったということなど、とうてい信用できない話である。
余談はさておく。女子マラソンを制したトメスクもまた、マラソンの常識を覆したのである。(2008年9月8日記)
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