|
2002年9月14日、陸上競技の男子100メートルで世界記録が更新された。共同通信の記事によると、陸上の国際グランプリ(GP)ファイナルは14日、パリで行われ、男子100メートルでティム・モンゴメリ(米国)が9秒78の世界記録をマークし優勝した。従来の記録はモーリス・グリーン(米国)が1999年にアテネでマークした9秒79。これを0秒01更新した。T・モンゴメリは(記録公認の)許容範囲ぎりぎりの追い風2メートルと、条件にも恵まれた。
T・モンゴメリの世界記録更新は、時差の関係もあって、地方に配送される翌15日の新聞にはほとんど間に合わなかった。新聞各社のホームページで確認したが、各社とも大きな扱いはしていなかった。同じ大会の男子ハンマー投げで優勝、日本人初の種目別優勝を果たした室伏広治と同格の社まであった。テレビもスポーツニュース枠で取り上げただけだった。
日本のメディアの姿勢に対し疑問がわいてきた。T・モンゴメリの世界記録更新はそんな扱いで済むニュースなのだろうか。陸上の男子100メートルの世界記録は「別格」の記録である。しかも従来の記録9秒79には、スポーツにとって極めて重い「負の刻印」が深く刻み込まれていたからだ。以下、そのことについて語りたい。
スポーツは「記録」より「記憶」だという言い方がある。どんなにすごい記録より、競技者のパフォーマンスの記憶にこそ価値があるという考え方だ。プロ野球、読売巨人軍の全盛期、ともに主軸打者として活躍した王貞治、長嶋茂雄を対比させるために生まれた言葉だろう。こんな使い方をしたと思う。868本の本塁打を放ち、2度の三冠王に輝いた王より、記録では劣る長嶋のパフォーマンスの方により価値がある――。熱烈な長嶋支持派による負け惜しみのような言い方だが、スポーツの本質に触れる言葉でもある。
スポーツは「記録」と「記憶」によって成立している。記録のないスポーツは存在しないし、記録とともに人々の心の底に深く刻み込まれる記憶なしには、語り継がれることはない。スポーツは記録と記憶の相互作用、あるいは化学反応によってその輝きを増す。そして次の世代へと受け継がれていく。
スポーツにはまた、特別の競技がある。陸上競技、水泳(競泳)、それに格闘技を代表するレスリングはそうした競技だ。これらは歴史的に見てもスポーツの原点のようなものだ。これらの競技はまた、人間の基本的な身体能力を表現する。陸上競技の場合は、「走る」「跳ぶ」「投げる」という、陸上生活における人間の最も基本的な動作を競う。
陸上競技の中でも特別な種目は100メートルだろう。男子100メートルの世界記録保持者は「人類最速のランナー」という栄冠を手に入れる。そして、彼の記録はその時点での人類の「到達点」として位置付けられる。五輪や世界選手権でも男子100メートルの勝者は他の種目の勝者とは違う、特別な扱いを受ける。
T・モンゴメリがパリで記録を更新するまで、男子100メートルの世界新記録はM・グリーンが1999年にアテネでマークした9秒79だった。国際陸連のデータブックにもそう書いてあるし、疑う余地はない。しかし、M・グリーンの9秒79は厳密に言うと、「世界新記録タイ」でしかなかった。1988年・ソウル五輪の決勝で、ベン・ジョンソン(カナダ)がマークした記録と同タイムだからだ。B・ジョンソンはドーピング(薬物)違反が発覚し、金メダルをはく奪され、陸上界から追放された。彼の世界記録も抹消された。
国際陸連は競技者としてのB・ジョンソンと彼の記録を公式記録から削除した。しかし、記録は抹消できても人々の心の中に深く刻み込まれた記憶は抹殺することはできない。そういう意味で、M・グリーンの9秒79は国際陸連のお墨付きをもらった世界タイ記録にすぎなかった。人類は、T・モンゴメリがパリで9秒78をマークするまで、実に14年間も、B・ジョンソンによる薬物にまみれた、「汚れた記録」を塗り変えられずにいたわけだ。
ロス五輪以来、長く世界の陸上短距離界に君臨してきたスーパースター、カール・ルイス(米国)と、異常なほどに筋肉を鍛えあげ「黒い弾丸」と形容されたB・ジョンソン。それまで直接対決を避けてきた両雄がついに激突したソウル五輪。まさに「人類最速のランナー」を決めるレースだったはずだ。男子100メートル決勝のテレビ映像はいまも鮮明に覚えている。
筆者の記憶からレースを再現してみる。米国東部時間のゴールデンタイムに合わせて設定された決勝は、現地時間の早朝に行われた。テレビカメラはスタート前の両雄の表情をアップで映し出す。普段のレースではほとんど感情を表さないルイスの表情は硬い。緊張のためか唇を何度もなめる。B・ジョンソンはまったくの無表情。濃い褐色の顔の中で、両眼だけが真っ赤だ。充血して赤いという範囲は超えている。白目の部分が真っ赤に染まっている。まるで、彼の脳みそがいますぐに、そこから飛び出してしまうのではないかと思えるほど、異様に赤く輝いていた。
レースはB・ジョンソンがスタートから飛び出した。スタートで出遅れても中盤から加速するはずのルイスは伸びない(そう見えた)。差は開いたままゴールに飛び込んだ。スローモーションで再生された映像は、ゴール直前のルイスの表情をとらえていた。斜め前方でゴールするB・ジョンソンを見やったルイスの表情に一瞬、『驚き』が走った。
レース直後もB・ジョンソンは無表情だった。真っ赤に染まった両眼は宙を見据えていた。しばらくたって(ほんの数秒後だろう)、ルイスが勝者に握手を求めた。B・ジョンソンはルイスを正視しなかった。このレースでB・ジョンソンは9秒79という、驚異的な世界記録をマークした。2位のルイスの記録は9秒92だった。
B・ジョンソンの栄光はしかし、レース後たった3日で終わった。国際オリンピック委員会(IOC)は薬物使用によりB・ジョンソンの金メダルをはく奪した。9秒79の世界記録も抹消された。B・ジョンソンは五輪を追放され、代わってルイスに金メダルが与えられた。世界記録はこのレースでルイスが出した9秒92が公認された。
ソウル五輪の男子100メートル決勝は、スポーツ史に永遠に残る名シーンとして刻印されるはずだった。しかし、薬物違反の発覚によってすべては違ったものになった。人類の『未知の領域への挑戦』を象徴するシーンは、薬物という『怪物』の恐怖とそれから逃れられないスポーツ界の『現実』を象徴するシーンへと暗転した。
しかし、記録は抹消できても記憶は残り続ける。人類があれから14年もたってようやく、薬物まみれの『汚辱の記録』を超えたとしても、記憶は深く刻印されるべきである。しかし、日本のメディアは、最も目をそらしてはいけない記憶を無視し続けている。抹消された世界記録に触れずに、日本のメディアは何を語ろうというのか。ソウル五輪でのB・ジョンソンの栄光と3日後の暗転は、けして忘れ去られてはいけない記憶である。(2002年9月16日)
|
なんか今見ると凄い哀れだわ
モンゴメリはドーピングに引っかかった選手
だからな
小さく報じて結果的によかった
2010/10/9(土) 午後 2:12 [ e1203311 ]