成田好三のスポーツコラム・オフサイド

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【読者の声】いじめ根絶キャンペーンのまやかし

 ■第一当事者の家庭の姿が見えない なみお

 いま盛んに世論を盛り上げているこのいじめ問題、国をはじめマスメデァで取り上げている解決策は、殆ど場当たり的である。おっしゃるように、いじめは無くならない。社会の至る所にあるものとの認識をさせることで、強い人間を育てることに腐心しなければならない。それには、先ず何をさて置いても家庭での親の在り方である。わたくしの知人の息子が学校で、いじめに遭っていた。連日仲間から殴られる位のいじめで、原因を問いただしても話そうとしない息子に親は学校に乗り込んでいじめる子どもたちを出せと詰め寄り、学校に直談判をしてその子たちの親にも
直接抗議して問題をあからさまにして解決した。それ以後いじめは止んだとのことです。

これ位のことの出来る親でなければならない。いろいろな取り上げ方がされているが、 第一当事者の家庭の姿がちっとも見えないのは何故だ。社会としてもこれではま
ったく駄目だ。親としての力をもっと養成して、子どもには保護者としての態度を決然と示すべきである。


できるところからボチボチと Y.Szuki

学校が閉鎖的になった理由に変質者の存在があります。

成田さんのご意見は、校門は常時 閉じていても構わない、ただ外の空気を、例えば地域の老人との交流会などで、学校へ入れよう、ということだろう、と理解いたしました。しかしこのような活動は、上記の「学校は文部科学省の決めた学習指導要領の範囲の勉強をするところ〜」というご意見と矛盾するように思われます。

 また成田さんが批判されていた朝日新聞の連載では、たしか野田知祐さんが、いじめられるのであれば学校から逃げても良いのだよ、という趣旨のご意見を述べていらっしゃいました。一朝一夕でいじめはなくせない、できるところからボチボチと、例えば新聞で有名人のいじめ反対の連載をやったりして、歩んで行くしかないのかもしれませんね。


 ■ 選べる道は沢山あるんだよ タカダ

はじめまして。本当に共感いたしました。連日のいじめ報道に違和感を 感じながらいました。同じように考えていましたが言葉にした り意見を交換したりする場でどうもうまく表見出来ずにいましたが、こ れからは意見が述べられそうです。オトナの世界 にはいじめが無いような報道、強くならなきゃだめだよという立ち向か える人の意見、死ぬまで放っておいて死ぬな死ぬなととだけいうひ と・・・一番ビックリしたのが、「いじめを見て見ぬフリは同罪」とい うような取り決めには心底おどろきました。おどろいたというよりオト ナ、我々もできないでしょうって。怖い、煩わしい、と思う気持ちを悪 (罪)とはできません。

辛いことが続けば視野や考え、行動も狭くなり ます。生か死、という選択を迫られたことはありませんが、彼らは 「死」を選ぶほど追いつめられていたんだと思うといたたまれない気持 ちでいっぱいになります。広くの子供達には何も出来ませんが、近くに いる子供には選べる(進める)道は沢山あるんだよという事に気が付け るような地域になるように接して行こうと思います。


 ■ いずめは完全になくすべきだと思う M.Sho

 「 いじめ根絶キャンペーンのまやかし」の中で「いじめは、人間社会のどこにでも普遍的に存在する現象である」から「小中学校からいじめを根絶しようなどという行為は、社会から犯罪を一掃しようという行為と同じく、実現不可能な愚かな行為である。」と書かれていますが、わたしは、いじめは小中学校から完全になくすべきだと思います。そして、それは可能だとも。

 実社会からいじめ行為はなくならないとしても、幼い子供たちにそんなことを言って、いじめは仕方のないことだと思わせてどうなりますか。すくなくとも小学校や中学では原則としていじめをなくす取り組みをおこなってこそ、多くのいじめ行為が少なくなっていくのだと思う。特に小学校では、教師という権力者が適切な指導をすることによってそれは可能でしょう。

 そういう環境で育った子供たちが大きくなって中学、高校と育つにしたがって徐々に、もっとフェアな大人の社会が広がっていくのだと思う。初めから「いじめはなくならない」なんて諦めてしまっては情けないことです。


 学校をもっとオープンにする事は賛成で、勉強以外の活動を外に移すという提言もおもしろいと思いますが、それを具体的にどうするのか、成田さんのアイデアをいつか書いていただけたらと思います。



開放系社会に賛成です M.Shimura

初めまして、精神科医をしているものです。コラム読ませて戴きました。最近の施策を見ていると、地方自治レベルでは開放系に進んでいるように思える部分があると評価しているのですけれど、国策的部分に関しては、グローバリゼーションへの流れやボーダレス社会への保身的反動のような、奇妙に閉鎖系社会への道を歩んでいるように思えてしまいます。精神科臨床においては「心身を整える」「遊ぶ・寛ぐ・楽しむ」そして「思いを伝える」ことの順に、とりわけ思春期・青年期精神障害からの回復には大事だと思っています。

薬物療法は「包帯」や「ギブス」のようなものに過ぎず、生きたコミュニケーションや主体性を奪われた「治療」においては、回復過程は始動しません。既定の治療プログラムに乗らない利用者は、「治療」過程からははじき出されて益々、退行の深層へ追いやられていきます。かつて、精神医療は閉鎖系社会であり、その結果、現場の私には、とても悲しい現実が、たんまりと日々、蓄積しまってきたように思っています。今でこそ、医療現場においては、以前よりは、情報公開が行われていますが、しかし国が定めた「しなければならない」という最低基準を医療界は守ってきただけにとどまり、未だ、治療選択に必要でまた重要な内部情報を利用者に示すことは限定的です。

そんな精神医療の歴史と、最近の教育の動向が極めてダブっているように思います。教育基本法採決や、プログラ化された公聴会のあり方には、複雑系という生体システムとは相容れない、死滅する社会へ進む姿として私には映っていました。教育界に必要なのは、複雑系社会化への導入であると思いますし、いじめ〜自殺という子ども達が居場所を失う事態を変え、教育ということを進化させるのは、危険をはらみながらも、情報開示や、PTA組織を本来の機能に戻し、開放系社会へ教育現場を導くことだと思います。この意味で、賛意をお伝えしたいと思います。


イジメはなくらないと思う Y.Ohkuni

いじめは無くならない。私は学校医もしている呼吸器内科医です。どの社会もあまねくいじめは存在している。小中学生が学校以外にも自分の居場所を確保できるようにというご説はなるほどと思わされました。知り合いの校長にもいじめについて聞いたら、誤解を恐れずに言えば、という前置きながら、イジメはなくならないと思う、と言ってました。どうやってそれを早く見つけるかだ、と。ご説を別の知り合いの校長にコピーして送ります。

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