成田好三のスポーツコラム・オフサイド

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 ライアン・ギグスに再会した日

 あの、突貫小僧のようだった、ライアン・ギグスがテクニシャンに変身していたとは、とても信じられなかった。

 筆者がギグスを「発見」したのは、フランス人のエリック・カントナがイングランド・プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッド(M・U)の、文字通りの王様として君臨していたころだから、もう7、8年ほど年前のことである。

 当時のギグスは、「ようだ」ではなく、まさに突貫小僧そのものだった。こんなプレーが強く印象に残っている。中盤のサイドでカントナが相手選手2、3人を引き連れて、ボールをコントロールしている。圧倒的な体幹の強さと信じられないような繊細なテクニックで、高速クロスを反対サイドのスペースに放り込む。

 誰もいないはずのスペースに、とてつもなく反応が速く、かつ足の速い選手が飛び込んでくる。カントナの放ったクロスを1トラップか、ダイレクトでゴールに蹴り込む。時にはダイブしたままヘッドでゴールに突き刺す。そんな選手が、若き日のギグスだった。

 NHKがBSで今秋からプレミアリーグのゲームを再び放送し始めた。ある日、M・U対フラムのゲームを見ていていると、FWのウェイン・ルーニー、カルロス・テベスの後ろに、クリスティアーノ・ロナウドとの並びで、どこか見覚えのある選手がプレーしていた。

 それが、あのギグスだった。頭髪はだいぶ後退していて、子どもっぽい顔立ちは骨っぽい頑強な風貌に変わっていた。しかし、その選手は、あの突貫小僧そのものだったギグスに違いなかった。

 年を経たギグスがM・Uの中盤をコントロールしている。いま最も旬な選手であるルーニーやC・ロナウドを操っている。長く付き合いの途絶えていた旧友に再会したような気分になった。

 ギグスはそのキャリアにおいて、本人とはまったく関係ない事情によって、「不幸」な選手である。若き時代に、あのカントナのパートナーとしてM・Uでプレーした選手で、しかも現在でも、M・Uの中心選手として、ルーニーやC・ロナウドを操っている選手が、何故に不幸なのか。

 ギグスの、クラブ所属選手としてのキャリアには、何ひとつといって不幸はない。彼の不幸は、これだけのキャリアの選手としてW杯に縁がないということである。彼は英国人ではあるが、イングランド人ではない。彼はウエールズなのである。

 彼の出身がイングランドならば、イングランド代表の中心選手として、何度もW杯に出場していたことだろう。しかし、英国の中でも「弱小地域」のウエールズ代表では、W杯出場の機会は巡ってこない。

 それでも、ギグスにはイングランドに「帰化」する考えなど毛頭ないだろう。イングランドでプレーするウエールズ人の誇り、いやもっと言えば、「ケルトの誇り」が、ギグスを強く支えているに違いない。(2007年12月11日記)

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