成田好三のスポーツコラム・オフサイド

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 土日と年末年始にニュースはいらない?!―毎年2週間の長期休暇を取る「報道ステーション」―

 日本の民放TV局は、土日と年末年始はニュースはいらない、あるいは、土日と年末年始は、視聴者はニュースにまったく興味がないと考えているようです。

 民放の看板報道番組である、TBSの「ニュース23」やテレビ朝日の「報道ステーション」は、土日の放送はありません。他の民放の看板報道番組もすべて同じです。土日の夜、民放のニュース枠は、番組と番組の間に流れる1分程度のスポットニュースしかありません。

 年末年始になると、民放の看板報道番組はすべて長期休暇に入ります。なかでも、最も長い休暇を取るのが、テレビ朝日の「報道ステーション」です。

 曜日の関係で1日程度前後することはありますが、毎年12月20日を最後に年内の放送を終わらせ、年明けに番組を再開させるのは1月4日の仕事始めの日になります。番組休止期間は14日、2週間にも及びます。

 毎日何がしかの事件や事故、話題が起きているからニュースなのです。しかし、テレビ朝日は、年末年始の2週間の間は、ニュースは起こらない、あるいはこの間は、視聴者はニュースに興味をもたないと、考えていることになります。

 ライブドアがフジテレビに対して買収を仕掛けたとき、フジテレビが買収を拒否する理由として真っ先に挙げたのは、TVメディアの「公共性」でした。

 フジテレビの言い分は、少し品のない言い方をすればこういうことでした。金銭亡者のIT成金である「ホリエモン」などに乗っ取られたのでは、TVメディアの「公共性」が担保できない。だから、何がなんでもライブドアの買収は阻止しなければならない。

 楽天がTBSに対して経営統合を持ちかけた―これも買収提案ですが―ときのTBSの拒絶理由も同様でした。買収を提案する側、それに対抗する側とも、言い方がややソフトになっただけで、買収拒否の理由は同じです。

 しかし、TV局側の言い分である、TVメディアの「公共性」は、いまのTV局において、十分に担保されているのでしょうか。

 民放は、1日の放送時間帯の大半をワイドショーとバラエティー番組に充てています。一概にワイドショーやバラエティー番組が悪いとは言いません。室の高いワイドショーやバラエティー番組もあります。

 最近の社会的関心事である、ホテルやマンションの耐震強度偽装事件は、ワイドショーが先行し、それをTVのニュース・報道番組が追いかけ、それから新聞が後追いするというパターンになっています。

 事件情報が新聞よりもTVに、なかでも視聴率の高いワイドショーに集まり、事件を追及する民主党などの国会議員もワイドショー人気を利用するーという循環が起きています。

 しかしです。ワイドショーがいくら先行したとしても、事件をきちんとフォローする役目は、ニュース・報道番組が担っているはずです。

しかしながら、民放はニュース・報道番組を月―金だけに限定しています。これは報道する姿勢としては明らかに間違っています。ニュースは土日にも年末年始にも当然発生します。

 民放の報道番組担当者や担当幹部、そして経営者もをのことは分かっているはずです。そして、視聴者は土日も年末年始もニュースを求めていることを理解しているはずです。しかし、彼らは相変わらず土日と年末年始はニュース・報道番組を扱いません。

 その理由は、視聴率競争が激しいといっても、民放は所詮「井の中の蛙」的な存在だからです。放送法によって政府から電波を割り当てられた許認可事業であり、政府の規制によって新規参入がほとんど不可能な最後の「護送船団」業界だからです。

 政府の規制に庇護された、年間兆円単位の広告費を、これも寡占状態の電通を筆頭とする広告代理店を通して、東京キー局5社が分け合っている業界だからです。

 彼らにとって大切なのは、建前でいっている「視聴者の声」ではありません。本音ではそんなことは考えてはいません。彼らの本音は自らの権益、既得権を死守するという一点があるばかりです。

 今年はライブドアと楽天がこうしたTV局の厚い壁をこじ開けようとしました。来年は政治が動き出します。

 宮内義彦オリックス会長が議長を務める、政府の規制改革・民間解放推進会議は12月21日、NHKの受信料制度見直しなど公共放送の在り方などについて、2006年度早期に結論を出すことなどを明記した答申を小泉純一郎首相に提出しました。

 見直しがNHKだけにとどまるはずはありません。NHK改革は、これまでNHKと「共存」してきた民放にも及びます。

 また、竹中平蔵総務相は放送と通信の融合に向けた私的懇談会「通信と放送の在り方に関する懇談会」を立ち上げることを明らかにしました。これも、小泉首相に在任中の2006年度前半に結論を出すことにしています。

 これらは個別の動きであるはずがありません。政府の竹中氏と財界の宮内氏が旗振り役になって、最後の規制産業ともいえる放送業界の「改革」に動き出したわけです。竹中氏は、NHKを含めた放送業界、つまりTV局の「大手術」のために総務大臣に就任したようなものです。

 土日と年末年始にはニュースはいらない。そんな手前勝手な姿勢でいるTV局は、IT産業と政治の圧力によって吹き飛ばされてしまうでしょう。(2005年12月28日記)

 浅田真央、スター誕生の瞬間も疑似生中継だった

 「スターは一夜にして誕生する」という言葉がありますが、12月17日夜、テレビ朝日のフィギュアスケート、グランプリ・ファイナルを見た多くの人たちは、この言葉の正しさを改めて実感したのではないでしょうか。

 今シーズンからグランプリに出場を果たしたばかりの15歳の少女、浅田真央が、11月のグランプリ・フランス杯での初優勝に続き、世界の選りすぐりの名手だけが出場したグランプリ・ファイナルで優勝したからです。

 しかも、この少女は抜群の技術や演技力に加えて、まだあどけないルックスや、あのあぶらっこさが持ち味の松岡修造(テレビ朝日のキャスター)と軽妙なやりとりまでこなす、抜群のコミュニケーション能力までもっています。

 さらに加えて、世界一のスケーターの座を手にしながらも、国際スケート連盟が定めた年齢制限によって、トリノ五輪に出場できないという、悲劇性まで兼ね備えています。

 これだけの魅力的なファクターをもったスターの誕生は、スケート界、いやスポーツ界全体で見ても極めて希有なケースといえるでしょう。

 ■まだ消えていない五輪出場の可能性

 筆者は、現段階では浅田の五輪出場の可能性はまったくない、とは考えていません。FIFAと並ぶ世界最大のスポーツ興行主であるIOCの判断によっては、五輪出場の可能性がでてくるからです。

 フィギュアスケートは、欧米では絶大な人気を誇る競技です。しかも、今回の五輪は欧州で開かれます。五輪の興行主であるIOCが浅田の興行的価値を極めて高く評価するならば、特例出場の可能性があります。

 しかし、それも肝心の日本スケート連盟やJOCが動かなければ、IOCとしても手の打ちようがありません。特例出場要請に及び腰の日本スケート連盟やJOCの現段階での対応では、五輪出場は難しくなるでしょう。

 前置きと横道がだいぶ長くなってしまいました。そろそろ本題に入ります。

新聞各紙によると、この夜、テレビ朝日で中継されたグランプリ・ファイナルの平均視聴率は26・0パーセント(関東地区)、瞬間最大視聴率は浅田が初優勝を決めた場面の35・7パーセントでした。(ビデオリサーチ社調べ)

 何年に一度、いや十年に一度あるかどうかという、スター誕生の瞬間をTV中継したのですから、平均26・0パーセント、最大35・7パーセントという高視聴率は当然のことといえるでしょう。

 ■疑似生中継での高視聴率だった

 だがしかしです。筆者はこの高視聴率に釈然としないものを感じています。それは、この中継が、本当は録画中継なのに、生中継もどき、疑似生中継として放送されたことです。

 グランプリ・ファイナルの女子フリーの時間帯は夕方でした。午後6時半には演技が終了しています。テレビ朝日の中継は午後7時から9時の時間帯でした。大会日程を見ると、中継が始まった午後7時は表彰式の時間でした。それを、テレビ朝日はあたかも生中継であるかのような構成で放送しました。

 番組内では録画中継とはコメントしません。もちろん生中継とも言いません。画面でも「ライブ」「録画」などのテロップは流れません。しかし、放送関係者など以外の一般の視聴者には生中継と思わせる構成になっています。

 ■いまや当たり前になった疑似生中継

 こうした疑似生中継の手法は、民放のスポーツ中継ではいまや当たり前になっています。毎週のゴルフ中継も、バレーボールなど国内で開催される国際大会も、世界陸上や世界水泳なども、ほとんどすべてのスポーツ中継は疑似生中継です。

 民放がライブで放送するスポーツ中継は、プロ野球とサッカー日本代表の試合くらいしかない、といってもいいでしょう。

 筆者は、疑似生中継は絶対だめだとは考えていません。民放の場合は、スポンサーとの関係やゴールデンアワーに放送して視聴率を稼ぎたい、番組を一定の時間枠に収めなければならないなど、幾つかの理由があることは理解できます。

 ■視聴者に一切説明しない民放

 だがしかしです。民放は一切、そうした手法を取って放送していることを、またなぜそうした手法を取っているのかを、番組内でも、その他の枠でも視聴者に対して説明をしていません。結果的には、放送界内部の事情を知らない視聴者をだましていることになります。

 スポーツ観戦において最も魅力的な場面である、スター誕生の瞬間さえ、一般の視聴者は生中継で見られないばかりか、生中継と無理やりに思わされて見なければならない、ということになります。

 こうした視聴者への告知なしの疑似生中継を続けていると、民放はいつの日か視聴者から手ひどいしっぺ返しをくらうことになるでしょう。(2005年12月24日記)

 新聞寸評―TV番組収録中にけがをした大黒将志―

 □大黒は急きょ欠席 TBSの番組収録でけが(見出し)

 Jリーグ1部(J1)G大阪の日本代表FW大黒将志が20日のJリーグ・アウオーズを急きょ欠席した。前日にTBSのバラエティー番組収録で右足首を負傷。大事を取って式典に出ずに帰阪した。
 番組関係者から謝罪を受けたG大阪の佐野社長は「思ったより腫れたみたいだ。番組内容を知って出したのだからテレビ局を責めるつもりはないが、タイミングは悪かった」と話した。
 天皇杯全日本選手権準々決勝(24日)への出場は微妙で、西野監督は「(番組出演を)知らなかった」と不機嫌そうだった。(共同通信)

 ■いつまで続ける愚かなTV番組出演

 【寸評】あんな馬鹿なことをやっていると、いつか事故が起きてしまうと考えてましたが、とうとう起きてしまいました。TV番組収録中に起きた大黒将志のけがのことです。

 こういうニュースは一般紙ではディテールがよく分かりません。頼りになるのはスポーツ紙です。

 サンケイスポーツによると、大黒がけがをした番組は、「関口宏の東京フレンドパークII」の26日放送分、ということです。記事は「トランポリンを使って壁にジャンプして得点を競うゲーム『ウォールクラッシュ』の練習でトランポリン上にとび乗った際、誤って中央を外れて金属製の外枠に右足をついてひねり、軽い痛みを訴えた。そのため本人と局側が協議し、大事をとって出演を見送った」と書いています。

 プロ野球選手がオフシーズンに『筋肉番付』系のTV番組に出演することは、もう当たり前になっています。最近はサッカー選手にもそうした番組からお呼びがかかるようです。

 スポーツ選手がTVのバラエティー番組などにに出演すること自体が悪いことだとは言いません。しかし、「時」と「番組内容」を考えて出演すべきかとうかを決めるべきです。

 大黒の場合はオフシーズンではありません。天皇杯準々決勝の直前です。しかも、フランス2部リーグ・グルノーブルへの移籍がほとんど決まりかけた時期でもあります。

 シーズン中に、しかもチームにとっても本人にとっても重要な時期に、TV番組収録中にけがをするということは、最悪、最低の行為と言うしかありません。

 大黒本人も、所属するガンバ大阪も、Jリーグも、そして大黒はドイツW杯の日本代表候補ですから日本サッカー協会も、サッカー選手のTV番組出演について、あらためて検討し直すべきです。

 スポーツ選手が「筋肉」を見せるべき場所は、『筋肉番付』系番組ではありません。見せるべき場所は、大黒の場合ならサッカー場のピッチであり、プロ野球選手なら野球場であるべきです。自らの「筋肉」をバラエティー番組などで「安売り」すべきではありません。

 また、スポーツ選手は彼の行う競技によって、それぞれ特殊な筋肉の付き方をしています。いわゆるノーマルな筋肉の付き方をしているわけではありません。そんな筋肉が、番組制作者が勝手に考えた『擬似競技』に対応することは、リスクを伴うことになります。

 スポーツ選手が出演するTV番組は、『筋肉番付』系だけではありません。お笑い芸人(けして差別的に言っているわけではありません)と一緒に馬鹿笑いをする番組にも頻繁に出演しています。

 しかしです。こうした番組への出演が本人をはじめ球団、リーグ、そして競技自体の「ステータス」の向上につながっているのでしょうか。お笑い芸人にそそのかされて馬鹿笑いや馬鹿騒ぎをする姿が本人も含めてそのスポーツの利益に貢献しているのかどうか、きちんと吟味した上で出演するかどうか決めるべきです。(2005年12月22日記)
 

 「こんなものいらない」FAと育成ドラフト

 もう10年前、いやそれ以前でしょう。「巨泉のこんなものいらない」というタイトルの、TVの人気番組がありました。人気司会者として一世を風びした大橋巨泉が、社会一般には重要のものと考えられていた対象を、一般常識とは違った切り口でそ上にあげ、「こんなものいらない」となで切りする番組でした。

 巨泉流でいえば、現在のプロ野球には、「こんなものいらない」ものが少なくとも2つはあります。実態的には機能していないFA(フリーエージェント)制度と、泥縄式に今年から導入された「育成ドラフト」です。

 ■FAをまともに行使したのはプロ野球を離れる城島捕手だけ

 今年のプロ野球シーズン終了後にコミッショナーから公示されたFA有資格者は69人いました。しかし、実際にFA権を行使した選手は5人だけです。

 そのうち中日の谷繁元信捕手、阪神の矢野輝弘捕手は権利を行使したうえ球団に残留しました。谷繁、矢野にとっては、FA権行使は球団との年棒交渉の材料でしかなかったわけです。

 残る3人のうち西武の豊田清投手、中日の野口茂樹投手は読売巨人軍と契約しました。今シーズン、人気、成績とも低迷した読売が、またいつものように高額年棒の選手を買いあさっただけ、ということです。

 残る1人がソフトバンクの城島健司捕手です。城島はマリナーズと契約して、日本人捕手としては初めてMLB選手となりました。しかも正捕手獲得が確実な契約内容になっています。

 こう見てみると、FA権をまともに行使したのは、何とも皮肉なことに、プロ野球を離れる城島だけということになります。

 FA制度は、ドラフト制度によって、入団時に球団選択の自由のない選手に、ある一定期間実績を積めば移籍の自由を認める制度です。球団や球界全体にとっても、一流選手が移籍することで、球団間の戦力を調整できるというメリットがあります。

 しかし、実態はそうなってはいません。移籍先の球団が移籍元の球団に多額の移籍料を支払うという条件があることで、実際にFA権を行使できるのは、人気と実力を兼ね備えた極めて一部の「スター」選手に限られてしまいます。また、高額の移籍料を支払うことができる球団もまた一部の金持ち球団に限られますから、戦力の均衡どころか、戦力の不均衡を誘発する制度になっています。

 こんないびつな制度のままであるならば、FA制度は即刻廃止すべきです。もちろん、FA制度をドラフト制度と併せて本来の趣旨に変えるというならば、話は別になります。FA制度とドラフト制度は裏表の関係にあるからです。

 FA制度のいびつさは、以下の問題に象徴的に表れています。ドラフト時に希望球団を選択する自由のない高校生や一般のドラフト対象の大学生、社会人も、ドラフト時に球団選択権のある希望入団枠(昨年までは自由獲得枠)で入団した選手も、FA権を取得する条件は同じだということです。

 ■泥縄、噴飯ものだった初回の育成ドラフト

 プロ野球は今年、支配下選手(1球団70人以内)以外に選手を確保できる「育成選手」「研修生」制度を導入し、育成ドラフトを行いました。しかし、この制度の導入、ドラフトの実施とも泥縄式、噴飯ものになりました。

 プロ野球実行委員会は12月1日、この制度の導入を正式決定し、その日のうちに育成ドラフトを行いました。ドラフトはメディアにも現場を公開しませんでした。

 育成ドラフトに参加したのはプロ野球の12球団のうち、中日、読売、広島、ソフトバンクの4球団だけでした。日本ハムはこの日、1人を指名する予定で翌2日に届け出るとしていましたが、相手サイドとの調整がつかなかったとして、結局指名を見送りました。

 日本ハムが指名を予定していたのは大学生外野手でしたが、この選手の就職が内定していた企業の了解を得られなかったためでした。仮に、日本ハムが指名を強行していたならば、改善し始めた社会人野球との関係を悪化させることになったでしょう。

 プロ野球選手を目指す若者の将来を決定づける制度の正式決定と実際のドラフトを同じ日に、しかも秘密裏に行い、しかも指名予定者の1人は内定先企業の得られずに取りやめたというのですから、信じられないほどの呆れた話です。

 育成ドラフトには野球の裾野拡大、プロ野球選手を目指す選手へのチャンス拡大が前提にあるということですが、はたしてそうでしょうか。単に球団の人件費削減の目的に使われることはないのでしょうか。球団側の「青田買い」の場にはならないという保証はあるのでしょうか。日本ハムの場合のように、社会人野球界などとの摩擦も元になる可能性もあります。

 育成選手、研修生制度の導入は、二軍選手の「差別」を生む土壌にはならないのでしょうか。二軍の選手は支配下選手とそれ以外の育成選手、研修生という3つの階層が生まれることになります。この3つの階層がうまく機能するのでしょうか。

 育成選手・研修生制度、育成ドラフトはプロ野球界できちんと論議された上で導入されたのでしょうか。日本ハムの指名回避のケースを見ただけでも、そうは思えません。制度そのものをもう一度論議して整備し直し、一般にも公開したうえで導入すべきではないでしょうか。

 現行のFAや今年から導入した育成ドラフトは、巨泉流にいえば、「こんまものいらない」制度です。プロ野球が、社会一般の常識が通用するまともな組織になる道のりはまだまだ遠いようです。(2005年12月6日記)

 日本陸連の愚かさをわらう―日本選手権からの外国人選手排除―

 恐らく日本最古の競技団体である、日本陸連ほど愚かな競技団体はないでしょう。あるいは、これほど世間の物笑いのタネになることが好きな競技団体も、他にはないでしょう。

 アテネ五輪・女子マラソン選考では、曖昧な選考基準を設定したあげくに、結果としては落選した高橋尚子の選考をめぐって、社会的な大ニュースになるほどの混乱を引き起こしました。

 今年のヘルシンキ世界陸上・男子10000メートルの選考では、自ら設定した選定基準を自ら破るという大失態を演じ、世間の失笑を買ったばかりです。

 トラックの長距離レースやマラソンでのペースメーカーの存在についても、陸連は少なくとも10数年以上にわたって、新聞やTVなどメディアと結託して、その存在を否定し続けてきました。

 ペースメーカーの存在を公表した後も、世間をだまし続けた自らの行為について、釈明すらしませんでした。

 ペースメーカーについては、メディアも同罪、いや共犯者でした。男女の国内主要マラソンで陸連とともに主催者として、メディアは陸連の隠蔽工作に深くかかわってきました。陸連と同様に、メディアも公表にあたって釈明すらしませんでした。

 メディアの罪については、別のコラムで書くことにします。

 日本陸連は12月12日の理事会で、とんでもない決定をしました。今回は、このとんでもない決定について書くことにします。

 陸連はこの日の理事会で、来年、つまり2006年から日本選手権に限り、原則として外国人選手の出場を認めないことを決めました。

 以下は、この決定について書いた毎日新聞の記事のリード部分です。 

(見出し)「日本陸連:日本選手権に限り、原則外国人選手の出場認めず」

 日本陸上競技連盟は12日、東京都内で理事会を開き、来年から日本陸上選手権に限り、原則として外国人選手の出場を認めないことを決めた。男子長距離で外国人が急増し、日本人の出場機会が減ってきたことなどが理由。理事会では「国際化に反する」などの意見も出たため、強化対策に必要と判断した場合は受け入れることを付記する。日本で生まれ育った外国籍選手は、従来通り出場を認める。

 記事全文は下のアドレスからリンクしてお読みください。
 (http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20051213k0000m050017000c.html

 何と馬鹿げた決定でしょうか。スポーツは、今やプロ・アマを問わず、国内だけに限定しては隆盛を維持していくことはできません。どんな競技でも、その競技のトップ選手が「世界で闘える」「世界で勝てる」かどうかが、競技団体の命運を握っている時代です。

 だがしかしです。陸連は「世界で闘える」どころか、「日本国内にいる外国人選手と闘う」状況を、本来ならば、日本最高の競技会であるべき日本選手権で拒否したのです。なんという内向きな姿勢でしょうか。なんという島国根性でしょうか。

 日本陸上史どころか、日本スポーツ史に永遠に刻み込まれるべき、極めて愚かな決定というしかないでしょう。

 陸連の今回の決定に背景にある考えはこういうことでしょう。

 日本人選手と日本にいる外国人選手(ほとんどはケニアやエチオピアなどのアフリカ諸国の選手)との実力差は歴然としています。とてもまともに闘える相手ではない。ならば、彼らを日本選手権から排除してしまえばいい。

 日本選手権に選手を送り出す実業団の監督やコーチは、彼らが所属する会社から結果を求められています。五輪や世界陸上に出場して入賞、さらにはメダルを獲得できれば、会社への最高の結果を出したことになります。しかし、それは簡単なことではありません。

 ならば、国内の最高の大会である日本選手権で優勝できれば、結果を残せます。しかし、外国人選手が出場しては、長距離ではまず優勝の望みはかないません。

 それで2004年から外国人選手は、順位に関係ないオープン参加となりました。しかし、彼らはそれでは満足しませんでした。外国人選手から周回遅れになるほど遅れた優勝では、会社上層部の評価は大きくなりません。

 ならば最初から外国人選手を閉め出してしまえ。それが決定の唯一の理由です。

 しかし、外国人選手はなぜ日本にいるのでしょうか。彼らを助っ人として雇う高校、大学、実業団があるからです。高校ならば全国高校駅伝で優勝するために、大学ならば箱根駅伝で優勝するために、留学生をスカウトし、実業団ならば全国実業団駅伝で優勝するために留学生やアフリカ諸国から直接、選手をスカウトしています。

 彼らを駅伝で優勝するための助っ人として呼んでおいて、日本選手権には参加させないとうのでは、差別に他なりません。しかも、能力の高い彼らと本番で競わせないというのですから、日本選手の能力向上にもつながりません。

 先の記事に挙げられているマーティン・ムサシ(スズキ)やジュリアス・ギタヒ(日清食品)の走りは、彼らが日本人選手であるかどうかとは関係なく、見る人の心を動かします。日本人選手からみれば、はるか上の次元にいる2人ですが、世界チャンピオンではありません。世界にはもっと上のレベルの選手が数多くいます。

 外国人選手を日本選手権から排除しても、日本陸連には何の展望も、何の可能性も生まれてくることはないでしょう。

 繰り返しになりますが、日本国内にいる外国人選手と闘えない日本人選手が、世界で闘えるわけがありません。ましてや、世界で勝つことなどできるはずがありません。(2005年12月15日記)

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