成田好三のスポーツコラム・オフサイド

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 根来さん、その前に野球協約を公開すべきです

 昨年の球界再編騒動から1年がたって、プロ野球界がまた騒がしくなってきました。村上世彰氏の率いる投資ファンド(村上ファンド)が阪神タイガースの親会社である阪神電鉄株を大量に買い集めて、阪神電鉄の100パーセント子会社である阪神タイガースの株式上場を要求しているからです。

 この問題へのメディアの関心は異常なほど高まっています。村上氏と阪神電鉄の西川恭爾社長による初のトップ会談があった10月11日には、読売の記事によると、約260人の記者、カメラマンらが阪神電鉄本社前に集まったということです。

 メディアが注目するのは、村上氏が要求する球団株上場の是非とその可能性でしょう。球界では、読売巨人軍の渡辺恒雄会長(前オーナー)らが上場反対、阻止の声をあげています。

 球界の最高責任者である、日本プロ野球組織(NPO)の根来泰周コミッショナーは、メディアの取材に対して、村上ファンドによる株買い占めに強い不快感を示すとともに、上場阻止を目的とした野球協約の改正に言及しています。

 10月9日付の毎日によると、根来氏は8日、オーナー会議(11月4日、札幌)にはかった上で、球団株上場規制を盛り込んだ野球協約の改正に踏み切る可能性があると示唆した、ということです。 

 現在の野球協約は、球団株上場を想定していません。村上ファンドの攻勢からタイガース球団を防衛するための、緊急避難策としての野球協約改正でしょう。

 しかし、根来氏と球界は野球協約の改正前にまずやるべきことがあります。それは、野球協約を自ら公開することです。

 野球協約は球界のルールを定めたものです。セ・パ両リーグとそこに所属する12球団はこのルールに基づいて運営されているはずです。野球協約は、会社なら定款にあたるもので、国家なら法律でしょう。定款や法律を公開していない会社や国家がどこにあるでしょうか。しかし、球界はいまに至っても野球協約を一般に公開していません。プロ野球の閉鎖性、時代遅れの体質は、野球協約の非公開に端的に表れています。

 日本プロ野球組織(日本野球機構)(http://www.npb.or.jp/)、
セントラル野球連盟(http://www.npb.or.jp/cl/)、
パシフィック野球連盟(http://www.pacific.npb.or.jp/)。
この3者とも、上記の公式ホームページには、野球協約の条文どころか野球協約という言葉さえ掲載されていません。

 野球協約の条文が掲載されているのは、この3者の交渉相手である労働組合、日本プロ野球選手会
http://jpbpa.net/index.htm)の公式ホームページだけです。

 選手会のホームページでは、野球協約掲載の理由のひとつとして、「現在、コミッショナー事務局は、野球協約を外部に公開していないようで、選手会に問い合わせが来るようです」と、日本プロ野球組織が野球協約を非公開にしていることを挙げています。

 村上ファンドの動きのほか、楽天が横浜ベイスターズの親会社であるTBSの株を大量に取得して、TBSに経営統合を提案しています。楽天は東北ゴールデンイーグルスの親会社です。仮に楽天とTBSの経営統合が実現すれば、この経営統合体は2つの球団を保有することになります。野球協約は、1つの親会社が2つの球団を保有することを認めていません。

 いずれにしても、野球協約を改正するかどうか、改正する場合は、根来氏の言うような、閉鎖的な球界であり続ける方向なのか、あるいは逆により開放的な球界に向かわせるのかが、大きな課題になってくるでしょう。

 その際、野球協約を自ら公開しない球界であっては、将来の発展につながらないことは明らかです。権限がないと言い訳ばかりしている根来氏ですが、野球協約を日本プロ野球組織の公式ホームページに公開するくらいの権限はもっているはずです。

 村上ファンドは気にくわない、球団株の上場規制するなどと言う前に、根来氏さん、まずは野球協約を一般に公開すべきです。(2005年10月18日記)

 パのプレーオフを無視したTV局幹部は愚か者

 テレビ東京を除くNHKと民放キー局の幹部は、スポーツとスポーツファンの特性を、まったく理解していないようです。

 ■スポーツは「ステージ」によって違うものになる

 スポーツは、同じ競技であっても、その競技が行われる「ステージ」によって、まったくと言っていいほど違うものになります。

 ステージが違うと、選手の顔つきまで変わってきます。普段は見られないプレーが随所に披露されます。チームも別物のように変わります。

 スポーツファン心理も変わってきます。試合会場の雰囲気が違ってきます。選手やチーム、試合会場の雰囲気の変化は、現場だけでなくTV画面を通して見ている者にもはっきりと分かります。

 イチローや松井秀喜の活躍するMLBでは、レギュラーシーズンとポストシーズンでは選手の表情もチームの有り様も、球場の雰囲気もまったく違ってしまいます。 昨シーズン86年ぶりに「世界一」になったレッドソックス(ボストン)を例に挙げてみます。

 ポストシーズンに入るとレッドソックスは、選手の多くが髪を切って(あるいは剃って)試合に臨みました。宿敵・ヤンキース(ニューヨーク)との対戦では、ベンチにいる選手全員が、まるで100メートル競走直前の選手のように、ピストルの号砲を待ち構えているようでした。

彼らは号砲と同時にヤンキースナインに飛びかかろうとしているような顔つきでした。レッドソックスの本拠地であるフェンウェイパークの観客もまったく変わります。試合開始から1球ごとにまるで「最後の1球」というほど熱くなっていました。

ステージの違いによって、選手やチーム、そしてTV前も含めた観客まで変わってしまう典型的な例は五輪でしょう。五輪では、マイナー競技においてその傾向がよりはっきりとでてきます。

 女子ソフトボールやアーチェリーを、普段はどれだけの人が関心をもって見ているでしょうか。しかし、そのステージが五輪であって、しかも日本チームや日本選手のメダル獲得の可能性があるとなると、選手もチームも、そして観客も大きく変わってきます。

 五輪を挙げるまでもなく、高校野球が最も分かりやすい例でしょう。地方大会の予選と甲子園とでは選手もチームも観客もまったく違うものになります。

 スポーツとは良くも悪くもそういうものです。いま試合をしているステージが何処なのかが重要になってきます。ステージはいわば「ブランド」でもあります。

 ロッテが31年ぶりに優勝したプロ野球パ・リーグのプレーオフは、ロッテ―西武との第1ステージ、ロッテ―ソフトバンクとの第2ステージとも大熱戦になりました。レギュラーシーズンでは見られない熱い試合が続きました。 

 しかし、パ・リーグのプレーオフを、NHKとテレビ東京以外の民放キー局は無視しました。NHKは放送せず、テレビ東京以外の民放キー局は、テレビ朝日が第1ステージ第2試合を録画中継しただけで、ほとんど誰も見ていない地上波デジタルで「持ち回り中継」をしていました。

 全国生中継はテレビ東京の第2ステージ第4、第5戦だけでした。他のTV局は、パ・リーグのプレーオフなど全国中継に値しないと考えたのでしょう。NHKは受信料不払いで予算がない。民法は番組更改期の特番を優先したのでしょう。

 唯一生中継したテレビ東京にしても、「確信」ではなかったはずです。プロ野球中継では最後発局です。他のTV局がやらないのであれば、やってみようということだったのでしょう。

 ■大当たりしたテレビ東京のパ・プレーオフ生中継

 しかし、業界の想定に反して、テレビ東京のプレーオフ中継は大当たりしました。第4戦の視聴率も高かったのですが、優勝が決まった第5戦は高視聴率をたたき出しました。ビデオリサーチによると、10月17日の第5戦の平均視聴率は、関東地区で17・0%、関西でも15・2%、北部九州では36・7%を記録しました。

 今シーズンのプロ野球の視聴率、いや巨人戦の視聴率は年間平均10%程度と低迷しました。TV局は巨人戦の視聴率から判断してパ・リーグのプレーオフを無視したのでしょう。しかし、彼らの判断はテレビ東京の高視聴率によって間違いであることが明らかになりました。

 スポーツはステージの違いによって変化する。スポーツに関しては最も基本的概念すら知らなかったTV局幹部は愚か者というしかない存在です。

 プロ野球も巨人も抜本的な改革を怠っていますから、来シーズンも巨人戦の視聴率低迷は続くでしょう。巨人戦はもはやTV局の「ドル箱」番組ではなくなりました。プロ野球中継をどう扱うのか。あるいは扱いを減らすのか。TV局幹部は、テレビ東京が中継した第4戦、第5戦の高視聴率の意味をきちんと考えるべきです。(2005年10月21日記)

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 恐るべきトヨタのF1パワー―フジテレビ、18年の壁を吹き飛ばす―

 自動車レースの最高峰、F1日本グランプリ(10月9日決勝、鈴鹿サーキット)で、ある『事件』が起きました。事件と言っても、レース中の事故やレースをめぐるトラブルではありません。事件とは、F1の独占放送権をもつフジテレビが、地上波で初めて決勝レースを生中継したことです。

 フジテレビによるF1中継は1987年以来、既に19年も続いています。しかし、フジテレビはこれまで一度も日本グランプリを地上波で生中継したことはありませんでした。

 F1人気が最高潮に達した時期でもそうでした。ホンダがアイルトン・セナ(ブラジル)、アラン・プロスト(フランス)と組んで年間16レース中、15勝した1988年も、鈴木亜久里が日本人としてF1史上初めて鈴鹿で表彰台(3位)に立った1900年も、日本グランプリはすべて夜から深夜にかけての録画中継でした。

 フジテレビがこれまで何故F1日本グランプリを生中継しなかったのか。日本グランプリは毎年10月に開催されますが、決勝レースは日曜の午後になります。

 しかし、日曜の午後には、フジテレビにとっては定番の「ドル箱番組」があります。JRA(日本中央競馬会)の競馬中継です。競馬中継は生でなければ、ほとんど魅力のない番組になります。他のスポーツ中継とは違い、視聴者の多くが馬券を買っているからです。

 フジテレビはF1の独占中継のために巨額な放送権料を支払ってきました。それであっても、昨年までは日本グランプリより競馬中継を優先してきました。

 そんなフジテレビが何故、今年は日本グランプリの生中継に踏み切ったのでしょう。新聞やTVなど主要メディアは、そうした素朴な疑問には何も答えてはくれません。

 日本グランプリは、キミ・ライコネン(フィンランド。マクラーレン)が最終周の第1コーナーへの飛び込みで、先行するジャンカルロ・フィジケラ(イタリア、ルノー)を抜き去る劇的な幕切れとなりました。新聞やTVはレース内容や結果を伝えてくれましたが、フジテレビの生中継の理由については無関心でした。いや、無関心を装っていたということでしょう。

 しかし、その理由は明白です。証拠を挙げる必要などありません。証明必要のない、数学の「公理」のようなものです。

 年間利益1兆円を稼ぎ出す巨大企業であり、ここ1、2年のうちにはあのGMを抜き世界一の自動車メーカーになることが確実なトヨタ自動車の力によるものです。トヨタはメディアに対する広告出稿量(額)でも日本一の会社です。

 F1参戦4年目のトヨタは、今年の日本グランプリで、結果はそうなりませんでしたが、間違いなく初勝利を目指していました。その力の入れようは、日本グランプリ前の新聞への広告、企画記事の出稿量の膨大さからも明らかです。

 フジテレビの日曜定番の「ドル箱番組」である競馬中継は、日本グランプリの後、録画によるダイジェストで放送されました。

 トヨタは、フジテレビが18年間も守り続けてきたF1より競馬中継を優先するという番組編成の厚い壁を鮮やかなまでに吹き飛ばすパワーをもっていました。(2005年10月18日記)

 バーニー・ウイリアムスが笑った

 9月26日(日本時間)、ブルージェイズ対ヤンンキース戦(ヤンキースタジアム)でのことでした。8回、ヤンキースのベンチからバーニー・ウイリアムスが出てきて、帽子を高く掲げて観客に笑顔を見せました。バーニーのあんな笑顔はそれまで見たことはありません。少年が少しはにかんだような笑顔でした。

 バーニーは、試合中に白い歯を見せたり、笑顔を見せたりするような選手ではありませんでした。そんなバーニーがこの試合のこの場面に限って、はにかんだ少年のような笑顔を見せたのには、理由がありました。この試合の前に、ヤンキースは来シーズン、バーニーと契約しないことを通告していました。ジョー・トーリ監督もベンチのナインも、ベンチ上に座る熱心な観客も、みなそのことを知っていました。

 アメリカンリーグ東地区で、レッドソックスと激烈な優勝争いをしていたヤンキースは、この時点では、優勝もワイルドカードでのポストシーズン進出と決めてはいませんでした。

 9月26日の試合は、ヤンキースにとっては、レギュラーシーズン最後の本拠地での試合でした。仮に優勝できず、ワイルドカードも手にすることができない場合は、今シーズンのヤンキースタジアムでの最後の試合になります。バーニーにとっては、その場合はヤンキースでの最後の試合になります。

 試合はヤンキースが大きくリードし、大勢はすでに決まっていました。観客からバーニーコールが起こり、トーリ監督がベンチを出ての挨拶を促し、バーニーがそれに応えたのでした。それが、バーニーのあの笑顔になりました。

 バーニーばかりではありませんが、MLBの多くの選手たちは、試合中にめったに白い歯や笑顔を見せたりはしません。そのひとつの理由は、ベースボールは笑いながらできるほど生やさしいスポーツではないということです。

 もうひとつ、もっと大事な理由があります。試合中に笑ったり悲しんだりすること、つまり喜怒哀楽を表情にだすことは、自分にも味方のチームにも、利益にはならないからです。投手でも打者でも、表情を相手に読まれてしまっては不利になります。だから、多くの選手は表情を押し殺してプレーしているのです。

 日本のプロ野球で今シーズン、自軍の選手に対して喜怒哀楽の表情をプレー中にもっと出せと指示した監督がいました。あえてチーム名や監督名、そう指示された選手の名前は挙げませんが、この監督の指示は明らかに間違いです。

 そう指示された選手は高卒2年目の投手で、9月に先発で初勝利を挙げたばかりでした。監督はこの投手が投球する際の「能面のような顔」ではいけないというのです。とんでもないお門違いです。能面のような顔だからこそ、打者や相手ベンチは投手の感情や心理が読みにくくなるのです。

 喜怒哀楽を押し殺してプレーする選手が、特別な場面で。感情を抑えきれなくなって、感情を表に出すことはあります。それは素晴らしいことです。そうした場面を見ることが、ベースボールに限らず、すべてのスポーツ観戦においての、この上ない喜びです。

 しかし、それはこの監督のいうような、喜怒哀楽を表に出せという考えとは、まったく違うものです。

 バーニーも37歳になりました。ヤンキース一筋の道を歩み、1991年からの実働は15年にも及びます。不動の四番打者の地位を占め、鉄壁の外野守備を誇ってきましたが、近年は衰えが目立ってきました。

 ひざの故障以降は、フルスイングで空振りしてもまったく下半身が崩れない独特の打撃フォームは、すっかり影を潜めてしまいました。外野からの山なりの返球は、見ている側が辛くなるほどです。しかし、1990年代後半からのヤンキースの栄光は、常にバーニーとともにあったのです。

 バーニーのあの笑顔は、バーニーが試合中にはけして白い歯や笑顔を見せたりする選手ではないこと、あの場面がバーニーにもヤンキースにも、そして観客にとっても、特別な場面であったからこそ、輝いて見えたのです。(2005年10月6日記)

【注】このコラムは、野球専門の月刊メールマガジン「Baseball Monthly」10月号に掲載したものです。「Baseball Monthly」に掲載したコラムのバックナンバーは「ベースボール・アイ」(http://circlechange.net/BM/?cat=27)のページでも読むことができます。

 イチローの不振と武蔵の「観」の目

 「目で投球(ストライク、ボール)を見ようとしたことが最大のミスだった」

 今シーズン、MLBで5年連続の200安打を達成したイチローの言葉である。

 イチローは、オリックス時代の1994年のシーズン、130試合(チーム試合数、試合数は以下同じ)で210安打の日本記録を達成した。昨シーズンは、162試合で262安打を放ち、84年ぶりにジョージ・シスラーのもつMLBの安打記録を更新した。

 今シーズンの200安打達成は160試合目だった。イチローにとって、安打することにこれほど苦労したシーズンは、これまでなかっただろう。

 冒頭の言葉は、シーズン終盤にTV(テレビ朝日)のインタビュアーの質問に答えたものである。報道ステーション他で放送されたから、イチローがそう語った場面を見た人は多いのではないか。

 メモを取りながらやりとりを見ていた(聞いていた)わけではないので、この場面を詳細に再現することはできないが、あらましはこんな具合だった。

 インタビュアーの質問は、およそこんな内容だった。

 ――4月の開幕時に最高のスタートを切ったのに、何故、5、6月は2割5分台程度の打率しか残せないほどの不振におちいったのか。

 ■「目」で「投球」を見ない

 イチローが、概略こんな内容の答えをした。

 ――4月のスタートが良すぎた。不振におちいるのではないかという予感はあったが、その通りになってしまった。打撃が不調になると、甘い球しか打てないと思うようになる。そうなると、目で投球(ストライク、ボール)を見ようとする。目で投球を見ようとしたことが最大の失敗だった。目で見ようとすることで、打撃の始動が遅くなった。

 イチローは、普通の打者のように、「目」で「投球」を見てはいないのである。しかし、あまりに不調になったことで、心に迷いが出て、普通の打者のように、「目」で「投球」を見てしまった。それが不調の原因だと語っている。

 野球の指導者なら誰でも、打者に対しては「目でボールをよく見て打て」と教える。できるだけ長くボールを見続けることができる打者こそ、いい打者だと言われている。

 しかし、イチローはそうした常識とは逆のことを語っている。では、イチローの言う「目」で「投球」を見ないとはどういうことなのだろうか。

 ■武蔵の「観」の目、「見」の目

 江戸時代初期まで生きた、日本最強の兵法家、剣豪とされる宮本武蔵が書き残した書物に『兵法三十五箇条』というものがある。一般には後に書いた『五輪書』の下書き、覚書程度に扱われているが、『三十五箇条』にこそ、武蔵の思想のエッセンスがぎっしりと詰め込まれている。そう、筆者は考えている。

 その『三十五箇条』に「目付の事」と題する1項目がある。目付とは文字通り「目の付けどころ」「どういう風に見るか」という意味である。

 現代語訳が見つからないので、筆者がかなり強引にこの項目を訳してみた。以下はその現代語訳である。

 <目のおさめ方の事(目付の事)

 目のおさめ方については昔はさまざまな言われ方をしてきたが(もしくは、昔は自分もいろいろな事を試してみたが)今思うところは、目の向け方はほぼ相手の顔に向ける、目の治めどころは普段よりも少し細めるようにして、うらやかに見るものだ。

 目玉は動かさず、敵がどれほど近くにいようとも、またどれほどの間があろうとも、遠くを見るような目をする。

 そのような目で見れば敵の技は言うに及ばず、左右両脇までもが見渡せる。視野を広く持つ事で全体を見る事ができ、敵がどう動こうとも柔軟に反応する事が出来る。

 物の見方を「観」「見」とするなら、「観」の目は強く、「見」の目は弱くするべきだ。あるいは敵に分からせる目というものもある。

意志というものは目に生じるものであり、物に現れるものではない。それをよく知った上でよくよく修練するべきだ。

 ■全体と内側を見る「観」の目

 武蔵は、対峙する敵(相手)を見るのに、相手の目や顔や身体の特定の部分に焦点を当ててはいけないと説いている。

 「観」「見」ふたつの見方をを少し乱暴に解釈するとこうなる。「見」は通常の人が見る見方、つまりどこかに焦点を当てる見方である。現代人は、何か「仕事」をするときは、すべてこの見方をしている。文字を読むときはその典型的なケースである。読もうとする文字に焦点を当てなければ文字は読めない。しかし、文字を読むことに集中すると、文字以外のものは視界から消えてしまう。「観」はそうではない。全体を見ている、さらには対象の内部まで見る見方である。

 余談になるが、サッカーでも「観」の目をもつ選手がいる。司令塔と呼ばれる選手の中でも特殊な能力をもつ選手である。中田英寿や小笠原満男はそういう能力をもつ。彼らは他の選手と同じ「目線」でピッチに立っているのだが、広い視野に加えて「鳥の目」をもっている。他の選手には見えない「高所」から試合展開を見ており、次の展開を読んでいる。そればかりか、次の展開を創り出す能力をもっている。

 イチローは、敵と対峙する武蔵のように、投手と投手が投げる球全体を「観」の目で見ているということである。

 しかし、5、6月の極度の不調におちいった時期には、心の迷い、あせりから、「観」の目を棄てて、「見」の目で投手と投球を見てしまった。目でボールに焦点を当てることによって、それまで見えていたもの、投球全体や投手の心理状態が見えなくなってしまったのである。

 「目で投球(ストライク、ボール)を見ようとしたことが最大の失敗だった」とは、そういう意味である。(2005年10月11日記)

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