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野球は、あらためて考えてみると、実に恐ろしいスポーツです。使用するのは、石のように硬くて重いボールです。プロ野球やMLBレベルになると、投手はこの硬くて重いボールを時速140キロ、いや150キロ以上の初速で、打者に向かって――打者に向かって投げたのでは故意のデッドボールになるので、正確には捕手のミットめがけて――投げ込みます。打者はボールの軌道のすぐそばに立って、木製のバット――高校野球では金属バット――で、ボールを打ち返そうとします。
ほとんど音のしない静かな練習場で、130キロ台の速球を間近で見た、いや聞いたことがあります。聞いたと書いたのは、視角よりも聴覚が強く刺激されたからです。空気を切り裂く「シュルシュル」という不気味な音が、今も耳に残っています。
速球が打者に当たれば、選手生命に関わる大けがを負うこともあります。頭部に当たれば、生命そのものが危険になります。そこで、打者は昔から最も大事な頭部を守るためにヘルメットを装着してきました。
近ごろではヘルメットだけでなく、肘を投球から守る肘あて、自打球から足を守るすねあてを装着する選手が増えてきました。プロ野球やMLBでは、肘あてもすねあても装着しない選手の方が少数派になってきました。
かなり以前の高校野球では、手袋の着用も許されませんでしたが、いまでは手袋は当たり前になり、肘あてやすねあてを装着する選手が増えてきました。
選手の安全性がそれだけ重要視されてきたということでしょう。デッドボールひとつで、あるいは自打球ひとつで長く試合に出られないという事態は、選手にも球団にも、もちろんファンにとっても好ましいことではないからです。
ところで、すねあてはさておくとして、肘あては誰が考案・開発し、誰が最初に装着したのでしょうか。そうした知識のある方がいれば、教えてください。
筆者が肘当てを最初に見たのは、もっと正確に言うと、最初に意識的に見たのは、1993年ごろのMLBでした。NHKがBS放送でMLB中継を始めたころです。
当時はナショナルリーグのブレーブス(アトランタ)全盛の時代でした。球場も現在のターナーフィールドではなく、フルトンカウンティー球場でした。
そのころのブレーブスの3番打者はスイッチヒッターのテリー・ペンドルトン、4番打者は「アトランタの息子」と呼ばれた人気者のデイビッド・ジャステスが務めていました。
ペンドルトンの打席で、彼がやたらと大きな「道具」を肘に巻き付けていることに気付きました。それが肘あてでした。彼の肘あては、藤のつるか何かで編んだバスケットを半分に切り、それを肘の回りに巻き付けたような代物でした。「何とも不格好なものだな。あんな大きなものを肘に巻き付けてよくバッティングができるものだな」という印象をもつた記憶が残っています。ペンドルトンは、投球を肘にあてて苦しんだ苦い経験があったのでしょう。
肘あてはその後急速に改良が加えられてきたようで、肘だけを小さく包み込むもの、肘の前後まで被うものなど、さまざまな形態に変わってきました。素材も、ペンドルトンの時代とは比べものにならないほど違ってきています。
ところで、最近になって、肘あてに関して、また新たな「発見」をしました。肘あてを着けているのに、肘に肘あてを着けない選手がいることに気付いたのです。
イチローのことです。イチローは左打者ですから、打席が近づくとベンチ内で入念に右肘に肘あてを装着します。TVで見ると、いつもまったく同じ動作で同じ時間をかけてこの作業を行います。そして、これまたいつも通りの準備動作を行って打席に立ちます。
イチローの肘あては、何度見ても肘には着けていません。肘はさらしたままです。肘あては肘より上の部分にあてがうように着けています。
イチローには、投球を肘にあてない絶対の自信があるのでしょう。あの自在なバットコントロールと右肘関節の自由度には大きな関係があるのでしょう。
筆者の知る限りでは、肘あてを肘にあてない打者はイチローだけです。イチローの打撃と肘にあてない肘あての関係を知りたいものです。(2005年9月6日記)
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