成田好三のスポーツコラム・オフサイド

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05年のコラム

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 森氏と記者団とのやりとりには仕掛けがあった。首相との相談の上での演技だった。そのことは、森氏本人がその後、週刊朝日のインタビューで認めている。

 □缶ビールとチーズは小道具だった

 あのやりとりをメディアはどう伝えたか。テレビは缶ビールとチーズを持った森氏が、首相は「死んでもいい」と言ったと語る姿をそのまま流した。新聞も森氏による首相の間接的コメントを額面通りに記事にした。いわゆる客観報道である。

 森氏と記者団のやりとりは「絵になる」ことから、TVでは報道番組やワイドショーで繰り返し流された。新聞も、総選挙の企画記事で何度も素材として使用した。

 その結果、森氏による間接話法である首相の「死んでもいい」発言は一人歩きを始めた。そして、2日後の解散会見での、首相の名演技によって、「死んでもいい」発言はまさに「真実」として国民に定着していった。

 一世一代の名演技をした小泉首相が「小泉劇場」の主演男優賞の受賞者ならば、舞台に伏線を張った森氏は、何ともせこい演技ながらも、十分に助演男優賞に値する演技をしたことになる。

 あのやりとりをTVで見た人は、誰だって分かるはずである。ある人物が友人の重大な決意を翻意させようと、夜中に友人宅に乗り込んでいった。説得に失敗した人物が握りつぶした缶ビールとひからびたチーズなどを手に玄関先に現れるだろうか。そんな失礼は、非常識な人物はいない。まして彼は日本国の元首相である。小学生だって、だまされない話である。

 □影響力の大きなメッセージは細部に宿る

 ところが、メディアは森氏の発言と森氏のパフォーマンスを、結果としては難の疑問もはさまずに報道した。あの時点では仕掛けがあるという事実は確認できない。しかし、誰が見てもおかしなやりとりは、世間の常識通り「眉につばをつけて」ものを見るべきであり、報道すべきである。

 現場にいた記者やカメラマンも、本社で報告を受けたデスクや政治部長も、常識とそれまでの職業上の経験から、森氏のやりとりには仕掛けがあることは理解していたはずである。しかし、報道はそうはならなかった。

 森氏の仕掛け、演技を額面どおりに報道したメディア関係者はこう反論するだろう。ありのままの事実をそのまま報道しただけである。それで何が悪いのか。しかし、神は細部に宿り、悪魔も細部に宿るという。影響力の大きなメッセージもまた、細部に、一見どうでもいいようなところに宿るのである。

 客観報道をたてまえとする日本のメディアには、「眉につばをつけて」ものを見るという、世間の常識は通用しない。権力者を批判しながらも、権力者の安直な仕掛けに簡単に乗せられてしまう。こうしたメディアの姿勢こそが、小泉自民党の圧勝に大きく貢献したといえる。

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 小泉自民党が圧勝した総選挙では、自民圧勝の流れを決定づける出来事があった。その出来事に比べれば、郵政民営化反対議員の非公認、対抗馬を擁立する「刺客作戦」などは、枝葉的なものにすぎない。その出来事は、メディアの客観報道によって、より効果的に増幅されることになった。

 自民圧勝の流れを決定づける出来事とは、8月8日夜、小泉純一郎首相が官邸で行い、NHKが生中継した解散会見である。

 参院本会議での郵政関連法案否決を受け、衆院を解散した後、記者会見した小泉首相はまさに一世一代の名演説をした。解散前も解散後から選挙戦もクールビズで通した小泉首相だが、この夜の会見だけは、ダークスーツにブルーのネクタイという「正装」で臨んだ。

 □「平成の団十郎」級の名演技

 「国会は郵政民営化は必要ないという判断を下した」「今回の解散は郵政解散であります。郵政民営化に賛同してくれるのか、反対するのか、これをはっきりと国民の皆様に問いたい」(首相官邸ホームページから)と語りかけた小泉首相の目は異様なまでに光っていた。尋常ではない表情と気配があった。

 首相が愛好する歌舞伎にたとえるならば、陰腹を切った戦国武将が自らの信念と決意を訴えるかのように見えた。「平成の団十郎」級の迫力満点の名演技だった。郵政民営化にかける首相の決意と信念は、この会見によって国民の心をとらえたといえる。
 
 この会見での首相に文句はつけられない。解散を断行した直後に、これだけ迫力ある会見ができたのは、まぎれもなく小泉首相が政治家として、国民に直接訴えかける、並み外れて優れた資質、才能をもっていたからである。

 □事前にあった「伏線」「撒き餌」

 会見を生中継したNHKにも文句はつけられない。解散後、国民が最も知りたいのは、解散を決断した首相の真意だからである。NHKがこの会見を初めから終わりまで細工なしに放送しただけである。
 
 しかし、この会見には事前にある「伏線」が張られていた。あるいは、「撒き餌」たっぷりと撒かれていた。伏線、あるいは撒き餌とは、解散会見の2日前、8月6日夜、森喜朗前首相が官邸前で行った、記者団との奇妙なやりとりである。

 解散回避へ最後の説得をするためとして官邸に乗り込んだ森氏は、約1時間半の首相との会談後、官邸を出た。官邸の玄関先で、握りつぶした缶ビール(ウーロン茶の缶も)とひからびたチーズのかけらを手に持った森氏と記者団とのやりとりがあった。

 「おれの信念だ。殺されてもいい。そのくらいの気持ちでやっている」(8月6日配信、共同通信)。缶ビールとチーズを手に、最後の説得を拒否して首相が語ったという言葉を、森氏はこう記者団に説明した。

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 全国の地方紙に記事を配信する共同通信に、「表層深層」というタイトルの企画記事がある。日曜を除いてほぼ毎日配信し、その時々のトレンドに合わせて、政治、経済、国際から、スポーツ、芸能まで、幅広い題材を取り上げる。

 共同通信の目玉企画記事であり、地方紙の掲載率は極めて高い。多くの地方紙で、朝日の「時時刻刻」、読売の「スキャナー」と同様に、大きく扱われている。

 衆院選投票日翌日の9月12日、共同通信は総選挙をテーマにした「表層深層」を配信した。普段より長い、いわば特別版である。

 タイトルは「小泉選挙の舞台裏検証」、見出しは「1年前、解散決意」「読み誤った反対派、民主」の2本である。

 翌13日、全国の地方紙の多くが掲載したはずだから、この記事は何百万人、あるいは千万人単位の人が読んだのではないか。

 記事の概略は以下のごとくである。小泉純一郎首相は、「郵政シフト」を敷いた昨年9月から、郵政法案が否決されたら衆院を解散すると決意していた。その決意を中川秀直国対委員長に伝えていた。

 7月5日、衆院で5票差で郵政法案が可決されると、小泉サイドは参院での法案否決を想定して、総選挙準備に入り、側近の飯島勲首相秘書官らが、猪口邦子上智大教授ら数十人のリストを手に、反対派の選挙区に擁立する対抗馬の選定作業に着手した。

 しかし、亀井静香元建設相ら郵政法案反対派は小泉首相の決意と対応を読み誤った。岡田克也民主党代表も同様だった。反対派や民主党の読み誤りが、自民党と公明党で衆院の3分の2を独占する結果になった、というわけである。

 一読して「なるほど、舞台裏はこんなだったのか」と思わせる、よくまとまった記事である。しかしである。筆者はこの記事を読んで強い違和感を覚えた。小泉首相の決意を読み誤ったのは、反対派や民主党だけなのか。

 まるで1年前から小泉首相の決断を知っていたかのような書きっぷりである。しかし、知っていたはずがない。新聞やTVなど主要メディアはほとんどすべて、共同通信も含めて小泉首相の決意とシナリオを読み誤っていたのではないか。

 参院での法案否決の可能性が高まると、新聞各紙はそれまでの、法案批判、あるいは慎重対応の論調を放棄して、ほとんど一斉に郵政法案賛成の社説を打ち出した。これは、予測のはずれたメディアのあわてぶりを示す一例である。

 解散はないと読んでいたのは、反対派や民主党だけでなく、メディアもそうだったのではないか。だから、メディアは解散前後の時期にあれだけばたばたとした対応を取ったのである。

 メディアの読み誤りを抜きにして、どこか高いところから小泉首相の決意や反対派や民主党の読み誤りを指摘するのは、メディアが普段大切にしているはずの公正、公平な態度とは言い難い。

 この検証記事こそ、究極の「後出しジャンケン」である。すべてが終わった後で、あたかもすべてを知っていたかのように記事をまとめあげている。

 この検証記事では、少なくとも共同通信を含むメディアの読み誤りも記事の1項目に入れるべきである。もっといえば、メディアは、今回の総選挙を読み誤ったこと、とくに反対派や民主党と同様に小泉首相の決意を読み誤ったことを、検証記事としてきちんとした形で提示すべきである。(2005年9月18日記)

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 郵政改革の是非を唯一の争点に掲げた小泉自民党が、政権選択を訴えた岡田民主党を破り、歴史的大勝利を納めた今回の総選挙の後、総選挙関連のTV番組で、あるコメンテイターが放った発言にひっかかった。コメンテイターは「政治的関心の低い無党派層の投票行動が選挙の勝敗を左右した」という趣旨の発言をしていた。

 無党派層が選挙の勝敗を左右するのは、当然のことである。組織票をいくら固めても選挙に勝てなくなった。より多くの無党派層の支持を得られなければ選挙に勝てなくなったのも、もはや常識である。今回の総選挙でも、無党派層の票、とくに都市部の票が、これまでとは逆に流れたことが、小泉自民党に歴史的大勝利をもたらした。このことは報道各社の世論調査、出口調査で明らかになっている。

 筆者がひっかかったのは、コメンテイター発言の『政治的関心の低い』という部分である。政治的関心の低い無党派層は確かに存在する。しかし、無党派層全体を政治的関心が低いと、十束ひとからげにくくってしまうことは、とんでもない間違いである。

 コメンテイター発言の背景には、ある固定観念がある。選挙(政治)は、ある政党(政治家)を恒常的に支持する有権者(組織)があってこそ成り立つもので、選挙のたびに支持する政党や政治家を変える無党派層は、あてにならない、選挙の主役には成り得ない有権者である、という考え方である。

 無党派層、無党派票という用語が定着する以前には、浮動層、浮動票という用語が使われてきたのも、こうした考え方がによる。しかし、無党派層は、恒常的にある政党や政治家を支持する有権者に比べて、一段劣った存在なのだろうか。

 東西冷戦が終結し、政党間のイデオロギー対立が意味を持たなくなった現在、自民党も民主党も基本理念において大きな違いはない。こうした状況で、選挙ごとに政党や候補者をより自由に選択する無党派層こそが、選挙の主役に躍り出てきたと考えるべきではないだろうか。(2005年9月16日記)

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 野球は、あらためて考えてみると、実に恐ろしいスポーツです。使用するのは、石のように硬くて重いボールです。プロ野球やMLBレベルになると、投手はこの硬くて重いボールを時速140キロ、いや150キロ以上の初速で、打者に向かって――打者に向かって投げたのでは故意のデッドボールになるので、正確には捕手のミットめがけて――投げ込みます。打者はボールの軌道のすぐそばに立って、木製のバット――高校野球では金属バット――で、ボールを打ち返そうとします。

 ほとんど音のしない静かな練習場で、130キロ台の速球を間近で見た、いや聞いたことがあります。聞いたと書いたのは、視角よりも聴覚が強く刺激されたからです。空気を切り裂く「シュルシュル」という不気味な音が、今も耳に残っています。

 速球が打者に当たれば、選手生命に関わる大けがを負うこともあります。頭部に当たれば、生命そのものが危険になります。そこで、打者は昔から最も大事な頭部を守るためにヘルメットを装着してきました。

 近ごろではヘルメットだけでなく、肘を投球から守る肘あて、自打球から足を守るすねあてを装着する選手が増えてきました。プロ野球やMLBでは、肘あてもすねあても装着しない選手の方が少数派になってきました。

 かなり以前の高校野球では、手袋の着用も許されませんでしたが、いまでは手袋は当たり前になり、肘あてやすねあてを装着する選手が増えてきました。

 選手の安全性がそれだけ重要視されてきたということでしょう。デッドボールひとつで、あるいは自打球ひとつで長く試合に出られないという事態は、選手にも球団にも、もちろんファンにとっても好ましいことではないからです。

 ところで、すねあてはさておくとして、肘あては誰が考案・開発し、誰が最初に装着したのでしょうか。そうした知識のある方がいれば、教えてください。

 筆者が肘当てを最初に見たのは、もっと正確に言うと、最初に意識的に見たのは、1993年ごろのMLBでした。NHKがBS放送でMLB中継を始めたころです。

 当時はナショナルリーグのブレーブス(アトランタ)全盛の時代でした。球場も現在のターナーフィールドではなく、フルトンカウンティー球場でした。

 そのころのブレーブスの3番打者はスイッチヒッターのテリー・ペンドルトン、4番打者は「アトランタの息子」と呼ばれた人気者のデイビッド・ジャステスが務めていました。

 ペンドルトンの打席で、彼がやたらと大きな「道具」を肘に巻き付けていることに気付きました。それが肘あてでした。彼の肘あては、藤のつるか何かで編んだバスケットを半分に切り、それを肘の回りに巻き付けたような代物でした。「何とも不格好なものだな。あんな大きなものを肘に巻き付けてよくバッティングができるものだな」という印象をもつた記憶が残っています。ペンドルトンは、投球を肘にあてて苦しんだ苦い経験があったのでしょう。

 肘あてはその後急速に改良が加えられてきたようで、肘だけを小さく包み込むもの、肘の前後まで被うものなど、さまざまな形態に変わってきました。素材も、ペンドルトンの時代とは比べものにならないほど違ってきています。

 ところで、最近になって、肘あてに関して、また新たな「発見」をしました。肘あてを着けているのに、肘に肘あてを着けない選手がいることに気付いたのです。

 イチローのことです。イチローは左打者ですから、打席が近づくとベンチ内で入念に右肘に肘あてを装着します。TVで見ると、いつもまったく同じ動作で同じ時間をかけてこの作業を行います。そして、これまたいつも通りの準備動作を行って打席に立ちます。

 イチローの肘あては、何度見ても肘には着けていません。肘はさらしたままです。肘あては肘より上の部分にあてがうように着けています。

 イチローには、投球を肘にあてない絶対の自信があるのでしょう。あの自在なバットコントロールと右肘関節の自由度には大きな関係があるのでしょう。

 筆者の知る限りでは、肘あてを肘にあてない打者はイチローだけです。イチローの打撃と肘にあてない肘あての関係を知りたいものです。(2005年9月6日記)


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