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ソ連・東欧圏との半世紀にわたる東西冷戦を勝ち抜き、地球上に現存する唯一の『超大国』の地位を占めたアメリカ(合衆国)は、ソ連・東欧圏崩壊後、10数年を経て、『世界帝国』への道を歩みだした。
東西に分かれてアメリカと地球上の覇権を争ったもう一つの『超大国』、ソ連・東欧圏は、アメリカと直接的に軍事面、経済面で戦った末に崩壊したのではない。アメリカに対抗した彼らの戦略が彼らの社会システムを破壊に至らせたのだ。彼らは自ら崩壊した。自壊したのである。彼らは直接的に戦うことなく敗れ去った。アメリカと対抗したこと、それ自体が彼らを敗北へと導いた。東西冷戦の時代でさえ、アメリカのパワーは圧倒的だった。
――東ドイツ、ポーランドなど東欧圏諸国は直接的にソ連共産党の支配下にあったから、ソ連・東欧圏は実態的には、アメリカと対抗する、もう一つの『超大国』を形成していた――
ソ連・東欧圏の自壊により東西冷戦が終了して10数年がたった。この間にアメリカはさらに巨大なパワーをもつことになった。地球上の『富』と、それをもたらす『材料』『手段』すべてがアメリカへと向かっていったからである。
アメリカ『文化』、いやアメリカ『文明』は、いまや地球上のすべての国家・地域の『文化』『文明』を、圧倒的なパワーでもって『駆逐』し続けている。
コカ・コーラとマクドナルドのハンバーガーが世界中の『食文化』を変えていく。アメリカの『ジャンク・フード』が子どもたちだけでなく大人たちの『味覚』を破壊していく。アーティスト主体ではなく弁護士とビジネスマンによって『再生産』されるハリウッド映画は、世界中の『映画文化』を駆逐していく。アメリカン・ポップスの巨大な伝播力は、世界中の人々を単一で薄っぺらな『音感』に変えていく。
金融・経済面のパワーはさらに圧倒的である。冷戦後、『一人勝ち』の立場になった彼らは、アメリカ流の『グローバルスタンダード』を世界中の国々に押し付けている。科学技術面でも、世界中から優秀な科学者、技術者を集め、その『果実』を『知的財産権』として独り占めしょうとしている。
――アメリカの信奉する市場至上主義によれば、あらゆる競争は最終勝者を生み出す。彼はすべての競争に勝ち抜き、全てを敗者にしたうえで、全てを手中にする。彼は勝利者なのだろうか――
そして何よりも重要なことは、冷戦後もアメリカは軍拡の道をひた走ってきたことである。当面の敵がいない中、あるいは強大な敵を想定できない中、彼らは軍事力を拡大し続けてきた。アメリカの軍事力は、既に欧州、ロシア、中国、日本など主要な国々すべてを合わせた軍事力をはるかにしのぐ強大なものになってしまった。
世界中の国々が束になってかかってきてもかなわないほどの強大な軍事力、それを支える圧倒的な金融・経済力、科学技術力、そして文化的なパワーをもったアメリカはどこに向かうのか。その方向性は、冷戦後10年ほどは定まらなかった。
ア メリカ国民も、指導者層も、大統領と彼の政策スタッフも、アメリカが保持するに至った、強大なパワーの行使に『躊躇』していたからである。彼らのもつパワーは、もはや『超大国』の域をはるかに超えていた。既に歴史上の『帝国』の域さえ超えた、『世界敵国』と呼ぶべき領域に達していた。だからこそアメリカは『躊躇』していたのである。歴史上、彼らほど強大なパワーをもった国家、民族は存在しなかった。
冷戦後のブッシュ政権(現大統領の父親)後半、その後のクリントン政権の時代は、『世界帝国』への進むべき進路は示されなかった。とくに、徹底的な実利主義者、プラグマティスとであったクリントンと彼の政権は、アメリカの『一人勝ち』の世界でも、当面の政策課題の処理に時間を費やしてきた。
クリントン政権後の、ブッシュ政権も発足当初はそうした進路を選択した。ブッシュにしても、『躊躇』していたのだ。それはそうだろう。『世界帝国』への進路に、意識的に大きく舵を取る決断などそう簡単に下せるはずもない。ブッシュと政権中枢の人々も歴史認識をもっていたとすれば、当然のごとく『判断留保』の時間が必要になった。
しかし、ひとつの『事件』がブッシュと彼の政権、そしてアメリカ国民に大きく船の舵を切らせる原因をつくった。2001年9月11日に起きた同時多発テロである。イスラム過激派・アルカイーダに所属するテロリストにハイジャックされた民間旅客機が、アメリカの『富』の象徴であるニューヨーク・ツインタワービルを襲い、アメリカの軍事力の象徴であるペンタゴン(国防総省)に突っ込んだ。巨大な高層ビルに特攻攻撃をかける民間機、あっけなく崩れ落ちるツインタワービル。何千人もの市民がビルの崩壊とともに犠牲になった――。
このとき、アメリカを縛ってきたすべての『躊躇』のロープは断ち切られたのだ。巨大な『世界帝国』はついに岸壁を離れた。その後、『世界帝国』は本格的に動き出した。まずは復讐のためにアルカイーダの本拠地、アフガニスタンを攻撃、タリバン政権を崩壊させた。次いで湾岸戦争の最終決戦のためイラクを攻撃、占領した。さらに『世界帝国』の照準は、中東のイラン、シリア、そして東アジアの鬼っ子である北朝鮮に向けられている。
既に『世界帝国』は港を離れてしまった。仔細な変更はあるだろうが、大きな流れはもう変えようもない。あまりに巨大なものはそう簡単には動きを変えられない。しかも、この巨大な流れは『恐怖』から始まったものであるからだ。
2002年の暮れ、クリスマスこころだったろうか。アメリカの高名なテレビインタビューアーであるバーバラ・ウオルターズがブッシュ大統領夫妻にホワイトハウスでインタビューする番組を見た。その中で、ブッシュ大統領が素直に心情を語っていた場面が、いまも強く印象に残っている。
番組の最後のころだ。彼はこんなことを語っていた。ホワイトハウスの寝室で妻とベッドにいるときも、時折『恐怖』を感ずることがある――。彼の語りたかった『恐怖』は、テロに怯えるアメリカ全体への『恐怖』だっただろう。しかし、インタビュアーの巧みな誘導は、彼の言う『恐怖』が、アメリカで最も警護された場所であるホワイトハウスの大統領夫妻の寝室への直接的な『アタック』への『恐怖』も含んでいることを視聴者に伝えていた。
21世紀は『恐怖』の時代になるだろう。国家と社会、それを構成する国民一人ひとりの内部に深遠な『恐怖』を抱え込んだ『世界帝国』が、『恐怖』を地球上に『拡散』し始めたからだ。『世界帝国』はまだ目覚めたばかりである。目覚めはある突発的な『事件』によって引き起こされた。『世界帝国』によって拡散された『恐怖』は、やがて地球上を覆い尽くしてしまうだろう。(2003年8月28日)
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