成田好三のスポーツコラム・オフサイド

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 SHINJOの完ぺきな引退宣言

 登録名・SHINJOこと新庄剛志(北海道日本ハムファイターズ)ほど完ぺきでかつ鮮やかな引退宣言には、これまでお目にかかったことはありません。これからもないでしょう。新庄だけにしか出来得ない最高のパフォーマンスでした。誰もが予測しなかった引退宣言を、誰もが想定しなかったステージで行ったのですから、見事というしかありません。

 勝手に公衆の面前で引退宣言をすることなど、プロ選手としては本来許されることではありません。スター選手ならなおさらです。所属する球団やリーグ、それにプロ野球全体に不利益をもたらすからです。プロ野球を代表するスター選手の引退は、興行面で大きな痛手になるからです。

 しかし、新庄の引退宣言は、そんな「常識」を吹き飛ばしてしまいました。開幕からまだ1カ月もたっていない4月下旬に引退宣言をしても、新庄は今シーズンいっぱいの現役続行を併せて宣言しました。

 これは、今シーズンの日本ハムの試合はすべて、新庄の「引退試合」になることを意味しています。来シーズンは見ることの出来ない新庄のプレー、そして卓越したパフォーマンスを見るために、日本ハム主催、相手球団主催にかかわらず、新庄の出場する試合には、これまで以上のファンが詰め掛けることになります。

 歌舞伎の「襲名公演」ならぬ、新庄の「引退試合」がこれからロングランで続くことになります。これは、日本ハムだけではなく、パ・リーグ、プロ野球全体に大きな興行的利益をもたらすことになります。

 それにしても、新庄の引退宣言は見事というしかありません。事前に何ももらさずに、4月18日、東京ドームでのオリックス・ブルーウェイブとの公式戦終了後のお立ち台(ヒーローインタビュー)で、1万2560人の観衆(公式発表)とTVカメラの前で宣言したのですから、誰も止めようがありません。

 新庄はこうしたステージでの引退宣言をかなり前から準備していたようです。朝日新聞はスポーツ面で、お立ち台での新庄の言葉全部を記事にしていましたが、事前に周到に準備していたとしか考えられない内容でした。ハプニング的な発言ではけしてありません。

 新庄は、もっと早い時期に、しかも本拠地の札幌ドームで引退宣言をしたかったのでしょう。しかし、開幕直後からの不振でその機会を得ませんでした。

 しかし、とうとうその機会がやってきました。日本ハムは新庄の満塁本塁打を含む2本塁打などで快勝しました。球場は札幌ドームではありませんでしたが、日本ハムが本拠地としていた、いまでも準フランチャイズにしている東京ドームでした。新庄は、この機会しかないと確信したのでしょう。

 日本ハムは大社啓二オーナーが試合後、「球団、日本ハムグループ全員の総意として、全力で新庄選手の慰留に最大限の努力をいたします」とのコメントを出しました。しかし、新庄が引退宣言を撤回することはあり得ないでしょう。直接、新庄の声を聞いた1万2560人のファンを裏切ることになるからです。

 新庄にとって最も大事にすべきものは、ファンに愛された「SHINJO」というブランドです。野球選手、阪神タイガースやMLB選手としての新庄ではありません。そうでなければ、東京から北海道・札幌に本拠地をを移した日本ハムに移籍先を決めたはずはありません。

 新庄は、4月末の引退宣言によって、日本ハムに猶予期間を与えたことになります。札幌に本拠地を移した日本ハムにとっては、新庄抜きの興行は考えられないことでした。シーズン末になってからの引退宣言では、来シーズンの「ポスト新庄」の準備は間に合わなくなるかもしれません。しかし、この時期の引退宣言によって、日本ハムは十二分の猶予期間を与えられたことになります。それを生かすも殺すも日本ハムの対応次第ですが―。

 現在のプロ野球においてほとんど唯一、スーパースターと呼べる存在は新庄しかいません。プロ野球ファンを呼べるスターは数多くいます。しかし、野球のルールさえ知らない人たちを球場に呼べる選手は新庄しかいないでしょう。

 プロスポーツはマニアや熱心なファンだけでは成り立ちません。もっと広い層の支持が必要になります。新庄の引退宣言は、新庄のいないプロ野球にどうしたら野球のルールさえ知らないおばあさんやおばさんを呼べるのかという、大きな宿題を残したといえるでしょう。(2006年4月20日記)

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 シリングの毒気にあてられた?イチロー

 年をとると人間は「まるくなる」といいますね。自分でそう決めて「まるくなる」ならいいのですが、他人からいわれて「まるくなる」のは、まっぴら御免です。

 人間、年をとればそれなりの生き方に変わる。そんなことを言う人もいますが、これもまっぴら御免というものです。やりたいようにやること、生きたいように生きることに、年は関係ありません。

 今年11月には40歳になるMLBの大投手、カート・シリング(レッドソックス)がそんな姿を見せてくれました。4月15日(日本時間)、本拠地のボストン・フェンウェイパークで行われたマリナーズ戦でのことでした。

 場面は0−0で迎えた4回表です。この回の先頭打者はイチローでした。シリングの初球、ストレートをイチローはピッチャー返ししました。投手側から見れば、打球はバッテリー間でワンバウンドし、投手の右側を抜けるところでした。

 シリングは右投げのパワーピッチャーです。バランスのいいシリングですが、投球後の重心は大きく左側に傾いています。イチローの打球を左手のグラブで捕ることは不可能です。しかし、シリングの右手は右側に残っていました。

 重心とは逆に、大きく右側に伸ばしたシリングの右掌に、イチローの打球はすっぽりと収まりました。捕球した後は、捕球したまま右てのひらを何度か「にぎにぎ」して「安全」を確認した後、強い球で一塁手に送球しました。

 シリングの素手での捕球を確認したイチローは、「おいおい、ここはそこまでする場面かよ」とでも言いたそうな、少し驚いたような表情で一塁に駆け込んでいました。

 シリングはMLBを代表するような大投手です。2001年、ダイアモンドバックス時代には、ランディ・ジョンソンとともに実質的には2人だけでワールドシリーズに勝利しました。数字的に見ても、このシリーズでシリングとR・ジョンソンはダイアモンドバックスの4勝すべてに、勝利投手とセーブを記録しています。

 2004年、レッドソックスが「バンビーノの呪い」を脱して84年ぶりにワールドシリーズを制した際には、痛めた軸足である右足首の腱を応急措置で縫いつけたまま登板しました。靴下には血がにじんでいました。

 そんな大投手が、開幕直後のこの時期に、格下のマリナーズ相手に何故、打球を素手で捕球するなどという荒業をしたのでしょうか。相手がイチローだったことも関係したはずです。シリングにとってイチローは「うるさいハエ」のような存在です。打ち取ったはずの内野ゴロが安打になる。ゴルフのアイアンショットのように野手の間に計ったように打球を落とす。ピウッチャー返しで投手を崩そうとする。

 しかしです。最大の理由は、シリングが「化け物」だからでしょう。戦う相手が宿敵のヤンキースであろうが、格下のマリナーズであろうが関係ない。その試合の相手球団、その打席での相手打者を徹底的に叩きのめす。それがシリングの野球における「生き方」だからです。

 イチローはこの試合、無安打に終わりました。次の試合も、その次の試合もイチローのバットから快音は響きませんでした。イチローの3試合連続の無安打は、シリングの素手捕球の毒気にあてられた結果ではないでしょうか。(2006年4月17日記)

 城島健司のMLBデビュー戦―カッコいいことはとでも素敵なことなんだ―

 日本人捕手として初めてMLBに挑戦した城島健司(マリナーズ)がほぼ完ぺきなMLBデビューを飾りました。4月4日(日本時間)、シアトルでのエンジェルス戦で、城島は日本時代より体を絞って先発マスクをかぶりました。

 「ほぼ」と形容したのはマリナーズが敗れたからです。6回裏の無死満塁の好機を逃すなど、マリナーズは相変わらずの詰めの甘さを露呈してしまいました。

 マリナーズが敗れた以外では、城島のMLBデビュー完ぺきでした。城島は日本人らしくない選手です。日本人的なシャイな表情や仕草は見られません。その風貌はどこか大陸的でもあります。

 先発したチームのエースであるジェイミー・モイヤーや救援投手とは通訳を通さず会話していました。捕手がマウンドに駆け寄って投手と会話するたびに、いちいち通訳を通す訳にはいきませんから、城島は日本で懸念されていた「会話力」の懸念は払拭していました。

 リードやキャッチングも、見ていて気持ちいいくらいメリハリが利いていました。早く動きすぎるとの指摘があるかもしれませんが、新人捕手としては、自分の意思をはっきりと投手や自軍ベンチに示すことの方が重要でしょう。ベンチでは、マイク・ハーグローブ監督の隣にどっかりと座っていました。

 MLB初安打となった本塁打は、サイ・ヤング賞投手の速球派、バートロ・コロンから右翼に放ったものでした。城島のMLBデビューは何の文句もつけられないほど見事なものでした。

 城島は翌5日も本塁打を放ちました。相手投手は先発のジョン・ラッキーでした。2日連続でMLBの超一流投手から本塁打を放ったのですから、打撃の能力は十二分にアピールできたといえるでしょう。

 本塁打を放った打撃や捕手としてのリード、キャッチングなどについては、専門家が様々な視点から論評を加えるでしょう。ですから、このコラムでは、これ以上は触れません。

 このコラムで書きたいのは、城島がカッコいい捕手だということです。日本でも城島のカッコよさは群を抜いていました。彼のスタイルがMLBでそのまま通用するのかどうか。そんな心配はたった1試合で吹き飛んでしまいました。

 MLBデビュー戦で城島のカッコよさが最も表れたのは、本塁打の場面ではありませんでした。もっと素敵な場面がありました。3−3で迎えた8回表の守備の場面でした。モイヤー降板後の3番手投手が2死一塁からダリン・アースタッドを見逃し三振にしとめた場面です。

 見逃し三振にしとめた球をキャッチした城島は、主審のコールを待たずに一塁側ベンチ側にさっと動き出しました。その動きの後で、主審はストライクアウトのコールをしました。

 MLBデビュー戦でこんなパフォーマンスをした捕手は、これまでいたでしょうか。たぶん、そんな「不遜」な行為をした捕手はいなかったでしょう。そんなことを考えてしまいました。

 デビュー戦に限らず、新人選手はどこかおどおどした仕草をしてしまいます。審判も新人選手のそんな仕草に敏感に反応し、新人選手に不利な判定をしてしまうものです。

 しかしです。城島にはそんな仕草はまったくありませんでした。「どうだ。これがストライクでなくて、どんなストライクがあるんだ」という意思を体で示していました。それまで、きわどいコースをボールと判定してきた主審への無言の抗議だったのかもしれません。

 MLBには多くの優れた捕手がいます。誰もが名捕手と認めるイヴァン・ロドリゲスやベンジー・モリーナたちです。

 しかしです。城島ほどカッコいい捕手は現在のMLBに、他にいるでしょうか。主審のコールを待たずに城島が動き出したシーンは、まるで映画のラストシーンのようでした。この場面で試合中継が終わってしまっても、何の不自然さもない。そんな場面でした。

 城島のMLBデビュー戦で対戦した相手捕手がベンジーの弟、ホセ・モリーナでした。この試合で城島は少なくともホセよりは優れたパフォーマンスを披露しました。城島がこれからMLBの名捕手たちと対戦し、捕手としての格とカッコよさを競い合う。今シーズンのMLBに、魅力がまたひとつ加わりました。(2006年4月5日記)

 恐るべき野球解説者、長谷川滋利の登場

 昨シーズン限りでMLB・マリナーズを退団(現役引退)した長谷川滋利が、NHK・BSでMLBの解説者を務めています。開幕時限りのワンポイント登板なのか、彼が住む西海岸限定なのか、あるいは年間を通してのレギュラー解説者なのか分かりませんが、恐るべき解説者の登場というべきでしょう。

 マンネリ化したステレオタイプの解説を繰り返している、プロ野球やMLBの解説者は、長谷川の解説した番組をビデオに撮って、勉強し直すべきです。彼らに向上心があればのことですが―。

 長谷川は現役時代、極めてクレバーな投手でした。短いイニングでですが、打者との1球ごとの駆け引きは見るもの楽しませました。試合後のインタビューに答える言葉も、他の投手や野手とは異なっていました。

 長谷川は現役時代も、MLBのプレーオフで臨時の解説者を務めていましたが、現役引退後は「企業秘密」を秘匿する必要がなくなったので、解説内容がより面白くなりました。

 筆者がたまたま見た、シアトルでのマリナーズ対ヤンキース戦では、松井秀喜との対戦を振り返って、およそこんな内容の話をしていました。松井秀との複数の対戦のうち、長谷川が選びNHKが用意したビデオが流れた後のことです。

 この対戦はこんな具合でした。試合終盤に登板した長谷川は2死満塁のピンチを迎えました。次打者は松井秀でした。長谷川のコーナーをついた3球はいずれもボールとコールされ、そこからストライクを2つ取って、2死満塁フルカウントの場面を迎えました。

 ここからが話の本題です。捕手は定石通りウイニングショットである変化球を外角低目に要求しました。それに首を振って選択した球種は松井秀が得意とするストレートでした。しかし、ここでひと工夫がありました。この場面の定石では必要ないクイックで投球したのです。微妙にタイミングを狂わされた松井秀のバットは空を切りました。

 長谷川は、現役時代ならば絶対に話さなかったはずの、以上のような内容のエピソードを披露していました。

 マンネリ化したステレオタイプの解説者は、よくこんなことを言います。投手は低めに投げれば打たれない。高めに投げたから打たれたんだ。投手と打者との対戦は、そんな単純なものではないことは、少し真剣に野球を見たことのあるファンにはすぐに理解できることです。

 低目、高目といっても投球の威力の違いがあります。また、低目にコースぎりぎりに投げれば打たれないといっても、打者がそのコースを予測してしまえば、打たれてしまいます。

 解説者がよく言います。高目に入った失投を打たれてしまった。そんな失投もありますが、そんな頼りない投球ばかりではありません。野球に限りませんが、人間は本能的に目の近くに飛び込んでくるものに強い恐怖を感じます。目は最も重要な感覚器官であり、かつ脳そのものが外部に露出したような器官だからです。

 打者の目のレベルと同じ高さで、かつ目の近く(内角)に飛び込んでくる速球ほど、打者に恐怖を感じさせる投球はないのです。内角高目のコースを外れた速球に対して、打者がバットを強振する場面をよく見かけますが、あれは正確にいうとバットを振ることで目(頭部)を本能的に守っているのです。

 話がだいぶそれてしまいました。投手と打者との駆け引きこそ野球の醍醐味です。この醍醐味を長谷川ほど、リアリティーをもって語ることができる解説者は、これまでいなかったでしょう。

 プロ野球やMLBの解説者は、長谷川の解説の内容を検討し、これまでの解説とどこが違うか考えてみるべきです。彼らがそうしようと努力するだけで、日本の野球中継はもう少しは面白くなるでしょう。(2006年4月12日記)

 【注】長谷川滋利は既に現役を引退していますから、本来ならば「長谷川氏」とすべきところですが、そうすると、どうにも筆が進みません。そこで、このコラムでは現役選手と同様に「氏」はつけませんでした。スポーツ選手を「呼び捨て」にすることに抵抗を感じる読者もいるようですが、スポーツそのものを語る場合、「呼び捨て」こそ最高の「敬称」だと考えています。

 新聞寸評― 安易かつ失礼な野球界の「王、長嶋頼み」体質―

 ■王監督、北京五輪代表監督就任を固辞(見出し)

 野球の国・地域別対抗戦「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」で日本代表を率いて世界一に輝いたソフトバンクの王貞治監督(65)が、2008年北京五輪の日本代表監督就任要請を受けて固辞していたことが、6日分かった。

 北京五輪代表監督の人選を巡っては、昨年から球界関係者が水面下で検討を重ね、王監督を最有力候補とすることで一本化。昨年末、日本代表編成委員会の長船騏郎委員長らが王監督本人に非公式に就任を要請していたが、回答はWBC終了後に持ち越されていた。

 複数の関係者によると、王監督は、WBCでの身体的な負担が大きかったこともあり、最近になって辞退する意向を伝えてきたという。

 野球は2012年ロンドン五輪の実施競技から除外されることが決まっている。北京五輪のアジア地区予選は来年11月に台湾で開催される。今後の人選については、4月下旬に開かれる日本代表編成委員会で話し合われる予定。(読売新聞、4月7日付)

 ■Jリーグ、五輪、WBC、何かにつけて引っ張りだされるスーパースター
 
 【寸評】野球界の「王、長嶋頼み」体質は、いつまでたっても変わらないようです。球界は、困ったときでもそうでないときでも、何かあれば、とうの昔に現役引退した2人のスーパースター、王貞治氏(ソフトバンク・ホークス監督)と長嶋茂雄氏(元読売巨人軍監督)を引っ張り出します。

 1993年、サッカーのプロリーグであるJリーグが開幕した年には、読売巨人軍が長嶋氏を監督に復帰させ、プロ野球人気を維持しJリーグに対抗しようとしました。

 五輪でもそうです。プロ・アマ混成チームで臨んだ2000年シドニー五輪で4位とメダルを逃すと、2004年アテネ五輪では長嶋氏を全員プロで編成した日本代表チームの監督に就任させました。長嶋氏は五輪開幕前に病に倒れましたが、球界は長嶋氏を解任しませんでした。アテネ五輪では長嶋氏不在の長嶋ジャパンが銅メダルを獲得しました。

 今年3月に開かれた第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、病気療養中の長嶋氏に代えてプロ野球球団の現役監督である王氏に白羽の矢を立て、日本代表チームの監督に就任させました。王氏率いる日本代表チームは、韓国との3度の激戦の末に決勝戦に勝ちあがり、キューバを下して初代のWBCチャンピョンに輝きました。

 4月7日付読売によると、2008年北京五輪の日本代表監督就任を要請された王氏は、要請を固辞したということです。この記事の内容が事実ならば、何という安易かつ失礼な要請でしょうか。王氏がこの要請を固辞したことは当然のことです。第1回WBCで王氏が日本代表監督を引き受けたこと自体が極めて異例なことだからです。

 WBCはプロ野球公式戦の開幕直前に開かれました。王氏はソフトバンクの監督です。王氏は今シーズン、キャンプ、オープン戦ともチームの指揮を執れませんでした。監督不在のキャンプ、オープン戦で、ソフトバンクは大きなハンディを背負ったはずです。

 最も困ったのはレギュラー以外の一軍選手や一軍半の立場にいる若手選手でしょう。キャンプやオープン戦は若手選手にとっては実力と可能性をアピールする場です。どの選手を起用するかの判断は監督がします。しかし、彼らは監督不在の場でアピールするしかなかったのです。

 WBCの日本代表監督を王氏が受諾したのは、王氏とソフトバンクのオーナー、孫正義氏が「大人」だったからでした。2人とも球団の利益より、日本の野球の利益を優先させたからでした。

 現在のプロ野球の不人気の理由のひとつはスーパースターを生み出せないことにあります。そして、スーパースターになる可能性のあった、松井秀喜やイチローをMLBに「放出」せざるを得ないことにあります。

 困っても困らなくても、何かあったら王氏、長嶋氏を引っ張り出すことには理由があります。まず「王、長嶋」ブランドによって優秀な選手が参加します。メディアの注目度が高まり、営業収入や収益が格段に向上します。王氏、長嶋氏とも野球界にとっては打ち出の小槌のような、便利な存在になっています。

 安易に2人を引っ張り出したい気持ちは分かりますが、それでは野球界はいつまでたってもひとり立ちできない子どものような存在になってしまいます。

 しかもです。記事にもある通り、北京五輪のアジア地区予選は来年11月に開催されます。短期開催のWBCとは違って、五輪は予選、本番と長丁場の戦いになります。現在65歳の王氏でなくても、球団監督と代表監督の兼任は無理なことです。

 現時点での代表監督要請は、来シーズン限りで球団監督を辞めろと言っていることと同じです。王氏やソフトバンク球団に対しては、礼を失する行為でもあります。

 野球界が王氏に要請するならば、北京五輪の日本代表監督ではないでしょう。少なくとも日本代表チームの最高責任者か、本来ならばプロ野球のコミッショナーでしょう。

 IOCのジャック・ロゲ会長やMLBのバド・セリグ・コミッショナーら世界のスポーツ界の大立者たちとの交渉でも、現コミッショナーの根来泰周氏より、「世界の本塁打王」であり「初代WBCチャンピョンの監督」である王氏の方が優れていることは明らかです。

 五輪への野球復活のためにも、WBCをMLB主体ではない本物の野球のW杯にするためにも、WBCで優勝直前に米国に出向き、優勝の記念写真を撮っただけで帰国した根来氏よりはより大きな成果をあげられるからです。(2006年4月9日記)

 


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