成田好三のスポーツコラム・オフサイド

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宮本武蔵『三十五箇条』現代語訳

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 (31)扉(とぼそ)のおしえという事

 敵の体につくときは、自分の体の幅を広くまっすぐにして、敵の太刀も体も覆い隠すようにし、敵と自分の体に隙間ができないようにするべきである。

 一方、身を縮める(小さくする)場合は、体を薄くまっすぐにして、敵の胸に、自分の肩を強く当てるべきである。このことで敵を突き倒すことができる。よくよく工夫すべきである。 

 体の横幅の使い方

 【やぶにらみ解説】
(30)たけくらべという事では、入身(いりみ・武術用語で相手の武器が有効に使えない距離に近寄ること)する際の、体の高さについて述べていますが、この項目では体の横幅について語っています。

 入身する際は、出来るだけ自分の体の幅を広く、かつまっすぐにして、相手の体に密着しろということです。

 そして、入身した後、体術で相手を突き飛ばす際は、入身の際とは逆に、出来るだけ体を薄くし、かつまっすぐにして、相手の胸に肩から当たれと言っています。今で言う「ショルダーアタック」のようなものでしょうか。

 【はしやすめコラム・その7】兵法家は超のつく総合格闘家

 武蔵の時代の兵法家は、超がつくほどの総合格闘家でした。戦場では、相手との間合い(距離)がはるかに遠い場合は弓を使います。接近戦になれば、槍や長刀の出番となります。さらに間合いが近くなれば、太刀を使うことになります。

 屋内など狭いところでは太刀ではなく小刀(脇差し)が有効になります。太刀がなければ、あるいは折れたりした場合には、その辺にある棒を使いました。そこから杖術という武芸が生まれました。手裏剣も飛び道具として使いました。

 現代でも、米軍の「グリーンベレー」など特殊部隊は、あらゆる武器に習熟し、実際の戦場で使います。武蔵の時代の兵法家と特殊部隊には、相通じるものがあるのではないでしょうか。

 戦場で実際に使われなくなった格闘技は、洋の東西を問わず「スポーツ化」します。剣術は江戸中期以降の平和な時代になって、「竹刀」を使う道場武芸になりました。明治、戦後とその傾向がさらに強まってきました。

 体術(柔術)は明治になって柔道に名を変え、五輪の正式種目になった東京五輪以降は、「国際競技スポーツ」として大きく変化しました。現在では本家である日本より欧州、特にフランスが、ルール改正などスポーツとしての柔道に対し強い影響力をもっています。

 スポーツ化した柔道はレスリングと同様に採点競技化しました。近代スポーツとしてのボクシングも、草創期には倒すか倒されるかだけが勝敗の基準だったはずです。しかし、現在ではKOもありますが、多くの試合はポイントで勝ち負けが決定します。

 また、格闘技としてのジャンルが細分化され、さらにジャンルを超えた試合は行われなくなります。現代では、剣道家と柔道家が公式試合で戦うことなど考えられなくなっています。

 現在、プライドやK1など異種格闘技ブームが拡大していますが、このことの背景には格闘技の「スポーツ化」が行き着くところまで行き着き、その「揺り戻し」現象が起きているのではないでしょうか。

 (30)たけくらべ(丈比べ)という事

 敵の体につくときは、敵と丈を比べるようにして、自分の体を伸ばして、敵の丈よりも自分の丈が高くなるようにすべきである。敵につく拍子はやはり先の項目と同じである。よく工夫すべきである。

 「ぼこぼこ」にされた吉田秀彦

 【やぶにらみ解説】
体術で相手と組み合うときは、相手より高い位置に体をもっていけと言っています。相撲の立ち合いでは、相手より重心を低くしろと教えています。現代の常識とは逆のことを言っています。

 この項目を読んでいて、筆者は2つのことを連想しました。

 1つは、プライドで柔道家の吉田秀彦がグレーシー柔術の選手(名前は忘れました)と戦った試合です。この試合は、立ち技の場面はほとんどなく、大部分は寝技、それも相手に馬乗りになって、顔面への打撃に終始しました。互いに相手の関節技、締め技を警戒してこういう形になったのでしょう。

 馬乗りの形では、ほとんどグレーシー柔術の選手が上になっていました。互いにパンチは繰り出しますが、吉田はいわゆる「ぼこぼこ」にさせてしまいました。

 相手の上になったグレーシー柔術の選手は、上半身の力(重心移動も含めて)と重力を有効に使えますが、下になった吉田のパンチは手(腕)の力しか使えません。また、吉田のパンチは重力の方向に逆らっていますから、効き目がまったく違います。

 もう1つは、動物が相手を威嚇するときの動作です。ほとんどすべての動物は、相手を威嚇するときは、体を大きく見せます。ほ乳類ならば、体を相手の正面に向け、大きく伸び上がったり全身の体毛を逆立てたりします。鳥類ならば、羽根を最大限に広げます。

 「丈を比べる」という動作には、相手への威嚇効果もあるのではないでしょうか。

 (29)しうこう(秋猴)の身という事 

 秋猴とは手の短い猿のことである。敵と体を合わせる(ぶつかる)際は、左右の手はないと思って、敵の体につくべきである。体ではなく手を出すことは間違いである。手を先に出せば、体は引いてしまうものである。ただし、左の肩と「かいな」(腕のひじまでの部分)は役に立つ。手先を使うべきではない。

 敵につく拍子(タイミング)は前の項目と同じである。

 「手を出せば、身はのくもの也」

  【やぶにらみ解説】
「手を出せば、体は引いてしまうものである」(原文は「手を出せば、身はのく者也」)は、面白い表現です。
 このあたりは、主に体術の心得を語っています。手先だけの技では役に立たないということです。あるいは、手先に頼ると、肝心な体全体が有効に働かないということです。

 人間の体のなかで最も自由に、かつ器用に動く部分は手(手先)です。人間は、手と手が持つ道具によって、食べることや衣服を着るといった日常活動から様々な社会活動まで行っています。文化や文明まで手と手がが持つ道具によってつくりあげてきました。

 人間は、無意識のうちにも手に絶対的な信頼を寄せています。しかし、自由に、かつ器用に動く手ですが、体全体の力に比べるてみると、強い力はありません。腕力自慢の人たちでもそうです。

 重いドアを押して(引いて)開けようとするとき、手の力に頼ると思うようにはいきません。しかし、体全体の力(体の重心移動)を使えば、非力な人でも重いドアを楽に開けることができます。

 このことはスポーツでもいえます。野球では体全体を使わない投げ方、打ち方を、「手投げ」「手打ち」といって、最も悪い例に挙げています。ゴルフでも、初心者は手でボールを打とうとし勝ちですが、思うように当たらず、遠くにも飛びません。手を使おうとすればするほど、体全体がボールを打とうとする「仕事」から逃げてしまうからです。

 (28)しつかう(漆・膠)のつきという事

 漆(うるし)や膠(にかわ)がものにくっつくように、敵の体に自分の体を密着させることが大事である。足や腰、顔ままでも密着させなければいけない。体が密着していないと、敵はさまざまな技を仕掛けることができる。

 敵につく拍子(タイミング)は(23)「枕の押さえ」の対応と同じである。敵の打とうとする「う」の字の頭を押さえる拍子である。

 ほどんどの格闘技にあてはまる「原則」

 【やぶにらみ解説】
相手の体と自分の体の間に隙間があると、相手はいろいろな技を仕掛けることができるということです。相撲や柔道、レスリングなどほとんどの格闘技に当てはまる「原則」ではないでしょうか。

 相撲では、相手を寄り切ろうとするときは、体を相手に密着させます。密着させないと、相手の投げ技などカウンター攻撃をくう危険性が高くなります。


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