成田好三のスポーツコラム・オフサイド

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宮本武蔵『三十五箇条』現代語訳

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 (15)太刀に替わる身の事

 太刀を打ち出すときは、体は同時に動かすものではない。敵を打とうとするときは、体は後からついてくるものである。太刀と体と心を一緒に打ち出すことはない。なかにある心、なかにある体。このことはよくよく考えるべきである。

 3つの要素をタイミングをずらして

 【やぶにらみ解説】
この項目は、さまざまに解釈することができます。最も即物的な解説を以下に書きます。

 敵と戦う際には、心(戦略・戦術)、体(実際に戦場で戦う兵士)、太刀(兵士がもつ武器)が自分にあります。その3つを同時に動かせば、敵に自分の心や体の動き、武器の使い方を悟らせてしまいます。

 ですから、自分の中にある3つの要素を、敵に悟らせないように、タイミングをずらして使えということです。他の解釈も考えてみてください。

 (14)渡を越すと云事

敵も自分も互いに太刀が当たるほどの間合いで、自分の太刀を打ちかけて渡(と)を越す(難所を越える、重大な局面に立ち向かう)と思う場合には、体も足も一緒に敵の体に密着すべきである。

 渡を越せば、あれこれ心配することはなくなる。このことは、後先の書付を読んで、よく考えるべきことである。

 渡を越した朝青龍

 【やぶにらみ解説】
勝負事のヤマ場では、ヤマ場であることを十二分に意識した上で、敵(相手)と自分の力量を見極めた上で、ヤマ場を一気に飛び越える。それが、武蔵の言う「渡を越す」ということでしょう。

 青青龍が大鵬など歴代の名横綱と並ぶ年間5回の優勝を達成した大相撲九州場所(2004年)では、朝青龍にとっての渡を越す一番がありました。一方で、横綱昇進を狙った魁皇は、重要な一番で渡を越せませんでした。そのことについては、少し長くなりそうなので、次回の「はしやすめコラム」で書くことにします。

 (13)3つの先という事

 兵法には3つの「先(せん)」(機先をを制すること、先手を取ること)がある。1つ目は、自分が先に相手に打ちかかるときの「先」。2つ目は、敵が先に打ちかかるときの「先」。3つ目は、自分も敵も同時に打ちかかるときの「先」である。

 自分が先に打ちかかるときの「先」では、体は太刀ととともに打ちかかるが、足と心は残して、ゆるむことなく、緊張しすぎることなく、敵の心を動かす。

 敵が先に打ちかかるときの「先」では、自分の体に心をのこして、敵との間合いのちょうどいいとき、心をはなして、敵の動きにしたがって、そのまま先手を取るべきである。

 自分も敵も同時に打ちかかるときの「先」では、わが身を強くして、太刀でも体でも足でも心でも、先手を取るべきである。

 兵法においては、先手を取ることほど大事なことはない。

 不利な状況でも「先」を取れ

 【やぶにらみ解説】
先手を取る、後手を踏むという言葉があります。兵法だけでなく、あらゆる勝負事からスポーツ、一般社会での生活の上でも、先手を取ることは、大事なことです。相手(敵)より有利な状況をつくることができるからです。

 武蔵は『五輪の書』の中でも「3つの先」に触れ、「いずれの戦初めにも、此の3つの先より外はなし」「先といふ事、兵法の第一也」と書いています。

 武蔵の「先」に対する考え方で独創的なのは、相手(敵)に先手を取られたり、同時に仕掛けるときのような、自分が先手を取れない場合でも、「先」を取れと言っていることです。

 自分にとって不利な状況でも、自分と相手の力を見極めて、自分の有利性を見いだせということです。

 「心をなくし」「心をはなし」という表現はうまく現代語に置き換えることが難しい言葉です。現代では、そういった概念が存在しないか、あるいはほんの一部の人にしか理解できない概念になっているからです。一流の武術家や禅の修行をした人などには、体験的に理解できる言葉でしょう。

 「心をなくし」「心をはなし」は、読者それぞれが自分の中でイメージしてみてください。

 (12)打つと当たるという事

 「打つ」と「当たる」という事について。どんな太刀を使おうとも、「打とう」とするところをしっかりと定め、ためし物等を切るように思い切り振れ。「当たる」とは確かな打ち所が定まっていなくても何とはなしに当たってしまう事だ。

 「当たる」というものにも、強く当たる場合がある。しかしそれは「打つ」とは違う。太刀が敵の体に当たっても、敵の太刀に当たっても、当たりを外したとしても、気にすることはない。思い通りに打とうとして打てず、ただ当たってしまうのは(8)「心持の事」のような心の状態になっておらず気が乱れているからだ。その点を良く工夫しなさい。

 「当たる」はジャブ、「打つ」はストレート

 【やぶにらみ解説】
右利きのボクサーならば、左ジャブで相手を牽制し、相手の体勢を崩した上で、右ストレート(右フック)で相手に決定的なダメージを与えます。

 ジャブ=「当たる」、ストレート=「打つ」と言い換えて読んでいただければ分かり易いのではないでしょうか。

 ジャブで相手を倒すこともありますが、それはあくまでたまたま、偶然性の強いものです。相手を牽制し、相手の体勢を崩した上で、相手を必然性のもとに倒せと、武蔵は言っていまです。

 武蔵は、何十年もかけて、どうしたら相手に殺される前に、相手を殺すことができるかを考え続け、その方法を実践してきました。しかも1対1だけでなく、1対10、1対20でも勝つことを考え、実践してきた男です。

 「打つ」は思いを定めて相手を間違いなく斬り殺す行為といえるでしょう。「当たる」はその前段での準備行為ということです。

(11)太刀の道の事

 (11)太刀の道の事

 太刀の道(太刀を振る際の道筋、ゴルフで言えばスイングプレーン)をよく知らなければ、太刀を思いのままに振る事はできない。そのうえ強く振る事もできない。太刀のむね(刀背・みね)、ひら(平・刀の側面)を知らず、相手を切る事はできない。


 太刀を小刀(脇差・太刀よりも軽いもの)のようにに使い、ましてやそくいべら(続飯箆=続飯「飯粒を練って作る糊」を作るときに使うヘラ)のように扱うのでは敵に対する心持ちにはなれない。

 常に太刀の道を心得て太刀の重さによって太刀を「静」とし、敵に良く当たる様に鍛錬すべきである。

 道具を使うにも「太刀の道」がある

 【やぶにらみ解説】
ナタは、日本独特の生活道具としての刃物のようです。太刀(戦場で使っていた大きく太い刀)を真ん中より手前で切断したような形をしています。

 最近、ナタを買いました。庭の木を切ったので、枝を細かく切って処分する必要があったからです。

 買ったばかりのナタは、しばらく使っていなかったので、はじめはうまく使えませんでした。振り方や当たり所が悪かったためです。そのため新品のナタの側面にだいぶ傷をつけてしまいました。

 そのうちに、ナタの使い方を思い出してきました。振り方や当たり所、枝に当てる角度などがのみ込めてきました。

 ただやみくもに強く振り落としても、枝は切れません。切り口が滑ってしまったり、跳ね返ってしまったりしてしまいます。対象物(枝)に対して、どんな角度から、どんな軌道を通って振り下ろすのかを考えないと、枝はよく切れません。逆に、正しい振り下ろし方ですと、枝は力を入れなくても、スパッと気持ちよく切ることができます。

 西洋にもあるオノにも、使い方にこつがあります。昔はよく薪割りを手伝わされたものです。木の断面の割れやすい所に、オノをまっすぐに落とすと、そんなに力を入れなくても薪は割れます。

 非力な女の人でも簡単に割れます。しかし、腕っ節の強い男の人でも、こつを知らないと、うまく割れません。

 武蔵の言うように、刃物ばかりではありませんが、道具を使うにも「太刀の道」というものがあるようです。


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