成田好三のスポーツコラム・オフサイド

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宮本武蔵『三十五箇条』現代語訳

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(7)間合いの事

 (7)間合いの事

 間の取り方はいろいろな道(分野、他の武道や芸能)において様々だろうが、とりあえず今は兵法において語るもので、別の道についてはひとまず置いておく。どんな道であろうとその道に入れば、それぞれの分野に適した間を知る事になるだろう。

 とりあえず太刀を人に当てられる間は、相手の太刀もまた自分に当たる間である。人を討とうとする時はそれを忘れてしまうものだ。それを分かった上でよくよく工夫をしなければならない。

 自らのチャンスは敵のチャンスでもある

 【やぶにらみ解説】
間合いはいまでも使われる言葉です。相手との距離のことです。格闘技では最も大切なものです。現代スポーツ、なかでも格闘技的要素の強い体コンタクトを伴った競技(サッカー、ラグビー、バスケットボールなど)では特に重要です。

 武蔵は「太刀を人に当てられる間は、相手の太刀もまた自分に当たる間である」と語っていますが、この言葉は、自らのチャンスは敵のチャンスでもあるということです。攻撃するためには、相手の間合いの中に入っていかなければならないからです。

 対人関係、広くいえば社会生活でも、間合いほど重要なものはありません。親子、夫婦、恋人同士、友人関係職場や仕事上の付き合いまで、同様です。それぞれ、どの程度の間合いをもって付き合うのか、見極める必要があります。その際は、自分の間合いだけでなく、相手の間合いを考えないと痛い目に遭う可能性があるということです。

 恋人同士、恋愛関係ではよくそうした事態が起こるのではないでしょうか。

(6)目の治め方の事

 (6)目の治め方の事

 目の向け方(治め方)については昔はさまざまな言われ方をしてきたが(もしくは、昔は自分もいろいろな事を試してみたが)今思うところは、目の向け方はほぼ相手の顔に向ける、目の治めどころは普段よりも少し細めるようにして、うらやか(うららか)に見るものだ。

 目玉は動かさず、敵がどれほど近くにいようとも、またどれほどの間があろうとも、遠くを見るような目をする。

 そのような目で見れば敵の技は言うに及ばず、左右両脇までもが見渡せる。視野を広く持つ事で全体を見る事ができ、敵がどう動こうとも柔軟に反応する事が出来る。

 物の見方を「観」「見」とするなら、「観」の目は強く、「見」の目は弱くするべきだ。
あるいは敵に分からせる目というものもある。

 (「観」の目とは、焦点をある一カ所に固定しない、全体を見通す目のことである。「見」の目とは、通常、現代人が行っている、視界の中のどこか対象物に焦点をあてる目のことである)

 意志というものは目に生じるものであり、物に現れるものではない。それをよく知った上でよくよく修練するべきだ。

アイルトン・セナ同乗者の怖い思い

 【やぶにらみ解説】
この項目は、『三十五箇条』の中でも、最重要な部分だと考えます。人間は、外界の情報を最も多く「目」から受け取ります。ですから、情報の受け取り方=ものの見方が重要になる訳です。

 この項目に関連しては、総合コラムサイト・萬晩報(http://www.yorozubp.com/)に「武蔵『三十五箇条』に同調する女性柔道家」というタイトルのコラムを掲載していますので、これも併せてお読みください。「同調する」は「シンクロする」という意味で使いました。

 この項目は、簡単な解説で説明できるような内容ではありませんので、後日、【はしやすめコラム】で取り上げることにします。

 ここでは、サンマリノGPで、最終コーナーの壁に激突して死んだ、アイルトン・セナの逸話を紹介します。ブラジル生まれのF1の天才も、武蔵と同様の目の使い方をしていたと考えられるからです。逸話は、こんな内容です。

 ある人がセナの運転する車の助手席に乗ったときの話です。その人は、背中が凍りつくような怖い思いをしたと振り返っています。

 セナが暴走運転したからではありません。公道を時速60?80キロ程度で走っていただけです。その人が怖かったのは、セナが前を向いて運転しなかったからです。セナは、前を見ずに助手席のその人の顔を見て、話をしながら運転していたというのです。

 人間は通常、180度程度の視界をもっていますが、セナの視界は異常なほど広かったのでしょう。さらに、セナはその人の顔を見ながら、もう1つの「目」で車の前方を見ていたのでしょう。武蔵の言うような、二重の目の使い方をしていたのではないでしょうか。

 時速300キロからその10分の1の速度まで急激な加速、減速を繰り返すF1マシンを自在に操ったセナにとっては、公道を時速60?80キロ程度で走る際に、前を向く必要はなかったと思われます。

 【はしやすめコラム・その1】日本人の立ち方、歩き方への疑問

 明治以降の日本人は、それまで培ってきた固有の文化の多くを、惜しげもなく自らの意志で捨て去ってしまった。そのひとつが体のさばき方(使い方)である。体のさばき方の中でも、立って歩くという、最も基本的な動作ーー最も基本的な動作であることは、最も根源的な動作でもあるーーを、明治政府が富国強兵のために導入した、欧州流軍事訓練の方法によって、それまでとは正反対の動作に変えてしまった。

 明治政府が導入した欧州流軍事教練は、戦前はもちろん戦後の学校教育にも引き継がれた。小中学校の運動会で現在も行われる行進もそのひとつである。

 現在の日本人が当たり前の動作だと考え、あるいは考える以前に無意識に行っている立ち方、歩き方は、正しい、理にかなった動作だろうか。少なくとも、日本人の体形、つまり骨格や腱、筋肉の付き方に適合した動作であるだろうか。

 立ち方、歩き方について、学校の教師やウオーキングの指導者はこんな風に教えている。膝と背筋を伸ばし、胸(肩)を張って、首を引いて立ちなさい。歩き方は、前述した立ち方を保った上で、後足の膝を伸ばした状態でつま先で地面を蹴り、前足もやはり膝を伸ばしたままで踵から着地しなさい。手(腕)は足とは互い違いの方向に大きく振り、そのことによって上体を捻って推進力をつけなさい。

 学校の体育教師やウオーキングの指導者が教える、こうした立ち方、歩き方は、極めてエネルギー効率の悪い歩き方である。そればかりか、膝と背筋を伸ばし、胸(肩)を張った立ち方を前提にして、「点」(つま先)で蹴りだし、「点」(踵)で着地する歩き方は、膝や足首(アキレス腱)を痛める原因にもなっているばかりか、日本人にとくに多い症状である腰痛や肩こりを誘発している。

 明治以前の日本人の立ち方、歩き方は、現在では能、狂言、歌舞伎、日本舞踊など伝統芸能の動作の中でわずかに残っているだけである。しかも、そうした伝統芸能の動作は、日本人の一般的な動作とはかけ離れたものになってしまった。

(5)足の運び方の事

 (5)足の運び方の事

 足の運び方はその時その時で歩幅の大小や、遅い速いはあるが、常に歩くようにするものだ。

 足使いで避けるべきことは、飛び足(駆け足)、浮き足(不安定な足)、踏み据える足(過剰に踏ん張りすぎる足)、力が抜けた足、遅れたり先走った足である。これらは皆避けるべきだ。

 足場がいかに不安定であろうとも問題にならぬようにしっかりと地面を踏まなくてはならない。

 これより後に書き付けることからより一層念をいれて学ぶことだ。

 ウオーキング専門家たちへの疑問

 【やぶにらみ解説】
 立つことに続いて歩くことについて考えてみます。立つこと、歩くことは、直立2足歩行を選択した人間にとって、最も基本的な動作です。いや、立つこと、歩くことは、分離した動作ではなく、一連の動作です。

 ウオーキングの専門家たちは、だいたいこう教えています。曰く、背筋を伸ばし、胸を張り、ひざを伸ばして立つ。大きく足を踏み出しかかとから着地する。後ろ足で地面を蹴って全身を前に運ぶ。両手は、足とは反対方向に大きく振る。この歩き方は、確かに速く歩けますが、体には大きな負荷がかかります。

 この歩き方は、ある限定された状況でのみ可能なものです。平地であり、地面が平に整地されている、道路や公園の通路、芝生の上などでのみ可能なものです。この歩き方では山登りはできません。雪の上、氷の上、スキーを履いては、この歩き方では歩けません。

 最近はウオーキングブームで、TVなどで多くの専門家と称する人たちが、歩き方を教えています。専門家の教えとは逆の動作をしてみてください。背筋は伸ばさず、胸は張らず、ひざは完全に伸ばさない。地面は足裏全体で踏む。地面は蹴らず、そのまま引き上げる。上半身の力は抜き、歩くことに腕を含めて上半身を使わない。上半身の体重は踏み出した足裏全体に乗せるだけの感じです。その際、最も大事なことは膝の柔軟性です。それによって体重移動が滑らかになり、重心の上下動の大きさを少なくできます。

 こんな歩き方を一度試してみてはいかがですか。

(4)身の構えの事

(4)身の構えの事

 姿勢については、顔はうつむかず、あまりあお向けず、肩は張らず、歪めず(バランスを崩さず)、胸を突き出さずに腹を出し、腰を曲げず、ひざを固めず、体をまっすぐにして、はたばり(端張り・物の幅)を広く、自分自身を大きく見せることだ。

 常にその姿勢をとることで、それが自然な姿勢となってくる。十分に普段からその姿勢をとることを心掛けるべきである。

 胸は突き出さず、腹を出し、ひざは固めず

 【やぶにらみ解説】
姿勢については、武蔵と現代の日本人とではだいぶ違っています。天才的な武道家であった武蔵も、時代を超越していた訳ではありませんから、江戸時代の武士や一般庶民も、基本的には武蔵と同様の姿勢をとっていたのではないでしょうか。

 その違いは、「肩は張らず」「胸を突き出さずに腹を出し」「ひざを固めず」に表れています。現代日本人の姿勢は、「肩を張り」「胸を突き出し」「腹を引っ込めて」「ひざを伸ばす(固める)」と、武蔵の姿勢とは正反対です。

 直立2足歩行する人間にとっては、ひざは体の柔軟性を保つために、最も重要な関節です。試しに、ひざを伸ばした(固めた)状態と、ひざを少しゆるめた(固めない)状態とで、上体を捻ってみてください。ひざを少し曲げた状態の方が、上体の捩れははるかに大きくなります。

 武蔵の時代の日本人は、こんな姿勢で立っていたのではないでしょうか。上体(上半身)は、下半身(骨盤)の上にすっと乗せていたのでしょう。この姿勢ですと、肩や背中は必要以上に緊張することなく、腹は少し前に出る形になります。肩、胸(背中)の緊張が抜けた状態になります。ですから、肩こりも腰痛も、当時は、現代日本人ほどひどくはなかったと思います。

 「はたばり(端張り・物の幅)を広く、自分自身を大きく見せる」は、武術家らしい表現です。動物でも、敵と対決する際は、自分の体をできるだけ大きく見せて、敵を威嚇します。

 哺乳類なら体毛を逆立てます。鳥類なら翼や頭部の羽を大きく広げます。攻撃(防御)する際は、自分の体はできるだけ小さく見せた方が良い(それだけ的が小さくなります)のですが、その前段階では、自分の体は大きく見せた方が利点が大きいということです。この関係性は、動物も武術家も、現代の人間にとっても、同じではないでしょうか。


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