成田好三のスポーツコラム・オフサイド

スポーツ全般をテーマに新たな視点からスポーツの面白さや様々な課題に焦点を当てたコラムサイト。無料メルマガも配信中です。

宮本武蔵『三十五箇条』現代語訳

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全9ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9]

[ 前のページ ]

(3)太刀の扱いの事

 (3)太刀の扱いの事

 太刀の持ち方・扱い方は、大指(=親指)、人差し指を浮かし、たけたか(=丈高・長く高い)中指、薬指、小指を締めて持つ。

 太刀にも、手にも「生きる」「死ぬ」と言う事がある。

 太刀を構えるとき、受けるとき、留めるときなどに、切ろうとする意志がなく居付く手は、これを死んでいると言う。

 「生きる」とはいつであろうと、太刀と手が出合いやすく、硬くならずに切りやすいように自然体である事を「生きている」手と言う。

 手首が絡むことなく、肘が伸び過ぎず、屈み過ぎず、腕の上筋は弱く、下筋を強く持つことだ。十分に確認する事だ。

 野球、ゴルフと共通する指の使い方

 【やぶにらみ解説】
冒頭の文「太刀の持ち方・扱い方は、大指(=親指)、人差し指を浮かし、たけたか(=丈高・長く高い)中指、薬指、小指を締めて持つ。」と、末尾前の文「手首が絡むことなく、肘が伸び過ぎず、屈み過ぎず、腕の上筋は弱く、下筋を強く持つことだ。」は、関係性が強いものです。現代のスポーツ、特にゴルフや野球をする者にとって、多くの示唆を与えてくれます。

 ゴルフのクラブでも、野球のバットでも、手のひら全体=5本の指でかたく握り締めてしまっては、肩から腕、手首の自由度が大きく損なわれてしまいます。球を打つ瞬間までは、肩から腕、手首まで、余計な力を入れてはいけない訳です。
親指、人差し指を浮かす(力を抜く)という動作と、腕の上筋〔前側の筋肉)を弱く、下筋(後ろ側の筋肉)を強く持つという動作は、連動しています。

 人間の骨格と筋肉の付き方の関係でしょうか。親指、人差し指=上筋を使いすぎると、肩が突っ張って、思うような動きが出来ません。

 皆さんも、親指・人差し指=腕の上筋と肩の突っ張りの関係を、ゴルフの練習などで試してみてはいかがですか。

(2)兵法の道を例える所の事

この道は、大分(集団で)の兵法から、身一つの兵法に至るまで、すべて同じである。

今書いている身一つでの兵法で例えるならば頭は大将、手足は臣下郎等、胴体は足軽であり、そのように思い国を治め身を修めようとするならば、大小にかかわらず兵法の道においては同じ事である。

兵法の目指す姿はすべてを整え、余る所も、不足するところもなく、強くも、弱くもなく、頭から足の裏まで、等しく意識をいきわたらせ、偏りのない様に仕上げることである。

現代日本の精神主義は武蔵の兵法とは無縁なもの

【やぶにらみ解説】
最も重要なのは、最後のセンテンス、「兵法の目指す姿はすべてを整え、余る所も、不足するところもなく、強くも、弱くもなく、頭から足の裏まで、等しく意識をいきわたらせ、偏りのない様に仕上げることである。」です。

この考え方は、武蔵だけでなく、江戸時代の兵法家に共通したものであるようです。兵法だけでなく、現代の武道、格闘技、スポーツ全般に共通する概念とも言えるでしょう。

「偏りのない様に」とは、体勢(バランス)を崩さないということです。一流の格闘家同士が対戦すれば、双方とも「スキ」(体勢の崩れ)はありません。そこで双方とも相手の体勢(バランス)を崩すため、あらゆる手練手管を駆使します。

サッカーは11人対11人の格闘技です。W杯でのブラジル対フランス戦の例を挙げるまでもないことですが、一流のチーム同士の試合では、双方とも「スキ」はありません。パターン通りにボールを運んでも、得点できません。ですから、チームと個人が連係して、あるいは個人と個人が連係して、独創的なプレーを展開することによって、相手チームと個人の体勢を崩すことによって、得点することができます。

自らの体勢を維持したうえで相手の体勢を崩すことこそ、スポーツの原点と言えるでしょう。現代日本の精神主義は武蔵の兵法とは無縁なものです。

 宮本武蔵『兵法三十五箇条』現代語訳(前文)

 兵法において二刀流を長年鍛錬してきたが、今、初めて筆をとり紙に残すこととする。

 言葉足らずで申し訳ないが、常々修練してきた兵法においてその太刀筋の心得を思い出されるに任せて大まかな形として、書き表すものである。

 【注】岩波文庫『五輪書』(渡辺一郎校注)をテキストに使いました。

 (1)この道を二刀と名付ける事

 この道を二刀と名付け、太刀を二つ持つ事情は左手にはさして意味はない。太刀を片手で持つことに慣れさせるためである。

 片手で持つ事の利点は軍陣、馬上、川沿い、細道、石原、人込み、駆けたり走ったりするときにある。

 左手に武器や道具を持ち、両手ではままならない時は片手で太刀を取るしかない。太刀を片手で取ることは最初は重く感じられるが、慣れれば思いのままになるものだ。

例えば弓を射ることに熟練していれば、その力は強く、馬に乗ることが出来ればその力も有る。

 庶民の技としては水主(水手=船頭)は櫓、櫂を使わせればその力が有る。農民は鋤、鍬を使わせればその力は強い。

 太刀も修練すればその力が出来てくるものである。ただ弱い強いというのは人によって違うものであり、各々自分に応じた太刀を持つべきだ。

 あまりに『ピュア』な言葉ゆえに難解さが

 【やぶにらみ解説】
読む人を驚かせる文章です。こんな導入部をもった文章を読んだことはありません。「二天一流」、つまり二刀流の極意を伝える文章の冒頭で、「左手」(左手にもつ太刀)には意味がないと言い切っています。

 武蔵のレトリックなのかと、初めて読んだときは考えました。その考えは、あざとい深読みでした。これから訳する文章を読んでいただければ分かりますが、武蔵は驚くほど率直に、てらいも飾り気もなく、自らの兵法につて語っています。逆に言えば、あまりに『ピュア』な言葉であるゆえに、武蔵の言葉は難解さを帯びているのでしょう。

 宮本武蔵『兵法三十五箇条』現代語訳(まえがき)

 『三十五箇条】は『五輪書』の下書きなのか


 宮本武蔵は1645年、『五輪書』を書き終えて没した。62歳だった。その4年前(1641年)、細川藩主、細川忠利の命により、初めて自ら編み出した兵法「二天一流」の心得や太刀筋(技法)、体のさばき方について、36か条(題名より項目がひとつ多い)の項目ごとにまとめたものが、『兵法三十五箇条』(以下『三十五箇条』と記す)である。

 『五輪書』は後世、高く評価される書物になったが、『三十五箇条』はそうはならなかった。『五輪書』の下書き程度にしか扱われてこなかった。現代語訳にあたっては、岩波文庫『五輪書』(渡辺一郎校注)をテキストに使ったが、同書の解説では、『三十五箇条』を「参考のため付載した」と記している。他の武蔵や『五輪書』関連本でも同様か、それ以下の扱いで、付録として載せているか、まったく無視しているかである。

 しかし筆者は『三十五箇条』をひと目見て、抑えがたい魅力を感じた。読んで、理解してではない。一回読んだだけで理解できる類の文章ではない。宮沢賢治の幾つかの詩や童話と同様の感覚をもった。それまで誰も表現しなかったもの、まったく独自であるもの、しかも体感を伴って取得したものを、何とか一般性と流通性をもった『言語』に置き換えようとする試みを感じ取ったのである。

 不思議なことに、いや、その評価からして当然のことであるかもしれないが、『三十五箇条』の現代語訳はどこを探しても見つからなかった。そこで、無謀にも現代語訳をしようと決意した。古文に関してはまったくの無教養にもかかわらず翻訳作業を始めた。なお、筆者は現代武道はもちろん、古武術に関しても、まったくの素人である。これらの点からしても、筆者の翻訳作業はまったくの無謀な行為といえるだろう。

 『三十五箇条』で武蔵が語る飾り気のない言葉は、武道、古武術だけではなく、格闘技をはじめ多くのスポーツや、スポーツ以外の分野においても、多くの示唆に富んだものだと考えている。

全9ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9]

[ 前のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事