成田好三のスポーツコラム・オフサイド

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 国会議員の劣化現象―「ケータイ・パチリ」

 国会議員にとって、命の次に大事なものは何だろう。背広の左襟につける議員バッジだろうか。激戦の選挙を潜り抜けてようやく手にした権威と権力の象徴である。これを身に着けていれば、国会内はフリーパスになる。

 しかし、今どきの国会議員にとっては、議員バッジより大事なものがある。権威と権力の象徴といった情緒的なものではない。もっと実利的なものである。今どきの国会議員は、これがなくては一日たりとも生きていけない。命の次に大事なものと言っていいほどのツールである。

 もってまわった言い方をしたが、それがケータイ(携帯電話)である。人事など政界の重要情報のほとんどは、このツールを通して流通している。70歳を過ぎた老政治家でさえ、ケータイを使いこなせないようでは、政界を生き延びていくことはできない。

 筆者は、国会議員にとって最重要なツールとなったケータイに目くじらを立てているわけではない。便利な道具は、使いこなせなくては損である。そればかりではない。情報過疎は、政界ばかりではなく、他のあらゆる分野においても、致命的な結果を招く原因になる。

 しかしである。あの場面での国会議員の皆さんの、「ケータイ・パチリ」には目を覆いたくなった。安倍晋三前首相の突然の辞任表明に伴って行われた、9月23日午後の自民党総裁選である。劣勢とされた麻生太郎氏が予想外の得票を得たが、絶対本命候補とされていた福田康夫氏の当選が決まった直後である。

 その時、自民党の国会議員で埋め尽くされた会場の前列中央付近から、数多くのストロボがたかれたのである。報道カメラマンのストロボではない。会場から多数の国会議員がケータイを開いて、壇上に上がった福田氏に向けて、ケータイ・カメラのシャッターを切っていたのである。会場には各都道府県連幹部もいたが、地方の県連幹部がこんな位置にいるはずがない。

 ケータイで撮った福田氏の写真を。彼ら、自民党の国会議員はどう使うのだろうか。秘書や事務所職員、支持者、家族らに見せびらかすのだろうか。それとも、議員本人のブログにでも、議員撮影とクレジットを入れて載せるのだろうか。

 いや、そんな詮索はどうでもいい。彼らの行為は、自民党総裁が決定する場面にいる、しかも決定の当事者の行為とはとても思えない。韓流スターを追っかけるおばさんたちが、成田や羽田の空港でケータイ・カメラを若いスターに向ける姿と、何ら変わりがない。

 自民党の国会議員が、自民党総裁に当選したばかりの人物に向けて、ケータイ・カメラのシャッターを切る場面は、NHK・TVによって、全国に生中継された。この場面こそ、昨今の国会議員の劣化現象を表す、象徴的な場面と言えるだろう。

 この場面に関しては、もう1つ不思議なことがある。こういった映像に極めて目ざとい民報TVのワイドショー(最近は情報番組と称している)が、この場面を取り上げないことである。通常なら、何度も同じ映像を繰り返して、「刷り込み」行為を平然と行う彼らだが、この映像に限っては放送を自粛している。TVメディアもまた、表向きとは裏腹に、腰が引けている。(2007年9月28日記)

 「勝ち馬」に乗りたいだけの自民党総裁選

 戦後半世紀以上にわたって、ほんの一時期を除いて政権政党の座に就いていた自民党は、いまや今にも沈みそうな難破船と化している。救助船を見つけることのできない自民党所属の国会議員は、荒海に飛び込む勇気もなく、とにかく最も安全そうに思える難破船のマストに、われ先にしがみつこうと仲間同士で争っている、パニックに陥った船員のように見えてくる。

 参院選での大敗後の自民党は、混乱の極みが続いてきた。選挙結果が確定する前に続投宣言した安倍晋三首相だが、内閣改造でつまずき、臨時国会で所信表明演説を行ったにもかかわらず、代表質問の直前に突然、「敵前逃亡」するかのように退陣表明し、政権を投げ出した。

 安倍首相の退陣表明後、自民党の動きはもはや「あさましい」と形容するしかない。安倍首相を実質的に後継指名した小泉純一郎前首相を再度、首相に担ぎ出そうとした「小泉チルドレン」たちの動きは、世間の常識から言って、常軌を逸した行動だった。彼らの行動は、小泉氏の「100%出ない」の一言で頓挫したが、その後にはもっとあさましい動きが出てきた。

 自民党総裁選の動きは、安倍首相が退陣表明した翌日の夜、9月13日の夜に、「どんでん返し」としか言いようのない展開になった。13日昼まで本命候補と目されていた麻生太郎党幹事長が、突如として傍流候補に格下げされたのである。

 小泉前首相の官房長官だった福田康夫氏が総裁選の本命候補として突如浮上し、一夜のうちに麻生派を除く党内すべての派閥の支持を取り付けてしまった。13日昼に出馬表明したはずの額賀福志郎氏に至っては、翌日には福田氏と会談して福田氏支持を表明し、自らの出馬を撤回してしまった。

 本命候補に急浮上した福田氏が総裁(総理)になれば、清和会が森喜朗、小泉、安倍、福田氏と4代続けて首相の座を独占ことになる。しかし、各派閥からは、清和会独占への批判など何もでてこない。そればかりか、福田氏は嫌味と皮肉が持ち味の71歳のご老体である。自民党はこの人物を旗頭にして、結党以来の危機を乗り越えて、「自民党の首を取りに来ている」小沢一郎氏率いる民主党と戦い、勝てると考えているのだろうか。

 9月13日夜。一夜のうちに本命候補に浮上した福田氏は、この夜のうちには総裁選に関しては何もしていない。総裁候補として政策を発表していないばかりか、政権構想さえ明らかにしていない。それどころか、出馬表明さえしていない。

 総裁候補としては何もしていない人物に対して、自民党の各派閥と国会議員が雪崩を打つように、無条件で支持に回る。彼らは、「勝ち馬」に乗りたいだけである。彼らは、政治家としてのプライドも誇りも矜持もかなぐり捨てて、難破船の中で仲間を蹴落としても生き延びようと、われ先にとマストにしがみつことする、「餓鬼」にさえ思えてくる。(2007年9月15日記)

 「笑止千万」小泉氏再登板論―新聞寸評

 以下の、日経の記事を読んで、思わず笑い出してしまった。最近の政治家には、恥も外聞もない。自らの後継者選びで致命的なミスを犯し、今回の「政権放り出し」事件の原因をつくった人物を、彼らが選挙で生き延びるためだけに、再び担ぎだそうとしている。彼らには、世間の常識は通用しないようである。

 □チルドレンに「小泉再登板論」・本人は「出ない」(見出し)

 自民党の中堅・若手でつくる「改革加速議員連盟」の会長を務める津島派の棚橋泰文氏は12日、都内で小泉純一郎前首相と会談し、党総裁選への出馬を打診した。小泉氏は「おれは出ない」と拒否した。

 ただ、中川秀直前幹事長は同日夜、都内のホテルで開いた「小泉チルドレン」と呼ばれる衆院当選1回生議員らとの会合に出席。「日本のトップは小泉氏しかいない」と、引き続き再登板を要請すべきだとの考えを伝えた。

 この後、棚橋氏とチルドレンら31人は「小泉前総裁の再登板を実現する有志の会」を結成した。同会には前防衛相の小池百合子氏のほか、片山さつき、佐藤ゆかり、猪口邦子、小野次郎各氏らが名を連ねた。 (日経)

 ■眼力のなさを露呈した小泉氏

 安倍晋三首相が国会・代表質問の直前に政権を放り出した後、当然のことだが、自民党が右往左往している。次期総理・総裁を誰にするのか。本命は麻生太郎幹事長だとか、やはり1年前の総裁選で敗れて以来、不遇をかこっていた谷垣禎一元財務相だとか、メディアが賑やかに騒いでいる。

 そうした中で最も笑わせてくれるのが、小泉前首相を担ぎ出そうという動きである。2年前、小泉氏が指揮した総選挙で当選した「小泉チルドレン」が署名活動をしたり、中川前幹事長が彼らの動きに「お墨付き」を与えたりしていると、これもメディアが動きを伝えている。
 
 しかし、小泉氏の再登板ほど愚かで、かつ笑止千万な選択肢はない。安倍氏は小泉氏によって総理・総裁候補として「促成栽培」され、昨年の総裁選では、実質的には小泉氏の後継候補指名を受けて、政権の座についた人物である。

 その安倍氏が政権1年足らずで首相としての、いやそれ以前に政治家としての資質、能力のなさを露呈したあげくに、退陣に追い込まれた。こんな人物を総理・総裁に実質指名した小泉氏もまた、彼の眼力のなさを国民の前にさらけ出したことになる。小泉氏の再登板ほど、笑止千万な話はない。(2007年9月13日記)

 室伏の投てきを台無しにしたTBSのアナウンサー

 スポーツには、それを見る人すべてが沈黙する一瞬がある。たとえ数万人を収容する巨大スタジアムであっても、そうである。会場全体が静まり返る。一瞬の静寂が会場全体を包み込む。そして、次の瞬間に、人々の沈黙と会場の静寂は、爆発的に解放される。それこそ、スポーツとスポーツ観戦の醍醐味だと考えている。

 大相撲の場合、本割での優勝決定の一番、あるいは優勝決定戦の一番の立ち合い前の瞬間、大声を挙げる観客がいるだろうか。TVやラジオ中継に当たる、おしゃべりすることが仕事であるアナウンサーや解説者も、無論のことではあるが、その瞬間には沈黙する。そうした場面では、「さあ、この一番(の立会い)は黙って見ましょう」と言うのが、アナウンサーの発言としては、最も適切なものである。

 のべつまくなくサンバのリズムが鳴り響く、南米のサッカーであっても、観客が沈黙する瞬間がある。ゲーム中のPKやゲームの決着がつかない場合のPK戦の場面である。PKやPK戦で、キッカーがボールを蹴る直前に、大声を挙げる観客はいない。

 応援合戦が定番になった日本の野球にも、かつてはそういう場面があったはずである。投手が投球し、そのボールを打者が打ち返すか、捕手のミットにおさまるまでの時間は、100分の数秒という、いわば一瞬の時間である。野球の応援がどんなに賑やかであっても、ゲーム中に繰り返されるこの短い時間くらいは、観客は投球の行方を見守るべきである。

 陸上競技にも、そういう瞬間がある。100メートルや200メートルのスタートの場面である。とぎすまされたアスリートの心と体が極度に集中する場面である。そんな場面では、会場の観客も、TVやラジオで中継するアナウンサーや解説者も、沈黙する他にすべがない。そうした一瞬の沈黙には、極限状況下にあるアスリートへの敬意も込められている。

 そうした筆者の「思想」は、TBSがTVで独占中継する大阪での国際陸上で、完ぺきなまでに裏切られてしまった。8月27日夜のハイライトは、アテネ五輪金メダリストの室伏広治が出場する男子ハンマー投げ決勝だった。TBSが大阪国際陸上での最大のハイライトと考えていた、この夜のハンマー投げ中継は、まったくもって「まがまがしい」ものになってしまった。TV中継を担当するTBSのアナウンサーには、「沈黙の美学」がまったくなかったからである。

 フィールドを担当するアナウンサーは、のべつまくなくしゃべり続ける。今回もコピーライターを総動員したのだろうか。TBS得意の「キャッチコピー」を駆使して、アナウンサーは絶え間なくしゃべり続ける。そのおしゃべりは、室伏がハンマーを手にサークルに入り、ゆっくりと回転を起こし、強烈な回転によってハンマーを天空高く放り投げる、その瞬間まで絶え間なく続いた。そのおしゃべりは、室伏以外のアスリートの場合でも同様だった。

 TBSのフィールド担当のアナウンサーは、スポーツと人々の沈黙、会場を包み込む静寂、そして、そこから爆発的に解放されるという、スポーツ観戦の最大の醍醐味を台無しにしてしまった。その責任は現場のアナウンサーだけにあるのだろうか。いや、そんなことはない。1997年のアテネ大会か今年の大阪まで6大会連続で世界陸上を独占中継してきた、TBSの上層部に、陸上競技、いやスポーツそのものへの敬意が欠如しているからこそ、こんなアナウンスがまかり通るのである。(2007年8月28日記)

 新聞寸評−「容認」できない「後見人」に依存する首相

 8月末の内閣改造をめぐって、「安倍首相の後見人」である森元首相のお喋りが続いています。以下は、8月11日付の読売の記事です。森元首相は参院選の大敗を喜んでいるのではないでしょうか。何故ならば、参院選大敗と安倍首相の続投宣言によって、「後見人」の地位がますます大きくなってきたからです。

□森元首相「麻生幹事長」を容認、谷垣・福田氏の処遇も進言(見出し)

 自民党の森元首相は10日、読売新聞のインタビューに応じ、内閣改造・自民党役員人事に関し、麻生外相(麻生派会長)の幹事長就任を容認する意向を表明した。

 安倍首相は、辞任する中川幹事長の後任に麻生氏を充てる意向を固めている。森氏は、麻生氏の幹事長起用について、「反対ではない。麻生氏は、地方を重視する政策をとるべきだという私の考え方にも賛成している」と述べた。

 森氏は、今月5日に東京・渋谷区神山町にある麻生氏の自宅で麻生氏と会談し、「『改革』と聞いただけで、虫酸(むしず)が走る人が地方にはいる。もうちょっと柔軟に、きめ細かく360度の視野で取り組まなければならない」と助言したことを明らかにした。

 森氏は、安倍首相の出身派閥である町村派の名誉会長を務める。昨年9月の党役員人事では、首相が当初構想した「麻生幹事長」案に反対した。森氏が今回、麻生氏の幹事長就任を容認する姿勢に転じたことで、首相の人事構想は前進すると見られる。

 また、森氏は、首相と7月31日に会談した際、首相と距離を置く谷垣禎一・前財務相(谷垣派)や福田康夫・元官房長官(町村派)を重要ポストで処遇するよう助言したことを明かした。森氏は「断られるとしても、首相が度量を見せることが必要だ」と指摘した。(8月11日付読売)

 ■参院選大敗のもう1つの理由

 森元首相が「安倍首相の後見人」を自認するのは勝手ですが、彼はどんな権限によって外務大臣である麻生太郎氏の幹事長就任を「容認」できるのでしょうか。「容認」という言葉は、ある決定をする人物と対等かそれ以上の立場にある人物が使う言葉です。

 また、谷垣禎一・前財務相や福田康夫・元官房長官を重要ポストで処遇するよう助言することも勝手ですが、彼の「進言」と安倍首相の人事権とは、どんな関係にあるのでしょうか。

 安倍首相が先の参院選で大敗した理由については、年金問題への対応のまずさ、相次ぐ閣僚の失言や政治とカネの問題への対応のまずさが挙げられていますが、筆者はもう1つの理由があると考えています。

 それは、「後見人」を自認する森元首相に対して、毅然とした対応を取れなかったことです。また、森元首相の安倍首相への影響力を明確に否定できなかったことです。

 「戦後レジュームからの脱却」「美しい国づくり」という、いわば「形而上学」的政策を打ち出した安倍首相の存立基盤は大丈夫なのかという、国民の不安です。こうした「大命題」を政策に掲げた政治の最高責任者の意思決定が、かつて所属していた自民党の「1派閥の元ボス」の意向に左右されているのではないかという、不安です。

 安倍首相が本当の意味で独り立ちし、政権を維持し、それを国民に理解してもらいたいと考えているならば、「安倍首相の後見人である森元首相」と決別すべきです。そして、そのことを国民の前で明確に示すべきです。

 「独り立ちできない、後見人に依存する首相」という存在は、日本にとっても、国民にとっても、到底「容認」できない存在といえるでしょう。(2007年8月16日記)

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