成田好三のスポーツコラム・オフサイド

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09〜15年のコラム

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 WBC日本代表人気を読み違えた日本テレビ

 3月5日に開幕するWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)東京ラウンド(第1ラウンド)を前に、WBC日本代表人気が、おおいに盛り上がっています。先日まで行われた宮崎合宿には、それこそ北海道から沖縄まで、日本全国の野球ファンが集まりました。読売巨人軍との練習試合では、球場は超満員になり、周辺は入場できなかった多くのファンであふれました。

 イチロー、松坂大輔、ダルビッシュ有といった、プロ野球とMLBで活躍する日本人スター選手が集まり、MLBのスター選手がそろう米国やドミニカなどの強豪国と世界一を争う大会を前にした合宿と練習試合という状況設定ですから、これが盛り上がらないはずはありません。

 しかし、WBC日本代表人気を予測出来なかった組織があります。日本テレビです。兄弟会社ともいえる読売新聞社が東京ラウンドを主催するにもかかわらず、日本テレビはWBCの放映権を取得しませんでした。東京ラウンドの放映権を得たのはテレビ朝日です。米国で行われる第2ラウンド、準決勝、決勝の放映権はTBSが取得しました。

 宮崎合宿と巨人軍との練習試合での盛り上がりから見ても、WBC、なかでで日本時間のゴールデンタイムに放送できる東京ラウンドは、相当高い視聴率が期待できます。

サッカー日本代表が以前ほどの視聴率を稼げなくなったいまでは、WBCは、スポーツ・イベントとしては最高のキラーコンテンツとなるでしょう。

 日本テレビは何故、WBC、なかでも東京ラウンドの放映権を取得しなかったのでしょうか。彼らが大いなる読み違いをしていたからでしょう。

 日本テレビには、戦後半世紀にもわたって続けてきた、巨大な成功体験があります。読売新聞と日本テレビは、二人三脚でこの成功体験を共有してきました。読売巨人軍人気によって、読売新聞は部数と広告を増やし、日本テレビは、巨人軍主催ゲームを独占的に放送することによって、視聴率と広告を伸ばしてきました。

 両者の成功体験は、プロ野球再編(球団数削減)問題と、それに反発する選手会のストライキという事態が起きるまで続いてきました。プロ野球を構成するセ・パ12球団は、巨人軍人気に依存して存続している。巨人軍に「おんぶにだっこ」される状態で、他の11球団は存続している。

 そうした成功体験、いわば「神話」のようなものが、プロ野球再編問題と選手会のストライキによって、崩壊したのです。この問題の起きた後、巨人軍の試合は、巨人軍の主催であろうとなかろうと、視聴率を稼げなくなってきました。

 長年の成功体験から、日本テレビはこう考えたのでしょう。視聴率が稼げなくなったのは、巨人軍人気が落ちてきたこともあるが、プロ野球人気自体が凋落してきたのだと。そうした判断から、日本テレビは巨人戦の中継を減らし続けてきました。そして、今年は巨人戦の生中継を大幅に削減するという、大なたをふるいました。

 しかし、彼らの判断は間違っています。以前のプロ野球人気は、イコール巨人人気でした。巨人あってのプロ野球でした。しかし、いまはそうではありません。

 九州エリアでは福岡ではソフトバンク・ホークスが、阪神エリアでは阪神タイガースが、名古屋エリアでは中日ドラゴンズが、仙台を中心にした東北エリアでは東北楽天イーグルスが大きな人気をもっています。北海道エリアでは日本ハムファイターズが圧倒的な人気を誇っています。巨人軍も東京エリアでの人気は健在です。全国放送の視聴率は稼げなくなってきまたが、東京ドームに閑古鳥が鳴いているわけではないのです。

 野球人気が大きく落ち込んだということではないのです。それぞれのエリアをフランチャイズする球団は、それぞれのエリアで人気を確保しています。巨人軍にしても、かつての圧倒的な「全国区人気」の復帰はないでしょうが、圧倒的な人口、経済規模を誇る東京・首都圏エリアではなお健在といえるでしょう。

 こうした動きは、プロ野球にとって、むしろ健全な方向だと言えるでしょう。しかし、日本テレビは、こうしたまっとうな変化を読み間違えてしまいました。

 かつての巨人軍人気は、どう考えても異常でした。プロ野球シーズンの全期間において、巨人軍の試合だけが全試合、生中継される。そんな時代が半世紀も続いてきたこと自体が異常なのです。
 
 いまは、そうした国民的な「つきもの」がようやく落ちた時代なのです。日本テレビの大きな読み違いは、そうした状況をのみこめない、かつての成功体験にどっぷりつかった組織が犯した、象徴的な判断ミスと言えるでしょう。(2009年2月25日記)

 麻生さん、そんなこと言って本当に大丈夫なんですか

 「私は(中川氏と)メシを食べたことは何十回もあるが、私の前で酒を飲んだことは記憶にない」(2月20日付日経新聞の記事)

 この発言は、イタリア・G7後の「もうろう記者会見」で辞任に追い込まれた、財務・金融担当大臣、中川昭一氏を任命した責任を問われた、2月19日の衆院予算委での、麻生太郎首相、あなたの答弁です。

 質問した民主党の菅直人氏も、あまりの想定外の答弁に、二の矢がつげませんでした。民主党第一の論客である菅氏ならば、「本当に一回も酒を飲んでいないのですね」と追い討ちをかけるところでした。しかし、菅氏もこのあっけらかんとした答弁には、あっけにとられてしまったのでしょう。

 麻生さん、あなたはそんな答弁をして、本当に大丈夫なのでしょうか。

 あなたの盟友である中川氏の酒好きは有名です。酒に関わる武勇伝も数多くあります。G7の会見前にも、昼食で酒を飲んでいたことも、明らかになっています。

 あなたも、レストランでの夕食の後、取り巻き連中と連れ立って高級ホテルのバーに出かけ、そこで葉巻をくゆらせながらウイスキーを飲むという生活を続けてきました。

 そんなあなたと中川氏との関係で、「私は(中川氏と)メシを食べたことは何十回もあるが、私の前で酒を飲んだことは記憶にない」などという、あなたの発言を信用する国民がどれだけいるでしょうか。

 現職の総理大臣に向かっていうのもなんですが、あなたは選択する職業を間違えたようですね。

 あなたは、漫画に描きやすい顔をしていますね。ちょっと小顔で、七三分けの髪型にいっぱいのしわを描き、口元を少し「への字」に曲げれば、あなたの似顔絵が出来上がります。

 そんなあなたの口元からとび出すだみ声と、斜にかかったべらんめい調のもの言いは、ある種の職業にとっては、極めて重要な資質になります。

 浪曲師か漫才師、あるいは落語家という職業を、あなたが選択していたとすれば、あなたはその道の大家になっていたに違いありません。

 これらの職業では、「当意即妙」という会話能力が重要な資質になります。「打てば響く」ような会話能力です。その場の状況に応じて、瞬間的に反応する能力です。

 その反応が正しいか、間違っているかは、二の次、三の次の問題です。重要なのは、「うける」かどうかということです。

 そうは言っても、吉田茂元首相の孫であり、九州の炭鉱王・麻生家の御曹司であるあなたたにとっては、そんな職業を選択する道はなかったでしょう。

 そのことは、あなたにとっても、日本の政治にとっても、浪曲や漫才、落語といった日本の伝統芸能の世界にとっても、何とも不幸なことだと言えるでしょう。(2009年2月21日記)

 麻生政権と自民党の終焉を象徴する泥酔大臣

 酒飲みには、ある共通した性癖がある。酒が飲みたくなると、こらえ性がなくなる。時と場合を考えれば、こんな状況では絶対に酒を飲んではいけないと分かっていても、いや、分かっているからこそ酒に手を出してしまう。これは、他人を観察して言うのではない。筆者が酒飲みだからこそ、断言するのである。

 こうした度合いがより深まった場合は、その人を「アル中」「アルコール中毒」と呼ぶ。筆者もその一歩手前で踏みとどまっている(そう思っている)からこそ、そう断言するのである。

 麻生内閣の主要閣僚であり、首相の盟友でもある財務・金融担当相、中川昭一氏が、2月15日、イタリアで行われたG7後の記者会見で、前代未聞、空前絶後の醜態を演じた。世界を覆う未曾有の金融・経済危機への対応を協議する国際会議の場で、世界中の記者、世界中のTVカメラの前で、泥酔した状態で記者会見したのである。

 しどろもどろ。ろれつがまわらない。目が据わっている。まぶたが開けられない。顔に脂汗が吹き出す。いずれも、泥酔状態の典型的な症状である。本人の責任も重大だが、こんな状態の人物を、世界中が注目する記者会見に出した方も出した方である。「日本は、こんなアル中患者を財政、金融の最高責任者にしているのか」世界中があきれ果てたことだろう。

 帰国後、本人も官房長官も酒のせいではないと釈明しているが、まったく信用できない。中川氏をよく知る森喜朗元首相は2月16日朝の、みのもんたの「朝ズバ」に生出演して、中川氏の醜態映像を見せられた上で、「非常にお酒の好きな方ですから、お酒には気を付けなさいと言ったことがある」との趣旨の発言をしていた。

 森氏自身も、先に「どけ」「どかせろ」の映像がTVで流された。釈明のために出演したのだろう。番組では、孫が学校でいじめられるなどと言っていたが、番組出演の本当の理由は、選挙が危ういからである。そうでなければ、森氏がみのの番組などに出演する理由がない。

 「どけ」「どかせろ」の映像が繰り返し流されることになれば、森氏にとって致命傷にもなりかねない。その意味では、泥酔大臣の映像は、森氏にとっては、いわば『救世主』のようなものである。

 中川氏、この泥酔大臣は小泉、安倍、福田、麻生政権と4代にわたって、主要閣僚と党の要職を渡り歩いて来た。経済産業大臣、農林水産大臣、自民党政調会長等々である。

 中川氏と彼を任命した麻生首相は、中川氏の帰国も、留任、衆議院での予算・予算関連法案成立後の辞任、即刻辞任と迷走を続けた。

 自民党政権が、この泥酔大臣に重要な役職を務めさせてきたことだけをみても、自民党の腐敗、衰弱は明らかなことである、中川氏のG7における泥酔会見は、麻生政権と自民党の終焉を象徴しているように思えてならない。(2009年2月17日記)

 麻生さん、そろそろ負け方を考えてはどうですか

 一軍の将の役割とは何だろうか。言わずもがなの問いである。彼の役割とは、戦(いくさ)の前段においては、兵士の訓練から装備の充実、敵味方の情報の収集と分析を行い、あらゆる状況を想定して戦に備えることである。

 いざ戦の場となれば、それらすべての『駒』を最大限に活用して、そしてあらゆる手練手管も駆使して、自軍を勝利に導くことである。

 しかしである。戦の場において、あるいは、戦の準備段階において、自軍の勝利が絶望的な状況陥った場合はどうするか。まず、彼の役割は戦を回避する措置を取ることである。さらに、そうした措置が取れない場合はどうするのか。

 絶対的に不利な状況下で戦わなければならなくなった場合にはどうするのか。凡庸な将ならば、闇雲に正面突破を挑み、自軍の兵力を消耗させてしまうこともあるだろう。極端な場合は、旧日本軍が選択した『玉砕戦』である。

 優れた将は、そんな選択はしない。負け方を選択するのである。どう負けるのか。どの程度の戦力の消耗で戦を終えることが出来るのかを考え、実行する。自軍を壊滅させ、再起不能の状況に追い込むのか。後日の復活の余地を残すのか、ということである。

 負けると分かった戦はしないにこしたことはない。しかし、戦には相手がいる。どうしても負け戦が避けられない場合は、負け方を選ばなければならない。それが一軍の将たるものの考え方である。

 自民党は、幾多の失政によって、結党以来の窮地に追い込まれている。年金問題、高齢者の医療保険問題、高級官僚との癒着問題等々が一気に噴出した。しかも、そうした問題の根源からの対応をこの党は取ることができないことが明らかになってしまった。

 世界的な金融・経済危機への対応も、この党とこの党が結党以来依存してきた官僚機構では対応できないことも明らかになってきている。

 戦は避けられればいい。しかし、それももうできない。解散の先送りを繰り返してきた衆議院議員の任期満了は9月に迫っている。

 そうならばどうするのか。もはや自民党は負け戦の戦い方を選択肢に入れるべきである。『玉砕』して後日の復活の道を自ら断ち切るのか。それとも、『余力』を残して、あえて『上手な負け方』を選択するか、である。

 麻生太郎首相。あなたの手で解散するとしたら、あるいはあなたの任期中に任期満了になるとしたら、あなたはどんな戦の仕方をするのでしょうか。『敗軍の将』にも、相反する評価が待ち受けています。(2009年2月16日記)

 サッカー日本代表監督は「選手に勝たせてあげる」立場ではない

 高校野球の監督の多くは、選手を「子どもたち」と呼ぶ。そして、春夏の甲子園大会や地方大会でチームが敗れると、決まり文句のように、こう答える。「子どもたちに勝たせてあげたかった」

 彼らの精神性は「子どもたち」と「勝たせてあげたかった」の2つの言葉に凝縮されている。彼らは、彼らより劣る立場の「選手=子どもたち」を教え諭し、育てあげる役割を担っている、そう考える精神性である。

 高校野球を統括する日本高野連は、高校野球を教育の一環と位置付けているから、高校野球の監督が選手を「子どもたち」と呼び、チームが敗れるたびに「勝たせてあげたかった」と語るのには、一理はある。しかし、一理はあるが、こうした精神性が選手の自立やプレーの創造性を阻害させていることもまた、事実である。

 サッカーの日本代表監督は、高校野球の監督とはまったく違う立場にある。代表監督はアマチュア・サッカーの「指導者」ではない。日本サッカー協会と契約したプロフェッショナルである。

 現代表監督の岡田武史氏は、2010年ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会へ日本代表チームを出場させることを最低のノルマとして、2002年の日韓共催W杯で残した決勝トーナメント・ベスト16を上回る結果を求められている立場にある。

 彼の役目は、代表選手を教え諭し育てあげることではない。日本選手から最良の「駒」を選び、彼らの能力を最大限に発揮させて、期待、あるいは想定された結果を残すことである。しかし、岡田氏は自らが置かれたそうした立場を十分に認識している人物だとは、どうしても思えない。

 日本代表チームは2月11日、ホームの横浜・日産スタジアムで、強敵・オーストラリア相手に、W杯アジア最終予選を戦った。日本代表はこの試合に備えて1か月もの準備期間を取った。当然、ベストメンバーをそろえた。対するオーストラリアは、選手の多くが欧州各国のリーグに所属しているため、試合直前に選手が合流するという、苦しい状況で戦った。ベストメンバーがそろった訳ではない。

 結果は誰もが知っている。0−0の引き分け。オーストラリアにとつては勝ちに等しい引き分け。日本は、ほとんど負けに近い結果となった。日本代表には、相手ゴールをこじ開けるための独創性のあるアイデアも、攻撃性、もっといえば、こうした試合には必要不可欠な凶暴性も感じられなかった。ただただ、監督の指示、戦術に従って戦っていた、そう思えてならなかった。

 この試合の直後、岡田氏はインタビューに答えている。民法TV、NHK・BSとも生中継していたから、このインタビューを聞いた人は多かったに違いない。しかし、ほとんどすべての新聞、TVは、このインタビューでの、岡田氏の「重要発言」を無視している。

 試合直後に、岡田氏はこう話している。

 「われわれのやろうとしているサッカーをやってチャンスも作ったので、勝たせてあげたかった。(引き分けは)残念だが、選手はよくやってくれたと思う。 (やろうとしていたのは)シンプルにボールをつないで攻めていくサッカー。前半30分まではぺースが取れなかったが、それ以降はやろうとしているサッカー、プレスが機能した。点が取れずに残念だが貴重な勝ち点1だと思う。われわれはこのサッカーの精度を上げていくだけ。(W杯予選、ホームで2試合連続の引き分けだが)予選8試合を通してどうなるかだと思う。勝つために毎試合ベストを尽くしています 」(スポーツナビの記事から引用)

 岡田氏は最初のフレーズで、「(選手に)勝たせてあげたかった」と話している。

 サッカー日本代表監督は、高校野球の監督ではない。「選手にかたせてあげる」立場ではまったくない。高校野球の監督と同様の精神性をもった人物を代表監督に就かせたままで、日本代表は最終予選を勝ち上がれるのだろうか。たとえ、幸運にも採取予選を突破できたとしても、W杯本番で世界の強豪国と戦えるのだろうか。

 この試合の後、日産スタジアムに集まった多くのサポーター・ファンから、岡田氏の解任を求める声が大きく広がった。そうした声を挙げたサポーター・ファンの中には、筆者と同様の「危惧」を感じたサポーター・ファンもいたのではないだろうか。(2009年2月14日記)

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