成田好三のスポーツコラム・オフサイド

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02年のコラム

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 人は何故、プールで泳ぐことができるのか。何故人は、プールで泳ごうとするのか。こんな問いを発すれば、一笑にふされるか、なんとばかなことをと、軽べつされるのが落ちだ。プールは人が泳ぐためにつくられたものだから、そこで泳ぐことは当たり前のことだ。生真面目な人は苦笑しながらもそう答えるだろう。しかし、先の問いは笑われるか軽べつされるしかない「愚問」なのだろうか。

 学校プールや公営プールがなかったころ、30、40年前の子どもたちは、身近にある水の中で遊び、泳いだ。川であれ、湖であれ、海であれ、彼らの水泳場はプールとはまったく違った環境条件をもっていた。流れや、波、風など違い多くあるが、最も違うのは背が立たないことだ。泳ぎ始める所では背は立つが、少し泳ぎ出せば、水深は子どもたちの背丈をはるかに越えた。背が立つ所で泳ぎたくてもそんな場所は見つけられなかった。

 当時の子どもたちにとって、泳ぐこと自体が冒険であり、常に「恐怖心」が付きまとっていた。技術の未熟さや不注意、慢心は溺れることに直結した。だから、親や学校は子どもたちだけで泳ぐことを禁止した。あるいは川や湖、海がすぐそこにあっても、泳ぐことそのものを禁止した。しかし、そんな「法律」に従う子どもたちはほとんどいなかった。戦後の高度経済成長期前後だったあの当時、子どもたちの泳ぎに付き合ってくれるほど暇をもてあました大人などどこにもいなかった。

 たとえそんな大人がいたとしても、当時の子どもたちは大人の「監視下」での泳ぎなど楽しまなかっただろう。水辺は子どもたちにとって、大人たちから独立して存在する「特別な楽園」だった。溺れることの危険性、つまり「死の恐怖」でさえ、水辺で遊ぶこと、泳ぐことの魅力には勝てなかった。いや、そうした恐怖こそ魅力を倍加させた。

 いまの子どもたちは小学校に入る前から、母親に連れられてプールに通う。小学校低学年や就学前の子どもたちにとって、あるいは彼らの母親にとって最も人気のある「習い事」は水泳だ。子どもたちは自然の中ではなく、完全に密封された人工的空間(温水プール)で、大人たち(水泳指導者)の管理下で遊ぶことから泳ぐことまでを学ぶ。母親たちはガラス越しにわが子の水泳体験を見守る。

 子どもたちにとって水泳は、昔と今ではまったくの「別物」になってしまった。大人たちの目の届かない、秘密の楽園で「禁断の実」を食べるような「喜び」は消え、逆に大人たちが推奨する、最も健全で健康的な「学習」の場になってしまった。子どもたちの「遊び」が「倒立」してしまったことは、何も水泳に限ったことではないのだが――。

 ここからは重い自閉症の障害をもつ、ヒロ君の「ちょんちょん泳ぎ」について書く。

 彼の独自の泳法に触れる前に、彼と彼の障害について少し語らなければならないだろう。自閉症は不思議な病気である。これだけ科学と医学が発達した現在でも、この病気のメカニズムはほとんど解明されていない。胎児期から幼児期にかけての、脳の発達障害に原因があるとされているが、要するに現代科学と医学の知識では何も分かってはいない。

 ヒロ君の場合は言語機能に強い障害を負った。十数年かけて彼が身につけた「単語」は十数語に過ぎない。それが彼のもつ「言葉」のすべてである。彼はその十数語と彼の「表情」によって意思を伝達する。そして、最も重い障害は「他者」の不存在である。あるいは「他者」が極めて希薄にしか存在しないことである。このため彼には競争心が決定的に欠けている。競争心と裏腹の関係にある協調心も彼にはとっては無意味である。

 この春に高等擁護学校を卒業、民間作業所に通うヒロ君は、水が大好きである。水辺で遊ぶことはもちろん、川、湖、海であれ、そこが人工のプールであっても、泳ぐことが大好きである。水の中に浸っていること自体が、彼にとって幸福感に満ちた時間のようだ。

 ヒロ君の泳法は彼独特のものだ。誰に教わったわけでもなく、自分でおぼえたものだからだ。幼児期には健常児と一緒に水泳教室のプールに入ったが、どんなに優秀なコーチでも彼に泳ぎを教えることはできなかった。

 ヒロ君は海で遊んでいるうちに泳ぎをおぼえた。水が大好きな彼は真冬でもない限り、海に行くとすぐ水に入ってしまう。付添い人がちょっと目を離したすきに、いや、目をきった瞬間に彼は背の立たないくらいの深さまで行ってしまう。そこで自然に立ち泳ぎを覚えた。そして移動のために体をやや前傾させる。そうして、変形の平泳ぎを覚えた。それからもぐり、潜水を始めた。抜き手やクロールには興味を示さなかった。覚える必要のない泳法と判断したようだった。

 夏の海に入ると、ヒロ君は1時間は泳いでいる。もっと正確に言うと立ち泳ぎと変形の平泳ぎで浮いているか、極めてゆっくりとしたスピードで移動している。1時間といったのは、それが付添い人の体力と忍耐力の限界だということだ。放っておいたら、いつまで海に入っているか分からない。

 最近、困ったことが起きてきた。ヒロ君はプールではまともに泳がなくなったことだ。付添い人の体力と忍耐力が弱まったことで、海に行く機会は減った。その代わりにプールに行く。夏場の屋外プール以外は公営の温水プールに行く。公営の温水プールはどこも水深が浅い。泳ぐより水中ウオーキングに最適な水深のプールまである。障害者専用プールは幼児用に近い水深だから、そこは彼の泳ぐ場所ではない。

 そうした浅い水深のプールでは、ヒロ君は「完全な泳ぎ」をしなくなってしまった。泳ぐことを勝手に定義すれはこうなるだろう。体の全体を水面か水中において移動することだ。体の一部でも水底に触れさせては泳ぐことにはならないだろう。しかし、浅い水深のプールでは、体の一部を水底に触れさせて移動する。プールでも立ち泳ぎを変形させたような平泳ぎで移動するのだが、キックのたびに左右の足の、親指の先を交互に、プールの底に触れる。それが、ヒロ君の「ちょんちょん泳ぎ」だ。力や重心を指先にかけているわけではない。軽くリズムをとるように指先でプールの底をたたいている。

 ヒロ君にはその泳法が「ルール違反」などという意識はまったくないのだから、修正は不可能だ。彼はたぶん、こう考えているのだろう。水深の浅いプールでは親指の先を底に突いたほうが楽だし、移動のスピードも速い。付添い人はなぜ、あんなにしつこく親指を突くなと騒いでいるのだろう。付添い人も僕の真似をすればもっと楽に泳げるのに――。

 ヒロ君に「完全な泳ぎ」をさせるには背の立たないほど深い水深のプールが必要だ。しかし、そんなプールはどこにも見当たらない。大人たちは平泳ぎをすれば膝が底についてしまうほど浅いプールの中で懸命に泳いでいる。水泳教室の時間帯では、母親に付き添われてやってきた子どもたちが、大人たちに命令されるままに遊び、泳ぎ続けている。その方が、ヒロ君にとっては不思議なことなのだろう。(2002年9月11日)

 遊園地のジェットコースターなど、スピードと恐怖を売り物にする遊具を『絶叫マシーン』と呼ぶようになったのはいつごろからか。何故そう呼ばれるようになったのか。たぶんこんなことだろう。

 東京ディズニーランド開場以来の競争激化から、遊園地がスピードと落下時の高低差を競いだし、この現象にテレビメディアが飛びついた。人気女性タレントを話題のジェットコースターに乗せ、その表情を小型カメラで至近距離から撮影する。安易でお手軽な、ワイドショーにとっては究極の「のぞき趣味」企画だが、視聴率は確実に稼げる。遊園地もテレビの宣伝効果は絶大だと分かっているから、この企画に全面協力する。遊園地とテレビ局との相互関係の中で、遊園地のスピード系、あるいは恐怖系遊具は『絶叫マシーン』と呼ばれるようになった。抜群のネーミングはまた、客足を呼び込む手段にもなる。それとともに、遊園地もテーマパークというハイカラな名称に改名した。

 遊園地がテーマパークに改名しようと、遊園地のスピード系、恐怖系遊具が『絶叫マシーン』と呼ばれようと、私の知ったことではない。遊園地のようなざわざわした雰囲気の場所は好きではない。生まれつき心臓が悪く(気が小さいという意味)、おまけに高所恐怖症の気があるので、ジェットコースターには乗らない。「遊園地に連れてって」と子どもにせがまれる時期はとうに過ぎた。若い女性タレントが恐怖と重力に表情を歪ませた顔など見たくなければ、ワイドショーのチャンネルを切り替えれば済むことだ。

 しかし、テレビのスポーツアナウンサーが『絶叫マシーン』化する現状だけは、黙ってはいられない。スポーツアナウンスはいつから、自ら興奮すること、そして興奮している自分をさらけ出すことをよしとするようになったのか。サッカー中継では「ゴーーール」の雄叫びを売り物にするアナウンサーまで現れた。プロ野球中継では興奮した様子でやたらとしゃべり続け、ベテラン解説者から「この1球は黙って見ましょう」などとたしなめられる者までいる。

 スポーツ観戦とアナウンスとは切っても切れないほどの、密接な関係にある。現場で観戦する場合でもアナウンスは必要だ。野球やサッカーなどボールゲームでは先発メンバーを観客にアナウンスする。野球では打席ごとに打者をコールする。サッカーでは、密集からのゴールは得点者のコールがなければ、観客にはよく分からないケースも多い。

 ボールゲームであれ、格闘技であれ、体操のような採点競技であれ、アナウンスは必要だ。観客だけでなく選手はもちろん、監督、コーチなどチームスタッフにとってもそうだ。アナウンスがなければまずゲームは成り立たない。ただ、会場でのアナウンスは必要最小限なものになる。選手も観客もそのゲーム会場にある、共通した同じ「空気」を吸っているのだから、余計なアナウンスはかえって邪魔になる。

 ラジオやテレビを通してゲームを楽しむ間接的観客にとって、アナウンスはより重要だ。ゲーム会場の「空気」を直接的に感じとれないからだ。自宅にあるBSテレビの音声機能がいかれてしまったことがある。しばらくの間、音声なしで大リーグ中継やサッカー・スペインリーグ中継を見ていたが、音声なしでは十分には楽しめなかった。テレビの音声機能を通して伝わってくる会場の「空気」、言い換えれば会場の「サウンド」がいかに重要か再認識した。さらに、アナウンスなしでは分からないことが度々出てくる。少なくともそのゲームに関して、アナウンサーは間接的観客以上の情報をもっている。その情報を的確に、そしてその情報をベストの適切なタイミングで伝えることは、彼らの大切な役割だ。

 しかし、最近のスポーツアナウンサーは、彼がもつゲームの情報を的確に、そしてゲームの進行に合わせて適度に適度に提供するという、本来の役割を忘れてしまったようだ。アナウンサー自身が興奮し、あるいは興奮したような芝居をしなければならないと勘違いしている。ゲームを冷静に分析する目、そしてそれを彼自身の言葉で観客に伝える技術などいらないと考えているのだろう。聞いていて辟易するほどの興奮と絶叫。そんなものを聞きたいと思っている観客などいるのだろうか。

 アナウンサーの興奮と絶叫はここ数年ひどくなる一方だ。ともに民放が独占中継した世界陸上、世界水泳の実況は聞くに堪えなかった。アスリートに古舘伊知郎ばりの「キャッチフレーズ」をつけ、その品のないネーミングを何度も何度もがなりたてる。古舘ほどの「芸」のないアナウンサーが、彼の真似をしても、聞いている方が気恥ずかしくなるばかりだ。日本選手や外国のスター選手が登場すると、彼らは通常「モード」を一瞬にして切り替え、『絶叫マシーン』に変身する。

 横浜で開かれているパンパシフィック水泳も同様だ。やはりある民放が独占中継しているが、取り上げ方がステレオタイプに過ぎる。ひたすらイアン・ソープ(オーストラリア)を持ち上げるばかりで、彼と彼の泳ぎについては、何の論評もない。ソープのゴールシーンを興奮と絶叫とで伝えるばかりだ。北島康介の100メートル平泳ぎ金メダルも、ただお祭り騒ぎを煽っただけだ。右ひじの故障をおして出場した北島の内面は、テレビアナウンスからは何ひとつ伝わってこなかった。

 良くも悪くも現在のスポーツは、テレビを無視して存在できない。野球やサッカーなどメジャースポーツばかりでなく、普段はマイナースポーツであっても五輪を前にすればテレビの対象になる。テレビもスポーツを最も重要なコンテンツと考えている。スポーツとテレビはともに「相互利益」で結びついているのだ。欧州サッカーはテレビ放映権の高騰によりビッグビジネスになった。そしていまは、放映権をつりあげてきたドイツのキルヒグループなどの破綻により、ビジネスとしての危機に瀕している。

 スポーツを中継するテレビと間接的観客の間に存在するのがアナウンサーだ。彼らは、彼らが意識する以上に重要な立場にある。大多数の観客はいまやテレビを通してスポーツに触れる。アナウンサーはテレビ局の「顔」であるばかりか、スポーツと、テレビを通してスポーツを楽しむ間接的観客との「接点」でもある。彼らが興奮と絶叫でよしとすれば、それは観客の質の低下につながる。観客の質が低下すれば、ゲーム自体の質が落ちる。そしてそのことはスポーツそのもののレベル低下となって顕在化する。スポーツは良質の観客に支えられて発展してきた。テレビ局とその「顔」であるアナウンサーの質の低下は、経済用語で言う「デフレスパイラル」のように、スポーツが危険な螺旋階段を下り続ける道につながる。(2002年8月28日)

 プロ野球セ・リーグの首位を独走する読売巨人軍(巨人)のペナントレース優勝は、この原稿を書いている8月下旬の段階でもはや決まったのも同然だ。開幕当初こそ星野仙一を新監督に迎えた阪神タイガースが突っ走ったが、その勢いは夏場までもたなかった。巨人と他の5球団とでは戦力が違いすぎる。

 清原和博、仁志敏久、高橋由伸と主力打者の故障が続出しても、その穴を若手が次々と埋める。3冠王に極めて近い位置にいる松井秀喜は、昨季から今季前半にかけての「もやもやとした状態」からついに抜け出した。松井の本塁打を極度に警戒する相手投手(相手ベンチ)にいらだっていた段階を突き破った。いらだちは消えた。松井はもうこれまでとは「別次元」にいる。打者としてついに「新しいステージ」に立った。

 原辰徳新監督の采配は手堅く、長嶋茂雄前監督にみられた危うさはない。2軍でくすぶっていた若手を次々と1軍に引き上げると、すぐ実戦に起用、結果と自信を出させる。長嶋前監督には見られなかった采配だ。

 優勝に向けほとんどすきのない戦いを続ける巨人だが、ひとつだけ懸念材料がある。先発メンバーで一人だけ浮いた存在になっている「不動の六番打者」、江藤智だ。広島カープからフリーエージェント(FA)で移籍した江藤は、巨人の「体質」とは合わなかったようだ。移籍後も主軸打者としてそれなりの成績は残してきたが、本塁打王1回、打点王2回を獲得した広島時代の精彩は影を潜めてしまった。

 今季の不振は深刻だ。開幕から一度も好調時がない。清原が故障がちで何度も戦線を離脱しても、原監督は江藤の打順を動かさなかった。「不動の五番打者」、清原がいなければ、その穴は若手が埋める。江藤に「五番昇格」のチャンスは与えられない。今季の成績ではそれもやむを得ないことだろう。

 余談になるが、いわゆる「肉体改造」後の清原は、故障が多すぎる。昨季、今季と頻繁に筋肉と関節を傷めている。米国流のトレーニングで、日本人離れと形容できるほどの体格とパワーを身に着けた。しかし、その代償が頻発する故障ということはないのだろうか。球界最高の人気球団の、松井と並ぶスター選手には常に番記者が張り付いているはずだ。しかし、彼らからは通り一遍の清原情報が流れてくるだけだ。「肉体改造」と頻発する故障との「因果関係」に触れる記事は見たことがない。

 極度の不振にあえぐ江藤が、独特の「型」をやめてしまったと聞いたので、8月20日、21日の横浜ベイスターズ戦をテレビ観戦した。巨人戦のテレビ観戦は久しぶりだったが、聞いたとおりだった。江藤は本当に、打席での自分「型」をやめてしまっていた。そして、不振の原因は単に技術的問題ではなく、巨人における江藤の「位置」にかかわることで、江藤はいま、打者として最も危険な立場に陥っている。そう直感した。

 江藤は22日に何故か五番に昇格した。その日も結果を出せなかった江藤は、次の阪神3連戦ではスタメン落ちした。突然の五番起用は原監督からの、ある「メッセージ」だったのだろう。

一流打者の打席(その前も含め)での動き、あるいは仕草には独特の「型」がある。スイングを見なくても、遠くから見ただけでも、彼が誰なのかはっきり分かってしまう。「型」は一流打者のトレードマークのようなものだ。

 そうした「型」が最も明瞭に表れるのが米大リーグ、シアトル・マリナーズのイチローだ。イチローは、ネクストバッターズサークル(テレビには映らないが、あるいはベンチ内でもそうかもしれない)での一連のストレッチングからバッターズサークル前での膝の屈伸、バッターズサークルでの仕草と、どの打席を見てもまったく同じ動きを繰り返している。

 イチローの一連の動作、つまり彼の「型」は、彼が無意識に始めた癖を意識化したものだ。打席ごとにまったく同じ動作を繰り返すことにより、イチローは彼の脳細胞、全身の神経細胞、筋肉細胞に対し、「いまがその時」であることを告知しているのだ。打席で打球を打つというその瞬間のための、彼のもつすべての機能を活性化させるための「暗号指令」でもある。

 一流打者の「型」を挙げていたらきりがないが、ボストン・レッドソックスの強打者、ノーマ・ガルシアパーラは何ともせわしない「型」をもつ。打席で彼は常に踊っているのだ。投球を待つ間、彼の両足はステップを踏み続ける。そして1球ごとにごとに打席をはずし、両手袋の締め具部分をせわしなくいじり回す。ガルシアパーラはこの奇妙な「型」を支えに、フェンウェイパークの「グリーンモンスター」に立ち向かう。

 江藤の場合は、彼らほど個性的ではない。しかし、はっきりとした「型」をもっていた。記憶から再生すると、江藤の「型」はこんな具合だった。打席に入る。そこまではオーソドックスだ。そこから彼独特の「型」が始まる。右打席に入ると、両足のスタンスを固めながら、左手とバットをほぼ一直線にして投手に向ける。視線も投手に合わせる。次に神主のように体の正面に正対させてバットを立てる。視線はバットに向かう。両肘を絞ってそのまま右側に上体をねじる。ここで視線をまた投手に合わせる。視線の動きは投球を的確にとらえるための、目のストレッチングのようだ。これで江藤の「型」が完成する。

 江藤は少なくとも十数年間、何千回という打席でこの「型」を守り続けていた。そしてこの「型」は彼の打撃技術と一体になっている。だが、江藤はこの「型」をやめてしまった。無意識にやめることはありえない。監督かコーチにやめさせられたとは考えにくい。そんな馬鹿な監督やコーチはいないだろう。自らの意志でやめたとしか考えられない。

 広島では常にナンバーワンだった江藤は、巨人ではナンバーツーはおろかナンバースリーにもなれなかった。巨人の「既定方針」として江藤の上に松井と清原がいた。高橋の入団後は高橋がナンバースリーになった。極度の不振に陥った江藤、故障した高橋に代わって、いまは阿部慎之助が売り出し中だ。江藤は、巨人での自らの「位置取り」に耐えられなかったのではないだろうか。極度の心理的ストレスが打撃技術をくるわせ、「型」まで放棄させてしまった。

 江藤はいま、彼の打撃人生において最も重大な危機に直面している。昔の童謡に「歌を忘れたカナリヤは―」という歌があった。その後の歌詞は忘れた。「型」を忘れた江藤なんか見たくない。打者は「型」とともに生き、そして終わればいいからだ。(2002年8月26日)

 夏の夜は寝苦しい。あまりの蒸し暑さに敷き蒲団から抜け出して畳の上に身を置いても、それで眠りにつけるというわけではない。そんな夜に、ラジオから花火師のインタビューが流れてきた。老舗の花火屋を継いだ何代目か、あるいは十何代目かの女性花火師は、こんなことを語っていた。――花火と言えばみんな大輪の花のような形や多様で鮮やかな光と色を思い描くでしょうが、私は花火の音にこだわりたい――

 彼女の言葉に納得できずに、いぶかしげな反応を示す女性インタビュアーに対し、彼女は絶対的な確信をもってそう語っていた。そうだ。花火の魅力は音にあるんだと、そのとき気づいた。「シュルシュルシュル―」と空気を切り刻み、一瞬の沈黙の後、天空から腹の底にしみわたるように鳴る、「ドカーン」という大音響。夏の夜を彩る花火の大スペクタクルも、天空に立ち上がるあのかすかな音と、一瞬の沈黙、そしてその後にやって来る大音響なしには、何とも味気ないものになってしまう。

 真夏は野球の季節だ。特に8月のお盆休みのころは、怠惰な生活が身についてしまったテレビ観戦者にとっては最高の季節だ。既に熱気に包まれた朝の空気の中で気だるく目覚めた後、テレビをつければすぐ「熱闘甲子園」の世界に引き込まれる。

 お盆のころはベスト16、ベスト8が決まるあたりで、観戦者にとってもっとも楽しいころだ。高速道路の渋滞何十キロなどという、考えるだけでも恐ろしい帰省、行楽ラッシュのニュースを横目に、高校生たちの汗まみれ、土まみれの「真剣勝負」を冷房の効いた部屋の中で楽しむ。何と贅沢で残酷な行為なのだろうか。日本人はこの贅沢で残酷な行為に対し、何の痛みも感じなくなってしまったようだ。

 NHKBS放送のおかげで最近では、朝から昼にかけて米大リーグ観戦の楽しみも加わる。イチロー、長谷川滋利、佐々木主浩の活躍するマラナーズや、野茂英雄、石井一久のドジャーズ、新庄剛志のジャイアンツの試合を、リアルタイムかそれに近い時間帯で観戦できる。そして夜には読売巨人軍中心だがプロ野球の中継もある。深夜には高校野球、大リーグ、日本のプロ野球まで網羅するスポーツニュースまで用意されている。野球好きは朝から深夜まで自宅に居ながらにしてさまざまな「ステージ」における野球を楽しめる。こんな贅沢は他の国では味わえないだろう。

 高校野球、日本のプロ野球、大リーグと野球中継を見続けていると、同じ野球でありながらも日米の違いがはっきりと見えてくる。素人だから技術論には触れない。それでもイチローや佐々木の活躍、元広島カープのアルフォンソ・ソリアーノ(ヤンキース)、元阪神タイガースのトニー・タラスコ(メッツ)が有力チームでレギュラーを張っていることだけを見ても、日米の技術的差は縮まってきていることは分かる。

 それにしてもソリアーノは素晴らしい。広島にいた非力で小柄な打者がニューヨークに来て大変身した。昨シーズンのプレーオフ、ワールドシリーズで大活躍したソリアーノは今シーズン、ヤンキースの一番打者に定着。ディレク・ジーターと続く一、二番は大リーグ最強のコンビだろう。8月18日のシアトル・マリナーズ戦で二塁手としては大リーグ初の30盗塁、30本塁打を記録。今シーズンは40盗塁、40本塁打の達成も夢ではない。

 ソリアーノのあまりの活躍ぶりに目を奪われて脱線してしまった。話を日米の野球の違いに戻そう。――ここでは高校野球についてはとりあえず除外して考えてみる――まず気がつくのは球場の違いだ。日本の球場はどこも同じような形をしている。天然芝の球場は少なくなり、ドームと人工芝の組み合わせが全盛だ。天然芝の球場も、内野が芝で覆われている「国際標準」球場はオリックス・ブルーウェイブの本拠地、神戸グリーンスタジアムだけである。

 米国の球場は個性的だ。レフト側に強大な壁、「グリーンモンスター」がそびえるボストン・レッドソックスの本拠地、フェンウェイパーク。サミー・ソーサのいるシカゴ・カブスの本拠地、リグレー・フィールドのバックネットを支える壁は赤いレンガで、フェンスはツタに覆われ、スコアボードは今も手動式のままだ。フィールドが変形しているのは当たり前で、バックスクリーンが本塁に正対していない球場まである。ドーム球場は多いが、多くは開閉式で悪天候でなければ大空の下でプレーできる。人口芝はほとんど姿を消したようだ。内外野とも天然芝に覆われ、ダイヤモンド周辺だけを切り取っている。

 そして日米の最も大きな違いは観客の応援スタイルだろう。米国の応援はあくまで個人の自由な声援が主体になる。試合開始前延々と続く強制的応援もトランペットなどの「鳴り物」もない。何万人もの観客がスタンドを埋め尽くしても、そこに「統率者」はいない。統率者はいなくても球場の応援には一体感がある。

 日本のプロ野球では、ほとんど強制的な集団応援とトランペット、太鼓など大音響の「鳴り物」応援は、切っても切れない関係になってしまった。スタンドの集団応援と鳴り物は、試合開始から終了まで鳴り続ける。どんな緊迫した場面でも、息を詰めて投手と打者の勝負に注視したい試合のヤマ場でも鳴り止まない。

 サッカーの応援も、サポーターのサンバのリズムは鳴り止まない。サッカーは「連続性」に特性があるスポーツだ。試合中、選手とボールは動き続ける。どんな場面から点が入ってもおかしくはない。連続性を阻害する遅延行為は、それだけで警告(イエローカード)を受ける。だから、サポーターのリズムが鳴り続けても何の違和感もない。

 しかし、野球は「不連続性」に特性がある。投手が打者にボールを投げなければ何も始まらない。投手が投げる。打者が打つ、あるいはボールが捕手のミットに入る。連続性がいったん途切れ、また投手が投げる。その繰り返しで試合が成り立つ。だから、応援にも緩急が必要になる。

 日本のプロ野球でも一度だけ「鳴り物」や強制的応援を自粛した応援スタイルを採用したことがある。2000年6月、東京ドームで行われた巨人―横浜戦だった。巨人軍選手会が応援団と話し合って実現した「球音を楽しむ日」だ。球場に打球音、速球が捕手のミットに吸い込まれる音がクリーンに響いた。鳴り物応援の自粛が実現したのは、この年、やはり東京ドームで開かれた大リーグ開幕戦の影響もあっただろう。一つ一つのプレーに観客が肉声で反応する。しかもだれかに強制されてではなく、個人の自主的な反応が大きな広がりとなって球場全体を包み込む。

 いきなり日本で集団応援と鳴り物応援を止めてしまうことは無理だろう。社会の「基本単位」は個人なのか、集団なのかという、日米の最も根源的な文化の違いが背景にあるからだ。大リーグを真似ればいいとうものでもない。しかし、投手が投球動作に入る直前からから打者がボールを打つか捕手のミットに入るまではほんの数秒間だ。その数秒間だけでも野球場を沈黙が支配する。そんな応援風景も悪くないはずだ。

 冒頭の女性花火師の言葉が印象に残る。花火は一瞬の沈黙があってこそ、その後の光と色の大スペクタクルが生きてくる。一瞬の沈黙があってこそ天空から鳴り響く大音響も観衆の大歓声も、大スペクタクルを支えることができる。野球の応援もそうではないだろうか。(2002年8月19日)

 W杯サッカーや五輪といった国際スポーツの巨大イベントにはいつも、人類最大の破壊行為である戦争の影がまとわりついている。

 ヒトラーの第三帝国宣伝に利用されたベルリン五輪までさかのぼる必要はない。近年の例を挙げればそれで十分だ。旧ソ連のアフガニスタン侵攻に対する報復として米国など西側諸国がボイコットした1980年のモスクワ五輪。4年後のロサンゼルス五輪はその返礼として旧ソ連など当時の東側諸国が参加を拒んだ。1992年のバルセロナ五輪はソ連解体の後、ユーゴスラビア内戦激化の中で開催された。

 2000年のシドニー五輪開催中には、イスラエルのシャロン野党党首(現首相)が聖地訪問を強行、現在も続くイスラエルとパレスチナの「死の報復の連鎖」の引き金を引いた。2002年のソルトレイク五輪は極度の厳戒態勢の中で開催された。前年の9月11日、米国で同時多発テロが発生。テロを仕掛けたアルカイダとタリバンへの報復のために米国などがアフガニスタンに攻め込む中での開催だったからだ。

 まだ記憶に新しい日韓共催のW杯サッカーも、ほとんど戦争状態と言えるイスラエルでの抗争の激化、米国によるイラク攻撃の危惧の中で開催された。

 五輪やW杯にはいつも戦争の影がまとわりつく。そして五輪やW杯への世界中の熱狂は、迫り来る巨大な破壊行為への恐怖を一時的にでもやわらげてくれる「麻薬」のようにも思えてくる。

 国際スポーツはある意味で「戦争」そのものだともいえる。それが言いすぎだとしても、戦争の「代替行為」であることは間違いない。

 多種多様な競技(種目)の複合的イベントであり、個人競技(種目)のある五輪では、「戦争」は少しだけオブラートに包まれている。しかし、個人でもグループでもなく、明確に国別対抗で争われるW杯においては、「戦争」、あるいは戦争の「代替行為」である実態がもっとむき出しになる。

 出場国は国家の総力を挙げて一次リーグ突破、そして優勝を目指す。代表選手と代表チームは、国民のマンパワー、固有の文化、経済力、情報収集能力など国家の総合力の象徴でもある。

 代表チームをW杯に出場させ優勝を狙わせるために、国家は軍隊と同様の強化策をとる。戦略、戦術面を含めた代表選手、代表チームの直接的強化策はもちろんだが、他国の能力を分析するための諜報能力、国民の関心をそらさないための宣伝工作、予選―本戦へと続く長丁場の戦いに備えるための資金面の手立ても重要になる。

 かくして出場国は4年ごとの「世界大戦」に臨むことになる。出場を逃した有力国では、「戦犯」を見つけ出してその重罪を問う。そして次の4年後に備える。出場国も、不本意な戦績に終わったならば、戦犯狩りが行われる。そして彼らもまた4年後の「世界大戦」に備えることになる。

 五輪もまた「戦争」、あるいは戦争の「代替行為」であることについて、一つだけ例を挙げたい。ソ連と東側陣営の崩壊前、五輪は東西両陣営の対決の場であった。特に東側陣営は、彼らの優位さを示すために五輪を徹底的に利用した。

 国家がスポーツを丸抱えする「ステートアマ」体制の構築である。東側陣営にとって五輪選手は「戦士」であった。五輪が国家対国家、陣営対陣営の対決の場、つまり「戦場」であるならば、自らの属する国家や陣営に勝利をもたらすためには、ほとんどあらゆる行為が許される。本物の戦場では殺人はその罪を問うべき行為ではなく、英雄的な賞賛すべき行為になる。

 東西対立の中で東側陣営はスポーツに特別な「劇薬」、あるいは「最終兵器」(核兵器も当初はそう呼ばれた)を持ち込んだ。ドーピングである。ドーピングはスポーツの前提を根底から覆す行為である。人間同士がある一定の定められたルールの中で自らの肉体を使って競い合うという前提を崩壊させるからだ。ドーピングは人間を「怪物」に変えるし、出来るだけ公平を期すために設けられた一定のルールを根底から崩してしまうからだ。

 西側陣営が取り入れたスポーツのプロ化と商業主義にしても、東側陣営の「ステートアマ」体制への対抗手段でもあった。そして、東側陣営が生み出した「最終兵器」は陣営の崩壊後も、世界中に広がった。核兵器がそれを生み出した米国の意思とは反対に世界中に拡散したことと同じようにそうなった。

 W杯や五輪は、「戦争」や戦争の「代替行為」であると同時に、近代国家が創造した巨大な「ガス抜き装置」という側面ももつ。国家とその構成員である国民がもつ制御不能で危険な闘争本能をむき出しにしないためにつくられた巧妙な装置である。

 しかし、国家と国民がもつ闘争本能はW杯や五輪のガス抜き装置程度では抑えきれないほど強大だ。国家と国民は代替行為や疑似体験では彼らが持つ破滅的な闘争本能を満足さえることができない。だから今でも、本物の戦争は世界中で際限もなく繰り返されている。(2002年8月17日) 


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