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テコンドーの釜山アジア大会(9月29日開幕)への選手派遣が中止になった。競技団体である日本テコンドー連盟の内紛、組織分裂のために、日本オリンピック委員会(JOC)が選手派遣を取りやめたためだ。
テコンドーについては、空手によく似ているが足技に特徴がある韓国発祥の格闘技であること、2000年シドニー五輪から五輪競技として正式採用されたこと、シドニー五輪で日本人女子選手が銅メダルを獲得したことぐらいしか知らない。選手層やファン層がどのくらいあるのか分からない。ましてや競技団体である日本テコンドー連盟の内情など知る由もない。
競技団体の内紛、組織分裂の原因も知らない。ただ最近の格闘技人気の中で、競技団体幹部が選手を無視して自分たちの利益のために突っ走ったことで内紛、組織分裂分裂に至ったことは、容易に想像できる。
競技団体の分裂によるアジア大会派遣中止を報じた読売新聞の記事(8月13日付)の中に気になる『言葉』があった。「視点」というタイトルの解説的記事(松本浩行記者の署名入り)で、松本記者は選手を無視いて内紛、分裂に走った競技団体を批判した上でこう書いている。
「――関係者によれば、人間関係、金銭問題、組織論の違いなど組織が分裂した原因とされる問題は確かにいくつもあったようだが、ただ一つ確実に言えるのは、いずれも選手本人とは無関係ということだ。両派とも『競技団体の最大の財産は選手』という視点が欠落しているのが悲しい。――」
記事は末尾近くで「テコンドー関係者は『主役は選手』という基本に立ち返り、組織の抜本的改革に取り組んでほしい」と競技団体幹部たちを諌めている。
松本記者の見解に異論はない。しかし、『主役は選手』という言葉には共感できるが、『競技団体の最大の財産は選手』には強い違和感を覚えた。読者の多くは、『競技団体の最大の財産は選手』も、『主役は選手』も同じ趣旨を別のサイドから表現しているだけにすぎないと思うかもしれない。だが果たしてそうだろうか。
『競技団体の最大の財産は選手』という言葉の背景には、この国のスポーツ界がほとんど前提なしで共通認識にしている、ある概念がある。競技団体と選手の「序列」、あるいは「上下関係」の認識だ。
この国のスポーツ界では、選手は個人として、あるいは一人格としては、ほとんど無視される存在である。残念ながら『主役は選手』は、試合においてのみ意味をもつ言葉でしかない。
高校野球の監督はほぼ例外なく選手を「子どもたち」と称する。硬式野球ほど世間の注目を集めない他の高校スポーツにしてもそうだ。高校スポーツは年少者に対する教育の一環なのだそうだから、そういう言い方もあるいは許されるのかもしれない。だが、監督たちがその意味を考えることもなく口にする「子どもたち」とはどんな存在なのだろうか。
W杯サッカーでNHKのTV解説者を務めた、元日本代表監督でJリーグチームの監督経験者でもある人物は、解説の中で自らを「指導者」と位置付けていた。プロリーグにおけるプロの監督は果たして「指導者」なのだろうか。
高校野球の監督とサッカーの元日本代表監督の立場は大きく違うが、両者の意識にはある「共通項」がある。未熟な年少者、あるいは選手たちを教え諭す「教育者」の意識である。
選手は試合以外では無視されるべき、監督の庇護が必要なほど危うい、弱々しい存在なのだろうか。そうではないはずだ。スポーツはまず選手自らのために存在する。次に選手のパフォーマンスを楽しむ観客のためにある。監督は選手を補佐することが本来の仕事のはずだ。競技団体はその競技における最大のサポーターである。
しかし、この国では長く、選手と監督、競技団体とが「倒立」した関係にあった。選手より監督が偉く、その上にチームの上層部があり、競技団体はさらにその上に君臨する存在だった。こうした関係は本来の姿ではない。
読売新聞の記事に立ち戻って言えば、『選手は競技団体の財産』ではなく、選手あってこそ競技団体は存在できる。選手をサポートする立場であることを忘れ、選手を無視して内紛、組織分裂に至ったテコンドーは「倒立」した競技団体の極端な例だろう。
アジア大会派遣に絡んでテコンドーの競技団体の内紛は、この春あたりから何度か新聞に取り上げられてきた。大きな扱いではなかったが」、新聞は節目ごとにその内紛の経過を追ってきた。しかし、本来「主役」であるはずの選手の意見をメーンに取り上げた記事は知らない。新聞がそうした取り上げ方をしなかったこと、選手も大きな声を出さなかったこと、その両方の結果だろう。
テコンドーの内紛、組織分裂の問題は、極論を言えば、選手が競技団体に対してはっきりと選手の立場を主張することなしに解決はしない。アジア大会に参加できないこと、さらには2004年のアテネ五輪参加も危ぶまれる事態を招いたのは誰の責任なのか。その責任を問えるのは、最大の被害者である選手だけだ。そのためには選手の「自立」が前提条件になる。(2002年8月16日)
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