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陸上の日本選手権(6月7―9日、金沢市で開催)について書く。W杯サッカー観戦――チケットが手に入らなかったので、もちろんテレビ観戦――にかまけていて、書きそびれてしまったことがある。もう古い話題になってしまったので、自分の中に「封印」しようとも思った。しかし、W杯サッカーの熱狂を見ているうちに、どうしても触れたくなった。大会を主催する日本陸連の姿勢に対し、強い疑問を感じたからだ。
■空席だらけのスタンド
6月7日午後。出先から仕事場に戻ってテレビをつけた。NHK総合だった。W杯サッカーを見ようとしたのだが、画面に表れたのは陸上競技だった。女子選手の一団がトラックを周回していた。テレビが陸上の日本選手権を放送していることに気づくのにしばらく時間がかかった。――そのレースは、5000メートルと合わせ今大会2冠を達成した、福士加代子(ワコール)が優勝した女子10000メートルだった――
スタンドが空席だらけだったからだ。周回する女子選手の一団の上方、つまりスタンドにほとんど観客の姿が見当たらない。テレビカメラはメーンスタンドにあったから、テレビが映し出す映像にはメーンスタンド側はあまり映らない。バックスタンド側が映ることが多い。しかし、それにしても観客が少なすぎる。あそこに一人、ここに二人といった程度しか人がいない。
陸上の日本選手権の観客が少ないのは毎年のことだ。選手たちはがらがらのスタンドに囲まれて、陸上日本一のステータスを目指す。それが当たり前になっている。しかし、今年の金沢大会はそれにしてもスタンドが空きすぎだ。毎年こんな状態では、日本選手権を誘致する自治体はなくなってしまうのではないか。――大会初日は平日だったので、特に観客が少なかった。しかし土曜、日曜もテレビから見る限り観客がそう増えたとは思えなかった。――
■末続、朝原の対決をなぜ「演出」しない
金沢大会を盛り上げるのに余計な「仕掛け」はいらない。たった1種目で「特別な対決」を設定すればよかった。
男子100メートルで末続慎吾(東海大)と朝原宣治(大阪ガス)の対決を「演出」するだけでよかった。5月の水戸国際陸上で日本歴代3位・国内レース最高タイムの10秒05をマークした末続と、10秒00の日本記録をもつ伊東浩司と長くライバル関係にあった朝原の直接対決がファンの関心を呼ばないはずはない。多くの陸上ファンは日本人初、もっと言えば黒人選手以外では初の9秒台の達成を待ち望んできたのだからだ。
しかし、エントリー段階でファンの期待は裏切られた。朝原は100メートルへの出場を決めたがが、末続は200メートルを選択した。――末続は大会直前に故障で大会欠場を決めた――
9秒台に文字通りあと一歩と迫った日本のトップランナー二人が、日本で最高のステータスをもつ日本選手権で覇を競う。9秒台の達成は、世界への挑戦権を手にすることでもある。たとえW杯開催中であってもそうした魅力的な対決が実現すれば、W杯一辺倒のメディアの注目を集めることも可能だ。しかし、日本陸連はそんな「演出」など考えもしなかったようだ。普段どおり淡々と大会を運営した。
■外国籍選手はオープン参加の意味
日本選手権は今年から競技規則が一部改正された。外国籍の選手に正式参加資格を認めず、オープン参加にした。これは一体どうしたことだろう。日本選手権は外国人選手を招待しないのだから、この改正は日本在住の外国人選手を締め出すことを意味する。日本選手権と日本の陸上界をさらにマイナーな存在にする以外に、この改正に何かメリットでもあるのだろうか。
日本選手権の長距離種目、特に男子ではこのところ日本人の優勝者が出ていない。それは当然の結果だ。例えば、現在、日清食品に所属しているジュリアス・ギタヒは仙台育英高時代から、実業団のトップレベルの日本人選手より速かったのだから。日本人選手がどうしても勝てないギタヒらを排除するために、実業団の監督らが談合した結果だとしたら、この改正はまさに「笑止」と形容するしかない。
■ペースメーカーはまだタブーなのか
男子10000メートルにはコニカのD・ジェンガがオープン参加した。ジェンガが1位でゴールしたが、優勝は2番目にゴールテープを切った坪田智夫(コニカ)だった。こんな結果に観客が納得すると、日本陸連は考えているのだろうか。このレースでジェンガは明らかにペースメーカー役を務めた。そしてそのままトップでゴールに飛び込んだ。5000メートルでも記録上の優勝者は高岡寿成(カネボウ)だが、トップでゴールを切ったのは、J・マイナ(アラコ)だった。
日本陸連は、今回の改正とは逆に日本選手権を国内で活動する外国籍選手に開放すべきだ。さらに日本選手権のステータスをより高めるために、外国の一流選手を招待する道を開くべきだ。そしてもうひとつ。ペースメーカーを認めるべきだ。世界の陸上界で常識になっているペースメーカーを、日本だけが「タブー」にする理由はもうない。それとも日本の観客は陸上に理解がないので、本当のことは話せないとでも、日本陸連は考えているのだろうか。
■いまの日本選手権は「格下」の大会だ
日本選手権はこのままでは、日本陸連による日本陸連のための大会になってしまう。外部に開かれない組織や大会の存在理由はどんどんなくなっていく。日本選手権はステータスだけは高いが、そのステータスは実質的なものではない。実質的には、外国の一流選手を招待する、水戸や静岡などの春のサーキットや大阪グランプリの方がはるかに上だ。日本が米国のような「陸上大国」ならば、日本国籍の選手だけで日本選手権を開催しても文句はつけない。しかし、「陸上小国」で国民の人気も低い現状で、日本選手権をより閉鎖的大会にする、日本陸連の姿勢は時代錯誤だ。もっと言えば、方向性が間違っている。
■為末、室伏、朝原、実力者は健在
それでも、金沢大会で選手たちはかなりのパフォーマンスを見せた。男子400メートルハードルでは、昨年の世界選手権3位の為末大(大阪ガス)が復調のハードリングを見せた。背の低い為末のハードリングは他の選手とは別物の美しさがあった。
欧州から前日に帰国してハンマー投げに出場した、やはり昨年の世界選手権2位の室伏広治(ミズノ)も、80メートル台こそ出なかったが、相変わらずのフォームの美しさを見せてくれた。しかし、今年の室伏は投げすぎではないか。ハンマー投げは人間の骨格をきしませ、筋肉を引きちぎるような、極度に過酷な種目だと聞く。プロとして、さまざまな約束があるのだろうが、筋肉と骨格の酷使が心配になった。末続との直接対決の機会を失くした朝原も、末続が5月に水戸で記録した10秒05と同タイムをマーク、健在振りを見せた
■福士加代子のパフォーマンス
なかでも最大のパフォーマンスを演じたのはは、女子長距離の福士だろう。初日の10000メートルで優勝した福士加代子は最終日の5000メートルでスタートから飛び出し、日本記録更新可能なペースで独走、そのままゴールに飛び込む快走を見せた。わずかに日本記録更新はならなかったが、当日の蒸し暑い気候条件、終始独走というレース展開を考えれば、快記録といえる。このレースでは日本記録保持者の弘山晴美(資生堂)が最下位に終わった。新旧交代を告げるレースでもあった。しかもこのニュー・ヒロインはこれまでの陸上会にはなかった、なんとも底抜けに明るい、独自のキャラクターをもっている。福士の実力をユニークなキャラクターは魅力的だ。――弘山はマラソンに照準を合わせているので、彼女の実力が落ちたとは思わないが――
このレースに外国招待選手が参加していたら、あるいは日本記録更新を前提としたペースを維持するペースメーカーがいたら、と考えた。レースに「たら」「れば」はないことは分かっているが、やはりそんなことを考えてしまうレースだった。
■W杯となぜ戦わない
日本の陸上界には魅力的な選手がいっぱいいる。こうした選手をなぜ、日本陸連は「利用」しようとしないのか。今年はW杯と時期が重なってしまったこら、日本選手権が盛り上がらなくてもしょうがない。日本陸連がそんな言い訳をするとしたら、とんでもない筋違いだ。末続、朝原の直接対決、室伏と東欧の強豪との真剣勝負、新星・福士が世界のトップランナーに挑戦――。もし、そんなパフォーマンスが見られたならば、日本選手権も十分にW杯と戦えるはずだ。いつもスタンドががらがらの日本選手権なんかは、もう見たくない。(2002年6月18日)
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