成田好三のスポーツコラム・オフサイド

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02年のコラム

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 陸上の日本選手権(6月7―9日、金沢市で開催)について書く。W杯サッカー観戦――チケットが手に入らなかったので、もちろんテレビ観戦――にかまけていて、書きそびれてしまったことがある。もう古い話題になってしまったので、自分の中に「封印」しようとも思った。しかし、W杯サッカーの熱狂を見ているうちに、どうしても触れたくなった。大会を主催する日本陸連の姿勢に対し、強い疑問を感じたからだ。

 ■空席だらけのスタンド

 6月7日午後。出先から仕事場に戻ってテレビをつけた。NHK総合だった。W杯サッカーを見ようとしたのだが、画面に表れたのは陸上競技だった。女子選手の一団がトラックを周回していた。テレビが陸上の日本選手権を放送していることに気づくのにしばらく時間がかかった。――そのレースは、5000メートルと合わせ今大会2冠を達成した、福士加代子(ワコール)が優勝した女子10000メートルだった――
 スタンドが空席だらけだったからだ。周回する女子選手の一団の上方、つまりスタンドにほとんど観客の姿が見当たらない。テレビカメラはメーンスタンドにあったから、テレビが映し出す映像にはメーンスタンド側はあまり映らない。バックスタンド側が映ることが多い。しかし、それにしても観客が少なすぎる。あそこに一人、ここに二人といった程度しか人がいない。
 陸上の日本選手権の観客が少ないのは毎年のことだ。選手たちはがらがらのスタンドに囲まれて、陸上日本一のステータスを目指す。それが当たり前になっている。しかし、今年の金沢大会はそれにしてもスタンドが空きすぎだ。毎年こんな状態では、日本選手権を誘致する自治体はなくなってしまうのではないか。――大会初日は平日だったので、特に観客が少なかった。しかし土曜、日曜もテレビから見る限り観客がそう増えたとは思えなかった。――

 ■末続、朝原の対決をなぜ「演出」しない

 金沢大会を盛り上げるのに余計な「仕掛け」はいらない。たった1種目で「特別な対決」を設定すればよかった。
 男子100メートルで末続慎吾(東海大)と朝原宣治(大阪ガス)の対決を「演出」するだけでよかった。5月の水戸国際陸上で日本歴代3位・国内レース最高タイムの10秒05をマークした末続と、10秒00の日本記録をもつ伊東浩司と長くライバル関係にあった朝原の直接対決がファンの関心を呼ばないはずはない。多くの陸上ファンは日本人初、もっと言えば黒人選手以外では初の9秒台の達成を待ち望んできたのだからだ。
 しかし、エントリー段階でファンの期待は裏切られた。朝原は100メートルへの出場を決めたがが、末続は200メートルを選択した。――末続は大会直前に故障で大会欠場を決めた――
 9秒台に文字通りあと一歩と迫った日本のトップランナー二人が、日本で最高のステータスをもつ日本選手権で覇を競う。9秒台の達成は、世界への挑戦権を手にすることでもある。たとえW杯開催中であってもそうした魅力的な対決が実現すれば、W杯一辺倒のメディアの注目を集めることも可能だ。しかし、日本陸連はそんな「演出」など考えもしなかったようだ。普段どおり淡々と大会を運営した。
 
 ■外国籍選手はオープン参加の意味

 日本選手権は今年から競技規則が一部改正された。外国籍の選手に正式参加資格を認めず、オープン参加にした。これは一体どうしたことだろう。日本選手権は外国人選手を招待しないのだから、この改正は日本在住の外国人選手を締め出すことを意味する。日本選手権と日本の陸上界をさらにマイナーな存在にする以外に、この改正に何かメリットでもあるのだろうか。
 日本選手権の長距離種目、特に男子ではこのところ日本人の優勝者が出ていない。それは当然の結果だ。例えば、現在、日清食品に所属しているジュリアス・ギタヒは仙台育英高時代から、実業団のトップレベルの日本人選手より速かったのだから。日本人選手がどうしても勝てないギタヒらを排除するために、実業団の監督らが談合した結果だとしたら、この改正はまさに「笑止」と形容するしかない。

 ■ペースメーカーはまだタブーなのか

 男子10000メートルにはコニカのD・ジェンガがオープン参加した。ジェンガが1位でゴールしたが、優勝は2番目にゴールテープを切った坪田智夫(コニカ)だった。こんな結果に観客が納得すると、日本陸連は考えているのだろうか。このレースでジェンガは明らかにペースメーカー役を務めた。そしてそのままトップでゴールに飛び込んだ。5000メートルでも記録上の優勝者は高岡寿成(カネボウ)だが、トップでゴールを切ったのは、J・マイナ(アラコ)だった。
 日本陸連は、今回の改正とは逆に日本選手権を国内で活動する外国籍選手に開放すべきだ。さらに日本選手権のステータスをより高めるために、外国の一流選手を招待する道を開くべきだ。そしてもうひとつ。ペースメーカーを認めるべきだ。世界の陸上界で常識になっているペースメーカーを、日本だけが「タブー」にする理由はもうない。それとも日本の観客は陸上に理解がないので、本当のことは話せないとでも、日本陸連は考えているのだろうか。

 ■いまの日本選手権は「格下」の大会だ

 日本選手権はこのままでは、日本陸連による日本陸連のための大会になってしまう。外部に開かれない組織や大会の存在理由はどんどんなくなっていく。日本選手権はステータスだけは高いが、そのステータスは実質的なものではない。実質的には、外国の一流選手を招待する、水戸や静岡などの春のサーキットや大阪グランプリの方がはるかに上だ。日本が米国のような「陸上大国」ならば、日本国籍の選手だけで日本選手権を開催しても文句はつけない。しかし、「陸上小国」で国民の人気も低い現状で、日本選手権をより閉鎖的大会にする、日本陸連の姿勢は時代錯誤だ。もっと言えば、方向性が間違っている。

 ■為末、室伏、朝原、実力者は健在


 それでも、金沢大会で選手たちはかなりのパフォーマンスを見せた。男子400メートルハードルでは、昨年の世界選手権3位の為末大(大阪ガス)が復調のハードリングを見せた。背の低い為末のハードリングは他の選手とは別物の美しさがあった。
 欧州から前日に帰国してハンマー投げに出場した、やはり昨年の世界選手権2位の室伏広治(ミズノ)も、80メートル台こそ出なかったが、相変わらずのフォームの美しさを見せてくれた。しかし、今年の室伏は投げすぎではないか。ハンマー投げは人間の骨格をきしませ、筋肉を引きちぎるような、極度に過酷な種目だと聞く。プロとして、さまざまな約束があるのだろうが、筋肉と骨格の酷使が心配になった。末続との直接対決の機会を失くした朝原も、末続が5月に水戸で記録した10秒05と同タイムをマーク、健在振りを見せた 

 ■福士加代子のパフォーマンス

 なかでも最大のパフォーマンスを演じたのはは、女子長距離の福士だろう。初日の10000メートルで優勝した福士加代子は最終日の5000メートルでスタートから飛び出し、日本記録更新可能なペースで独走、そのままゴールに飛び込む快走を見せた。わずかに日本記録更新はならなかったが、当日の蒸し暑い気候条件、終始独走というレース展開を考えれば、快記録といえる。このレースでは日本記録保持者の弘山晴美(資生堂)が最下位に終わった。新旧交代を告げるレースでもあった。しかもこのニュー・ヒロインはこれまでの陸上会にはなかった、なんとも底抜けに明るい、独自のキャラクターをもっている。福士の実力をユニークなキャラクターは魅力的だ。――弘山はマラソンに照準を合わせているので、彼女の実力が落ちたとは思わないが――
 このレースに外国招待選手が参加していたら、あるいは日本記録更新を前提としたペースを維持するペースメーカーがいたら、と考えた。レースに「たら」「れば」はないことは分かっているが、やはりそんなことを考えてしまうレースだった。 

 ■W杯となぜ戦わない

 日本の陸上界には魅力的な選手がいっぱいいる。こうした選手をなぜ、日本陸連は「利用」しようとしないのか。今年はW杯と時期が重なってしまったこら、日本選手権が盛り上がらなくてもしょうがない。日本陸連がそんな言い訳をするとしたら、とんでもない筋違いだ。末続、朝原の直接対決、室伏と東欧の強豪との真剣勝負、新星・福士が世界のトップランナーに挑戦――。もし、そんなパフォーマンスが見られたならば、日本選手権も十分にW杯と戦えるはずだ。いつもスタンドががらがらの日本選手権なんかは、もう見たくない。(2002年6月18日)

 近代スポーツの原点ともいえる陸上競技は、日本では残念ながらマイナー競技の地位に甘んじている。マイナー競技について、「普段はほとんど無視される存在だが、五輪のときだけ注目される競技」と、『オフサイド』のあるコラムの中で、勝手に定義付けたことがあった。陸上競技の中で普段から注目されているのは、つまりメジャーな種目は男女のマラソンと特定の駅伝大会――関東の大学だけに出場資格がある箱根駅伝が最も高い人気をもつ――だけである。陸上競技の本来の意味である「トラック・アンド・フィールド」は、まずメディアの関心を呼ばない。五輪や世界選手権においても、世界と戦える選手は極めて少数だから、一部の人気選手にだけわずかに注目が集まるだけだ。

 そんな地位にある陸上競技の中でも、最もマイナーな種目は「競歩」ではないだろうか。同じロードレースの範疇にありながら、マラソンや駅伝とは違い、競歩は国内でテレビ中継されることはない。新聞で大々的に取り上げられたという記憶もない。競技(種目)としての競歩は、極めて少数の選手層の中で展開されてきたのだろう。だが、競歩は未来永劫にそうしたマイナー種目として位置づけられる運命にあるのだろうか。

 私が競歩の存在を知ったのは、1964年の東京五輪、小学6年生のときだった。テレビが各家庭にほぼ普及したころでもあった。もっと言えば、東京五輪を見るために、田舎の貧しい家庭でも無理をしてテレビを購入した時代だった。東京五輪は、田舎の少年たちにとっては、衝撃的なほど「新鮮」だった。白黒の小さな画面の中で、それまで見たこともない外国人の選手たちが、それまで見たこともない競技を繰り広げる。美しく演じ、あるいは激しく戦っていた。テレビそのものが新鮮だったのだから、五輪との相乗作用は少年たちの柔らかな心と好奇心を激しく刺激した。

 少年たちは陸上男子100メートルで優勝したボブ・ヘイズのスタートダッシュを真似たりした。走り幅跳びでは独自に「新技法」を開発する少年まで現れた。競歩も少年たちの好奇心を煽った。普段は誰もそんなことを意識しないが、歩くことは、一瞬でも両足を同時に空中に浮かすことなく陸上を移動することだ。無意識に行う歩くという行為をより速く移動するために極限まで改良を加えたものが競歩の「技法」だ。そのために、競歩選手のフォームは普段の歩くフォームとは別物のように見える。少年たちはその「奇妙な歩き方」――申し訳ないが当時はそう見えた――を真似してふざけ合っていた。

 東京五輪後は競歩への興味を失った。学校では授業でもクラブ活動でも競歩はなかったし、周辺でも競歩選手の姿を見たことはなかった。メキシコ五輪以降は、競歩のテレビ中継はなかったのではないか。マイナー種目でしかもマラソンの倍くらい時間のかかるこの種目を好きこのんで中継するテレビ局はない。 

 最近、「市民ランナー」という言葉をよく耳にする。実に多くの市民が街中を、公園をランニングする姿を見かける。そして彼らは街中や公園を走るだけでなく、ローカルのロードレースに参加する。彼らは健康のために、あるいは楽しむために走ることと、ロードレースに出場することによって「競技性」を見事に両立させている。街中や公園を歩く人たちも大勢いる。今ではランニングする姿より歩く人を多く見かけることの方が多いくらいだ。だが、歩く人たちはけして「市民ウオーカー」とは呼ばれない。

 「市民ランナー」は日本語としてすっかり定着しているが、「市民ウオーカー」という言葉はない。なぜそうなのか。次回はそのととについて考えてみる。その答えの中に、競歩がマイナー中のマイナー競技であり続けた理由とそこから脱出する道がみつかるはずだ。(2002年6月14日) 

 日本陸連は極めて閉鎖性の強い競技団体である。彼らの視野の中には少数の「エリート」しか存在しない。広範な「市民」はいない。一部の才能を秘めた高校生と大学生、それに実業団(企業)に所属する選手だけしか、彼らの視野には入らない。

 スポーツは本来、「富士山」、あるいは「氷山」の形態をもっている。「エリート」は富士山の山頂であり、氷山で言えば海面に浮かぶ部分である。スポーツを構成するほとんどすべての部分は、富士山の山頂以外の裾野部分、氷山の海中に沈む部分にある。

 広大な裾野部分、海中に沈む部分があるからこそ、「エリート」は存在できるし、「再生産」、あるいは「拡大再生産」が可能になる。また、実際に競技を楽しむ「エリート」以外の層と、競技はしないが観戦することに喜びを見いだす周辺の人たち、つまりファンがいてこそ、競技はスポーツとして、さらに文化として成立する。そうした人たちこそ、スポーツを支える「市民」である。

 日本陸連は長い間、「市民」を無視してきた。しかし、「市民」層を次第に無視できなくなってきた。自然発生的に生まれ、しかも圧倒的な数を誇る「市民ランナー」の存在がそうさせてきた。

 日本陸連主催のメーンのマラソン大会(福岡国際や東京国際など)が参加資格を「エリート」に限定、「市民」を締め出したことで、「市民」は地方の大会に流れた。地方大会には何千人、あるいは万単位の「市民」が参加する。

 こうした巨大なムーブメントを日本陸連が無視してきたこと自体が極めて異常で不自然だ。「市民」を無視することは、先に富士山や氷山にたとえたように、日本陸連のためにも、「市民」のためにも、そしてスポーツ文化のためにも、何の役にもたたないことは明らかだ。スポーツにとって、逆に大きな阻害要因になっている。

 しかし、最近になってようやく、新しい形態を模索する動きが出てきた。「東京マラソン」構想だ。エリートランナーも市民ランナーも、そして障害者ランナーも、だれでも参加できるマラシン大会を東京で開催しようという構想だ。世界の大都市では当たり前になっているこうした大会は、日本では無視され続けてきた。NPO法人・ニッポンランナーズ理事長、金哲彦氏から最近届いたメールによると、既に金氏らによって大会準備委員会が設立され、7月10日には東京・新宿で準備委員会主催のシンポジュームが開かれる。日本陸連でも若手が「日本の常識は世界の非常識」状態を何とか変えようと動き出した。

 ここでやっと話を競歩に移す。ここまで読んでいただければ、陸上競技でもマイナー中のマイナー種目の地位に甘んじてきた競歩に欠けている本質的な問題が理解していただけるのではないか。

 競歩における最も本質的な問題は、「エリート」がまったくといっていいほど「孤立」していることだ。広大な「市民」の裾野、あるいは海中の部分と切り離され、山頂、海面だけが存在しているのだ。「市民」との連携、連帯のないスポーツがどうして存在し続けることができるのか。

 しかし、競歩ほど広大な「市民」層を抱えている競技はない。ただ、相互の連携、連帯が存在していないだけだ。ウオーカーはどこにでも存在する。公園から街中、里山、山ろく歩き、軽登山までそのフィールドも限りなく広い。

 ここで、「市民ランナー」という言葉は存在するのに、「市民ウオーカー」という言葉はなぜ存在しないのか、私なりに説明したい。市民ランナーは程度の差こそあれ、競技としてのランニング、エリートランナーを意識している。自己ベストの更新を目指すし、先に触れたように、エリートランナーとともに走る大会の開催を望む。競技と楽しむためのランニングが意識の中でつながっている。

 一方、ほとんどすべてのウオーカーは競技としてのウオーキング、つまり競歩を意識していない。競歩の側も、ウオーカーが自分たちと同じ範疇に属している人たちだとは考えていない。競歩とウオーキングはそれぞれ孤立して存在しており、何の関連性もないと思っていない。だから、「市民ウオーカー」という言葉は存在しないのだ。しかし、競歩とウオーキングには何の関連性もないのだりうか。けして、そうではないはずだ。

 歩くことは、人間にとって走ること以上に本質的行為である。競歩が、人間が歩くことの極限を追求するスポーツならば、さまざまな目的とフィールドで歩くことを楽しむ「市民」と連携できないはずはない。

 競歩の裾野は、ランニングの裾野よりもっと広大で広範囲だ。競歩の可能性は、まだ存在していない言葉である「市民ウオーカー」との連携にかかっている。(2002年7月5日)

 青木功、尾崎将司とともに日本のプロゴルフを支えてきた中嶋常幸が見事な「復活劇」を見せてくれた。中嶋は、男子ゴルフのダイヤモンドカップ(5月30日―6月2日)で優勝、ツアー通算46勝目を達成した。1995年のフジサンケイクラシック以来7年ぶりの優勝だった。この試合はテレビ中継されたはずだが、見る機会はなかった。最終日の上がり数ホールと表彰式での中嶋はたぶん、「特別な表情」をしていただろう。それを見損なったのは残念だ。

 最終日翌日(6月3日付)のサンケイスポーツによると、優勝を決めた瞬間、右手のこぶしを高々と突き上げた中嶋はその後のコメントで、「長かった…。もう、勝てないのかとも思ったしね。最後のパットが、とんでもなく長く感じたよ。7年ぶりか…」と長い苦闘の期間を振り返った。また、「これから? 優勝争いの中にいてこそ、自分が生きているということが実感できるから」とも語った。後のコメントは、勝負師・中嶋が精神的にも蘇ったことを示している。

 中嶋が7年ぶりの中嶋の優勝を果たした6月2日は、日本、韓国共催のワールドカップ(W杯)サッカー3日目だった。優勝候補のアルゼンチン、イングランド、スペインが初登場した日であり、また日本の初戦となるベルギー戦の前日でもあった。

 メディアは中嶋の復活劇をどう報じたのか。テレビは当然のようにW杯一辺倒だった。スポーツニュースの片隅に小さく扱ったにすぎない。テレビメディアは中嶋を無視したのも同然だ。新聞はテレビよりかなりましだった。一般スポーツの枠(ページ)で、写真と囲み記事を添えた扱いが多かった。それらはいずれも絶頂期に突然襲った故障、スイング改造の失敗、パットが入らなくなるイップス病、ミズノとの契約解除―。長い苦闘の時期を伝えた上で、それらを克服した中嶋を賞賛した内容だった。

 テレビとは違って新聞は、中嶋の復活劇をそれなりに伝えていた。W杯サッカー3日目と重なったのだから、むしろ妥当な扱いだったのかもしれない。だがそれは、試合翌日の紙面だけだ。翌々日以降、中嶋の復活劇を扱った紙面をみたことはない。中嶋はたった1日だけで、新聞からも忘れ去られてしまった。新聞も1日遅れでテレビと同じ立場に立ったことになる。中嶋の復活劇は、テレビのようにまったく無視してしまっていいほどの価値しかないのか。新聞のようにたった1日で「削除」してしまう程度のものなのか。

 日本のプロゴルフは、人気低迷が長く続いている。黄金期を支えた「AON」のうち、青木は全米シニアツアーに舞台を移し、若手プロを威圧してきた尾崎将は2001年から勝てなくなっている。中嶋は長く失速していた。次代のホープといわれた丸山茂樹も全米ツアーに移った。

 全米ツアーはタイガー・ウッズというスーパースターの登場で人気を取り戻した。タイガー・ウッズにデイビッド・ディバルやフィル・ミケルソン、アーニー・エルス、ビジェイ・シンら名手が挑む。そこから次々と人々を魅了するパフォーマンスと話題が吹き出すからだ。

 日本ツアーはスーパースターどころか、スターさえ見当たらない。若手が伸びてきたといっても、世界の舞台で活躍する選手はほとんど見当たらない。人気低迷は当然の結果でもある。そんな中で飛び出した中嶋の復活劇は、大きな話題性がある。中嶋に共感する中高年のゴルフファン、アマゴルファーは多くいるはずだ。中嶋と同様に、社会生活、会社生活で多くの問題、故障を抱え込み、またリストラの危機にも直面している人たちだ。

 中嶋の復活劇をテレビはなぜ無視してしまうのか。新聞はなぜたった1日で忘れ去ってしまうのか。1日遅れだっていい。1週間遅れでもいい。人々の記憶に中嶋の復活劇の残像が残っているうちに、メディアは中嶋の「ヒューマンストーリー」を取り上げるべきだ。W杯以上に中嶋の7年間の「ドラマ」に興味をもち、あるいは共感する人たちは多くいる。(2002年6月9日)

 東京五輪の男子100メートルで優勝したボブ・ヘイズ(米国)の公式記録は『10秒0』だった。東京五輪やメキシコ五輪のころの記録は、手動計時と電気計時が複雑にリンクしていて、このコラムでは説明できないほど複雑だった。いや、素人に理解しろと言うのが無理なほどややこしかった。人間が判断する記録計時から機械的に判定する電気計時への移行期にあった。

 話題を伊東浩司に戻す。伊東は1998年12月のバンコク・アジア大会で、99%手中に収めていた黒人選手以外では初の、100メートルを9秒台で走りぬける選手という栄冠を、ゴール直前に彼が無意識に行ったある『アクション』によって逃した。

 『走るシステム』――脳と肉体の共同創作作業=コラボレーション――としてそのころ伊東は頂点に達していた。伊東はテレビか新聞のインタビューにこたえて言った内容を記憶している。日本人アスリートとしては極めて異例の、特別の発言だった。メディアが伊東の発言に注目したかどうかは知らない。

 記憶をたどると、伊藤はおそらくこんなことを語ったと思う。――レース前になると、意識とは別に体が、つまり筋肉が勝手にレースに反応してしまう。スタート直前には、筋肉が震えだす。筋肉がレースを想定し、レースに備えてしまう――伊東自身の言葉は、実際は違うだろう。先に書いた言葉は私の中で勝手に『増殖』してしまった言葉だからだ。

 伊東の後輩の末続慎吾が今年、日本人初、いや黒人以外では初の9秒台に挑戦しようとしている。5月6日の水戸国際陸上で国内最高、日本歴代3位の10秒05をマークした。一週間後の国際グランプリ大阪大会では、ライバルの朝原宣治とともに走り10秒13だった。末続はほぼ1週間後の関東学生選手権でも10秒12を記録した。

 ――水戸国際陸上では、元日本記録保持者で日本人の期待を一身に背負ってメキシコ五輪に出場した飯島秀雄氏が競技役員として、末続の走りに立ち会っていた。100メートル決勝を前に飯島氏は『特別な記録』が出ると周囲に語ったという。彼は具体的な言葉は口にしなかったが、その意味は一つしかない。結果は100分の6秒足りなかった。かつての天才ランナーは、レース直前の末続から昔、自らが持っていたのと同じ『特別なにおい』をかぎ分けていたのかもしれない――

 国際グランプリ大阪大会だけはテレビの生中継があったので見る機会があったが、『強い欲求不満』が残った。末続に対しても、メディアや日本陸連に対してもそうだ。水戸国際以上に国際グランプリ大阪大会は絶好の条件が整っていた。公認記録ぎりぎりの追い風。ライバル・朝原との同走。何より水戸国際とは違い目標となる選手がいた。優勝したショーン・クロフォード(米国)は9秒94を記録した。

 末続への不満はゴール直前の彼のアクションだ。外側のレーンにいた彼はゴール直前に内側を見た。そしてそのまま、つまり顔と上半身を左側に傾けたままゴールに走りこんだ。朝原の位置を確認したかったのだろう。朝原は彼の想定より後方にいた。あれは、黒人選手以外では初の9秒台を狙う選手のとる態度ではない。

 末続には水戸国際、国際グランプリ大阪大会、そして翌週の関東学生と3週連続のレースが続いた。ハードスケジュールの中で彼には、大阪では本気で9秒台を狙う気がなかったのかもしれない。そうだとしたら、彼は大きな間違いを犯している。絶好の条件が三つもそろったレースなどそうない。狙えるときに狙わなければ、チャンスはするりと逃げてしまう。バンコク以来、伊東は9秒台を狙い続けたが、チャンスはついにめぐってはこなかった。

 周辺への不満はもっと強い。大阪では、レース直後の選手にテレビインタビューが行われた。それはいいことだ。女子50000メートルで日本記録をあと一歩のところで逃した福士加代子とレースを引っ張った渋井陽子のインタビューは新鮮だった。女子長距離草創期の増田明美――今ではすっかり性格も人生観も変わったようだ――のような悲壮感はまったくなく、掛け合い漫才のようで面白かった。日本の女子長距離の強さは、あの掛け合い漫才に表れている。

 しかし、朝原と末続を同じフレームでTVインタビューさせた設定はいただけない。『特別な種目』の『特別な条件下』にある選手には、『特別な扱い』が必要だ。

 日本中がW杯に熱狂する中で6月に開かれる陸上日本選手権は、静かに行われるだろう。その静けさの中で、あるとんでもない記録が達成される。そのことを願っている。メデイアがそのことについて不当な『評価』をしたとしても、それはメディア自身に帰ってくるだけだ。伊東が『果実』を取り逃がしてからもう4年もたってしまった。『果実』はもう十二分に熟しているはずだ。(2002年5月23日)


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