|
6月はサッカー・ワールドカップ(W杯)の季節だ。開催国の日本、韓国はもちろん、世界中の人々がこの不思議な競技に熱狂するだろう。ボールゲームにはいろいろあるが、人間の最も人間らしい「部品」である手(正確には腕を含む)を使うことを禁じた競技はサッカーだけだ。この競技は人気、金銭的な利益などあらゆる面でボールゲームの、いや全スポーツの頂点に立つ。
ジダン(フランス)、ベッカム、オーエン(イングランド)、ラウル(スペイン)、フィーゴ(ポルトガル)、ロナウド、リバウド、ロベルトカルロス(ブラジル)、バティスツータ(アルゼンチン)、チラベルト(パラグアイ)――。素人の私でも数え上げたらきりがないほどのスーパースターがやって来る。しかも顔見せではなく、彼らは名誉と金銭的利益のために本気のプレーを見せてくれる。
6月、日本のスポーツ界はW杯に『敬意』を表して変則日程を取る。サッカー・Jリーグは国際的慣例に従って長期の休みに入る。プロ野球もW杯に『遠慮』して試合数を減らす。プロ野球機構としては賢明な判断だろう。W杯の熱狂には勝てるはずもないからだ。
日本は、スポーツ界ばかりでなく社会全体がW杯一色に染まってしまうだろう。よほどの突発的な『大事件』、つまり戦争か巨大なテロでも発生しない限りは、間違いなくそうなる。日本のメディアはその特性を遺憾なく発揮して、紙面やテレビの放送枠の限界を超えてまでW杯関連のニュース、話題で埋め尽くしてしまうだろう。そして、そのほかのあらゆるニュース、話題は不当な『評価』を得るか、『抹消』されてしまう。
6月にはW杯以上に注目しているスポーツイベントがある。7、8、9日に金沢市で開かれる日本陸上選手権だ。しかし、注目しているのはたった1種目、男子100メートルだけだ。「あれから4年も待ったのだから、そろそろ扉を開けてほしい」。そう願っているからだ。
人類が初めて100メートルを9秒台で走ったのはメキシコ五輪優勝のジム・ハインズ(米国)だ。記録は9秒9だった。記録はその後、電気計時の9秒95として公認された。現在の世界記録はモーリス・グリーン(米国)の9秒79だ。――『9秒79』は、ベン・ジョンソンがソウル五輪で記録し、その直後に薬物違反により抹消された記録と同タイムであることは忘れてはいけない――
100メートルの記録が9秒台に入って以来、記録更新は全て黒人選手によって成し遂げられた。逆の言い方をすれば、黒人選手以外で100メートルを9秒台で走った選手はいない。黒人選手、白人選手、黄色人種の選手といった『色分け』は好きではない。スポーツにおいても『人種差別主義』には、新たな問題になってきた『過剰なナショナリズム(国家主義)』以上に嫌悪を覚える。しかし、ジム・ハインズがメキシコで9秒台に突入して以来、記録を更新してきたのは黒人選手だけだという事実は覆い隠せない。
――ソ連と東ドイツなど東欧の共産主義体制が1980年代に崩壊しなければ、9秒台で走る白人選手が誕生していただろう。スポーツ界の薬物汚染はソ連と東ドイツなど東欧諸国の『ステートアマ』体制によって生まれた。共産主義体制においては、スポーツ選手は『特別な兵士』だった。彼らは『国威発揚』のために西側諸国の選手と戦った。戦争には基本的にルールはない。『勝てば官軍』だ。だからあらゆる『道具』を駆使する。薬物もその道具のひとつだった。薬物はその後、西側諸国に持ち込まれ蔓延した。それは現在もスポーツのプロ化、ビジネス化の代償として拡大し続けている――
黒人選手以外で9秒台に最も近い走りをした選手がいた。日本の伊東浩司だ。1998年12月のバンコク・アジア大会。熱帯のうだるような暑さの中で伊東は、特別の走りをした。速報は9秒99。だがその直後に速報は訂正され、公式記録は10秒00に変わった。たった100分の1秒差だ。その差はゴールでの伊東のあるアクションによって生まれた。ゴールで伊東は両手を突き上げた。日本流でいえば、『万歳』をした。そのアクションが100分の1秒差になった。私は勝手にそう思っている。
伊東の意識の中では、両手を突き上げるアクションはゴール後だったろう。だが、人間があるアクションを起こすためには脳の中で準備作業(準備時間)が必要になる。伊東は無意識のアクションによって黒人以外では初の、100メートルを9秒台で走る選手という『栄冠』を失った。(2002年5月23日)
|