成田好三のスポーツコラム・オフサイド

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02年のコラム

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 米大リーグ開幕戦のうち、シアトル・マリナーズ対シカゴ・ホワイトソックス戦(アメリカンリーグ)をテレビで見た。大リーグ1年目の昨季、リーグの首位打者、盗塁王、新人王、そしてMVPまで獲得してしまったイチローの、今季公式戦の第1戦はやはり生で確認したかったからだ。チームは敗れたが、指定席である一番、ライトで先発したイチローはこの試合で3安打を放った。

 私が生で試合を見た時間は数10分程度にすぎない。だが、その中に強く印象に残った場面がある。それは安打した場面ではない。凡退した場面だった。

 第3打席だった。記憶からその場面を再現する。低めの球をたたいた打球は相手投手の左手をかすめてセンター方向にころがる。けしてゆるい打球ではない。遊撃手は定位置からやや二塁ベースよりに移動して球をさばくと素早く一塁へ送球する。遊撃手には何のミスもない。

 イチローは明らかに打ち損じた。それはテレビカメラがとらえた彼の表情を見れば分かる。一瞬、「シマッタ」と舌打ちするような表情を浮かべた。あとはいつもの通りだ。スイングとスタートが一連の動作になる彼のスタイルで、全速力で一塁に駆け込む。判定はアウトだったが、テレビの画面では分からないほどのきわどいクロスプレーになった。

 ゆるいゴロや、打球が三塁方向に飛んだのなら、相手遊撃手も納得するだろう。しかし、打球は速かったし、方向も遊撃手の定位置からちょっと二塁方向にずれただけだ。その打球を正確にさばいても簡単にはアウトにとれない。捕球から送球への動作の中で、ミスには見えないほどのミスがあってもアウトにはならない。これでは相手遊撃手はたまらない。

 イチローが昨季、大リーグに持ち込んだものは、驚異的なバットコントロールだけではない。最も米国人を驚かせたのは「スピード」だ。マーク・マグワイア(昨季で引退)、サミー・ソーサ、バリー・ボンズなど本塁打を量産するパワーヒッターが全盛な時代に、彼のスピードは衝撃的だった。

 昨季、イチローと対戦したニューヨーク・ヤンキースはさまざまな「イチロー対策」を試みた。ヤンキースは徹底的に高めに球を集めたことがある。イチローのスピードを警戒し、ゴロを打たせないためだ。また、イチローの盗塁を防ぐために、内野に、特に一塁付近に大量の水をまいたという。――ヤンキースが意図的にそうしたかどうか、本等のところはは知らない――

 今季、イチローと対戦する各球団はさまざまな「イチロー対策」をとるだろう。マリナーズに勝つためにはイチローを封じなければならないからだ。その対策は大きく見れば大リーグ野球を変えることにつながる。パワー一辺倒の大味な野球からスピード重視の次世代の野球に向かうだろう。大リーグは世界の頂点に位置しているから、大リーグが変われば世界中の野球の傾向が変わる。

 イチローはいま、彼の圧倒的な「スピード」で世界中の野球を変えようとしている。(2002年4月3日)

 3月22日の毎日新聞スポーツ面にこんな記事が載っていた。「男子バスケットボールで一時代を築くがチーム休部 いすゞ自動車 小浜(元孝)監督引退へ」という、長いタイトルの記事だ。記事の中で小浜監督はこうコメントしている。「(バスケットボールは)サッカー、野球に負けないだけのファンを集める土壌はある。もう、企業スポーツの時代は終わった。生き残りにはプロ化しかない」。見出しはこのコメントから『企業スポーツ終わった』と打っている。

 バスケットボールについては詳しくない。しかし、競技団体が2001―2002年のシーズンから男子の「スーパーリーグ」を立ち上げたことくらいは知っている。世界に通用するだけの競技力向上、さらに本格的なファン獲得と普及を図るために、NBA(全米プロバスケットボール)にならって設立した。日本リーグの上に位置付けているから、将来的には本格的なプロリーグにする構想もあったのだろう。

 彼らの目論見は初年度から大きく狂った。スーパーリーグに参加した8チーム(すべて企業スポーツ部)のうち2チームが今季限りでの休部(廃部)を決めてしまった。いすゞ自動車(ギガキャッツ)とボッシュ(ブルーウインズ)だ。しかも休部を決めたいすゞ自動車、ボッシュともプレーオフに進出した。男子日本一を決めるプレーオフは、休部を決めた2チームと、なお存続する2チームとの争いになった。上部から「停戦命令」を受けた同士の戦いになった準決勝はいすゞ自動車が勝利したが、決勝でいすゞ自動車はトヨタ自動車に敗れた。2002―2003年のスーパーリーグがどんなチーム構成で争われるかは知らない。しかし、こんな状態では競技力向上はおろか、新たなファン層獲得にも普及にもつながらないだろう。

 いすゞ自動車と小浜監督についてもよく知らなかった。毎日の記事によると、いすゞ自動車はリーグ優勝6回、全日本総合6回優勝を数える強豪チームで、小浜監督はそのすべてを指揮した。記事は「(小浜監督は)82年、全身の秋田いすゞの監督に。無名のチームを20年間に優勝争いの常連に育て上げ、全日本の監督も務めた」とある。

 小浜監督は日本バスケットボール界を代表する、「名監督」「名指導者」なのだろう。企業スポーツとともに生き、育ち、「功なりとげたはずの老人」(彼は69歳と記事にある)が、20年間にわたって関わってきたチームの廃部に際して吐いた言葉、『企業スポーツは終わった』は、もっと重く受け止めなくてはならない。

 スーパーリーグに関しては、極めて個人的かつローカル的な危惧をもっていた。2001年の春だった。スーパーリーグ発足に関する記事が共同通信から配信された。―ほとんど全ての地方新聞は共同通信から記事の配信を受けている― その記事によると、大阪と東京の日立(日立製作所)チームが合併し、日立(サンロッカーズ)としてスーパーリーグに参加するとある。チームの所在地は東京(日立本社)、ホームコートは日立柏体育館(千葉県柏市・日立柏総合体育館内)とあるが、ホームタウンだけは茨城県だという。東京を本籍にし、現住所は千葉県柏市とするチームのホームタウンは茨城県だという。

 その記事が出た直後に、茨城県庁の担当課責任者に問い合わせてみたが、日本バスケットボール協会からも、日立からも何の連絡もないという。シーズンに入ると、日立製作所の生産拠点であるひたちなか市など茨城県内で日立のホームゲームの一部が行われたようだが、それでホームタウンといえるのだろうか。茨城県は、県民の意思とは無関係に「形式的な場所借り」の場となった。そう言ったら言い過ぎだろうか。

 バスケットボールはこの「危機」にどう対処していくのだろう。新聞やテレビなど主要なメディアは何の告知もしていない。素人には理解不能だ。競技団体も何のメッセージも発していないのだろう。

 日本ラグビー協会は、かつて日本一7連覇を達成した新日鉄釜石の廃部にあたり、「特例措置」を設定した。廃部によりクラブチームとして再スタートを切ったチーム(釜石シーウェーブ)は、社会人大会への参加資格がなかった。結局、協会が社会人大会の参加規約の一部を改正して、大会参加資格得ることになった。しかし、そうそんな「姑息な手段」で対応できる時期は過ぎた。

 ほぼ1年前に、小浜監督と同様の言葉を吐いた企業スポーツ部監督の言葉を思い出した。「これから企業スポーツはどんどんなくなっていく。移籍してもまた同じこと(休部)が起こるだけ」。女子マラソンの五輪メダリスト、有森裕子らを輩出したリグルート陸上部の休部発表に際して、当時の金哲彦監督が発したコメントだ。金元監督は千葉県佐倉市を拠点に、陸上競技をメーンとする地域密着型スポーツクラブの発足を模索した。2001年暮にはNPO法人の認証を得て、2002年4月のクラブ正式発足に向けて準備中だ。

 小浜監督や金元監督の言うように、既に「企業スポーツの時代は終わった」「企業スポーツに未来はない」。経営不信に陥った企業が、「人身御供」を差し出すように、企業スポーツは続々と切り捨てられている。繰り言をいくら言っても仕方がない。企業はスポーツ部を丸抱えして支える力も、目的も失ってしまったのだから。日本におけるスポーツの新しい「形態」をいま創造しなければ、すべては終わってしまう。(2002年3月24日) 

 日本陸連が2002年度から、同連盟の英語表記から「アマチュア」の文字を削除する方針を固めたという。読売のスポーツ面(3月15日付)に、いわゆる「ベタ記事」扱いで載っていた。当日の朝日、毎日も見たが、その種の記事はなかった。読売の独自記事か朝日、毎日は無視したか、どちらかだろう。記事の扱いからいって、朝日、毎日はたぶん、ニュース性がないとして無視したのだろう。

 この「ベタ記事」は、その理由について簡単にこう触れている。「国際的には競技などから収入を得るプロ活動が一般的な中、国内でも高橋尚子(積水化学)、有森裕子(リクルートAC)ら『プロ活動』をする選手が出始めてたため、現状に対応させる。これまで『アマチュア』の削除を求める論議には、時期尚早と変更を見送ってきたが、国際陸連(IAAF)が昨年、『アマチュア』を削除したことから、今回の名称変更を決めた」

 正直に言って、「何を今さら」という印象をもった。陸連以上に『アマチュア主義』の権化ともいえた、日本ラグビー協会でさえとうの昔にプロ化に向けて進みだしている。学生を除いて、日本代表チームを構成する選手のほとんどがプロ選手になる。隔世の感がある。同協会の極端なまでの閉鎖性と『アマチュア絶対主義』は、日本の競技団体の中でも群を抜いていた。しかし、彼らは変わり始めた。国内での人気低迷もあるが、最も根源的な理由は、ワールドカップ(W杯)で、日本代表が勝てないことだ。僅差で負けるのではない。ほとんどすべての国際マッチで敗退する。敗因分析する必要がないほどに、圧倒的に敗退する。この現実を直視して同協会は決断したのだろう。2003年のW杯もこれまでと同じ結果しか残せないとしたら、日本におけるラグビーの未来は消える。

 体力的なハンディがある、などという言い訳は通用しない。『閉鎖的な国内だけで、さらに閉鎖的なプロ野球だけが栄える』という、戦後日本に特有の異常時代は終わった。競技団体は、国際的に「結果」を残さなければ生き残れない時代になった。そのためには、その競技に興味をもち、さらに競技に参加する普通の人たち、「市民」の共感と協力を得なければならない。

 日本陸連は実に風変わりな競技団体である。時代の流れや社会の構造変化を理解する能力に欠けている。彼らの視野の中には、既存のしかも時代遅れになった学生(大学)スポーツ、実業団(企業)スポーツしかない。市民スポーツやクラブスポーツは彼らの視野の外にある。世界の流れであるプロ化に関して極めて消極的な姿勢は、彼らの視野の狭さによるものだ。その一方で在来型の「エリート主義」には強いこだわりをもつ。彼らには未来を切り開く力がない。

 日本陸連が、陸上競技こそスポーツの「メーンストリューム」であり、日本には明治以来の長く栄光にみちた「伝統」があると主張しても、日本において陸上競技が「マイナー競技」である「現実」を覆すことはできない。

 「マイナー競技」には極めて簡単な「定義」が存在する。五輪に採用された競技で言えば、通常の競技活動では社会的関心をもたれることはないが、五輪でのメダル獲得が可能と予想された場合にのみ社会的に注目される競技だ。例として挙げるのは申し訳ないが、重量挙げやレスリングがそうした競技だ。――陸上競技とレスリングは近代スポーツにおいて、最も根源的な競技と位置付けられている――

 繰り返すが、狭義の「トラックアンドフィールド」において陸上競技は、日本ではマイナー競技である。その理由を説明するのは簡単だ。陸上日本一を決める、国内で最もステータスの高い日本選手権でさえスタンドには閑古鳥が鳴いている。テレビも民放には見向きもされず、NHKが「お義理」で中継していいるに過ぎない。しかし、それは当然の「評価」の結果でもある。

 2001年の世界陸上(カナダ・エドモントン)で、日本の陸上競技「トラックアンドフィールド」は久々に社会的な注目を浴びた。男子400メートルハードルで為末大が銅メダル、男子ハンマー投げで室伏広治が銀メダルを獲得したからだ。しかし、彼らのメダルはメディアによってこう形容された。「男子のトラック、投てきでは五輪、世界陸上を通じて初のメダル―」と。トラックアンドフィールドにおいて日本選手は――ほんの一部の例外的選手を除いて――世界の一線級と戦う力は今もない。

 その一方、同じ陸上競技の中でも世界と戦える部門がある。ロードレースである。福岡国際、東京国際、びわ湖毎日など男子主要マラソンは根強い人気をもつ。五輪でも東京で円谷幸吉が銅メダルを、メキシコで君原健二が銀メダルを獲得した。五輪でのメダル獲得こそならなかったが、その後も日本は瀬古利彦、双子の宋茂、宋猛兄弟、中山竹通など世界一線級のランナーを輩出してきた。新興の女子マラソンでも日本は佐々木七恵、増田明美など先駆者が切り拓いた道を後進が大きく広げていった。有森裕子がバルセロナの銀、アトランタの銅と五輪で連続してメダルを獲得、シドニーで高橋尚子がついに金メダルを獲得した。

 日本で独自に発達してきた駅伝の人気も高い。高校駅伝、関東の大学が参加する箱根駅伝、実質的な日本一のチームを決める全国実業団駅伝など主要大会はテレビで生中継され、どの大会も高視聴率をたたき出す。

 それなのに、日本陸連には駅伝やマラソンの高い人気を普及活動に利用しようという姿勢が見当たらない。これらの主要マラソン、駅伝はすべて「エリート選手」「エリートチーム」しか出場できない。

 ロードレースは陸上競技の中でも特別な存在だ。競技場内で行われる「トラックアンドフィールド」では、スペースと時間との制約により、出場選手はおのずから限定される。トップ選手と市民ランナーが同じ競技場で同時に競技を行うことは不可能だ。カール・ルイスと市民ランナーが同時にスタート位置に立つことはありえない。どんなに有名な芸能人であれ、彼の背後に強大なスポンサーがついていたとしても、そんなことは許されるはずもない。

 しかし、ロードレースではそんなことが可能になる。欧米の主要マラソンではエリートランナーと市民ランナーが同じ大会に出場することが当たり前だ。公道を管理する行政当局も、交通を管理する警察当局も、納税者である市民ランナーを除外してマラソン大会を開催することなど、日本とは逆に不可能だと思っている。

 福岡国際や東京国際など日本の主要なマラソン大会はすべて市民ランナーを排除した上で成立している。エリートランナだけがコースを走ることが許される。市民ランナーも当然、主要マラソン大会に出場したい。しかしそれはかなわぬ夢だ。厳しいタイム制限によって、彼らは主催者から当然のごとくに参加を拒否される。

 拒否された市民ランナーは次善の策として地方の大会に出場する。筆者の住む茨城の地では、勝田マラソン、霞ヶ浦マラソンに全国から多くの市民ランナーがエントリーする。日立市で4月に行われる日立さくらマラソンの例は、示唆に富んでいると思う。かつて茨城マラソン(メーンは男子30キロロードレース)は常に出場者減に悩んでいた。出場選手は高校生も含め数百人にすぎなかった。地方大会でありながら、かなり厳しいタイム制限を設定していた。ローカル大会だからエーリート選手には人気がなく、市民ランナーの多くもタイム制限でふるい落とされる。しかし、市民ランナーに広く門戸を開放し、名称も改めた昨年は全国から3500人が参加した。2年目の今回は5000人規模の大会になるという。陸連(地方陸協)主体では得られなかった市民層の共感が、陸連のたがをはずした途端に得られた。そうは言えないか。

 日本陸連は、口では競技力向上には底辺の拡大が必要だとするが、本音では市民ランナーを無視、あるいは彼らへの門戸を閉ざしている。世界的なレベルから見てマイナー競技であるしかない陸上競技の中で唯一、世界界一線級のレベルを保ち、しかも幅広い市民層に愛され、しかも自ら参加する多くの市民層をもつロードレースで、市民層の参加を拒否する。陸上競技をメーンストリュームに復活させる道を、競技団体が自ら閉ざしていることになるのではないか。マラソンははまだいい。多くの地方大会が用意されているからだ。しかし、あれだけ人気のある駅伝では、市民ランナーが仲間とともにつくったクラブをを単位としてエントリーを許されるする大会は聞いたこともない。

 日本陸連に対してある提案がある。――筆者のような者が提案しても聞いてもらえないだろうが――陸連自ら世界一線級を含むエリートランナーと市民ランナーがともに同じステージで走ることができる大会を新設してはどうか。あるいは既存の主要な大会をそうした大会に衣替えしてはどうか。さらには、市民ランナーたちが組織したスポーツクラブ(ランニングクラブ)単位に参加できる駅伝大会を新設してはみないか。日本陸連のもつ強大な「政治的影響力」をもってすれば、そうした大会を創出することは、そんなに難しいことではないと思うのだが―。(2002年3月22日)

 JOC(日本オリンピック委員会)が掲げた長野五輪と同数のメダル10個の目標に対し、金メダルなしのメダル2個の獲得にとどまったソルトレイク五輪。五輪閉幕直後に新聞、テレビなど日本のメディアが行った総括記事―日本選手団の敗因分析―を読んだり見たりしていて、強い違和感を覚えた。直接の当事者であるJOCもそうだが、メディアの論調はどこも似かよっていた。いわく、「長野五輪の遺産(成功体験)に依存しすぎていた」「世代交代が進まなかった」「欧州、米国の競技力向上が予想以上だった」――等々だ。各メディアとも経験豊かな専門記者が現場体験を踏まえて分析しているのだから、それなりに説得力はある。しかし何かが足りない。彼らの分析はどれも表層的であり、日本のスポーツが今置かれている、極めて危機的な状況についての認識が甘い、あるいは間違っているのではないか―そう感じた。

 新聞のいわゆる全国紙で言うと、朝日、読売、毎日の全国紙3紙のうち、毎日を除く2紙は早々とソルトレイク五輪を過去のものにしてしまった。2002年のサッカー・ワールドカップ(W杯)のローカル・スポーンサーである朝日はW杯の事前紹介に忙しいらしい。ライバルの読売は、危機的状況―自らの姿勢が招いた結果なのだが―にあるプロ野球と盟主・読売巨人軍関連のキャンペーンに懸命のようだ。3紙の中では毎日だけが五輪敗北の分析を意識的に取り上げてきたが、それも核心に触れぬまま既に終わった。メデイアはある意味で「賭博師」のようなものだ。彼らは「オピニオンリーダー」を自認するが、実態はその時々の時流に見を任せる「浮き草」のようなものでもある。

 冬季五輪での惨敗の最大の要因は、日本のスポーツ界を長く支えてきた、実業団(企業)スポーツが「制度疲労」の限界に達してしまったことだ。実業団スポーツ部の集合体である各競技団体も同じ状況にある。昨年、都市対抗野球で優勝した実業団チームが、その直後に廃部になったが、社会的話題にはならなかった。実業団スポーツ部の廃部はもはや、日常茶飯事の出来事になってしまったからだ。最近では、経営危機に陥った企業が金融支援を得る際に、まるで人身御供を差し出すように、スポーツ部を廃部させる傾向さえある。

 ある企業が社内目的のために丸抱えでスポーツ部を所有、維持することは、社会の構造変化によって、もう無理なことになってしまった。それでも日本のスポーツ界は新しいスポーツの「構造」を得ることができず、すでに目的と存在理由を失ってしまった実業団スポーツに頼りきったままだ。そんな旧体制のままでで、プロ化した他国のスポーツに立ち向かうことはできない。冬季五輪で日本は、当然のごとく惨敗したのだ。

 惨敗した冬季五輪の日本選手団の中で、スピードスケート・男子500メートルで銀メダルを獲得した清水宏保と、ノルディックスキー・ジャンプのラージヒルで7位入賞した船木和喜が実績を残した。極度の腰痛を乗り越えた清水は、100分の3秒差で敗れたとはいえ、なお世界最速のスケーターであることを五輪の場で証明した。不振の日本ジャンプ陣の中にあって、船木は世界トップ10の実力者であることを示した。このふたりにはひとつの「共通項」がある。ともに実業団を離れ、複数のポンサー(企業)を得て競技する「プロ選手」だということだ。彼らは実業団の傘下ではなく、自ら「チーム清水」「チーム船木」を組織して活動を続けている。

 プロ野球やJリーグサッカーに次ぐ人気スポーツであるバスケットボールは今季、悲惨な状況に陥った。男子のトップリーグであるスーパーリーグでは、優勝を決めるプレーオフに進出した4チームのうち、2チームは今季限りでの廃部が既に決まったチームだった。いすゞ自動車とボッシュである。NBA(全米バスケットボール)にならって組織したスーパーリーグの存続さえ問われかねない状況だ。女子のトップリーグ「Wリーグ」ではジャパンエナジーが優勝した。しかし、ジャパンエナジーは数年前、男子チームを切り捨て、女子だけを存続させる選択をした会社だ。
 
 ここに、ある詩人の言葉を刻み込みたい。文面だけ見れば、スポーツとは何の関係もない文章だ。少し長くなるが、以下の文章を読んでもらいたい。

 ――去年の春、ニューヨークのグッテンハイムで、日本現代詩の朗読会があったとき、宮沢賢治の詩の英訳を読んだアメリカの詩人、ゲイリイ・スナイダーが、今年の6月、ストックホルムの世界環境会議に出席して、その帰途、日本にたちたちよって北海道の生態学的調査を行い、そのリポートを「中央公論」の12月号に寄稿している。「逆方向に向かう現代文明」と題するエッセイで、数世紀にわたって、人類が地球上の生態系に加えてきた衝撃、たとえば森林開発、侵食作用などによる土の喪失、生物種の消滅などによってひきおこされる「異常」に加えて、今世紀初頭からの反生物学的テクノロジーの加速度的成長によって、地球の生態そのものが危機的な様相を帯びてきたことを指摘し、次のように云う――

 「もし人間が地球上に生き残らなければならないとするならば、人間以外の生命もすべて生き残らねばならないのだ。気違いじみたユートピア論者にのみに許される、なにか途方もない技術的工夫によって、蚊、蛇、熊、鯨、バクテリヤ、樹木など、すべての生命が一掃された地球上に、人間だけが生き残ることはできない。とくに樹木、そしてその他すべての植物生命。これらは、まず最も根源的なエネルギーの変態者(トランスフォーマー)なのだ――すべての食物は、植物の働きを通してやってくる。現代文明を動かすエネルギー―石油と石炭―でさえも、太古の植物からの贈り物なのだ。」

 そして、最後に、こう断言する――

 「人間は素晴らしい動物だ。だが人間は、いまこそ人間の価値を証明しなければならない時がきている。去る6月のストックホルム世界環境会議で、中国代表は『人間はこの世のあらゆるものの中で最も貴重な存在だ』と発言した。だが私はこの言葉をこう言い換えたい、『この世のあらゆるものは貴重だということを自分で認識したとき、人間はこの世のあらゆるものの中で最も貴重な存在となるだろう』と。」(金関寿夫氏訳)――

 ――田村隆一著『青いライオンと金色のウイスキー』(筑摩書房、1975年初版)より――

 戦後派詩人の代表的存在であった詩人が晩年、自らの若き日の詩について「解題」したようなエッセイ集の冒頭のエッセイで、その末尾に引用した文章だ。このエッセイの半分はこの引用文が占めている。

 もう半世紀も前にアメリカの詩人、ゲイリイ・スナイダーが書いた文章の内容は今も新鮮だ。田村隆一はその内容に強い共感を示してこのエッセイを書いたのだろう。しかし、それ以上に彼の脳髄を刺激したのは、スナイダーのタイトルにある、『逆方向に向かう―』という言葉ではないかと思う。日本のスポーツは、スナイダーが言うとおり、『逆方向』に向かっている。その道はエネルギーを循環的に再生産する方向ではなく、不毛な消費(浪費)の方向に走っている。まっとうな人間なら誰でも『危機』と感じる状況なのだが、だれもそのことに『異議』を唱えようとはしない。文中にある中国代表の発言のように、日本のスポーツは間違った方向に走り続けている。(2002年3月15日)
 

 スポーツ観戦には、「天才」を発見する喜びがある。その喜びは、ひいきチームの勝ち負けに一喜一憂するよりはるかに大きい。

 ――彼が発見した選手が既に大方の評価を得ていたって構わない。彼がその時点までに知らなければ、その選手はまだ「未知」の領域の中にいたのだから。彼なりの方法で、つまり彼の目と耳と感覚で「天才」を発見することは、スポーツ観戦において最も素晴らしい体験だ。それは、「未知」のアートを自分の力だけで発見する行為にも似ている。それまで見たこともない、「天才」のパフォーマンスは、見る側の想像力と創造力を強く刺激する――。

 スポーツ取材の現場―運動部デスクだっから正確には現場ではないが―から離れてもう1年近くたってしまった。サッカーで言えば、Jリーグを見る機会はぐんと減った。試合会場に足を運ぶことはなくなったし、テレビ観戦も少なくなった。プロ野球と違ってJリーグではシーズンごとに選手が大幅に入れ替わるので、有名選手でもいまどのチームに在籍しているのか、すぐ分からなくなってしまう。

 そんなくらいだから、サッカーの本場・欧州各国のリーグ事情については、正直言ってよく分からない。それでもスペインリーグがイタリアのセリエAや英国のプレミアリーグと並ぶ欧州のトップリーグ、つまり世界のトップリーグであることは知っている。そして、スペインリーグのFCバルセロナがレアル・マドリードとともに世界各国から有名・有力選手をかき集めた強豪チームであること、それぐらいは知っている。

 スペインリーグを録画中継しているNHK・BS放送をたまたま見た。わが家のテレビは最近、BS放送に限ってなぜか音が出ない。それでも試合の前後半90分間、テレビを見続けてしまった。実に久しぶりに、アナウンスも解説もなく会場のサウンドも聞こえない無音のテレビ画面の中に、ひとりの「天才」を発見してしまったからだ。

 バルセロナとマラガの試合だった。バルセロナの前線にいるリバウド(ブラジル)やクライファート(オランダ)、ルイス・エンリケ(スペイン)くらいは知っている。世界的スーパースターである彼らと絡むFWの位置に、何と「子ども」がいた。

 背はとても低いし、体はきゃしゃだ。しかし、その「子ども」はやたらとすばしっこい。ドリブルはとんでもなくうまい。この試合では1得点、1アシストを記録したはずだが、何よりも得点に絡む場面にはほとんど顔を出していた。それより驚いたことには、リバウドやクライファートが、この「子ども」を一人前、いやそれ以上の選手だと認めていたことだ。そのことはテレビ画面でアップになったリバウドやクライファートの表情を見ればすぐ分かった。

 スーパースターと並んで見劣りしないばかりか、彼らをしのぐほどの存在感を示し光り輝いているこの「子ども」のユニフォームには、「SAVIOLA」とあった。

 紙の資料が見つからないのでインターネットで調べてみた。FCバルセロナ・ファンサイト「BlauGrana」によると、名前はハビエル・ペドロ・サビオラ。アルゼンチン国籍で1981年12月生まれで20歳になったばかりだ。身長168センチ、体重61キロとある。どうりで「子ども」に見えたわけだ。18歳でアルゼンチンフル代表に選ばれ、2001年夏のワールドユース大会で優勝、MVPに選出された。バルセロナには2001―2002年のシーズンから在籍とあるから、彼は19歳であのバルセロナに移籍したことになる。

 サビオラについて、その他のことは分からない。――だれかこの驚異的な早熟の天才について教えてください――
 サッカー好きで欧州リーグに詳しい人にとっては、サビオラは「周知の事実」だろう。しかし、何も知らなかった私にとっては、予備知識もなく突然、サビオラに「天才」を発見したことは実に新鮮な驚きだった。それまで見たこともないパフォーマンスは独創的で、年のせいかだいぶ萎えてきた私の想像力を強く刺激する。

 こんな刺激的な「天才」の発見は、たぶんNBA(全米プロバスケットボール)のアレン・アイバーソン以来だ。2メートルをゆうに超える大男の放つダンクシュートが喝采を浴びるNBAで、小柄なアイバーソンは驚異的なスピードとレイアップシュートで異彩を放つ。

 アメリカの「悪がき」の典型と批判されてきたアイバーソンがNBAを少しずつ変えてきた。アルゼンチンからやって来た小柄で童顔のサビオラは欧州サッカー界をどう変えていくのだろうか。興味が自然と沸き起こってくる。これだからスポーツ観戦はやめられない。

 わが家のテレビはきょうもBS放送に限って音が出ない。やはり、修理に出すしかない。(2002年3月12日)


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