成田好三のスポーツコラム・オフサイド

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02年のコラム

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 正月恒例の箱根駅伝(2、3日、東京―箱根間で開催)は、もはやスポーツの枠を超えて巨大な社会的イベントになった。怪物・箱根駅伝の前では、その前日(元日)に行われる日本スポーツ界の超一級イベントでさえ、すっかり色あせてしまう。 色あせてしまうのは、サッカーの天皇杯決勝と全日本実業団駅伝だ。プロ野球に次ぐ人気スポーツに成長したサッカーで、高校生の年代(高校とクラブチーム)からJリーグまで参加する、日本では唯一のほぼ完全にオープン化された大会の決勝も、箱根駅伝の前では形無しだ。
 オープン参加制度のない駅伝では、全日本実業団駅伝が実質的に日本一を決める大会だ。だが、そんなステータスの高い大会でさえ、箱根駅伝の「前座」扱いにされてしまう。

 ■夏の高校野球にもない「理不尽さ

 こんなに特別扱いされるスポーツイベントは、ほかには夏の全国高校野球・甲子園大会があるだけだ。――同じ高校野球でも、春のセンバツ大会はそんな特別扱いは受けていない――
 特別なスポーツイベントである箱根駅伝には、夏の高校野球にもない、ある種の「理不尽さ」をもつ。以下、そのことについて書いてみる。
 箱根駅伝が近づくにつれ、この駅伝を後援し、協力に後押しするメディアグループは、長期的かつ綿密な一大キャンペーンを張る。新聞では前年秋頃から何度も特集紙面を組み、スポーツ面でいわゆる展望記事や有力校、有力選手紹介を繰り返す。テレビはもっと一般受けする話題をニュースやワイドショーで提供し続ける。
 その圧倒的人気から、他のメディアも箱根駅伝を無視できない。それでほぼ全メディアグループが膨大な量の事前キャンペーンを展開することになる。

 ■出雲、全日本は箱根の『前哨戦』

箱根駅伝を後援するメディアグループの事前キャンペーンの中で繰り返し使われる、ある「言葉」にひっかかってしまった。そのメディアグループは事前キャンペーンで、ある常套句を繰り返す。「箱根駅伝の前哨戦である出雲、全日本で有力○○校は―」「箱根駅伝の優勝候補・○○校は、箱根の前哨戦である出雲、全日本で―」。このメディアグループが言うように、出雲駅伝、全日本駅伝は箱根駅伝の『前哨戦』なのだろうか。
出雲、全日本、箱根は大学三大駅伝と呼ばれている。しかし、出雲、全日本と、箱根駅伝とでは決定的違いがある。出雲、全日本は全国どこの地域の大学でも出場可能なオールジャパンの大会だが、箱根は山梨を含む関東の大学にしか出場資格がない。いわば、「関東ローカル」の大会だ。

 ■ローカル大会がオールジャパンをのみ込む

論理的に言えば、このメディアグループの言う、「出雲、全日本は箱根の前哨戦―」は間違いだ。スポーツ、特に団体競技は下位のステージから上位のステージ上がるにつれ、実力も人気もついてくる。各チームとも実力をつけてより上位のステージに駆け上がろうとする。そうした動きによってスポーツは活性化し、実力も人気も高まってくる。
サッカーで言えば、まったく新しいチームが誕生したとする。このチームがJ1リーグに参加しようとしても下位リーグからのステップを踏まなければならない。都道府県リーグ(大概1部、2部リーグがある)から関東、関西などのブロックリーグを勝ち上がり、アマチュアリーグのトップであるJFLリーグに上がる。ここで実力とチームの組織力(財務力)を蓄え、J2・J1リーグと昇格する。チームを買収しないかぎり、いきなりトップリーグに参加することはできない。当然のことだが、下位リーグやそこに所属するチームが、上位リーグや上位リーグ所属チームより実力、人気が高いということはありえない。それが通常の姿だ。
しかし、大学駅伝の世界では、通常では起こりえない、「逆転」あるいは「倒立」現象が起きている。それが長く続いており、しかも最近ではその傾向がより強まっている。しかも、それを異常な現象だという指摘はだれもしない。「箱根は他の二大駅伝の上に君臨する、特別、別格の大会だ」。だれもがそう思っているようだ。

 ■箱根スパイラルから東京一極集中へ

 箱根駅伝はもともと人気のあるスポーツイベントだった。しかし、その人気に異常なまでの拍車をかけたのは、駅伝を後援するメディアグループの強力な後押しだ。特に全国ネットのテレビ局が往復2日間の完全生中継を実現してからだ。
 そこから箱根スパイラルともいうべき動きが出てきた。箱根の異常なまでの人気のため、全国の高校生は箱根に出場可能な関東の有力校への進学傾向を強める。関東の大学も、箱根の人気を利用しようとする。少子化が進み大学経営は年々厳しくなってきている。国民の大半が休みを取る正月2,3日の2日間、延べ15時間にも及ぶ生中継がある箱根駅伝に出場することは、事前キャンペーンも含め膨大な宣伝効果を生む。しかも、上位に進出し優勝でもすればその効果は計りしれないものになる。大学を挙げての「箱根作戦」が始まるわけだ。
 一方、箱根への出場資格のない関東以外の大学は、箱根スパイラルに対し指をくわえてながめるだけの存在となる。大学を最も効果的に宣伝する場に参加する資格はないし、有力選手も続々と関東に流れてしまう。箱根によって、大学の地域間格差が拡大してしまう。それは駅伝や大学スポーツに限ったことではない。大学そのものの地域間格差につながる。
 それは「甲子園」をめぐる全国の私立高校の構図と同じだともいえる。しかい、決定的違いがある。

 ■オールジャパンを「箱根組」が制す

 2001―2002年の大学駅伝シーズン。その傾向は数字にはっきりと表れている。2001年の出雲、全日本の上位校をみると、出雲のベスト10は優勝した順天堂大をはじめ関東の大学がほぼ独占、関東以外では京都産業大が9位に入っているだけだ。同年の全日本では関東の大学が、優勝の駒沢大はじめベスト10を独占、関東以外は京都産業大の11位が最高順位だ。
 しかも、箱根駅伝の出場資格は関東だといっても、それは制度面だけの話で、実質は東京とその周辺、つまり首都圏に所属する大学にほぼ限られている。関東といっても、実質は首都圏、広義でいう東京の大学だけだ争われる。唯一の例外は山梨学院大だろう。関東でも北関東の大学が出場権をえることはまずない。
 極論すれば、箱根駅伝は広義で言う「東京の大学」だけで争われる大会だ。東京ローカル大会が、メディアのつくりだした「設定」の中で、その異常な人気ゆえに全国大会を呑み込んでしまう。このゆがんだ構図はさまざまな問題を派生させることになる。以下は、次回に譲ることにする。(2002年3月1日)

 「正月三が日は家でごろ寝が一番だ。神社やゴルフ場、スキー場に行っても混雑するばかりだ。おまけに正月の特別料金まで取られる。ひどい渋滞に巻き込まれるのは御免だ。三が日はテレビ、それもスポーツ番組の観戦に限る。何カ月前に撮ったか分からない、そんなお笑い番組を見てもしょうがない。こたつに寝っころがって正月恒例の全日本実業団駅伝、、箱根駅伝を延々と見続ける。これが最高だ―」

 年末のある日、知人との雑談の中で訳知り顔でそんな話をしていたとき、ふと思った。自分は正月三が日をテレビの前に座ったり寝っ転がったりして過ごしていたわけではないと。新聞記者生活が長かったから、新聞休刊日の元日は休めるにしても、2、3日はだいたい仕事をしていた。内勤記者時代は仕事の合間に付けっぱなしのテレビの画面を見ていた。外勤記者のころは、移動中の車の中でラジオを聞くか、仕事先のテレビをちょっとのぞく程度だった。

 今年は全日本実業団駅伝、箱根駅伝ともじっくりテレビで見、ラジオで聞くことができた。打ち明け話をしてしまうと、暮れの30日に身内が死んだ。その日から休みを取ったが、慣例で正月三が日は葬儀はやらないし、表向きはその準備もできない。身内の死の直後、内々の準備をしながら、あるいは何にも手がつかない状態で所在無く、あるいはぼう然と駅伝を見続けた。こんな機会を得たのは初めてだった。

 コニカが優勝した元日の全日本実業団駅伝は、上州名物のからっ風の吹かない絶好の条件で行われた。1区でジュリアス・ギタヒ(日清食品)が予想通り飛び出した。2番手以降のランナーも懸命に追うが、その差は開くばかりだ。ギタヒは京都の高校駅伝でデビューして以来見ているが、トラック、ロードとも日本人ランナーに負けたことはないのではないか。この日も他のランナーを寄せ付けない圧倒的な走りを見せ付けた。

 駒沢大が総合優勝した箱根駅伝は、不思議なスタートを切った。1区で誰も飛び出さない。超スローペースでレースは進み、15キロを過ぎてもほぼ横一線の展開だ。2区へのたすき渡し直前になってようやくレースが動く。参加15校のランナーがほとんど差のつかないまま中継所に飛び込んでいった。長年、箱根駅伝を見てきたが、すべての参加校が1区から牽制し合う展開は始めて見た。

 箱根の1区を見ていて不思議な感慨を覚えた。元日、ギタヒの飛び出しが鮮烈だっただけに、学生ランナーたちの「自制」は何か異様だった。

 箱根の1区でランナーたちが自制したのは、チームオーダーのためだったのか。それとも文字通り自らの意思によるものか。あるいは集団心理によってか。それは知らない。だが、この光景を1時間近く見続けていて、あることを連想した。五輪や世界陸上でのマラソンの前半戦だ。五輪や世界陸上ではペースメーカー(ラビット)はいない。そして、世界のトップランナーが「名誉」とそれに伴う巨大な「ビジネスチャンス」を得るために牽制し合う。記録よりも勝利が優先する。箱根の1区にはそれと同じ作用が働いたのではないか。そのことが学生ランナーたちを金縛り状態にさせたとは言えないか。

 全日本実業団は、実質的に駅伝日本一を決める大会だ。各ブロック大会を勝ち上がった実業団の有力チームが、国内一線級ランナーをそろえて覇を競う。一方、箱根駅伝はその人気がどんなに高かろうと、学生日本一を決める大会でもない。関東の大学だけに参加資格のあるローカル大会だ。

 1区での対照的な展開を見ていると、全日本実業団駅伝と箱根駅伝の位置が逆転しているような錯覚を覚えてしまう。全日本実業団駅伝がローカル大会で、箱根駅伝こそ全日本大会ではないのかとさえ勘違いしてしまうほどだ。

 箱根駅伝は本来、関東ローカルの大会である。その駅伝がメディアの強力な後押しによって異常なほどの人気を集め、それによって「巨大化」「肥大化」したのがいまの姿といえる。そこに日本陸上界、もっといえば日本スポーツ界の歪みと倒立した姿が見えると言ったら、言いすぎになるだろうか。(2002年2月11日)

 むき出しの国家主義(ナショナリズム)の台頭―やぶにらみ五輪批評(6)―

 ソルトレイク五輪が「ようやく」閉幕した。日本のメディアの一部はこの五輪を、「抗議」と「不信」の五輪と総括しているようだが、それは皮相な分析にすぎない。この五輪では、五輪に限らずスポーツ全体にとって最も根源的な問題が顕在化した。商業主義、ドーピング問題以上に、スポーツの未来に大きな影を落とすものだ。それはむき出しの国家主義(ナショナリズム)の台頭だ。ソルトレイクは「不信」や「抗議」の五輪ではなく、国家主義の台頭を許した「不幸」な五輪として記憶されるかもしれない。

 先に「ようやく」と書いたのは、この五輪には見ていて息苦しくなるものを感じたからだ。予感はあった。その予感は想像以上のものとして現実化した。

 ソルトレイク五輪は、その誘致をめぐってIOC(国際オリンピック委員会)の存続を問われるほどの疑惑を生んだ。IOCは五輪を継続するために、サマランチからロゲへの会長交代などの改善策を講じたが、抜本的改善策は示されなかった。

 それは当然のことだった。細部については触れないが、4年前の長野五輪をめぐる誘致疑惑は何一つ明らかにされなかった。長野の疑惑を放っておいてソルトレイクの疑惑だけを解明するのは無理なことだからだ。
 2002年9月11日、米国で起きた同時多発テロも大きな影を落とした。五輪は戦時下、あるいは戒厳令下のもとで開催された。そして最も重要なことは、このテロとその後の米国の対応が、五輪における国家主義の台頭に強い拍車をかけたことだ。

 国家主義の台頭に触れる前に、商業主義とドーピング問題について書く。これらは密接に関係し、あるいは絡み合っているからだ。

 ロサンゼルス五輪から始まった商業主義はもはや止めようもないほど進んだ。IOCのスポンサー企業による巨額な協賛金と、米国のテレビ局を中心とするこれまた巨額な放映権を抜きにして五輪は開催できなくなった。欧州中心の貴族的、閉鎖的サークルだったIOCは、商業主義にのみ込まれ、さらには自らが商業主義を体現する組織に変貌した。

 IOCの存在意味は、もはや2年ごとに夏季五輪、冬季五輪を開催する組織というだけになってしまった。
 ドーピングも、もう止まらない。ソウル五輪の陸上男子100メートル決勝。人類最速の人間を決めるこの種目で決定的な「事件」が起きた。このレースのゴールをトップで通過したベン・ジョンソン(カナダ)は薬物違反によって金メダルを剥奪された。――同時に、そのレースで彼が記録した世界新記録も抹消された。抹消された彼の記録はいまも破られてはいない。モーリス・グリーンの世界記録は正確に言えば、世界タイ記録だ。人類は薬物まみれのB・ジョンソンの記録をいまだに超えていない――

 以来、ドーピングは五輪ばかりでなくスポーツ界全体を揺るがす大問題として認識されることになった。しかし、薬物を利用する側とそれを取り締まる側との「イタチゴッコ」が繰り返されている。ソルトレイク五輪でも、ノルディックスキー・距離競技で男子50キロ、女子30キロ(ともにクラシカル)の優勝者がドーピング違反で金メダルを剥奪された。――夏季の陸上にたとえれば、男女のマラソン優勝者がともにドーピングによって失格したような大事件だ――

 ドーピングは商業主義と深く結びついている。五輪におけるメダルの価値(特に金メダル)の社会的価値が高まれば高まるほど、禁止薬物はスポーツ界に蔓延する。五輪のメダルは名誉とともに、巨大な金銭的価値を生む。メダリリストとメダリストにならなかった入賞者の差は、競技としてはほんのわずかだが、金銭面を含む社会的価値としては、とてつもない差が生まれる。商業主義とドーピングは切っても切れない関係として進行している。

 商業主義とドーピングの抜きさしならない関係に、ソルトレイク五輪では新たな問題が加わった。度を越した、むき出しの国家主義だ。

 フィギアスケート・ペアでの審判の不正をめぐる問題など、フィギアスケートやスキー・フリースタイル、スノーボードなど採点競技では審判のジャッジへの「抗議」が相次いだ。採点競技ではないが、スケート・ショートトラックでも転倒とそれに伴う失格が相次ぎ、競技結果への「不信」を招いた。ショートトラックは形の上では記録を争うものだが、あれだけ転倒や失格が相次げば、実質的には採点競技といっていい。

 これらの問題は、一見して競技自体の問題のように思える。採点競技と、ショートトラックのような準採点競技にだけ関わる問題のようにも思える。だが、そう考えることは間違いだ。

 ソルトレイク五輪では、これらの問題が大きく競技の枠からはみ出してしまった。

 ロシアや韓国などの強硬な抗議は、国家と国家主義と強く結びついている。ロシアの抗議は国家の最高権力者であるプーチン大統領まで引きずり込んでしまった。ロシアが最後にその鉾を収めたのはIOCのロゲ会長がプーチン大統領に「書簡」を送ったためだ。IOCとロシアの間で、たぶん何らかの「秘密合意」が成立したのだろう。

 開催国・米国の態度は国家意識丸出しだった。米国政府は五輪を政治目的化した。ブッシュ政権は五輪をテロに屈しない米国の象徴とした。

 ロシアや韓国の強硬な抗議の背景には、冷戦後唯一の戦勝国となった米国への国民的な反発がある。世界中に米国流の価値観をグローバルッスタンダードとして押し付けた上、五輪を同時多発テロ後の政治的宣伝の場とする。そんなにおいがこの五輪には充満していた。そう言ったら言い過ぎだろうか。

 それがフィギアスケートやショートトラックスケートで顕在化した。フィギアの「二つの金メダル授与」は米国とそのメディアの圧力にIOCが屈したものともいえる。

 超大国が一国絶対主義を振りかざせば、他国もそれに対抗する。軍事、経済大国の座は降りたが、いまもスポーツ大国であるロシアはそれに敏感に反応した。誇り高い民族・国家である韓国も強く反応した。そうした事態が続けば、スポーツは国家間対立の「代理戦争」の場と化してしまう。

 スポーツにおいて競技者は――競技者の意思とは無関係に――、その競技者が所属する地域、団体の代表者とみなされる。 

 小学校の運動会はクラス対抗の形を取る。子ども会のソフトボール大会も町内対抗だ。国体は都道府県対抗で得点を競う。高校生の甲子園大会でも、出場校は都道府県の代表であり、熱狂的な声援が所属する都道府県民とその出身者から送られる。スポーツの最高レベルのステージである五輪などの国際大会は「国別対抗戦」だ。この圧倒的な「構図」から、スポーツはいまだに逃れる術を知らない。

 そうした構図を国家や政治家が見逃すはずがない。五輪はこれまでも政治に利用されてきた。古くはヒットラーの宣伝の場と化したベルリン。イスラエルとアラブの対立からテロに蹂躙されたベルリン。旧ソ連のアフガン侵攻に抗議して西側がボイコットしたモスクワ。その報復として東側が参加を拒んだロサンゼルス―。数え挙げたらきりがないほど例がある。

 しかし、ソルトレイク五輪にはそれまでとは違う国家主義の台頭が見られる。競技者や競技団体が、自らの意思で国家と国家主義とに一体となる。そいした危険である。

 スポーツは人間の闘争本能の発露という側面がある。それは否定できない事実だ。だが、スポーツはルールとマナーによってむき出しの闘争本能と微妙なバランスを取ってきた。戦うべき特は全力を挙げて戦う。だが、その時が終われば、人は戦う意思を封じ込める。それはラグビーの「ノーサイド」の精神であるとともに、スポーツ全般にわたる最も根源的な「倫理規定」だった。

 その精神が崩れ始めた。国別対抗も行き着くところまでいってしまった。五輪隆盛のかげでスポーツは、商業主義、ドーピングと並んで、あるいはそれ以上の「怪物」を抱え込んでしまった。ソルトレイクはそのことを端的に示した五輪だった。(2002年2月26日)

 日本は長野での「成功体験」に酔い、その成功体験によってソルトレイク五輪で敗れた。欧州に比べてあまりにナイーブな日本は、欧州の罠にはまった。

 4年前の長野五輪は、冬季スポーツ小国であった日本と日本人に巨大な「成功体験」をもたらした。成功体験は三つあった。新興競技であるスキー・フリースタイルの女子モーグルで里谷多英、スピードスケート・男子500メートルでの清水宏保の優勝であり、そして何よりもジャンプでのとてつもない快挙だった。

モーグル・里谷とスピードスケート・清水については後で触れるとして、今回は三つのうち最大の成功体験となったジャンプについて考えてみた。

 長野で日本のジャンプ陣はとんでもないことをやってのけた。ノーマルヒルで船木和喜が準優勝、ラージヒルでは船木が優勝、原田雅彦も3位に入り、団体でも優勝した。札幌の70メートル級(いまのノーマルヒル)で日本選手が金、銀、銅メダルを独占して以上の快挙だった。 

 4年後のソルトレイク五輪では船木がノーマルヒルで9位、ラージヒルで7位に入ったのが最高で、ともに4回目の五輪出場となった原田は下位に低迷、葛西紀明は2種目とも2回目の試技にも入れなかった。

 ソルトレイクのジャンプ競技では、スイスのシモン・アマンがノーマルヒル、ラージヒルとも優勝した。五輪で個人2種目を制したのは、あの「鳥人」・マッチ・ニッカネン以来だというから、これも快挙と言っていい。アマンの2種目制覇には、二つのキーワードがある。それは、彼が「無名で若く」、かつ「背の低い」選手だということだ。

 二つのキーワードの謎解きに入る前に、長野後のジャンプ事情について少し語ることにする。

 結論から先に言うと、長野での日本ジャンプ陣の快挙を欧州のスキー界は許さなかった。あるルール改正が成立した。簡単に言うと、背の高い選手はより長いスキー板を履けるが、背の低い選手はそれまでより短いスキー板を履かなければならなくなった。

 こうしたルール改正は、日本のジャンプ関係者には予想できたはずだ。それ以前に同様のルール改正が行われていたからだ。

 スキーのシャンプと距離(フリースタイル)を組み合わせた複合競技。日本の荻原健司が圧倒的成功を収めた時期があった。今では当たり前になったV字ジャンプをいち早くマスターした荻原がジャンプで圧倒的なアドバンテージ(時間差)を得て距離に臨む。それまで複合の上位を独占してきた欧州の選手は、距離で荻原を追いつめても、逆転できない。そんな時期が数年続いた。ワールドカップで勝ち続け、世界選手権も制した荻原は、「キング・オブ・スキー」と賞賛された。荻原は五輪の個人種目で金メダルを手中にするこことはできなかった。しかし、荻原のV字ジャンプ技術を習得した日本は五輪で団体2連覇を果たした。

 その一方で世界のスキー界、つまりその中心である欧州のスキー界は荻原と日本にある「罠」を仕掛けた。ルール改正だった。

 ジャンプのアドバンテージを小さくしてしまった。つまり、荻原がジャンプであまりに距離の時間差をつけてしまうのでは、競技自体への興味がそがれてしまう。だから、荻原がジャンプでいくら遠くへ飛んでも、距離でのスタート時間差を少なくしてしまった。

 荻原はその罠にはまった。ルール改正を意識した彼は、距離に力点を置いた。

 スキー・複合は「矛盾」そのものを抱え込んだような競技だ。ジャンプは瞬発力、距離には持久力がメーンになる。荻原はルール改正後、距離に力点を置いてトレーニングする。確かに距離のスピードはついたが、持久力に重きをおいたためにジャンプでの飛距離が落ちた。もともと距離に自信のある欧州の選手達もV字ジャンプをマスターする。

 荻原は今も現役を続けているが、キング・オブ・スキーの称号はもはや過去のものになってしまった。

 長野の後、荻原と同じ事態に日本ジャンプ陣は遭遇した。しかし、日本は荻原が遭遇した事態を教訓として学ばなかった。

 スポーツはインターナショナルだと人は言う。同じルールに基づいて世界中の競技者が同じステージで競う。だからこそスポーツは素晴らしい。しかしそれは、「一面の真実」に過ぎない。フィギアスケートなど採点競技を中心としたソルトレイク五輪の混乱の背景には、スポーツにおける「採点」とは何なのかという「疑問」を人々に投げかけた。しかし、それ以上に根源的な課題は、スポーツと国家ナショナリズムの問題だ。

 スポーツは政治、もっと言えば国家の利害から抜け出せない。そればかりか、国家の利害のためにスポーツは存在する―。それが、今のスポーツの置かれた現実だ。

 欧州スキー界は、荻原の「キング」・オブ・スキー」の称号を許さなかった。だから、長野五輪における日本ジャンプ陣の快挙も許すはずがない。アンドレアス・ゴルトベルガーがソルトレイク五輪のジャンプ台にも立てなかったように、欧州の罠は、欧州選手にも飛び火した。だが、荻原に仕掛けたときと同様に、彼らの罠は的確に標的を捉えた。

 標的は罠を仕掛けられたことも知らなかったからだ。欧州が若手で無名の選手を加えた舞台で、罠を仕掛けられた相手方はなおも長野の成功体験に酔い続けたまま、「名前」と「実績を」を選択した。その時既に彼らは罠の成功を確信していたのだろう。

 そしてソルトレイクで「無名で若く」「背の低い」世界王者が誕生した。シモン・アマンは欧州におけるジャンプ小国・スイスの人間だ。だが、罠を仕掛けた側は、十分に満足しただろう。極東の小国に2連覇されるよりは十二分に価値があったからだ。(2002年2月22日)

 日本のスポーツメディアは明らかに「退化」している。しかも、退化は加速度的に進んでいる。

 テレビメディアの退化は、もう触れたくないほどにひどい。彼らはアトランタ五輪、シドニー五輪、世界陸上、世界水泳を芸能ワイドショーにしてしまった。

 テレビのキャスターやレポーター席に芸能タレントが座るのは、当たり前のことになった。

 ――芸能タレントを不当におとしめるつもりはない。彼らはその分野で才能豊かな人たちばかりだ。そればかりでなく、ほかの分野でも豊かな感受性をもっている。在来型の有名な競技経験者が座ればいいというものでもない。日本では本当の意味で、まっとうなスポーツコメンテイターがいない。逆に言えば、メディアは彼らを必要とさえ思っていない――

 テレビでは、もはや現役の競技者さえ芸能タレントと同様に扱われる時代になった。そうした扱いに器用に同調する競技者が生まれたことも、彼らには好都合だった。

 ソルトレイク五輪で、メディアの目論見は大きく狂った。日本オリンピック委員会(JOC)は長野五輪と同じ10個のメダル獲得を目標に掲げた。JOCの目標には無理があったが、彼らが立場上、そうした過大な目標を掲げざるを得なかったことは理解できる。

 多額の資金を提供するスポンサー企業に対して、当事者としては『長野は特別、特異な五輪。ソルトレイクで金メダルなど取れる目算はありません』などという言辞は、口が裂けても言えない

 それでは、日本のスポーツメディアはどうしたか。本来の役割を忘れて、当事者の「虚勢」に追従した。メディアも巨大な資本の論理に組み込まれている。彼らの楽観的な声掛けに応じて巨費を投じたスポンサー企業に対して、『ソルトレイクでメダルなど2、3個取れればいい方ですよ』などという本音は、JOCと同様に言えなくなってしまった。

 JOCの「虚勢」には無理はあっても、一概に批判はできない。彼らは当事者だからだ。当事者が大会前から、今回は見込みがないなどと言ったのでは話にならない。

 一方、メディアは当事者ではないはずだ。『いいものはいい、悪いものは悪い』と言うのが、本来の彼らの立場のはずだ。だが、ソルトレイク五輪では、彼らは彼らの立場をかなぐり捨ててしまった

 ソルトレイク五輪で、メディアの退化を示す例は幾つもあるが、今回はひとつだけ例を挙げたい。長野五輪の再現をとメディアがはやし立てたノルデック・ジャンプだ。長野五輪でジャンプはノーマルヒルで船木和喜が銀、ラージヒルで船木が金、原田雅彦が銅メダルを獲得、さらに団体でも金メダルを獲得した。

 テレビは五輪前、開幕後を問わず、特集や前触れ番組の中で、ソルトレイク五輪でもジャンプは金を含むメダル獲得が確実であるかのようにはやし立てた。それまでは比較的慎重だった新聞も船木や原田、葛西紀明を大きく取り上げ、長野の再現を大きくあおった。逆に、日本ジャンプ陣の最大のライバルである欧州ジャンプ陣の情報は、無視したのかと思えるほど少なかった。

 正確な情報に基づいた番組や記事ならば、自国の選手への期待をいくらあおったって構わない。しかし、メディアの垂れ流した情報は正確なものだったのだろうか。メディアは五輪前から分かっていたはずだ。五輪後のスキー板に関するルール改正以来、日本のジャンプ陣は情報的にも、技術的にも欧州に太刀打ちできなくなっていたことを。世代交代も進まなかった。五輪代表選手で欧州の有力選手と戦えるのは船木だけだ。ともに4度目の五輪出場を果たした原田、葛西は峠を越えた選手だ。その船木にしても、一時の不調から脱したとはいえ、五輪時点の実力は世界のトップ10クラスだ。確実にメダルを狙える立場ではない。

 結果は実力どおりだった。個人戦ではノーマルヒルで船木が9位、ラージヒルでも船木が7位入賞を果たしただけで、団体戦も終始メダル争いとは関係ない位置で戦った末、5位に終わった。

 メディアの役割は本来、受け手(読者、視聴者)の判断材料となる正確で多様、多彩な情報を提供することだ。だが、ソルトレイク五輪で少なくともジャンプに関してメディアがしたことは、その逆だ。当事者や自らの利益のために――五輪などビッグイベントでは、メディアは、もはや準当事者になっている――受け手に誤った、あるいは意図的な情報を垂れ流している。

 日本ジャンプ陣のスポークスマンは、原田が務めていた。ノーマルヒル後、ラージヒル後、そして最後の団体戦の後も、メディアに対して丁寧に受け答えしていた。メダルへの過大な期待を背負って、しかも期待を裏切る結果しか残せなかった直後の、メディア対応は苦痛だったろう。原田の受け答えは何か空ろに聞こえた。心ここにあらず、という感じがした。

 その原田も、最後の団体戦の後、メディアからこんな言葉を投げかけられて、さすがに気色ばんだという。不本意な成績しか残せなかったのに、日本ジャンプ陣は明るすぎる、という趣旨の言葉だったという。

 原田は、実はこんな風に反論したかったのではないか。以下は筆者の勝手な想像だ。

 ――現在の日本ジャンプ陣の実力、世界レベルでの位置は、メディアの方々、あなたちはよく知っているのではないか。長野の後、日本は技術、道具、情報などあらゆる面で欧州から取り残されてしまった。それを知っていて勝手にメダルの期待を煽り立てたのはあなた方だ。競技者は自分の実力や位置をよく知っている。だが、自らわれわれにはメダルを取るだけの実力はないなどとは口が裂けても言えない。世代交代が必要なことは分かっている。だが、そのために自らその座を降りるなどということが、競技者としてできるだろうか。勝手に持ち上げておいて、その後無理やり引きずり落とす。それがあなた方のやり方なんだ。もう、あなた方の「芝居」に付き合うのは御免だ――

 世界の中での日本の位置を正確に伝えようともせず、世界ナンバー1候補だと勝手に、無理やりはやし立てる。スポーツメディアは退化、あるいはそれ以上に退廃し始めている。(2002年2月20日)


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