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スポーツと「道具」は不可分の関係にある。あらゆスポーツは、それぞれ「比重」の違いこそあれ、道具なしには存立できない。そして、道具と技術の進化が連動し、さらにそれらが一体化することによって、スポーツは「進化」、あるいは「分化」していく。
五輪の競技で考えれば、夏季のメーン競技である陸上、水泳は、裸で競技するものだった。
古代ギリシャのオリンピックでは、競技者は裸、裸足で競技した。裸、裸足で競技することはは公正である証であるとともに、その方が競技する上で有利だったからだ。
近代スポーツの陸上では、競技者はシャツとパンツを身にまとい、スパイクシューズを履く。シャツとパンツは近代ヨーロッパの価値観の表れでもあるが、スパイクシューズは明確に目的達成のための手段、つまり道具である。
ローマ五輪のマラソンで、ビキラ・アベベは裸足で走ったが、東京ではシューズを履き、世界最高記録で五輪2連覇を達成した。
ロードレースにおけるシューズ以上に重要なのは、陸上競技場内で使用されるスパークシューズだろう。
シドニー五輪のころ、市川昆監督の名作記録映画「東京オリンピック」をテレビで見た。印象的なシーンに、男子100メートルがある。米国のボブ・ヘイズが10秒0で優勝した。手動計時で行われた最後の五輪だった。市川監督は執拗に競技者のアップを追う。スタートの瞬間、スパイクシューズがトラックを蹴る。削り取られた土が空中に舞う。東京五輪当時、陸上競技場のトラックは、土を固めてできていた。
トラックはその後、急速に進化する。記録を伸ばすために、土に変わって新たな素材の使用が試みられた。そして、いまの高速トラックが完成したのだろう。
スパイクシューズもそれに連動して進化してきた。カール・ルイスが超軽量のスパイクシューズにこだわったように、自動計時のもと、100分の1秒を争う競技者たちは、スパイクシューズにも、自らと同じくぎりぎりの可能性を求める。
陸上短距離は、道具(スパイクシューズ)と競技環境(トラック、これも広い意味で道具といえる)の進化と自動計時の採用によって、技術が進化し、それらが連動して記録を伸ばしてきた。
水泳の場合、「道具」は逆の意味をもっていた。水着を道具と考えてみると、水着を着けるより裸で泳ぐほうが水の抵抗が少ない。水着はマイナス要因だった。だから、競技者と技術者はマイナス要因を蹴らすための改良を加えてきた。人の体に比べて抵抗の大きい水着の面積を減らす努力を続けてきた。
しかし、その方向性はアトランタ五輪で終わった。シドニー五輪前、日本のメーカーが革命的な水着を開発した。サメ肌水着だ。人の肌より水の抵抗の少ないこの水着は、それまでの技術の方向性を一変させた。いや、技術を逆方向に向かわせた。水着の面積は大きいほうがいい。全身を覆う水着が誕生した。
夏季スポーツの話が長くなってしまったが、このへんで冬季スポーツに話を移す。冬季スポーツでは道具の比重が夏季スポーツより高くなる。それはそうだろう。冬季スポーツの舞台は雪と氷の世界だ。人は裸では、裸足ではその舞台に立つことさえできないからだ。
冬季スポーツにおける主な道具はスキーとスケートだ。ほかに「そり」もあるが、これはスキーとスケートの変種と考えていい。―人の移動とともに、彼の運ぶ荷物の量と移動時間が長くなれば、そりが必要になってくる―
スキーは競技化されるにつれ、急斜面を滑走するためのアルペン用、より平地に近い所を走る(歩く)ためのノルディック用に分化。ノルディック用は距離用とジャンプ用にさらに枝分かれした。最近はフリースタイル用も生まれた。
スキーは競技用とは別の分化も進んだ。山スキー用、テレマーク用、それに雪の野山を散策するためのの道具も―。人はそれぞれの目的によって道具をどんどん進化、あるいは分化させていく。
スケートも競技目的によってスピードスケート用、フィギア用、ホッケー用、ショートトラック用と細分化してきた。
そのうちスピードスケート用について考える。細部の改良、変更は数多くあっただろうが、基本的な構造と道具に対する概念は長く変わらなかった。それが突然、1988年に開催された長野五輪の直前になって大きく変わった。
スラップスケートの誕生だ。この革命的な道具の変化は、屋根つきの高速リンクの誕生と連動して、スピードスケートという長い伝統のある競技自体を大きく変化させることになる。(2002年2月19日)
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