成田好三のスポーツコラム・オフサイド

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04年のコラム

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 自らの年金未納が確認されたとして、民主党の小沢一郎氏が代表就任を直前になって辞退した5月17日の夜、帰宅後につけたNHKのニュース解説「あすを読む」で、解説員の神志名泰裕氏が、国会議員の年金未納問題と政局に関する話をしていた。

 神志名氏、いやほとんどすべてのNHK解説員の、経過説明だけは明確だが、主張と結論のはっきりしない解説は、好きではない。それでも、代表就任直前での小沢氏辞退のニュースを聞いた後だけに、しばらく神志名氏の解説に付き合った。

 小沢氏辞退を受けて急遽原稿を差し替えたこの夜の解説も、何一つとして主張もなく、結論もない、ありきたりのもので、聞くだけ時間の無駄と言っていい類のものだった。しかし、神志名氏が10分程度の番組の中で、何度も繰り返した、ある言葉にひっかかった。「私たち国民の立場では―」「私たち国民の側から見れば―」という言葉である。

 この言葉は、神志名氏や他のNHK解説員ばかりではなく、民放キー局のキャスターが愛用する常套句である。彼らは、「私たち国民の立場ー」を前提にして閣僚や国会議員、民間(企業)の権力者に質問する。

 テレビ朝日「サンデープロジェクト」の田原総一郎氏の場合は、質問ではなく攻め立てると言っていいだろう。TBS「ニュース23」の筑紫哲也氏ならば、少し斜に構えたもの言いで、この言葉を使う。テレビ朝日「ニュース・ステーション」を降りた久米宏氏は、皮肉と嫌味をこの言葉の裏に塗りつけて質問を投げかけていた。

 NHKの解説員や、民放キー局のニュース番組(あるいはニュースショウー)を采配する著名なキャスターたちは、「私たち国民の国民の側から―」と言える立場だろうか。

閣僚や国会議員である権力者、民間の権力者も国民であるから、彼らが言う「国民」には、一般国民、庶民、市井の人の意味が込められている。しかし、TVのニュースキャスターは一般国民であるだろうか。断じて「否」である。

 彼らは、ニュースの取捨選択権をもっている。彼らが選んだニュースの切り口、扱い方を選択する権利ももっている。彼らの情報量は圧倒的である。彼らの情報源へのアクセス権は、彼らが自らを形容する「私たち国民―」とは、まったく違ったものである。彼らが番組中に語る短いコメントは、いや言葉以外の表情やしぐさでさえ、世論形成に大きな影響を与える。

 閣僚や国会議員の年金未納を攻め立てた、田原氏や筑紫氏ら多くの民放キー局のキャスターたちも未納経験者だった。しかし、彼らが未納経験者だったことは、大きな問題ではない。問題にするならば、相手を攻め立てる前に、自らの年金問題を確認しなかった、彼らのお粗末さである。彼らは、菅氏と同様の過ちを犯したにすぎない。

 それにしても、菅氏の対応は政治家としてお粗末だった。相手を挑発する刺激的発言・質問で「喧嘩屋」として名をはせた菅氏は、小さな喧嘩には強いが、大きな喧嘩にはからきし弱い男であった。あるいは、政局観も大局観をもたない男であった。

 年金法改正案成立の見通しが立つまで自らの未納問題を隠し(嘘をついて)、その責任を取るとして官房長官を辞任した福田康夫氏や、未納(未加入)問題の発表を秘書にやらせ、しかも発表日を北朝鮮訪問の発表と、小沢氏の党首就任受諾(翌日に辞退)にぶつけた小泉純一郎首相のやり方は、姑息そのものである。

 しかし、政治家の喧嘩、つまり勝負のやり方としては、小泉首相、福田氏と、菅氏では、大人と子どもほどの違いがある。大型連休後の週末、代表辞任論の嵐の中で外遊日程を切り上げて帰国した菅氏は、民放各局を行脚して弁明を繰り返した。しかし、この行為は逆効果になった。各局のキャスターやアナウンサーは、菅氏から「辞任」の言質を取ろうと、てぐすねひいて待ち構えていたからである。菅氏から言質を取れば、そのTV局、その番組の「特ダネ」になるからである。

 メディアは、ある意味で「浮き草」のような存在である。そのことを菅氏は認識できなかった。メディアはその時々の風向きで、その「ベクトル」をいくらでも変えることができる存在である。

 大きな問題は、ニュースキャスターたちが、ほとんど無意識に使う、「私たち国民の立場から―」という言葉である。彼らは本来、こう言うべきである。「世論調査やアンケートなど、ある一定のデータに基づいた国民の意向によれば―」。あるいは、「メディア側の『権力者』である私(キャスター)から見れば―」と前置きして質問すべきである。

 TVを見る大多数の視聴者、つまり一般国民は、キャスターを自分たちと同じ立場にいる人たちと認識しているはずはない。逆に、そう認識しているとすれば、この国の社会が異常なのである。

 TVのニュースキャスターたちは、一般国民の代表者でも代弁者でもない。キャスターたちは、彼らがもつ情報量や情報の質、専門性、見識を前提にして権力者と対峙すべきである。キャスターたちが一般国民の中に身を隠してしまうことは、卑怯な行為である。社会にとっては危険な行為ですらある。彼らがそうした行為を続けていけば、権力者同士の「言葉遊び」を、本物の一般国民は、冷ややかに見るだけになる。(2004年5月21日記)

  アテネの空を覆うテロの脅威

 2004年8月13日。この日は、アテネ五輪の開幕予定日である。「開幕日」ではなく、「開幕予定日」と書いたのには訳がある。これまでの五輪とは違って、アテネ五輪は、アプリオリ的に、あるいは絶対的根拠をもつて、この日に開幕できるとは断言できない五輪だからである。

 その理由は2つある。1つは大会開催準備の大幅な遅れである。もう1つはもっと大きな、深刻な問題である。五輪をターゲットにしたテロの脅威が日増しに強まってきたことである。

 アテネ五輪開幕予定日の100日前に当たる5月5日、日本の新聞各紙はそろって五輪特集を組んだ。朝日、読売、毎日、日経をチェックしたが、4紙とも見開き2ページの特集だった。いずれもメダル獲得が期待される日本の有力選手紹介が中心で、開催準備の遅れを指摘する記事もあったが、4紙とも似かよった内容だった。

 そして、4紙の特集ともある共通のテーマを「無視」していた。テロの脅威を取り上げた紙面はどこにもなかった。国際的なテロの脅威にどう対応するかということこそ、アテネ五輪に突きつけられた最大の課題である。しかし、4紙ともこの日の紙面では、1面などの生ニュースも含め、テロの脅威に関するテーマは一切取り上げなかった。

 アテネ五輪は、ソフト・ハード両面での開催準備の遅れから、通常本大会の1年前に行われる「プレ大会」は開催されなかった。開催準備は、今年3月のギリシャの政権交代によってさらに遅れることになった。政権移行期に準備作業が滞ったからである。

 既に、競泳会場の屋根は断念された。マラソンコースもまだ整備中である。メーン会場となる五輪スタジアムの屋根も完成していない。施設整備の遅れに関して、ギリシャのカラマンリス首相はこう語っている。「私たちギリシャ人が一致協力して仕事をすれば、奇跡を成し遂げることができる」(4月8日、毎日電子版)。記事はこのコメントに「楽観的」という見出しをつけているが、はたしてそうだろうか。施設整備の遅れは、もはや『奇跡』を期待しなければならないところまできている。

 しかし、施設整備の遅れは、五輪の開催自体を危惧するほどの重大問題ではない。施設が完全に整備されなくても五輪は開催できる。競泳会場には、屋根などなくてもいい。五輪スタジアムを覆う巨大なガラスの屋根などなくても、競技運営に支障は起こらない。マラソンも、古代ギリシャの史跡や現代ギリシャの観光名所をたどるコースではない、別のコースを設定すればいいだけのことである。

 競泳や陸上競技は本来、青空と太陽の下で行われるべきものである。会場に屋根などない方が古代オリンピックを生んだ地で開催される、アテネ五輪にふさわしい大会になる。巨大化、肥大化した現在の五輪を見直す絶好の機会にもなる。

 テロの脅威が日増しに高まってきたことは、施設整備の遅れなどよりはるかに大きく、深刻な問題である。アテネ五輪はテロから守られるのか、あるいはテロに蹂躙されるのか。そのことによって、五輪、サッカーW杯も含めた国際スポーツイベントの将来が左右されるからである。

 日本の新聞各紙が、アテネ五輪は予定通りに開催できるという、アプリオリ的な判断のもとで特集紙面を掲載した、開幕100日前に当たる5月5日には、アテネ中心部にある警察の建物付近で時限爆弾3個が爆発し、警察官1人が軽症を負った。アテネでは昨年9月と今年3月にも時限爆弾が仕掛けられた。

 ギリシャ政府は、国際テログループの関与を躍起になって否定している。五輪開催の成功が至上命題であるこの国の政府にとって、爆弾事件の影響をできるだけ小さなものとして封じ込めたいからである。スペインの列車同時爆破事件でも、当時の政権は犯人グループを国内過激派によるものと決めつけていた。その過ちが総選挙による政権交代につながった。ギリシャの爆発事件も、真相が明らかになるには、ずっと先のことになるだろう。

 ギリシャ政府は、五輪警備に北大西洋条約機構(NATO)の協力を要請している。3月13日・日経電子版によれば、スペインの列車同時爆破事件により、五輪開催期間中のテロの懸念が強まっており、特に空海域などでの警戒に協力を求める。今後国会手続きを経てNATO軍駐留を受け入れる方針だという。NATO軍の駐留が実現すれば、アテネ五輪は、当事国の警察や軍隊だけでなく、外国の軍隊によって警備される初めての五輪になる。

 五輪の主催者である国際オリンピック委員会(IOC)は、アテネ五輪で初めて保険に入った。4月28日・日経電子版によれば、テロや戦争などによって五輪が中止に追い込まれた場合に保険金が下りる。保険金総額は1億7000万ドル(約180億円)。IOCと各国のオリンピック委員会などが受取人になる。

 アテネ五輪は、4年前に開催されたシドニー五輪とはまったく違った状況下で開催される。『9・11』以降、アフガン戦争からイラク戦争へと続く新たな形態の『世界戦争』の状況下での五輪になる。国家体制自体を否定する方向に走り出した国際テログループにとっては、世界中の国家(地域)が国家の名の下に参加する五輪ほど効果的なテロのターゲットはない。

 アテネ五輪は、開催国のギリシャがNATO軍に警備を依頼し、五輪主催者であるIOCが『戦争保険』に入らなければならない状況下で開催が準備されている。しかし、日本のメディアは、そうした状況に背を向けて能天気な五輪特集を組んでいる。

 日本のメディアは、新聞、TVともビジネス面であまりにも深く五輪と関わりすぎている。ビジネス面で彼らに都合の悪いニュースである、テロの脅威やテロに対応するためのNATO軍への警備依頼やIOCの『戦争保険』加入の事実は、ニュース価値とは正反対に極めて小さく、できるだけ控えめに報道してきた。メディアが既に本来の役割である「観察者」ではなく「当事者」の立場にあることを理解したとしても、能天気にも程があると考えるのは筆者一人だけだろうか。(2004年5月12日記) 

イラク人質事件報道で露呈した日本メディアの致命的欠陥(加筆版・2)

 ■ 新たなニュースなしに号外を出した主要3紙

 主要3紙は12日付でそろって、人質事件で前代未聞の号外を発行した。新聞は重大事件発生時に通常の朝刊、夕刊の他、号外を発行する。あるいは新聞休刊日(年の10日ほどある)に重大事件が発生した際に号外を出す。主要3紙は12日付でそろって号外を出した。11日は新聞休刊日だった。しかし、3紙の号外は、人質事件が何も進展しないことを伝える号外になった。筆者の手元に届いた、読売の12日付号外の1面大見出しは、こううたっている。「邦人解放進まず」「情報混乱、政府確認急ぐ」「武装グループ『24時間内』と表明」「新たに3条件説も」。読売の号外は全8ページにも及ぶ、号外としては前例のないほど分厚いものだった。

 日本人人質事件は、イラク情勢の急激な変化の中で起きた。米国の民間警備要員(元軍特殊部隊員で米軍の補完的役割を担っていた)の殺害と黒焦げの遺体を引き回し、橋に吊り下た事件と、その報復作戦として米軍が敢行したファルージャでの市街戦が人質事件の背景にあることは明らかだった。そのくらいのことは、NHK・BSが毎朝放送している各国のTVニュースを見ていれば、素人でも理解できる。

 しかし、日本のメディアは民間警備要員の殺害も、700人ものイラク人を殺害したファルージャでの市街戦も視野に入れなかった。ただひたすら人質解放にだけ焦点をあて続けた。あるいは、ほとんど唯一の情報源である衛星TV・アルジャジーラのチェックをしていた。主要3紙がそろって(横並びで)、人質事件の犯行グループの「行動」ではなく「言葉」(アルジャジーラを通した解放予告)をそのまま信じて、号外を準備し、「邦人解放進まず」のまま号外を発行したことが、そのことを証明している。TVも、人質3人が解放された15日夜、やはりアルジャジーラの映像とコメントを繰り返し流し続けた。

 イラク情勢はこの時期、ブッシュ大統領の何一つ新政策を打ち出せなかった「釈明会見」、米英首脳による国連中心の暫定政権づくりへの合意、そして、米英首脳の合意はまやかしであると判断した、スペインのサパテロ首相の軍撤退表明へと大きく動いていった。人質事件という「局地」しか視野に入れない日本のメディアは、イラク情勢の劇的変化という「大局」を無視して、この間、人質事件だけに焦点をあてた紙面を展開し、TVニュースを制作してきた。

 ■ 正社員記者とフリー記者の関係性を位置付けないメディア

 日本のメディア、特に新聞は、一部のフィーチャー記事を除き、会社と雇用関係を結んだ正社員記者の書く記事によって紙面をつくってきた。しかし最近では、共同通信はゴルフなど国内スポーツ記事(生ニュース)で、外部のフリー記者の記事を使うようになった。直接的には日本人選手の相次ぐ進出によって、メジャーリーグや欧州サッカーなど海外取材が急激に増えたため、国内取材要員が手薄になってきたためである。こうした動きは通信社に限ったことではないだろう。メディアにとって、フリーの記者、カメラマンの占める位置が次第に大きくなってきた。人質事件でも、郡山総一郎さんは週間朝日と、安田純平さんは東京新聞と関係をもつフリーの記者、カメラマンだった。

 戦争報道では、フリーの位置付けはさらに大きくなってきている。昨年春の「正規のイラク戦争」(ブッシュ大統領の大規模戦闘終結宣言後も戦争は継続している)中、日本のメディアの正社員記者(カメラマン)は、米軍に埋め込まれた従軍記者を除き、全員がイラクから撤退した。イラクにとどまり、正社員記者の「穴」を埋めたのはフリーの記者と現地スタッフである。フリーが撮影した映像なしには、当時のTVニュースは成立しなかった。共同通信が配信した、フリーの記者である綿井健陽氏が書いた現地リポート「戦火のバグダッド」は、地方紙の多くで大きく掲載された。

 今回の人質事件によって正社員記者の撤退の動きは強まってきた。共同通信が18日配信した、及川仁バグダッド支局長のリポートはこう書いてある。「陸上自衛隊が活動する南部サマワには、1月19日の先遣隊到着当時、100人近い日本の報道陣がいたが、その後の情勢変化で、18日現在残っているのはフリーカメラマンら2人だけになった」。イラク情勢がさらに悪化すれば、バグダッドに残る正社員記者の撤退の動きも加速する。そうなれば、イラクに残る日本人の記者、カメラマンは正規のイラク戦争当時と同じく、フリーだけになる。

 戦争報道にとっては、もはや欠かすことのできなくなったフリーの記者、カメラマンの存在とその役割をどう位置付けるのか。メディアは、正社員記者中心の自らの構造と、その構造変化について何も語ろうとはしない。フリー記者は安価な費用で使える、正社員記者の「弾除け」なのか。それともフリー記者を自らの構造の中に組み入れていくのか。メディア自体がそのことを分析、論評する必要がある。しかし、どのメディアもただ黙り込んでいるだけである。

正社員記者は戦後日本が生み出した例外的存在である

 日本の主要メディアである新聞、TVは、正社員記者が記事を書くという前提で成り立っている。フリーを使うこともあるが、それはフィーチャー記事など、いわば例外として扱ってきた。しかし、メディアが信じるように、そしてただ信じるだけであるように、メディアと正社員記者との関係は不変なもの、あるいはまっとうな意関係なのだろうか。

 日本の戦後社会は、経済は成長し続けるという「成長神話」を前提として成立してきた。そうした「神話」をもとに「終身雇用」「年功序列」制度が生まれた。正社員記者もこの制度の枠内で存在してきた。しかし、バブル崩壊後にこの関係は崩れ出した。永続的成長が見込めなくなったからである。最も競争が激化した流通業界では、正社員は少数派になった。多数派として業界を支えているのは、パートのおばさんやアルバイトの若者である。

 終身雇用や年功序列制度は、もはや時代に合わないシステムになってしまった。この制度は不変なものでも、まっとうなものでもない。永続的成長を前提とした、例外的期間においてだけ存続できる制度である。社会の構造は急激に変化した今でも、メディアは、正社員記者を前提にしたシステムを変えようとはしていない。しかし、ディアも社会構造に組み込まれた存在である。

 メディアも社会の構造変化に合わせて、自らのシステムを変化させる必要がある。もともと、個人としての意思や判断があってこそ成り立つ記者という職業が、会社(組織体)に丸抱えされるシステム自体が不自然である。イラク戦争報道で、メディアがフリーに依存する事態になったことは、日本のメディア改革に関しては朗報である。この機会に、メディアは自らのシステムにフリーを組み入れるか、あるいは正社員記者体制の崩壊を自ら導き出すべきである。(2004年4月28日記)

 イラクでの日本人人質事件は、新聞・TVなど日本の主要メディアが抱える致命的欠陥をあらわにさらす結果になった。特に、武装グループが中東のTV局を通して予告した幻の「解放日」と実際に人質3人が解放された日(新聞は翌日付)の報道では、メディアの欠陥が鮮明に表れた。人質解放後、メディアは人質の「自己責任論」の是非ばかり論じているが、メディアは自らの欠陥については何一つ語ろうとはしていない。以下、人質事件で露呈したメディアの欠陥の幾つかを指摘してみたい。

 ■ 韓国総選挙を「無視」したメディア

 日本人3人が人質になった4月8日以降、メディアは韓国総選挙への関心を失った。新聞各紙の紙面は連日人質関連記事であふれ、韓国総選挙関連記事は紙面の片隅に追いやられた。ここでは新聞の主要3紙だけを取り上げるが、TVも同様、いや新聞以下の扱いになった。

 人質3人が解放された翌日、16日の紙面は人質解放関連記事で埋め尽くされた。16日付朝刊で、読売は1面トップに人質解放を充てたが、韓国総選挙を左肩に4段扱いで置いたものの、朝日、毎日は1面の全紙面を人質解放に割いた。韓国総選挙は、朝日が4面(政治・総合)の左半分ほどを割いたが、トップ扱いではなかった。毎日は2面(総合)トップに位置付けたが、見出しは控えめの4段扱いだった。

 選挙結果が確定した後の16日付夕刊の扱いは、主要3紙とも韓国総選挙を1面で扱ったが、朝日は中央下の位置で4段扱い、読売は左側で3段1本見出し、毎日は中央下の横見出しだった。トップは当然、人質解放関連記事である。3紙いずれも他の面での関連記事はなかった。3紙は17日付の朝刊で社説に韓国総選挙を取り上げたが、どれも2番手扱いだった。筆者が住む茨城県水戸市に届いた紙面でチェックした。

 韓国総選挙は、その程度の扱いで済ませるべきニュースだったのか。盧武鉉大統領の弾劾の是非が表層的には焦点となった選挙は、韓国社会に劇的な変化をもたらす結果を生んだ。改選前の少数与党「ウリ党」が過半数を超える議席を獲得しただけではない。「三金体制」と、それと裏表の関係にある「地域主義」を突き崩した。「三金」の一人である金鍾泌元首相の落選は、そうした変化を象徴する出来事になった。韓国社会の劇的変化は、日本を含む東アジアに大きな影響を及ぼす。ニュースの重要性からみて、日本のメディアは韓国総選挙を「無視」したとさえ言える。韓国総選挙よりむしろ、メディアはその直前に来日した韓国TVドラマの主演男優、ぺ・ヨンジュンの紹介をより大きく扱った。

 ■ 「無視」されたのは韓国総選挙だけではない

 この時期、メディアに「無視」されたのは、韓国総選挙ばかりではなかった。厚生労働省の中央社会保険医療協議会を舞台にした、日本歯科医師会長、元社会保険庁長官、連合副会長まで逮捕された日歯汚職事件、日本人の食の安全に関する根本的問題を提起した鳥インフルエンザ事件、7月の参院選で最大の争点になるであろう年金改正問題もそうだった。

 日歯汚職事件は、日本の医療と医療報酬(支払い)制度が、ギルド内の関係者によって極めて恣意的に決められていることを示した事件である。鳥インフルエンザ事件は、直接的な鳥インフルエンザへの恐怖以上に、食材が工業製品と同様のシスレムで生産されている現実を国民に明瞭に示した。京都府の養鶏場から生産される鶏卵と鶏肉は、「巨大な工場」の生産物であった。

 年金問題で政府・与党は、既に事実上破綻した現在の年金システムに「ばんそうこう」をはるような改正案を国会に提出している。人質事件解決後であるが、閣僚3人の年金未払い問題が表面化したが、その一人である中川昭一経済産業相は、ある県の自民党大会に出席して、挨拶の間に「大臣を辞めろ」「議員を辞めろ」といった容赦ない罵声を自民党員や支持者から浴びた。

 これらの政治的、社会的に極めて重要な、しかも国民的関心の高いテーマはすべて、新聞紙面やTVニュースの映像から、まるで神隠しにでもあったかのように、忽然として消えてしまった。

 ■ もう一つのメディアスクラムが発生した

 メディアは、人質3人の家族と帰国後の高遠菜穂子さんら3人を執拗に追いかけた。メディアにとっての「大事件」発生時に見られるメディアスクラムが今回も起きた。しかし、ここで取り上げるのは、「入り口」(取材現場)でのメディアスクラムではない。まだ概念として成立していないかもしれないが、「出口」(TV映像や新聞紙面)でのメディアスクラムである。

 「出口」のメディアスクラムは、新聞もそうだが、TVでは極端な形で表れた。極めて少量の刺激的情報を、しかも政治的、戦略的意図をもった情報を、その意味が理解できない段階で、無責任なコメントとともに繰り返し流し続けることである。

 4月16日夜。NHKや民放キー局は、カタールの衛星TV局「アルジャジーラ」が流した、人質解放時の短い映像を繰り返し流し続けた。日本テレビは同局と契約したイラク人通訳が撮影した映像も流した。あの夜に、日本のTV局は何百回となくあの短い映像を流し続けた。そして司会者、中東担当記者、中東専門家とされるコメンテイターらが、アルジャジーラが伝える映像以外に何一つ確かな情報のない段階で、想像と推測にしか基づかないで、様々なコメントを繰り返した。情報の不確かな段階での映像と、責任をもてない段階でのコメントの繰り返しは、制御不能な世論の形成を導き出すことになった。

 人質3人に対して巻き起こった「自己責任論」は、TVのこうした責任をもたない繰り返し報道がもたらしたある傾向が、インターネット上でさらに無責任な書き込み情報によって増幅されたものである。そして、こうした情報傾向を首相官邸、政府・与党が意図的に利用した。公明党の冬柴鉄三幹事長は公の席で、自己責任論どころか、人質に対する救出費用負担論まで言及した。責任のもてない段階での刺激的映像とそれに関する責任のもてない段階でのコメントの際限のない繰り返しは、極めて危険な結果を生むリスクをはらんでいる。(2004年4月28日記)

 イラクで日本人5人が人質になった事件と、投開票日が人質3人の解放と重なった韓国総選挙の報道で、新聞・TVなど日本の主要メディアは、彼らの抱える根本的欠陥をあらわにさらすことになった。根本的欠陥は、少なくとも3つ露呈した。1つは、日本人絡みの「大事件」によって、ニュースの価値判断が極端に大きくぶれることである。次いで、「局地」しか視野に入れず、「大局」を見ない報道姿勢である。3つ目は、メディアの構造、あるいは構造変化に対して、自ら分析、論評する意思をもたないことである。

 ■韓国総選挙を「無視」したメディア

 日本人3人が人質になった4月8日以降、メディアは韓国総選挙への関心を失ってしまった。新聞各紙の紙面は連日人質関連記事であふれ、韓国総選挙関連記事は紙面の片隅に追いやられた。ここでは新聞の主要3紙だけを取り上げるが、TVも同様、いや新聞以下の扱いになった。

 人質3人が解放された翌日、16日の紙面は人質解放関連記事で埋め尽くされた。16日付朝刊で読売は1面トップに人質解放を充てたが、韓国総選挙を左肩に4段扱いで置いた。朝日、毎日は1面の全紙面を人質解放に割いた。韓国総選挙は、朝日が4面(政治・総合)の左半分ほどを割いたが、トップ扱いではなかった。毎日は2面(総合)トップに位置付けたが、見出しは4段扱いだった。

 選挙結果が確定した後の16日付夕刊の扱いは、主要3紙とも韓国総選挙を1面で扱ったが、朝日は中央下の位置で4段扱い、読売は左側で3段1本見出し、毎日は中央下の横見出しだった。トップは当然、人質解放関連記事である。3紙とも他の面での関連記事はなかった。主要3紙とも17日付の朝刊で社説に韓国総選挙を取り上げたが、いずれも2番手扱いだった。(3紙とも筆者が住む茨城県水戸市に届いた紙面でチェックしました)

 韓国総選挙は、その程度の扱いで済ませるべきニュースだったのか。盧武鉉大統領の弾劾の是非が焦点となった選挙は、韓国社会に劇的な変化をもたらす結果を生んだ。改選前の少数与党「ウリ党」が過半数を超える議席を獲得しただけではない。「三金体制」と、それと裏表の関係にある「地域主義」を突き崩した。「三金」の一人である金鍾泌元首相の落選は、そうした変化を象徴する出来事になった。韓国社会の劇的変化は、日本を含む東アジアに大きな影響を及ぼす。ニュースの重要性からみて、日本のメディアは韓国総選挙を「無視」したとさえ言える。

 ■新たなニュースなしに号外を出した主要3紙

 主要3紙は12日付でそろって、人質事件で前代未聞の号外を発行した。新聞は重大事件発生時に通常の朝刊、夕刊の他、号外を発行する。あるいは新聞休刊日(年の10日ほどある)に重大事件が発生した際に号外を出す。主要3紙は12日付でそろって号外を出した。11日は新聞休刊日だった。しかし、3紙の号外は、人質事件が何も進展しないことを伝える号外になった。筆者の手元に届いた、読売の12日付号外の1面大見出しは、こううたっている。「邦人解放進まず」「情報混乱、政府確認急ぐ」「武装グループ『24時間内』と表明」「新たに3条件説も」。読売の号外は全8ページにも及ぶ、号外としては前例のないほど分厚いものだった。

 日本人人質事件は、イラク情勢の急激な変化の中で起きた。米国の民間人警備要員(元軍特殊部隊員)の殺害と黒焦げの遺体を引き回し、橋に吊り下た事件と、その報復作戦として米軍が敢行したファルージャでの市街戦が人質事件の背景にあることは明らかだった。そのくらいのことは、NHK・BSが毎朝放送している各国のTVニュースを見ていれば、素人でも理解できる。

 しかし、日本のメディアは民間警備要員の殺害もファルージャでの市街戦も視野に入れなかった。ただひたすら人質解放にだけ焦点をあて続けた。あるいは、ほとんど唯一の情報源であるカタールの衛星TV「アルジャジーラ」のチェックをしていた。主要3紙がそろって(横並びで)、人質事件の犯行グループの「行動」ではなく「言葉」(アルジャジーラを通した解放予告)をそのまま信じて、号外を準備し、「邦人解放進まず」のまま号外を発行したことが、そのことを証明している。TVも、人質3人が解放された15日夜、やはりアルジャジーラの映像とコメントを繰り返し流し続けた。

 イラク情勢はこの時期、ブッシュ大統領の何一つ新政策を打ち出せなかった「釈明会見」、米英首脳が国連中心の暫定政権づくりに合意、そして、スペインのサパテロ首相の軍撤退表明へと大きく動いていった。人質事件という「局地」しか視野に入れない日本のメディアは、イラク情勢の劇的変化という「大局」を無視して、この間、人質事件だけに焦点をあてた紙面を展開し、TVニュースを構成してきた。

 ■正社員記者とフリー記者の関係性を位置付けないメディア

 日本のメディア、特に新聞は、一部のフィーチャー記事を除き、会社と雇用関係を結んだ正社員記者の書く記事によって紙面をつくってきた。しかし、共同通信はゴルフなど国内スポーツ記事(生ニュース)で、外部のフリー記者の記事を使うようになった。日本人選手の相次ぐ進出によって、メジャーリーグや欧州サッカーなど海外取材が急激に増えたため、国内取材要員が手薄になってきたためである。こうした動きは通信社に限ったことではないだろう。メディアにとって、フリーの記者、カメラマンの占める位置が次第に大きくなってきた。人質事件でも、郡山総一郎さんは週間朝日と、安田純平さんは東京新聞と関係をもつフリーの記者、カメラマンだった。

 戦争報道では、フリーの位置付けはさらに大きくなってきている。昨年春の「正規のイラク戦争」(ブッシュ大統領の大規模戦闘終結宣言後も戦争は継続している)中、日本のメディアの正社員記者(カメラマン)は、米軍に埋め込まれた従軍記者を除き、全員がイラクから撤退した。イラクにとどまり、正社員記者の「穴」を埋めたのはフリーの記者と現地スタッフである。フリーが撮影した映像なしには、当時のTVニュースは成立しなかった。共同通信が配信した、フリーの記者である綿井健陽氏が書いた現地リポート「戦火のバグダッド」は、地方紙の多くで大きく掲載された。

 今回の人質事件によって正社員記者の撤退の動きは強まってきた。共同通信が18日配信した、及川仁バグダッド支局長のリポートはこう書いている。「陸上自衛隊が活動する南部サマワには、1月19日の先遣隊到着当時、100人近い日本の報道陣がいたが、その後の情勢変化で、18日現在残っているのはフリーカメラマンら2人だけになった」。イラク情勢がさらに悪化すれば、バグダッドに残る正社員記者の撤退の動きも加速する。そうなれば、イラクに残る日本人の記者、カメラマンは正規のイラク戦争当時と同じく、フリーだけになる。

 戦争報道にとっては、もはや欠かすことのできなくなったフリーの記者、カメラマンの存在とその役割をどう位置付けるのか。メディアは、正社員記者中心の自らの構造と、その構造変化について何も語ろうとはしない。フリー記者は安価な費用で使える、正社員記者の「弾除け」なのか。それともフリー記者を自らの構造の中に組み入れていくのか。メディア自体がそのことを分析、論評する必要がある。しかし、どのメディアもただ黙り込んでいるだけである。(2004年4月20日記)


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