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北野天満宮は思い出深い場所でもあります。 幼稚園に上がるまでここからそう遠くないところで育ち、 七五三の“三つ参り”の折は祖母や両親に手を引かれここにお参りしたのです。 初めて髪を結ってもらい 祖母から贈ってもらった着物と帯を着 境内の大きな灯籠横で 少し緊張した顔で収まった写真は 今も大切な宝物です(^-^) 梅花祭のこの日 今年は日曜日と重なり 雲ひとつ無い晴天・麗らかな日和 例年より多くの参拝者で大賑わいでした。 梅花祭は 延喜3年(903年)2月25日に亡くなった菅原道真公の御霊を慰め、 しのぶことが由来となっているもので 約900年前から続くとされる恒例行事です。 本殿・拝殿は 慶長12年(1607年)豊臣秀頼の造営によるもので 八棟造(やつむねづくり)や権現造と称せられ 桃山建築の代表的遺構、 とあります。 豊臣秀吉公の天正15年『北野大茶湯』に因んだ野点には 京都五花街のひとつ“上七軒(かみしちけん)”の芸妓・舞妓さんら約30人が あでやかな姿でお手前を披露し 彩りを添えていました。 この“野点大茶湯”への入場には 長い行列ができていたので 紅白幕の間から雅な装いを垣間見ただけで ちょっと残念です〜 暖冬の影響で境内約二千本の梅は早や七分咲きとなり 春の風情を満喫した休日でした(*^^*) * 先日お茶を愉しみに出掛けた先の掛け軸が
池田遙邨画伯の『天満宮紅白梅図』でしたので トラバしました 併せてお愉しみ頂けましたら幸いです |
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豊臣秀頼公派とても賢い人だったようですねぇ。大阪城で家康が謁見して、その才知に恐れをいだき滅ぼしたという逸話を聞いたことがございました。北野天満宮が豊臣家にゆかりがあったこと・・この記事で思い出すことができました。^^傑作
2007/2/27(火) 午後 4:43
Randykumaさん、秀頼公のイメージは母親の影響が大きすぎたための影の薄さというか、自己主張ができない立場だったのかな、と思っていました。たまたま訪ねた知人宅でその時放映していた「功名が辻」のワンシーンに家康と対峙する秀頼公の場面がありその時の家康の心中が穏やかならなかったことにそうだったのかも知れない・・・と思いを新たにしました。聡明な人物であったように感じます(^^)ここ数年「醍醐の花見」を愉しんでおりますので開花が待ち遠しいこの頃でもあります♪またまたのポチありがとうございます!
2007/2/27(火) 午後 10:39
こちらにトラバさせて頂きますね(^_^)/
2007/3/4(日) 午後 4:52
Ren'ohさん、トラバありがとうございます(^^)白木蓮も昨年より3週間余り早く開花し、沈丁花、梅花、山茶花など冬から春の花々が勢揃いしているこの頃ですね。散歩道ではいろいろな花の香りが楽しめるのであちこちで立ち止まってしまいます(^^)
2007/3/4(日) 午後 8:37
このように立派なところにいい思い出をお持ちで、いいですね。そう言えば、今年の二月に、私も梅を見に出かけました。暖かい日でした。紅白の梅のお写真に、温かみを感じます。週末は寒くなるとか、風邪をひかれませんように。
2007/12/27(木) 午後 3:58
あだ〜じおさん、ありがとうございます(^^)
ここで撮った着物姿の写真は本当に今更ながら 宝物だと思います。背丈の3倍くらいある大きな石灯籠の横で緊張しながら収まっているのですが その灯籠が今となってはどれだったのかがはっきり判りません。いつか同じ場所で おばさんとなった姿で写真を撮りたいと思っています(*^^*)
今年の梅花祭の頃はとても暖かでしたね^^梅の花には 温かさと優しさを感じます(^^)
年末年始はぐっと冷え込むとか・・・あだ〜じおさんもくれぐれもご自愛下さいませ。
2007/12/27(木) 午後 9:49
こんばんは〜
見事は梅の花ですね♪
お天気もよく立派な建物に梅の花がとてもお似合いです。
湯島天神は何十年ぶりに行ったのですが昔はもっと梅の花が
咲いていたような気がするけれど。。
こちらは色とりどりの梅の花がとても美しいですね。
ポチ☆
トラバありがとうございます♪
私もさせて下さいね。
2010/3/4(木) 午後 11:40
keikoさん、早速のお越しとコメント、それにTBまでいただきましてありがとうございます♪
梅、といえばここが真っ先に思い浮かぶほど子供の頃から慣れ親しんだところですが、大人になってからなかなか機会がなく、このときは同じく何十年ぶりかでのお参りでした。
梅の香りって、早春のイメージがあっていいですよね^^
またまたポチっと、ありがとうございます(*^^*)
2010/3/5(金) 午後 2:20