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街中より数度は気温が低いので、避暑もできる・・・・とひんやりした空気感を楽しみにしていましたが
下界も36度を超える猛暑日のため、比叡山頂も日差しがじりじりと肌を刺す暑さです。。。。
が・・・
木陰にはいると 一陣の涼風がやさしく ひぐらしの蝉時雨が心地よい時を織りなしているようでした
延暦寺は、標高848mの比叡山全域を境内とする寺院。
比叡山の山上から東麓にかけた境内に点在する三塔十六谷の堂塔の総称。
延暦7年(788年)に最澄(767年 - 822年)が一乗止観院という草庵を建てたのが始まり。
開創時の年号をとった延暦寺という寺号が許されるのは、最澄没後の弘仁14年(824年)のことであった。
1994年に、ユネスコの世界文化遺産に古都京都の文化財として登録されている。
延暦寺は数々の名僧を輩出し、良忍、法然、親鸞、栄西、道元、日蓮など、新仏教の開祖や、
日本仏教史上著名な僧の多くが若い日に比叡山で修行していることから、
「日本仏教の母山」とも称されている。
東塔(とうどう)
根本中堂(国宝) - 最澄が建立した一乗止観院の後身。現在の建物は織田信長焼き討ちの後、 寛永19年(1642年)に徳川家光によって再建された。
1954年(昭和28年)に国宝に指定。
土間の内陣は外陣より床が3メートルも低い、独特の構造になっている。
内部には3基の厨子が置かれ、中央の厨子には最澄自作の伝承がある秘仏・薬師如来立像を安置する。
本尊厨子前の釣灯篭に灯るのが、最澄の時代から続く「不滅の法灯」である。 この法灯は信長の焼き討ちで一時途絶えたが、
山形県の立石寺に分灯されていたものを移して現在に伝わっている。
文殊楼 - 根本中堂創建間もなく建立、信長の焼き討ち後寛永年間(1624〜44)に
根本中堂・大講堂とともに再建されたが、寛文8年(1668年)に火災にあい、その後すぐに再建。
二階建ての門で、階上に文殊菩薩を安置する。
根本中堂の真東に位置し、他の寺院における山門にあたる。
大講堂 - 重要文化財だった旧大講堂は昭和31年(1956)焼失したが、
寛永11年(1634)建築になる東麓・坂本の東照宮の讃仏堂を昭和38年(1964)に移築。
西塔(さいとう) 信長による焼き討ちの後、文禄4年(1595年)、1347年の建立になる園城寺(三井寺)金堂を豊臣秀吉が移築させたものであり、比叡山の中では最古の建物。
1998年9月近畿地方を襲った台風により釈迦堂裏側の杉の大木が堂の上に倒れ、 屋根二ヶ所が大きく損傷したが、その後修復工事が行われ復旧された。
常行堂・法華堂(重文) - 2棟の全く同形の堂が左右に並んでいる。
向かって右が普賢菩薩を本尊とする法華堂、左が阿弥陀如来を本尊とする常行堂で、
転法輪堂が移築された文禄4年(1595年)の建築である。
2つの堂の間に渡り廊下を配した全体の形が天秤棒に似ているところから「にない堂」の称がある。
この呼び名は弁慶が渡り廊下を天秤棒にして両堂を担いだという伝説に基づいているといわれている。
椿堂−にない堂近くにある小さなお堂
昔、聖徳太子が比叡山に登り、ここに椿の杖をさしておいたところ
根付いて枝葉が茂ったことから名付けられた。
毎年開花時期には 大小の椿が美しい花をつける
本尊は千手観音
横川(よかわ)
西塔から北へ4キロほどのところにある。 嘉祥3年(850年)、慈覚大師円仁が建立した首楞厳院(しゅりょうごんいん)が発祥である。
横川中堂 - 新西国三十三箇所観音霊場第18番札所。
織田信長の比叡山焼き討ちにより全焼、
後に豊臣秀頼により再建されたといわれている旧堂は1942年、落雷で焼失し、
現在の堂は1971年に鉄筋コンクリート造で再建されたものである。
一日周遊フリーチケット
異なった趣と伝統を今に伝える安らぎの空間でした
日常の喧噪を離れ、静寂と厳粛の雰囲気の中 心の癒しを堪能できました
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延暦寺…実家はその麓なのにかれこれ3年以上御無沙汰です。比叡山へは、八瀬から登られたのですね。京都側からはそれこそ小学校低学年以来の御無沙汰かも…。
比叡山は古来、「論湿寒貧(ろんしつかんひん)」といわれ、その修行環境の厳しさをいいました。
論とは仏教教義の議論を闘わすことをいい、湿とは夏の湿気、寒は冬の厳寒、貧は清貧をいうのですが、蒸し暑くなかったですか(笑)。
私は横川の鬱蒼とした空気が大好きです。また行きたいなあ〜♪♪
トラバも(^_^)/
2010/8/22(日) 午前 1:33
Ren'ohさん、比叡山といえば市内より数度くら低い気温で、夏休みの避暑には手近でちょうどいい、と安易に考えていましたが 夏は湿気なんですか・・・深〜〜〜く納得です!!
山頂に着くなり、なにこの蒸し暑さは(>_<)というくらいじと〜っとした空気がまとわりつき、日差しも強くせっかく登ってきたのに何だかヘロヘロでした。
下界から見上げているとあそこに行くとひんやりしているんだろうなぁ〜と思っていましたが大間違いだったようです^^;
子供の頃の比叡山と言えば、ドライブウェイと展望台とお化け屋敷でした。
久々に訪れたときは、峯峯の景色に千日回峯行の厳しさの一端を垣間見たような気がし、この峯峯の道なき道を毎日毎日無の境地で巡っておられることになんだかこの世のお方とは思えない遙かな気高さを感じました。
論湿寒貧、厳しい自然環境・清貧の中での修行こそ本来の姿なのでしょうね。
TBもいただきましてありがとうございます♪
2010/8/22(日) 午前 10:52
こんばんは〜
今日はイチコメをありがとうございました.。・:*:・゚'☆♪
比叡山に行かれたのね。。
ここは一度は行ってみたいと思っているのですが
中々叶わない所です。
延暦寺は趣ある古いお堂がいっぱいあるのですね。
これは見がいがあって行ったら一日がかりになりそうですね。
高い山の上にあると思っていましたがやはり暑かったですか?
でも緑の多い風景を見ていると涼しい風が吹いていそうです。
写真を拝見して益々行きたくなってきました。
ぽち☆
2010/8/25(水) 午前 0:14
KEIさん、こんにちは^^
またまた奇跡のイチコメをGETすることができて嬉しいです♪
比叡山は毎日眺めている身近な山ですが、子供の頃に訪れて以来長いことご無沙汰で、ここ数年涼しいところに行きたい、比叡山に行きたい・・・とず〜〜〜〜と思っていました。
でもでも、標高800メートルを超えるところまで登っても、なぜか日差しがじりじりと肌を刺し、ねっとりした空気がまとわりつくようでぜんぜん涼しくないのです^^;
夏は湿気が多いことをご懇意にして頂いてる↑のRen'ohさんから教えて頂いて納得していたところです。
延暦寺は3つのエリア(三塔)と16の谷の総称だそうで
点在するお堂はどこも厳かで閑かな佇まいです。
やはり根本中堂のうす暗い内陣に1200年の時を超え灯り続ける不滅の法灯のゆらめきを見た途端、自分など小さいなぁ〜と実感しました。
空気が澄む季節に一日かけてお堂めぐりをされるのも気持ちよさそうですよ(*^^*)
いつもいつも温かいポチっと、ありがとうございます!
2010/8/25(水) 午前 11:16
延暦寺はやはり重厚ですねぇ。何度も登る度に、新しい景色を知ることになりますね。最後に上ったのが9年くらい前・・隔世の感があります。
2010/8/26(木) 午前 7:11
Randykumaさん、コメントありがとうございます^^
子供の頃に家族でドライブに訪れて以来ですので、○十年ぶりです。
市内から眺める山の姿は、時には雲上にありなんだかとても涼しい別世界に夏に訪ねたいと思いながら、やっと叶いました。
子供の頃にはお化け屋敷や展望台などではしゃいでいましたが、
大人になってからのこうしたお堂巡りは蝉時雨の中、厳粛な気分にさせていただけました。
杉木立の中に佇む大小のお堂は、それぞれに歴史を感じ
その悠久のときを感じるとき、自身の小さいことをあらためて実感しました。
何度も登ると・・・・新しい発見がありそうです。
2010/8/26(木) 午前 10:27
ピアノ♪さん。比叡山にのぼったのですね。
まさに、「山上から東麓にかけた境内に点在する三塔十六谷の堂塔の総称。」なのですねーー。
素晴らしい寺や堂塔など・・。こんなにたくさんの堂塔があることは知りませんでした。恥ずかしながら、。
中でも、転法輪堂(重文) - 西塔の中心堂宇で、「釈迦堂」は素晴らしいですねーー。まあ、どの御堂も素晴らしいのですけどね。
京都人のピアノさんも、久しぶりに登って見たのですねーー。
行きたくなりますねーー。なにか、1200年前にタイムスリップしたような気分になりました。
死ぬ前には、必ずここには行きたいですねーー。
この記事はとても素晴らしいです。傑作ポッチです。
2010/8/27(金) 午前 8:44
みさご丸さん、こんにちは^^
市内からですとどこからでも見える比叡山はとても身近なのですが
子供の頃以来なかなか訪ねる機会がなく、あの杉木立の中に佇むときっと涼やかな気分が味わえると思っていました。
が・・・実際は800mを超える山頂付近でさえじりじり肌を刺す日差しが暑く、ムシムシ蒸し暑いことこの上ありませんでした^^;
ただ木陰では吹く風が心地よく、ツクツクボウシやひぐらしなどの蝉時雨が秋を感じさせてくれ、悠久の時を刻む多くの堂塔は 修行の地であることを実感させてくれる厳粛で静寂な空間でした。
千日回峯行を行なう阿闍梨さんの偉大さと崇高さをも感じることができました。
温かい傑作ポッチをいただきましてありがとうございます♪
2010/8/27(金) 午前 11:17