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狐道

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日本人ほど、狐という存在を自らの文化に浸透させた民族はいない。
時に神となり、時に妖魔と化す摩訶不思議な存在。
それって、自然そのものではないだろうか?

太陽は、時に作物を豊かに実らせ、時に日照りで作物を枯らす。
水は、時に海や川の恵みを与え、時に洪水によって全てを押し流す。

古代の日本人は、命を与えもし奪いもする大自然に対し、これに対抗し征服するのではなく、神として祭り上手に共存する道を選んだ。
そして、日本人の狐に対する畏敬の念は、まさに大自然に対するものと同じである。

民話の中に出てくる頻度や、野生の狐が姿を消して久しい現代においてもなお、町中に存在する稲荷の狐像の多さが意味するのは、日本人のDNAの中に狐が浸透している証に思える。

狐は、稲が豊かに実る秋から冬にかけて、稲穂のような美しい毛色とふさふさした豊かな尾を伴って人里に姿を現す事から、稲の神として崇められたという。
のちに、稲荷信仰と結びつき、日本が農業国家であった頃は農業神、貨幣経済が発達してからは商業神として崇敬を集め、家を建てれば屋敷神として庭先に祭り、ついには土地神さまとなって町や村を守る。
五穀豊穣、商売繁盛、家内安全、子孫繁栄エトセトラ・・・
まさに現世利益の万能神!

時代のニーズに合わせて神徳を変える狐は、一見節操なしにも見えるが、あくまでそれを望んだのは人間の方である。

稲荷神とは、宇賀之御魂大神や保食神などの記紀の神々であり、狐はあくまで神の使い(眷属)であるとの説明がよくなされるが、多くの日本人(民衆)にとっては今も昔も稲荷といえばお狐様である。

これ程までに日本文化に浸透し、必要とされてきた狐。
大自然の顕現者 狐。
その魅力は尽きない。

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