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『 しおん 』
はじめに
口の筆を通して遠い地へ旅立てることを、うれしく思っています。 今、私の前には冬の山が連なっています。木の葉の落ちた山々が、リスの尻尾のように暖かい 色をしているのは、寒い私達に対する自然の配慮かもしれません。
私は少年の頃、この山をちょっぴり憎んでいました。父母のように土にまみれ、狭い畑をかき回し ながら送る山の生活が、堪えられなかったのです。お金や地位など、一見しあわせそうに 見えるものが、山の向こうにあるように思っていたのかもしれません。 「いつか…、きっといつか…」 なんて思いながら、山を見上げていたのを覚えています。 その「いつか」が、とんでもない方法でやってきたのは、大学を卒業した年の六月でした。 昭和四十五年、勤務先の学校の体育館での一瞬の出来事でした。 宙返りに失敗して、、倒れている私を、生徒達は、いつものようにふざけているのだと思った そうです。 過去の苦しみが、後になって楽しく思い出せるように、人の心には仕掛けがしてあるようです。
九年間の病院生活を振り返ってみても、つらかったことより、友人や看護婦さん達の、励ましの 言葉の方が、淋しかったことより、生徒達の大変明るい手紙の方が、病室の天井より、窓辺で 一生懸命咲いていた花の方が、目に浮かぶのです。 死にたいと思ったことより、「生きろ!」と教えてくれた母や聖書の方が、強く残っているのです。 (・・・中略) 私の「いつか…」は、少年の頃、夢みたような出世や、地位との出会いではありませんでした。 自分の力だけで生きていると錯覚していた、小さな私と、大きな愛との出会いだったのです。 そしてそれは、何ものにも代えられない素晴らしい出会いだと思っています。 星野富弘
「四季抄 風の旅」 より
改めまして、星野富弘さんの詩画集から、御紹介させて頂きました。
あたり前なことへの感謝は、平穏に暮らしていると、日々忘れがちになってしまいますが・・・
こうして又、詩画集に触れることで、再認識させてくれる事があるように思います。
人は誰しも、若い頃は、夢を描いたりするものですけれど・・・
殊に男性なら、大きな野望をいだく事も、あるかもしれませんね。
星野富弘さんも、まさにその御一人であったようです。
しかしながら、教師として赴任して、約2ヶ月で、夢絶たれ、
絶望の淵に立たされてしまいました。
悲壮感や絶望感に、打ちのめされながらも・・・
一歩一歩の努力の末、光明を見出された訳ですが・・・
あたり前に思っていた事が、実は当たり前ではない事の気付きや、
大きな愛との出会い、本当に感謝する事の大切さなど、人間として、
かけがえのない貴重なものを、得られました。
失ったものは、余りにも大きかったですが・・・
それ以上に、大切なものがあったという
星野富弘さんの気付き・思いが、文面から伝わってきます。
cocoa
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*星野富弘氏(詩画集)
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いつか 草が
弱さを思った
今日
草が風に揺れれるのを見て
強さを知った
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よろこびが集まったよりも
悲しみが集まった方が
しあわせに近いような気がする
強いものが集まったよりも
弱いものが集まった方が
真実に近いような気がする
しあわせが集まったよりも
ふしあわせが集まった方が
愛に近いような気がする
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思っていたころ
生きるのが
苦しかった
いのちより
大切なものが
あると知った日
生きているのが
嬉しかった
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誰にでも
やさしい言葉が
かけられそうな
気がする
沈丁花の香り
ただよってくる朝
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ありがとう
私のいのち
こんなに
生きられるなんて
思わなかったよ
今、二十一世紀
春!
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黒い土に根を張り
どぶ水を吸って
なぜ きれいに咲けるのだろう
私は
大ぜいの人の愛の中にいて
なぜ みにくいことばかり
考えるのだろう
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●1980年夏、婚約時代の奥様と
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私の首のように
茎が簡単に折れてしまった
しかし菜の花は
そこから芽を出して
花を咲かせた
私もこの花と
同じ水を飲んでいる
同じ光を受けている
強い茎になろう
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神様が たった一度だけ
この腕を動かして下さるとしたら
母の肩を たたかせてもらおう
風に揺れるぺんぺん草の
実を見ていたら
そんな日が本当に
来るような 気がした
【 星野富弘さん 】 昭和21年生まれ、群馬県在住
大学卒業後、中学校の体育教師として赴任。
わずか二ヵ月後、クラブ活動中に誤って墜落。 以後、首から下、手足の自由を失う。 不慮の事故で、手足の自由を失いながらも、僅かに動く口に
筆をくわえて詩画を書き続けた星野さん。
詩画を通して、命の尊さ、やさしさを静かに語っています。 本棚を整理していましたら、 おおた慶文さんの画集と一緒に出てきましたのが、
星野富弘さんの詩画集でした。
星野富弘さんをご存知の方は、多くいらっしゃるのではないかと思います。
不慮の事故から頚髄損傷となり、身体が不自由になりましたが・・・
その絶望と、どん底の淵にありながら、温かい周囲の協力を得て、心に光明を
見出され、その時から筆を口に加えて描かれる星野富弘さんの画と詩は、どの
作品も、とても温かい生命感と優しいメッセージに満ちています。
星野さんの詩画集は、ある難病の女性から戴いたものでしたが、大変感動を覚え
ながら読んだ事を思い出されます。
当時私は、その女性を励まさなければならない立場ながら、逆に私の方が、励ま
されてしまったのです。 また、とても大切な一冊との再会となりました。。。
沢山の詩画の中から好きな詩画を集めてみました。
※画像はお借りしています。
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