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『その1』を投稿してから1ヶ月半も経ってしまいました。

昨年は12月に入ってから超が付くほど忙しくて、とうとう年も越してしまいました。

でも、どうしても続きを投稿したくなったので、書きます。(〃∇〃)

昨年末には議会で保存活用決定という吉報も届きました。!(→都城市民会館存続決定

これが見納めにならなくて本当に良かったと、胸をなでおろしております。

本当に良かった。嬉しさで胸がいっぱいです!




さて、

都城市民会館のすばらしさは上層の鉄骨部分はもとより、

下部のコンクリート打ち放し部分に、より深い感銘を受けました。

雨風にさらされた外壁面は42年という月日を物語るように、

その艶を失い、埃や排気ガスのせいで薄黒く変色していました。

しかし、軒下の奥まった部分にある柱や壁はその影響をあまり受けなかったのでしょう。

艶こそありませんが、コンクリート本来の色とさほど変わらないライトグレーを保っています。

それにもまして驚いたのは、コンクリート表面部に、剥落、爆裂などがほとんど認められなかった点です。


イメージ 1


都城市民会館が完成した1960年代は、日本は高度成長期の真っ只中。

公共工事、民間工事を問わず、多くの鉄筋コンクリート造の建造物が建てられた時代です。

この時代に造られた鉄筋コンクリート造の解体に私も何度か立ち会った事がありますが、

鉄筋が異型鉄筋ではなく、丸鋼を使っているものがありました。

粗骨材も砕石ではなく、豆砂利を使っていたのにも驚きました。

たぶん細骨材も現在のように海砂ではなく、川砂を使用していたのではないでしょうか。

コンクリートの需要急増に伴い川砂は取り尽され、また環境保護の見地からも

現在ではほとんど使用されていません。

都城市民会館のコンクリートに川砂を使用していたかどうかは分かりませんが、

その可能性は大いにあると思います。

都市圏ではなく地方都市であるということを考えると、まだ豊富に川砂があったと思います。

今でこそコンクリートの塩害による対策は充分にとられていますが、

当時はコンクリートの塩分補正などしていなかったのではないでしょうか。

当時の施工管理指針を読んだ訳じゃないので、断言はできませんが。。。(〃∇〃)

コンクリートの細骨材に海砂ではなく川砂を使っていたため、

鉄筋やコンクリートの酸化侵攻がなく、剥離、爆裂がほとんどおこらなかったのではないでしょうか。

もちろん、この時、この市民会館のコンクリート工事に携わった作業員、監督員の

誠実な仕事の賜物であることは言うまでもありません。

よくぞこのような良いコンクリート打ちをしてくれたものです。いい仕事してます!

本当に感謝、感謝です。


もうひとつ感銘を受けたところは、

コンクリートスラブの型枠に今ではほとんど目にする事ができない杉板を使用している点です。


イメージ 2

コンクリートスラブ底面には綺麗な杉の木目や節の模様が見て取れます。

私が住んでいる別府では過去に一度だけ、

このような杉板の型枠を使って打設されたコンクリート打ち放し面を見たことがあります。

その建物は今はもう取り壊されてありませんが。

1950年から60年代にかけて、コンクリート型枠といえば幅の細い杉板をつなぎ合わせて、

番線(註1)で緊結して組み立てていたと聞いています。

しかし、写真でも分かるとおり、梁の側面や柱型には型枠用合板を使っており、セパ(註2)の跡も見られます。

【註1】番線とは土木、建築工事において物を結束するのに使われるなまし鉄線。太さを番手で表すところから番線と呼ばれる。
【註2】セパとは野球のセリーグ、パリーグのことじゃありません(笑)コンクリート打設時に圧力で型枠がはじけないようにするための金物。型枠セパレーターのこと。

つまり、この時すでにコンパネ(型枠用合板)やセパが存在していたのです。

ということは、スラブ面に使用された杉板の型枠は、意匠的なものだったということです。

しかも、板と板のジョイント部に見られる突出した筋も意図的に施されたと思われます。

板と板を密着させず、あえて隙間を作りその隙間にコンクリートが流れ込むようにしたものだと思います。

これはすごいことです。もし、コンクリートの粗骨材(砂利)がこの隙間に入ったら、

このように連続した綺麗な筋は作れないはずです。

コンクリート打設時には細心の注意を払ったに違いありません。

いや、注意を払っただけではないでしょう。

ひょっとすると先にセメントペーストだけを隙間に流し込んだのかもしれません。

考えれば考えるほど謎が深まります。当時施工に携わった方にぜひ伺ってみたいものです。



イメージ 3


上3枚の写真を見ても分かるように、随所に階段状のコンクリート打ち放しが見て取れます。

平面的なスラブならば簡単でしょうが、このように階段状になったスラブ、

しかも地盤面からの高さもかなりあるので、これを支えるためには複雑な支保工が必要だったはずです。

当時は現在のように容易に組み立てできる規格化された支保工資材もなかったはずです。

型枠大工さんはさぞ苦労されたことと思います。これもいい仕事してます!

上の写真を見て分かると思いますが、コンクリート側面の汚れ方が右側階段状部分と

左側部分では明らかに違っています。

左側の綺麗なコンクリート側面の上部には幅30センチほどの庇が付いています。

わずかな庇でも、在ると無いとではこれほど違いがでるものなんです。

近年、住宅も軒先の出幅が少ないものが多くなりました。デザイン重視で全く軒や庇の無い住宅も在ります。

建物、特に外壁を長持ちさせるためには、軒先や庇が有効なことが一目瞭然ですね。


それから下の写真。これは上の写真の一部を拡大したものですが。

これはたぶんドレイン(註3)のようなものだと思います。
 
イメージ 4




【註3】ドレインとは雨水を流しだす排水口のこと 

さらにこの建物には縦樋(たてとい)が全くありません。後に増築されたと思われる箇所にはありましたが。

通常、屋上のスラブに溜まった雨水はドレインに集め、その先に付いた縦樋を通じて側溝などに流します。

ところが、このドレインが泥や枯葉などで詰まってしまうことがよくあるのです。

ドレインだけでなく、その先につながる縦樋にもこれらが詰まることがあります。

ドレインや縦樋が詰まると屋上に雨水が溜まってしまい、

それが雨漏りの原因のひとつになることもあるのです。

市民会館の周りには背の高い落葉樹がたくさんあったので、意匠的なこともあったのでしょうが、

縦樋をつけなかったのは正解だと思いました。
 
降ってきた雨は溜めずに流す。上から下へと受け流す。これが一番安全です。(笑)

上の写真のドレインのようなものはその観点からも、また意匠的にもすばらしいですね。

既製の横引きドレインを使わず、コンクリートパラペットに四角い開口を設け、

そのまま雨水を受け流し、さらにその下には縦樋をつけず、小さなコンクリート板のようなものを付け、

雨水が内側のスラブ面に汁引かないように工夫してあります。

これなら、泥や枯葉が詰まることはまずありません。お見事です!


まだまだ語りたい箇所はたくさんあるのですが、私の拙い文章力ではこれ以上は無理です。(〃∇〃)

実物を見てもらうのが一番良いと思います。

存続も決定した事ですし、近くにお寄りの際はぜひ立ち寄ってみてください。

私もまたいつの日か、生まれ変わった都城市民会館の雄姿をこの目で見たいと思います。


最後に、

設計者菊竹清訓先生をはじめ、この工事に携わった全ての方々に最大級の賛辞を送りたいと思います。

また都城市民会館存続を訴え続けた方々、そのことに協力してくださった方々、

そして存続に賛成票を投じられた市会議員の方々に深く感謝いたします。

ありがとうございました。



解体されなくて本当に良かった!

だって、また見られるんだもの☆(〃∇〃)












https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/55/6b/cooya_98zoo/folder/1519310/img_1519310_38137080_18?1195957126

*** お わ り ***
日曜日ということもあり、都城市民会館の周りは人通りも少なく、

国道から少し入ったところに位置するためか、前の道路も時折車が通る程度で、

エントランス側の道路を挟んで北側にある福祉会館の駐車場入り口付近から見たそれは、

晩秋の柔らかな陽光を背に受け、静かに鎮座していました。






イメージ 1


その独特なフォルムゆえ、『アルマジロ』『ハリネズミ』などと言われているようですが、

実物を目の当たりにすると、

想像した以上の存在感、量感と質感に圧倒され、そのような揶揄の言葉は一切浮かんできませんでした。

あえて喩えるならば、

獅子がその四肢を折り曲げ、大地に伏してじっと復活の時を待ち続けているように見えました。








イメージ 2


ダイナミックなドーム型の屋根と、それを支える鉄骨ラチス梁にどうしても眼が行ってしまいます。

ただ、鉄骨ラチスを受けとめる放射状に広がったRC支柱部分には繊細さを感じました。

手の指を広げたようなRC支柱部分。近くに寄ってその指先をよく見ると、

鉄骨ベースプレートとコンクリート部分がアンカーボルトで緊結されています。

アンカーボルトは外側に3本、見ることはできませんがたぶん内側にも3本、

合計6本のアンカーボルトがセットされていると思われます。









イメージ 3


私のような凡人が考えると、どうしても支柱になる部分を太くして、

鉄骨も先端に近づくにつれて細くしようと考えがちですが。

支柱が集中する部分を細くしたのはさすがだと思いました。

とてもスマートで斬新です。



1〜3枚目の写真を見ると、ドーム型の屋根は真円の上半分のように見えますが、

実際には真円の円弧にはなっていません。

下の写真を見ればよく分かると思いますが、

屋根を支える鉄骨ラチスがエントランス側(北側)にいくほど、少しづつ長くなっています。

南側から3本目までの支柱の長さはほぼ同じ(半径が同じ)で、

4本目からは少しづつ長くなっています。

途中から弧の角度が緩やかになっているのです。

内部空間を考慮したというより、意図的なデザインだったのかもしれません。

いずれにしても、真円の円弧よりもこちらのほうがずっとセンスが良く見えます。

そういえば、扇子を広げたようにも見えますね(〃∇〃)










https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/55/6b/cooya_98zoo/folder/1519310/img_1519310_38137080_3?1195652436


ドームを受け止めるコンクリート部分のデザインもとてもすばらしいです。

打ち放し仕上げのコンクリートは、40年の時を経て何かを語りかけているようでした。












https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/55/6b/cooya_98zoo/folder/1519310/img_1519310_38137080_18?1195957126

*** つ づ く ***
先日、都城市民会館に行ってまいりました。

本当は11日の『館内見学会』や『風船アートイベント』に参加したかったのですが。。。

日曜だというのに急な仕事が入り断念しました。

しかし、なんとしても都城市民会館をこの眼で見たいと思い、

11月18日の日曜日に都城に行く事にしました。

地図を見ても分かるとおり、別府から都城までは隣県なのに遠いです。

しかも、高速道路がつながっていません。

距離にして片道260km。平均時速60kmで走っても4時間半はかかります。

途中の休憩時間を考えると、片道5時間、往復で10時間以上はかかるという計算になります。


https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/55/6b/cooya_98zoo/folder/1519310/img_1519310_38137080_11?1195652436

そこで、11月18日の早朝、午前4時30分に起床。

午前4時45分、愛車に乗り込み都城を目指しました。

早朝ということもあり国道を走る車はほとんど無く、愛車は順調に都城へ向け進んで行きました。



https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/55/6b/cooya_98zoo/folder/1519310/img_1519310_38137080_12?1195652436



豊後大野を過ぎた辺りから、お腹が空いてきたので、

コンビニを見つけて、おにぎりでも買って食べようと思ったのですが。。。

行けども行けども山・川・谷とトンネルばかり、

道路際に灯る明かりといえば、自動販売機の明かりだけ。

たまに見つけたコンビ二は電気も消えて閉まっています。

な、なんと!田舎のコンビニは24時間営業をしてないのです!!

ローソンやファミマじゃなくて、

「Iショップ」・「Yショップ」といったマイナーなコンビニなんですけどね(〃∇〃)

それにしてもまいりました。急にトイレもしたくなってきたので焦りました(゚ロ゚;)

延岡に入ったところでやっと「セブン・イレブン」を見つけ、

トイレを済ませ、おにぎりとお茶を買って、車内で食べてほっと一息ε=( ̄。 ̄;)フゥ

10分ほど休憩を取り、また南へと車を走らせます。

夜の帳も徐々にあけ、空もすこしづつ白みかけてきました。

左の車窓から海のほうを見ると、空にいい雲が浮かんでいます。

『そうだ!日の出の写真が撮れるかもしれないぞ』

と思い、『門川湾』を臨む売店の駐車場に車を停めました。

カメラを持ち車を降りると、冷たい海風が頬を刺します。

でも、眼の前に広がる景色を見ると、寒さも眠気もいっぺんに吹き飛んでしまいました。

日の出前の空と雲。澄んだ空気と潮の香り。

最高の気分です!

そのとき撮った写真がこちら(↓)です。



イメージ 1

門川湾から日向灘を望む AM6:52








イメージ 2

門川湾の日の出 AM7:01








イメージ 3

門川湾の日の出 AM7:02









3枚目の写真は年賀用のポストカードに使えそうですね(〃∇〃)


都城市民会館をめざしての旅はまだまだ続くのですが。。。
時間が遅くなりましたので、明日の仕事のことを考え、ここで一旦筆を置きます。
とりあえず写真だけ掲載して、後日加筆いたします。ゴメンナサイ(o_ _)o))





https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/55/6b/cooya_98zoo/folder/1519310/img_1519310_32991547_6?1180884486



【11月23日記】


日の出の写真も撮り終え、再び愛車に乗り込み門川を後にします。

門川から宮崎市内まで続く国道10号線は、海岸沿いのわりと平坦な道路です。

カーブも少なく運転しやすい道なのですが、その分、運転が単調になり、

慣れない早起きをしたこともあって、急に眠気が襲ってきました。

時々コンビニに寄りドリンク剤を飲んだり、運転しながらブラックガムを噛みつつ、

なんとか眠気を押さえ、午前9時過ぎに宮崎市内に入りました。

ここから都城までは40kmほど。時間にして40〜50分の所までやって来ました。

ここで休憩を取ろうかとも思ったのですが、1分でも早く市民会館が見たい!

と言う思いから、宮崎市内を後にし、都城に向けアクセルを踏み込みました。





https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/55/6b/cooya_98zoo/folder/1519310/img_1519310_38137080_15?1195812623




40分ほどで都城市内に入りました。

前日インターネットで調べて大体の位置は頭の中にインプットしていたのですが、

どうやら右折するべき交差点を通り過ぎたらしく、何度か右折をくり返し、

ふと右手を見ると、病院らしき建物の向こう側に

あのシンボリックな屋根の円弧が、日の光を浴びて輝いているではありませんか!

『来た!ついに来た!』

写真では何度も見ているはずなのに、

まるではじめて見るお見合いの相手にあった様な気持ちでした。

といっても、『お見合い』したことないんですけど。。。(〃∇〃)

たぶんこんな気持ちだろうと思います。

やっぱり実物は写真よりすごいです!

原寸大ですから。。。あたりまえですね(〃∇〃)


向かいにある福祉会館の駐車場に車を停め、カメラを持ち、

ゆっくりと『市民会館』に近づきました。

正面玄関から左回りに回りながら、いろんな角度から何度もシャッターを切りました。

何十枚も写真を撮ったのですが、とりあえず数点ご紹介します。












イメージ 4

東面外部階段とドーム部分








イメージ 5

正面エントランスと西面ドーム部分








イメージ 6

東面庭園からドーム部分を望む














何度も言うようですが、やっぱり実物はすごいです!

写真ではどうしてもこの感動は伝わらないような気がしますが、

私の拙い文章で精一杯お伝えしようと思います。



前置きが長くなりましたが、

都城市民会館の感想文は次回『都城市民会館を見て思う(仮題)』で書きます。

ひっぱりすぎですね(〃∇〃)





















それではまた明日♪

おやすみなさい(〃v〃)ノ
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/31/e2/keisin3802/folder/1039983/img_1039983_24878949_0?20071103164448

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/31/e2/keisin3802/folder/1039983/img_1039983_24878949_1?20071103164448

【解体一転『保存』へ】



ご支援くださった全国の皆様、ありがとうございました。
新たな局面となりました。
この協議内容、動きに今後も注目していきたいと思います。

(画像) 2007/10/30の新聞です。

【宮崎日日新聞】より

【朝日新聞】より

転載元転載元: 真のさまざまブログ

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

都城市民会館
所在地:都城市甲斐元町
設計:菊竹清訓
種類:文化施設(市民会館)
竣工:1966年(昭和41)4月
構造:鉄筋コンクリート・鉄骨造

転載記事(↓)
都城市民会館の保存・再生を要望します


都城市民会館の解体予算の議案が提出されたとの事です。しかし、地元保存派の議員によれば、この問題についてこれまで多くの市会議員が、この問題を含む文化全般に対する意識・関心が低いとの事であります。市議会定例会は既に開会しており、9/12日から9/20迄『一般質問』、
“9/27(木)が議案の審議『採決』”となっています。
私はふるさとを遠くからみていて、今回のこの市民会館『解体方針:解体は議会でまだ正式決定していない』の運営問題についての市の行政プロセスには大変疑問を持っています。
この事は個人的に都城市あるいは一部市議へも呼びかけています。
私は幼少の頃よりピアノをやっており、都城市民会館は演奏会等で度々利用しておりました。
私にとりまして、市民会館は故郷都城の代名詞とも言える風景で『愛すべき建築物』なのです。
建築設計の仕事に携わっている事も、幼少の頃より身近に触れてきた、近代メタボリズム建築の代表作であるこの建物が影響しているものであります。
全国で建物の再活用は行われています。なぜ都城市において、この貴重な建物を生かす方策を取る事ができないのか?大変疑問に思っています。又、都城市会館について過去に行われた、解体方針を決定したと言われる”民意”『市民アンケート』を大変疑問を感じます。
都城市は人口170,987-(現在私が在住している区と同じ規模)ですが、『市民アンケート』は市民4,000人を対象に行われ、回答回収率45%、解体を選択した人が実数で『1,503人』という事です。これに対して『都城市民会館を守る会』が保存を求め集めた署名が『5,935人』です。
この数字で解体が本当に市民の民意と言えるのでしようか?
全国の皆様が貴重な都城市民会館の動向を見ていらっしゃいます。安易な決議では絶対納得はできません。又、都城市にとりまして、いえ日本にとりまして解体することは大きな損失です。
先日、都城市民会館保存・再生運動をされているヒラカワ様から下記メールを頂戴しました。
9月議会に都城市民会館の解体を含む議案が上程されました。情勢は非常に厳しいと言わざるを得ません。つきましては、全国のみなさんから、市会議員へ保存を訴えるハガキを出そうという運動をすることにしました。
恐縮ですが、下記のリストの議員へ(できれば複数のたくさんの議員へ)、ハガキ(又は封書)を出してくださるよう希望します。全国の市民会館関係者からの、たくさんの手紙によって、会館が残ることを念じています。
できましたら、このメ−ルを賛同いただける知り合いの方に広めていただきますと幸いです。
よろしくお願いいたします
ヒラカワ
■掲載写真は都城市長へ提出された『都城市民会館再生・活用要望書』です。
 (ヒラカワ様ブログより引用) 拡大してご覧下さい。

■現在、【解体を賛成している市議員へ、解体を踏み止まる様に】呼びかけの『はがき作戦』を行っております。
ぶしつけなお願いですが、全国の皆様が少しでもこの建物に興味を持ち、保存・再生にご賛同いただけるものでしたら、【私へメール・ブログコメント】をお願い致します。
【解体賛成派】市議員宛の呼びかけについて、どの議員へ出せば有効かこちらから返事させていただきますので、ご協力をお願いしたいと思います。どうぞ宜しくお願いいたします。


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ヒラカワ様のブログ【 http://hirahira33.cocolog-nifty.com/  】にも呼びかけの記事がありますのでご覧下さい。詳細な情報については私から直接メールをさせていただきたいと思います。
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詳細情報記事 都城から建築をこめて

詳細情報記事 ヒラカワヤスミ設計所

関連記事 建築士の一日



再生活用に関する請願 都城から建築をこめて/2007年9月14日



私も同じ九州の一建築士として出来るかぎりの事をしようと思います。

この事を一人でも多くの方に知ってもらい、ご理解とご協力を切望いたします。

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