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断続的に降り続いた雪も、昨日の午後に、やっと止んだ。
土曜日一日中、日曜日いっぱいと月曜日の午前中いっぱい、12月に降った雪の量としては、記録ずくめだ。
土曜日の朝から、札幌市内では地下鉄を除けばバスなど公共交通機関は、どれもお手上げ状態、ささら電車は、ささらで除雪する能力の限界を超えた雪がドッと降り積もって、全線でストップしてしまった。
北国の生活に欠かせないロードヒーティングは、足元の雪が融けるスピードよりも、降る雪の量が多く、歩道は札幌駅前のメインストリートを歩いても、プールの中を歩くような状態で、靴も靴下も濡れてしまった。
このように、散々な土曜日、札幌市内は、積雪65センチメートルを記録した。
そんな中、生まれ故郷の知内町の「ふるさと会」が開催された。
名称は、「知内ふるさと札幌会」という。
あらかじめ、12月10日(土)午後5時から開催することを決めていたので、今回の大雪は誰の責任でもないが、昨年秋田会長が病気で亡くなったので、そのあとを引き受けて、会長になった私のせいではないかと少し責任を感じた。
故郷の知内町からは、大野幸孝町長、伊藤政博町議会議長、脇本哲也ふるさと会名誉顧問(前町長)が出席し、それぞれからご挨拶を戴いた。
故郷の様子が手に取るようにわかる話を聞きながら、「故郷(ふるさと)」の歌詞、『兎(うさぎ)追いし かの山、小鮒(こぶな)釣りし かの川 夢は今も、めぐりて、忘れがたき 故郷(ふるさと)・・・』を思い浮かべた。
当時の山や川の風景は、50年前と何ら変わらい姿で、たまに訪れる私たちを歓迎してくれる。
ふるさと会の恒例の記念写真、誰も欠けることなく、来年は参加人員をもっと増やそう・・・。
ふるさと会の2次会として、同期でもある伊藤政博町議会議長を交えて札幌会の4人と、ささやかなクラス会を開催した。
私が18歳で故郷を出てから、来年で半世紀の50年が経つが、50年近い月日の流れの中で、父や母は、もう亡くなったが、当時の友達とは、10月末に小学校・中学校の「同期会」を鹿部の温泉で開催するなど、それなりに、皆さん健在だ。
この夜も、むかし話に花を咲かせて、楽しいひとときを過ごした。
故郷を同じくする友達は、みんな良い人ばかりで、会長になった私を励ましてくれた。
病気を口実にして、いままでは後ろ向きだった自分を、奮い立たせてくれた。
自分に出来ることは限られているが、それなりに頑張らなければならない。
こうした友達の励ましに、何とか応えなければならないと、リハビリにも汗を流さなければならない。
さあ、人生、残された時間(月日)は限られているが、倒れるまで頑張ろう・・・・。
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