日記帳・反省と教訓

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退院して、最初の日曜日。
 
やっとブログを更新する気持ちの整理がついた。
 
さて、今日の天気はポカポカ陽気、3月終り頃の陽気だ。
 
ところで、今回の入院は、3週間だ。
 
入院のきっかけとなった左手の痺れも取れて、しかも、体重減の目途が付いた。
 
○○㎏あった体重が、入院中3㎏減ったのだ。
 
退院後は、これをもっと減らさなければならない。
 
他人が食べていると自分も食べたくなる、いわゆる「食欲」は、自分には甘いものだ。
 
自分が自分をコントロールするには、何か目に見える誓いが必要だ。
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 その結果、自分の「頭の髪」を切ることにした。
 
家族は反対したが、もう気にする歳でもない。
 
写真の様な頭にして、鏡を見るたびに、節食して、減量することを「戒め」として誓ったのだ。
 
自分との戦いだ。
 
この戦いは、何時まで続くか分からないが、ただの「努力目標」にはさせない。

しばらくぶりの更新だ。
 
それと言うのも、短期間てあるが、病院に入院していたからだ。
 
13日の朝、目が覚めると、体の右側を下にして寝ていたせいか、右手が痺れて、なかなか元に戻らなったので、これは変だと思い、家族に告げると、急いで病院に行ったほうが良いという事になった。
 
それからが大変だった。
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準備が出来次第、車で出発、札幌市中央区にある、いつもの脳神経外科クリニックに出かけたら、そこにあるMRIが点検整備で使えなかったので、2年前に2か月間入院していた病院の担当医師に電話をしてもらい、事情を話して、手稲区にある病院で受診したてところ、即、23週間の入院となり、今日に至った次第である。
 
当日、最初の脳神経クリニックにかかる時から、左側の足が痛く、歩行困難になった事から、車椅子に乗って移動する事になり、入院していた病院では、18日まで、看護婦さんに押してもらう車椅子生活を強いられた。
 
その後、看護婦さんの見守り、杖を突いて、一人で歩けるようになり、昨日からは、見守りもなくなって、一人で歩けるようになったが、左足の痛みは、相変わらず続いている。
 
はじめての経験でもないので、入院そのものには、不安はなかったが、肝心の今回の入院に関しては、そもそも、心の準備が無かったので、一緒に病院まで行った妻や家族に迷惑をかけることになり、そちらの準備の方が大変だった。
 
幸いに、右手の痺れは治りつつあるが、言葉のもつれ、左足の痛みは少し和らいできたものの相変わらず重い状態が続いている。
 
しかし、原因はハッキリしている。
 
それは、肥満だ。
 
リバンドしてしまい、入院前は○○キログラムあった。

2週間の入院で、それでも3キログラム痩せた。
 
今回の入院は、右手の痺れの治療の他に、減量が大きな課題で、これがなかなか難しい問題だ。
 
入院期間、あと1週間程度しか残っていない。
 
リハビリに精を出して、減量と言う今回の問題の目途をつけたい。
2016年が終わります。

明日から新しい年になります。
 
今年の私自身の総括はと他人に問われれば、脳出血の後の「リハビリ」、「運動」の必要性ではないでしょうか。
 
「リハビリ」、「運動」何てと言うかも知れませんが、ちっと怠けていると、筋力が低下し、歩けなくなって、車いす、寝たきり、と症状が進んでいったかも知れません。
 
10月下旬に、車で、田舎を一週間に二往復してから、左足に電気が走るようになり、無理を推して、杖をついて、ゆっーくり歩く姿は、元気だったむかしを知っている人には見せられません
 
まるで、痴ほう老人が歩いている姿のようです。
 
今頃になって、そんな姿から、一日も早く脱出すべく、リハビリのハリ治療と整体治療に、12月は20日間通いましたが、それも12月28日に終わり、今は静かに、新年の治療再開を待っています。
 
今年の前半は、5〜6キロ歩く散歩の様子など、ブログに掲載していましたが、後半にかけて、体の調子が下りの螺旋状に悪くなって、今日に至りました。
 
新年の私の抱負は、元にように、しっかり歩けるようになって、あちらこちらと、歩き回りたいと思いますが、ほんとうに、ささやかな望みですね。(苦笑い) 

最後に、風邪など引かないように、ご自愛ください。

そして、皆さん、良いお年をお迎えください。
曇りの朝だが、その雲の合間から、太陽が顔をのぞかせる。
 
遠くに見える大学の看板に、朝陽が反射している様子をこのブログに書いたが、今日は、その写真を撮った。

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デジカメでパチリと写したが、あっという間に、窓ガラスが曇ってしまうので、雰囲気だけかも知れない。
 
さて、5月に生まれた私の孫の事が、今日の話題だ。
 
孫が生まれる前は、そんなに孫の事を考えなかったが、6ケ月を過ぎると、孫の表現力もついて、私の顔を見て、笑顔、笑うようになった。
 
こんなに、孫がかわいいものかと、家内と話す。
 
自分の娘とは違った、孫のかわいらしさに、ついつい何でもしてやりたいと思うのは、私の身勝手なのかなあ・・・。
 
そんな孫も、1週間余り、自分の家に帰ってしまった。
 
火の消えたような静けれと、孫がいない寂しさは、当分の間は仕方ない。
 
孫に、早く帰っておいでと言ったが、キョトンとしていた。
 
そんなことを独り言のように言っているうちに、孫の成長とともに、私も歳を取るのだろう。
 
そんなことを考える今日この頃だ。
良い天気の朝だ。
 
遠くに見える大学の看板に、朝陽が反射していた。
 
数日続けて、朝起きると雪ばかりで、遠くが見えなかったので、今朝の晴天は、ことさら良い。
 
折角の天気に喜んで、デジカメでパチリと景色を写すが、窓ガラスは直ぐに曇ってしまう。

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とりあえず、その雰囲気だけでも、味わってもらおう。
 
しかし、一方では、そんな晴れやかな話題ばかりではない。
 
3日前の夕方の出来事、大雪の影響で、車が中央分離帯の雪山に埋まってしまったのだ。
 
前進するにしても、バックをするにしても、ズルズルズルとタイヤは空回り、前にも後ろにも行けず、誰か他の車が助けにきてくれるかなと手を振るが、どの車も、私の前を通り過ぎてゆくばかり。
 
知っての通り、私の体は、歩くのがやっとなので、外に出て、タイヤ周りの除雪など、出来ないない。 
こんな時に、せめて、1台くらい車を止めて、「どうしましたか、押しますか・・・」と声をかけてくれるのを期待したが、何十台もの車が通り過ぎても、1台も無かった。
 
思えば、医者からは、アクセルとブレーキを踏み間違うなど心配して、「車はやめて、タクシーにするように・・・」と言われているが、第三者には、関係のないことだ。
 
私が逆の立場だったら、せいぜい「暴走老人」の車が、雪山に突っ込んだのだろうと思って、通り過ぎてしまうだろう。
 
原因が私にあるのだから、雪に埋まって助けがないのは仕方ないことかも知れないが、何んとも、気分が悪かった。
 
15分くらい経っただろうか、幸い、何回か、前進とバックを繰り返しているうちに、突っ込んだ雪山から、何とか脱出できた。
 
暗い夜道を、何事もなかったように車を走らせて、家路に付いて、妻にその話をしたら、笑って、「そんなものよ・・・」と返事が返ってきた。
 
今朝の良い天気とは、裏腹な話題だが、要は「せちがらい世の中」だということだ。

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