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−いつもと変わらない『ぼろ橋』を見ながら、僕はずっとドキドキしてたんだ−


だって、あんなに楽しい夢を見たんだもん。
夢の中で、僕は大人になってたんだよ。

どこにでも行きたい所に自由に行けて、何でも自分で決める事もできて、ちゃんと仕事だってしてたんだ。
それに、夢の中での僕は、いつも僕が見る大人の人たちとは違ってたんだ。


あそこで僕が着てたスーツは、いつも僕が見る大人の人たちみたいによれよれじゃなかったし、誰かに頭を下げてペコペコしなきゃいけない事もなかったよ。
夢の中での僕はいつも誰かに頭を下げられてたし、沢山の人に泣きながら『助けて!!』ってお願いされてたりしてたんだ。

僕は沢山のお金を貰って、借金で逃げ回ってた人たちを助けてたんだ。
とっても楽しかったし、まるで僕が僕じゃないみたいだった。

僕のスーツのポケットの中には、てっぽうだって入ってたんだよ。
きっと、悪い人をやっつける為に持ってたんだ。

どうせなら、てっぽうで悪い人をやっつけちゃえばよかったのに。


悪い人はそうやって殺しちゃってもいいんでしょ?
いっつもテレビでやってるから。


悪い人は死んでもいいんだ。
そんな人達はきっと、死んだ方がみんなが喜ぶんだよね。

この前もテレビでやってた。

アメリカに逆らった悪い国の悪い人が、死刑にされたんだって。
いっぱい人を殺せる悪い武器を隠して持ってたんだって。

テレビの中でみんな喜んでたよ。
だって、そうやって悪い人がみんな死んじゃったら、世の中はいい人ばっかりになるんだもんね。
悪い人たちは殺されても仕方がない事を沢山やってるんだよね。

だから夢の中で僕は沢山のお金を貰って、いい人達を助けて、きっと悪い人は殺しちゃってたんだ。


。。。僕は相変わらずドキドキしながら『ぼろ橋』を見てたんだ。

きっと、『ぼろ橋』は僕のお父さんやおじいちゃん達がここで泳いで遊んでるのを、ずっとずっと見てきたんだよね。

もしかしたら、今一緒に遊んでるみんなの中にも、将来は悪い人になる奴だっているんじゃないかな?

そういえば、勇太はこの前、近所のお店でお菓子を盗んでたっけ。

まゆみちゃんも勇太と一緒に万引きしたんだよね。

悪い事をしたのに、2人とも嬉しそうだった。

孝もかおりちゃんも、じゅん君も楽しそうに話しながら、そのお菓子を貰ってたんだ。

僕はそんな物はいつも家で食べてるし、家になかったり、お金がなかったらちゃんと我慢だってできるんだ。

パパやママが、『他の人の物や、お店の物を勝手にとったらダメだよ』っていっつも言ってる。
だからちゃんと我慢するんだ。

だって、悪い事をしたら悪い人になるんだもんね。
悪い人になる事は簡単だけど、いい人になる事はとっても難しいんだって。
この前読んだ漫画にもそう書いてあったし、テレビでもそんな事を言ってた。

人は生まれた時から、悪い人には簡単になれるんだって。
だから頑張っていい事をして、いい人にならないといけないんだよね。

頑張らなかった人は殺されたり、いつも僕が見る大人の人たちみたいに、よれよれになったスーツを着て、ぼんやりした顔で歩いて、ずっとずっと、ただなんとなく生きていかないといけなくなっちゃったんだ。

僕はそんな大人にはなりたくないんだ。




早く大人になりたい。

早く大人になるんだ。

大人になったら、今の僕が出来ない事も沢山できるんだ。

煙草だって吸えるし、お酒だって飲める。
自分の好きな仕事をして、好きな所にだって行ける。


そして、夢の中での僕みたいに、困ってる人を助けて、悪い人をやっつける大人になるんだ。

『借金で死ぬ?馬鹿言ってんじゃねえよ。』

俺は煙を吐き出しながら、目の前に蹲っている女に向かって吐き捨てる様に言った。
全く、ホストに嵌って700万もの借金を作るなんて、馬鹿な女だな。

馬鹿は死ななきゃ治らないと言うが、そんな馬鹿でも俺の飯の種になるんだからな。
笑いが止まらねえよ。

そんな俺の思いを見透かした訳でもないだろうが、顔を上げた女は開き直ったかの様に、俺に向かって一気にこうまくしたてた。

『ホストに騙されて、700万も借金を作る様な女は!!。。。』

次に来る言葉は、俺には分かりすぎる程に分かりすぎていた。

『死ななきゃ治らない。』

彼女は激情に駆られて発する筈だった言葉を俺に遮られ、呆然と俺の顔を見つめる。

。。。やれやれ。

煙草をくわえ直し、俺は彼女の顔を見つめる。
激情が過ぎ去った後の彼女の顔は、恐怖と絶望、後悔と幾分かの自責の念に支配されている様に俺には感じられた。
まあ、平たく言えば見慣れた光景ってやつだ。

そんな彼女の顔をひとしきり眺めた後、俺はゆっくりと煙草を吸いこむ。
アルコールとモルヒネとコカインは人間が生み出した3つの大悪というが、煙草もその列に加えられてしかるべきなんじゃないかと、俺はいつも思う。

煙を吐き出し、俺は彼女に向ってこう言った。

『借金で死ぬ位ならいっその事、生まれ変わったらどうだい?』

『。。。え?』

俺の言葉は彼女に衝撃を与えた様だ。
そしてそれは、俺にとって新しい顧客の誕生を意味していた。



彼女は新しく生まれ変わった。
今までの名前を捨て、俺が用意してあった女の名前を名乗った。

勿論、事がそう簡単に運ぶ筈なんて無い。

俺もそれなりの時間は費やしたし、こういった仕事に携わっていれば、それなりのリスクもある。

ただ、そのカラクリ自体は簡単で単純だ。
まずは、彼女が別の人間になる事。
これはそう難しい事じゃない。

あまり知られてはいないが、戸籍なんて簡単に売り買いできるし、借金にだって時効がある。
彼女は俺が用意した女の名前を借りて、その女の名義でアパートを借りて住む。それだけだ。

それだけだと言ったが、彼女とすり替わる女を見つけるのには結構な労力がいる。
なにしろ、ストックしておく女には限りがあるし、それは男だって同様だ。

それに、俺が捕まったら元も子もない。


そのカラクリだが、まずはこうだ。

。。。世の中には身分を証明出来るものは沢山ある。
代表的な物では運転免許証にパスポート。
これらには本人の顔写真が載っているし、そう簡単に偽証できる訳がない。

ただ、それだけじゃない。
住民票に保険証。
これらには顔写真はいらない。
そして、そんな物が簡単に証明になる。
幸い、彼女は原付免許すらも持っていなかった。

俺の用意した女のそれを彼女に持たせて、他県に転入届を出させる。
地方の役所ではそれがすんなり受け入れられるし、新しい住民票さえ手に入ればもうこっちのモンだ。
これで彼女は簡単に別人にすり替わる事が出来る。

そして、それが認められたらその地で運転免許証を取って、バイトなり何なりすればいい。

俺はそのアガリをかすめ取るだけだ。
毎月決まった額の金が転がり込んできたし、一定の数をキープすればそれなりの金額にはなる。

中には良心の呵責に耐えかねて精神に異常をきたすヤツもいれば、途中でバックれるヤツもいる。
そんな連中に対して俺がしてやる事は何もない。
電話は勿論発信専用の上にスクランブルをかけているし、顧客は俺の本名すら知らない。


晴れて時効が成立した暁には、謝礼を貰ってしまえば、それで顧客とはバイバイだ。
全く、美味しい商売だといつも思う。

俺は足で煙草をもみ消し、空を見上げる。

どこまでも青く澄み切った空。
その青に一片の彩りを加えては、また何処かへと過ぎ去って行く雲。

俺は2本目の煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出す。

俺が吐き出した煙はゆらゆらと舞い上がる。

舞い上がった煙が空高く舞い上がり、そしてそれがいつかはあの雲を形成していくんじゃないかと俺は思った。

澄み切った青い空に一片の彩りを加えるかの様に、そしてそれは自分の意志ではどこへも行けず、時折吹き付ける風に吹かれ流れてはいずれ消えゆく、キャンパスを彩る一片の白模様。

俺も彼女も、そして遥か頭上を悠々と旅する雲も、結局はみな一緒なんだと思う。
流れては消えて、そしてまた生まれては消える。
そして、それを延々と繰り返す。

そこに意味はあるのだろうか?
あるのかもしれないし、ないのかもしれない。

。。。まるで人間の営みの様だと不意に思った。




頬をくすぐる風と、絶え間なくサラサラと優しく囁く川の声、そして僕の名前を呼ぶ友達の声に誘われて、僕は眼を開いた。

どうやら僕はいつの間にか寝入っていて、その間悪い夢を見ていたみたいだ。
目を開いた僕の視界の端には、いつもと変わらずにそこに佇んでいる『ぼろ橋』の姿が映っていたんだ。

よれよれのスーツにくたびれた背中。

小学校から帰る僕がいつも目にする光景だ。
そんな彼らの姿を見ながら、僕は大きくなってもあんな大人にだけはなりたくないといつも思う。

何であのおじちゃん達はあんなに疲れているんだろう?
どうしてあんなに肩を落として歩いているんだろう?

何か楽しい事はないのかな?
友達と遊んだり、美味しいものを食べたり、それに大人は僕が飲めないお酒だって飲めるのに。
僕にはよくわからないけれど、煙草って美味しいんでしょ?
いつもパパが『これはお前が大人になってからだよ。』って言いながら嬉しそうに吸ってるんだ。
でも、その度にママは決まって嫌な顔をするんだけど。

僕がいつも家で見るパパとママは、帰りに見る大人の人たちとは随分違う気がする。

パパもママもずるいんだ。
僕は夜にテレビを見たくても見れないのに、パパもママもいつも好きなテレビを見てる。
それに、帰りが遅くなっても、遅くまで起きてても怒られないし。
僕なんて少し夜更かしをしたら怒られるのに、パパもママも仕事がお休みの前の日は、遅くまでずっと起きてる。

パパもママも知らないと思ってるかもしれないけど、ちゃんと知ってるんだよ。

それに、僕だって夏休みなのに。
何で明日も学校がないのに、子供は早く寝ないといけないんだろう?
大人だったら遅くまで起きてても何も言われないのに。

大人は車だって運転できるし、電車にだって、船にだって、飛行機にだって一人で乗れる。
僕は自転車には乗れるけど、それじゃ遠くには行けないよ。

それにパパもママも仕事をしてるから、買いたい物はいつでも買えるんだよね。
僕のお小遣いじゃ、マンガとお菓子を買ったらもう何も買えないのに。

大人ってずるい。

早く大人になりたい。

早く大人になって、買いたい物を買って、行きたい所に行くんだ。

そして、子供ができたら僕もこう言うんだ。

『これはお前が大人になってからだよ』って。

大人になったら、誰にも怒られないで、自分の好きな事ができるんだもんね。
学校で勉強もしなくていいし、お酒も飲める。
煙草も吸えるし、車だって運転できる。
夜遅くまでテレビを見ても誰にも怒られないし、飛行機や船に乗って行きたい所に行くんだ。

だから早く大人になりたい。

早く大人になるんだ。

一階からママの声が聞こえてきた。
『今日は遅いからもう寝なさい』だって。

自分たちはまだ起きてるのにね。
まあいいや。
明日は友達と遊びに行くんだ。

寝坊したらまずいから、今日は早く寝ようっと。






昨日早く寝たおかげで、今日は早く起きれたし、暑いから川に泳ぎに行く事にしたんだ。
ここは家からはそんなに離れてないし、小さい川だから溺れる事なんてない。
それに、この川にはいつも泳ぎにきてるし、名前だって付けたんだ。

遠くに古い橋が見えるから、この川は『ぼろ橋』って呼んでるんだ。
小さい時から、夏になったらいつも泳いでる川なんだよ。
初めて『ぼろ橋』に泳ぎに来てから、もう5年も経つんだ。
そうそう、これはパパに聞いたんだけど、あの橋はパパが子供の頃からずっとあったんだって。

その頃から。。。ううん。
『ぼろ橋』は、もっともっと、ずっとずっと昔からあって、だけど誰も渡らない、古くてオンボロで、何の意味もない橋だったんだって。
それでもパパはこう言ったんだ。

『あの橋はずっと使われてないけど、川に泳ぎに行った時にはいつもあの橋を見てたんだよ。』って。

それに、こんな事も言ったんだ。

『ずっと前からもうあの橋は使われてないし、橋としての意味はないけど、それでもいつもあの橋はあったし、俺達もあの橋が見えると何だか安心したなあ。』って。

その日のパパは、いつもと違ってお酒を飲んで酔っ払っても僕に早く寝ろって言わなかったんだ。
とっても優しかったし、『昔は俺もあの川で泳いたんだ。あそこは流れもゆるいし、泳ぐにはいい場所だよ。お前達も、今でもあそこで泳ぐんだな。』って懐かしそうに言ってた。

それでもママは、『暗くなったら危ないから、早く帰って来なさい』だって。

何も危なくなんかないのに。
子供って本当に何も自由にできないんだな。


あ〜あ、泳ぐのにも疲れてきたし、眠くなっちゃった。
まだお昼すぎだし、ちょっと寝ようかな。

僕は川のすぐ傍の岩に寝転んで、写真を撮る時みたいに、両手で四角を作って空を見上げてみた。
四角い青い空の中に白い雲が見える。
雲はいつでもどこでも、好きな時に好きな所に行けるんだね。
何だかうらやましいや。

僕はどうせ帰ったら宿題をしなきゃいけないし、今日もママに『遊んでばっかりいないで、宿題しなさい!』って言われるんだろうな。

何だか本当に眠くなってきちゃった。。。
こんな所で眠ったら、また夜は眠れないんだろうな。

そして、またパパやママに『早く寝なさい!』って怒られるんだろうな。
でも、顔にかかる風が何だか気持ちいいんだ。

。。。いいや。

後で怒られてもいいから、このまま寝ちゃおうっと。
このまま眠って、起きた時には大人になってたらいいな。。。

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