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大人の夜話・「貸し本屋」
20年前、大学3年の夏休みだった。
東京の大学に通う為に一人暮らしを始めてから、
夏休みもバイトに明け暮れていた。
駅の温度計は「最高気温・東京35度:湿度70%」
暑いなんてもんじゃない。
今時は「ルームシェアとかルームメイト」とかいうんだろ?
つまり同居人の山根が岐阜に帰るのを見送って、
「さて、今日もバイトか!」電車が走り去ったホームでため息をついてふりむくと、
反対ホームに電車がいる。
たまには帰ってみるか!思い立って反対側の始発急行に飛び乗った。
ほんの気まぐれだった。
急行に乗れば1時間半で、地元の駅に着ける。
電話一本で、お袋が喜んで迎えに来るだろう。
昼過ぎ、地元の駅に着いた。
「おかん、オレ、オレ」
「たわけ!!きちんと名のらんか!」
「・・・ったく!これだ!!おかんの可愛い二男の“啓介”だけど。」
「二男はおるが、可愛かったかどうかなぁ〜。」
「迎えに来れんね?」
「いいよ、でも小一時間かかるけどいいかい?」
「うん、時間潰して待ってるから、1時間後に“巴屋”の前で・・・うん・・・じゃあな」
お袋は東京生まれだけど、父親が(つまりオレのじいちゃん)転勤族だったので
方言が、東西南北ごちゃまぜだ。
綺麗な標準語をしゃべれるくせに・・・。
ぶらぶら歩いた、田舎とはいえ駅前は結構きれいな店が増えていた。
駅を背に歩いて2本目の路地を入ると、昔よく行った“松本”って「貸し本屋」があって
おばちゃんに、「大人が読む本はダメ!」ってよく怒られたよな。
高校に入ると、部活とかで朝早く出て、夜も遅くまで練習があって
すっかり忘れていたけど、まだあるかな・・・・。
あったよ!!
まだやってんのか?変わって無いなぁ〜。
古びた杉の格子に擦りガラスがはまっている。看板も当時のままだ
杉板に墨で、「貸し本屋」の文字が消えかかっている。
おばちゃん・・・は、いないか。開けっ放しで物騒だなぁ。
店は間口1軒ほどだが、奥に長く「うなぎの寝床」だ。
左右の壁に書棚があって天井までコミック本がびっちりだ。
奥のほうには「大人用」の本があって・・・。
3段の踏み台も当時のままか。あまり儲かってないよなこれじゃ
「楳図かずお」・・・か?読んだ、読んだこれ。
この棚はオレのお気に入りで・・・。
相変わらず白い紙の帯が、最初の2,3ページの後にぐるりと
巻かれている・・・後は借りて読めって事だ。
コミック1日10円。
テーブルの上に貸し出しノートがある。
こんな古いノートまでとってあるんだ・・・「昭和50年1月1日〜」??
オレが小学6年くらいのだ・・・。
俺の名前はあるかな・・わ・渡辺・・あった、渡辺陽一・・・兄ちゃんだ。
渡辺啓介・・・あった。
1976/10/21「楳図かずお」[まことちゃん][貸し出し中]
ウソだ!返したぞ。
忘れてんだおばさん。
オレは何年も前の事だし、ちょっとムッとして、駅に向かった。
ちょうど来た母の車に乗り込んで、くだらないおしゃべりの後
「なあ、あの貸し本屋まだやってんのな?!全然変わってねえの!
小学生の時よく兄ちゃんと行ってさ!「そこは大人の本だからダメだよ」
とか、よく言われて・・・さっ・・・・んんどうした?」
さっきまで、げらげら笑っていたお袋の顔が、真っ青だ。
「・・・・あんた!ホンとに入ったの?店の中に?・・・・」
「入ったよ、おばさんは居なかったけどな!なんだよ?なんか変か?」
オレは今の事を、早口でしゃべった。
「ちょっと待って、あの貸し本屋さんはもう何年も前に火事で焼けて空地のはずだよ。
おばさんも・・・亡くなったって・・・。」
「またまたぁ!騙されんかんなオレ!・・・盆が近いったってまだ1週間もあるし・・・。」
「思い出した、あんたが大学に受かった年・・・今日がその火事があった日だよ」
半信半疑で二人共・・・黙った。
家に着くまで何もしゃべらなかった。
その夜、実家の自分と兄の部屋のもの入れで、古びた漫画の本をみつけた。
「あの貸し本屋」で、借りた「楳図かずおの”まことちゃん”だった。
あれから20年が経つ・・・・。
就職した会社で妻と出会い、二男一女の父親になった。
毎年「お盆」には、帰郷するが、あの路地には行っていない。
・・・・・・「おばさん、延滞料いくらですか?」
*フィクション・・・・です*
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