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「結衣姉さんと母さんは、若い頃東京で和裁の仕事してたのよ。
若いのにいい腕でね、料亭の女将さんやら、芸者さんの着物なんかも
縫わせて貰えるようになって、
ある時、両国のおおきな料亭のお嬢さんの、振袖を仕立てて届けた時、
調度そこに遊びに来ていた、小説家の卵(森川 清一、ペンネーム村山誠太郎)
と知り合ったのね。」
(森川・・・あの子・・・確かあの子の名前も森川だ。)
「そして若い二人は、恋に落ちた。
二人の事は、清さんのご両親の知るところになって、「後継ぎでひとり息子」の清さんは
無理やりつれもどされたの、・・・・それが、節分の日だった。」
母が言ってた(心の命日)の訳がはっきりした。
「清さんのお家は代々土地の名主でね、でもお父さんには随分借金も多かったらしいわよ、
それから間もなく、清さんは結婚した、政略結婚ね。
風邪のうわさは残酷ね、見ていられなかったわ、姉さんのこと。」
母は、振り返って、私の顔をみて続けた。
「清さんが後を継ぐ決心をして間もなく、お父様が亡くなって・・・皮肉なもんよね、
その事が息子が小説家に戻るきっかけになったのよ。」
清さんの奥さんの妊娠が分かったのは、葬儀の日だった。
「実はね、その時姉さんも妊娠していたの。でも姉さんは奥さんの妊娠を知って黙って身を引いたの、
そんな姉さんを、見かねた弟が迎えにきて、ここへ連れて帰った・・。」
「へぇ〜、そこで母さんと父さんは知り合うのか?」ちゃかすように、
母の顔を覗き込んだ。
「違うの、母さんと父さんはその前から知り合いだったのよ、姉さんの所に
何回も来ていたし・・・」
母は、遠くを見るように言った。
「姉さんと清さんは、それから逢う事は一度もなかった。」
「お腹の子はどうなったの?」
「うん、死産だった。」
「そう」言葉も無く、若い叔母の姿を想像した。
「でもね、(死んだら一緒の墓に入ろう)って約束していたらしいわ、
それで、姉さんはこの了念寺に墓地を買って・・・。でも先に逝っちゃったわね。
かあさんね、姉さんに訊いた事があるのよ、清さんが死んでも、
お骨はいただけないでしょうって
そうしたら、必ず、代わりの物を届けるようにするからって言ったんだって。」
「それが何なのか、分かったわ、ホ・ンよ本。姉さんところで書いていた本、
なんにでも(念)は入るものなのね。
さっきテレビで 「小説家 村山 誠太郎」危篤ってニュ−スを見たわ、
さっきからそこに立っているの、清さん、姉さんが縫った大島を着てる。」
母は礼子の後ろに目をやると言った。
「・・・・・やっと逢えましたね。」
私には幸か不幸か、何も見えなかった。
「ご住職をよんできてくれる?清さんにお経を上げて貰わないとね。」
私は、本堂に向かおうとしたが振り返り訊いた。
「さっきのおばあさん・・・」
「うん、清一さんの叔母さん、何か思うところがあったんだろうね、
時々お参りして下さるのよ」
頭の中で霧が晴れた。
「ここに、来たかったのね、この本を持って・・・清一さん。」
なんだか、ほっと暖かい気持ちになっていた。
そのころ、みよは墓石の枯れ葉を指で払いながら
「今日は親子三人そろったわね、姉さん清さん、礼子元気ですよ見守ってくださいね。
それにあの子が、森川のお屋敷のある町に転勤して来たのも、何かの因縁かしらね、
清さん、それとも呼んだんですか?」
礼子は、結衣と清一との子供である。
育ての父である、結衣の弟、克巳と妻みよには子が出来なかった為、
礼子を実子として育てていた。そのことを知る人は隣町の産婆、川田米子と、
母みよだけになった。
みよは「この事は、お墓まで持っていきますから」と手を合わせた。
その夜、TVでは、(小説家 村山 誠太郎)の訃報がながれた。
写真の誠太郎は、青い大島紬を着ていた。
美希が言った、
「ママ、この人(ゆいちゃん)ちのおじいちゃんなんだって!」
「・・・・・」
終
この物語は、フィクションです。
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