憩いの田舎家

無信心な男が仏教に感動し65歳で出家し開いたブログです。

半身不随の身

左半身不随になって直面した難儀は右手のみで生活することが如何に困難であるかということであった。靴下を履くにも、上下の下着、上着を着るにしても並大抵でない困難が伴い、。想像しなかったほどの時間を要する。食事、用便にして然りである。それに身の回りに杖のような身体を支えるものがないと体が直ぐに重心を失い、前のめりになり危険この上ない。生きることそのものがこれほど困難であることは体験して初めて知った。何故にこのような苦難に遭うのか。「放逸にして五欲に執着し」の釈尊の教えが胸に響く。仏教に縁する以前の若いころ飲酒も含め将来のことも考えず欲望のままに毎日振舞っていたことを悔いても詮無いこと。自分で蒔いた種の実は自分で刈らねばならぬと只管耐えてる。生きていればこそ子供や孫はお父さん」、「おじいちゃん」と慕ってくれる。生きて在ることの尊さも実感している。家すべて表示すべて表示

その他の最新記事

すべて表示

消えろ、消えろ、短い蝋燭

2008/1/19(土) 午後 2:07

Out, out, a brief candle, 消えろ、消えろ、短い蝋燭 Life is but a walking shadow, 人生は歩く影にすぎぬ A poor player that struts and frets his hour upon the stage, 舞台の上で自分の出番を勿体ぶって演じる下手な役者だ A ...すべて表示すべて表示

アーヌルダと精進を怠らぬ仏陀

2008/1/17(木) 午後 9:24

 朝の托鉢に思いがけず時間を取られたアーヌルダは道を急ぎました。釈尊の説法の時間までに帰りたかったのです。まだ説法は始まってないことを知りほっとして、坐っている人たちの邪魔にならないように入って行き一隅に坐りました。やがて釈尊の説法が始まりました。アーヌルダは熱心に耳を傾けていたのですが、説法に間に合った安心感や托鉢に出かけるため早起きしたことの所為でしょう ...すべて表示すべて表示

真理のことば

2008/1/16(水) 午後 10:43

62. 起きるべき時に起きないで、若くて力があるのに怠りなまけていて、意志も思考も薄弱で、怠惰でものうい人は、明らかな知恵によって道を見出すことがない。 63.ことばを慎み、心を落ち着けて慎み、身に悪を為してはならない。これらの三つの行いの路を浄くたもつならば、仙人(=仏)の説きたもうた道を克ち得るであろう。 64.実に ...すべて表示すべて表示



よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事