憩いの田舎家

無信心な男が仏教に感動し65歳で出家し開いたブログです。

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新春雑感

早いもので新年もすでに十日になる。「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」(芭蕉)が今更のように胸に迫る。

人間は生きる上で何を拠り所にするのであろうか。名誉や権力、地位、あるいは財産や配偶者、子供を拠り所としている人もいるであろう。しかし、そういうものは水に浮かぶうたかたのようなもので儚く消えるものであるから絶対の拠り所とはならないであろう。

釈尊は「わたしには子がある。わたしには財がある」と思って愚かな者は悩む。しかしすでに自己が自分のものではない。ましてどうして子が自分のものであろうか。どうして財が自分のものであろうか」と原始仏典で述べておられる。

厳しい目で見ると、釈尊の教えは確かに真理である。成人である子が親を殺し、親が乳幼児を殺す事件が頻発している昨今、子供どころか親さえ拠り所とすることさえままならない末法の世であると痛感する。

しかし、家族の絆というものは、拠り所云々は別として生きる上でやはり欠かせないものであると筆者は思う。

毎年正月に息子、娘夫婦が孫たちを連れて仙台と西東京市から我が家にやって来る。正月三が日は私たち夫婦の他に7人が加わり総勢9人の家族になる。孫たちが大きくなったので、今年は家が狭く感じられるほどであった。皆でわいわい賑やかに楽しんでいる姿を見ていると家族っていいなと思う。

筆者は2階の南面した3畳ほどの部屋を書斎にしているが、その部屋の円形の蛍光灯が暫く前から、点いたり、消えたりするようになった。蛍光灯は40センチ四方ほどの大きなプラスチック製のカバーに覆われていて、それを外さなければ電球の交換ができない。7−8年前に同じような現象が起きて、筆者の手で簡単にカバーを外せたのに、今回は何度試みても外せない。それでそのうち電気屋さんを呼んで電球の交換をさせようと放置しておいた。ところが蛍光灯が正常に点灯するのに気付いた。息子に聞くと、カバーが正常に収まっていなかったので苦労したが、外せたので電球も買ってきて交換したそうだ。電球代を払おうとしたら、「いいよ、それくらいのことは僕にも出来るから」といって受け取ろうとしない。期待していなかったことだけに、嬉しかった。

些細なことであったが、生きる上で家族の絆の大切さを確認させられ、我々夫婦も子供や孫たちのために健康で長生きしなければという気になった。

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> azu*u*dcun*ttx*さん コメントを有難うございます。
生きることが時に辛いと思うことは誰にでもあります。
今後も当ブログが少しでも皆さまのお役に立てるように
務める所存です。よろしくお願いいたします。

2015/1/18(日) 午後 7:46 cosmiceyes2004xyz


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