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			<title>こころの雑記帳</title>
			<description>政治、宗教、古代史、宇宙、日常の些事などについての覚え書きノート</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/cosmorama7272</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>こころの雑記帳</title>
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			<description>政治、宗教、古代史、宇宙、日常の些事などについての覚え書きノート</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/cosmorama7272</link>
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		<item>
			<title>趣味人倶楽部に復帰して１カ月余り</title>
			<description>おはようございます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ほとんど更新してないのに。連日１００人前後のアクセスがあるので驚いています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どんな人がアクセスしてくれているのか想像もつきません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
できればコメントを残してくれるとうれしいです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
趣味人倶楽部という高齢者向けサイトはご存じですか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
３年半前くらいに登録して、少しだけ登場して３年間ほど放置していました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いま、復帰１カ月余りです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このブログとtwitterはほぼ放置状態です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「風声」のニックネームで趣味人倶楽部をしていますから、よろしければ来てみてください。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「趣味人倶楽部で」で検索して、登録すればすぐに閲覧や書きこみができます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/cosmorama7272/62253549.html</link>
			<pubDate>Fri, 10 May 2013 06:22:50 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>仏教と同じ時代、同じ地域で生まれたジャイナ教</title>
			<description>ジャイナ教と聞いて、&lt;br /&gt;
「それ何ジャイナ？」と思われる方は多いと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高校の世界史の教科書には載っていたのに、忘れてしまった方が多いでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジャイナ教の教祖マハーヴィーラは、ブッダと同じ北西インドの生まれです。ブッダの生年がはっきりしないようにマハーヴィーラの生年も紀元前４、５世紀ということではっきりしていません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただブッダより２０歳くらい若かったということと、ブッダが８０歳で入滅したのに対し、マハーヴィーラは７２歳で断食死しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ブッダは６年間の苦行の末に悟りを開かれたのですが、マハーヴィーラの方は１２年かかっています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
初期の五大誓戒と呼ばれる戒律はほぼ同じです。&lt;br /&gt;
＼犬物を傷つけたり殺してはならない&lt;br /&gt;
盗みはいけない&lt;br /&gt;
１海鬚弔い討呂い韻覆&lt;br /&gt;
ぐ蕕覆海箸呂い韻覆&lt;br /&gt;
とここまでは同じです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イ亙教では、飲酒を禁じています。ジャイナ教では所有の禁止ということになっています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仏教はブッダが苦行の末に、苦行の無意味さを説きましたが、ジャイナ教では厳しい戒律が今も守られています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たとえば、生き物を殺したり傷つけてはならないという点でもジャイナ教は徹底しています。小さな虫の一匹も殺してはいけないと説いています。ですから、歩行中に口に虫が入らないようにマスクをしているし、腰には小さな箒を携帯しています。椅子や石に腰かける時に虫を掃いてから座ると言うことです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
在家の人々はこんな恰好をしていませんが、僧侶はいまでも外出するときはこの出で立ちです。しかもイ僚衢禁止の戒律がありますから、素っ裸です。性器もまるだしです。インドの街中で素っ裸でマスクをして腰に箒をぶらさけている男がいたら、まずジャイナ教の僧侶に間違いないでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
紀元前からの伝統的な宗教ですから、素っ裸で後ろに在家の美しいサリー姿の女性の一団がいても警察に捕まることもないのです。ただ、１世紀ごろになって１枚の白い布は着けてよいという白衣派が出現しました。しかし、気候の温暖な南部には今も空衣派と言って初期の戒律を守っている僧侶もいます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この戒律は職業も限定することになりました。山や森に入って虫を踏みつけて殺したり、鳥の巣を壊してはいけないので、林業につくことは禁じられています。土を掘り起こす農業も基本的は禁止されていますが、一部インド南部では農業をしているジャイナ教徒もいます。さらに漁業は船に魚がぶつかり傷つく可能性があるし、魚は生き物ですから殺すことを禁止されているので、漁業に就いている人もいません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこで、紀元前から主に宝石商と金貸しとして生計を立ててきたのです。これらの仕事は街中でないと成りたちませんから、ほとんどのジャイナ教徒は街型人間です。いまでは、教師、マスコミ、ＩＴと職種の幅は広くなっていますが、基本は宝石と金融業です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ですから金持ちが多く、ジャイナ教徒はインド国民のわずか０．４％ですが、個人税の２０％はジャイナ教徒がおさめています。所有禁止の戒律があるため、寺院への寄付は莫大で、ヒンズー教、シーク教、イスラム教など多くのインドの宗派寺院の中でジャイナ教寺院が最も贅沢に造られています。所有の禁止とは言っても、仕事上を運営する上での貯えや、孫の代くらいまでの教育費は許容範囲のようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このジャイナ教を初めて日本に紹介したのは在野の天才的博物学者の南方熊楠です。世界で最も平和で環境にもよい宗教と絶賛しています。ガンジーはインド西北部のグジュラート州の出身でジャイナ教徒の多い地域ですが、独立運動で展開した非暴力不服従という方法はジャイナ教に影響されたようです。しかも白い布切れ１枚を纏ったあのスタイルもまさに空衣派のジャイナ教徒の服装です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
という訳で、ジャイナ教徒は完全な菜食主義者です。野菜も根菜類の根の部分は食用禁止です。抜く時に虫を傷つけるからだといいます。しかし、カレーは食べています。「カレーはウコンの根ではないか？」という僕の質問に対して、ジャイナ教は、「あれば抜いて十分天日干ししたもので、虫が逃げ出してから土を洗ったものだから大丈夫」という返事でした。卵も蜂蜜も食用禁止です。それでも健康な人が多いとうことは、穀類と野菜の葉だけでも人間は十分健康でいられるということです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジャイナ教の僧侶の修行は、現在も厳しく雨季の雨安居の３カ月以外は、ブッダやマハーヴィーラがしたと同じように遊行して説法する生活をしています。在家信者の家や軒先を宿にしているのですが、同じところに３日以上の逗留は許されません。さらに食事は、一般の人々が朝食を終えた後の残り物を托鉢でいただきます。この１食だけで１日生きているのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
教祖のマハーヴィーラは、弟子たちが止めることに耳を傾けず、７２歳で断食死しました。いまも熱心な信者の理想の一生に断食死があります。勉学して家庭を持ち、仕事に成功して晩年は出家して断食死の許可をとりつけるというものです。今も年間２～３人の許可された断食死に臨む信者がいます。水だけで食事をしなくても人間は２００日前後生きるようです。やがて死期を迎えると多くの見物者や新聞、テレビ局の人らが取材に来て、翌日のニュースで流されるようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この断食死の教えは仏教にはないと思います。それでも、空海はじめ中世の日本では多くの断食死した僧侶がいます。このことはジャイナ教の影響ではないかと密かに思っています。風狂の禅師一休和尚は死にあたり「まだ死にとうない」と言われたと伝えられています。空海とは、対照的だといつも考えています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ところで、今でもインド人の中には仏教もジャイナ教もヒンズー教の一派と考えている人は多いです。双方ともバラモン教の宗教改革として生まれた宗教ですから、当然といえば当然のことでしょう。バラモン教は土着の宗教と融合し、７世紀ごろ成立したのがヒンズー教です。仏教はインド本国では１３世紀に絶滅しました。ジャイナ教は、２５００年前から連綿と今も信者がいます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仏教学の大家中村元によれば、仏教もジャイナ教もバラモン教のカースト制度による差別と生贄の儀式に反対して生まれたといいます。そういう私も禅宗の檀家ですが、仏教徒であることに誇りを持ちつつ、他宗教を尊重することが真の安心と平和への道ではないかと常々考えています。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/cosmorama7272/62192173.html</link>
			<pubDate>Thu, 11 Apr 2013 22:23:06 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>森鴎外の「沈黙の塔」</title>
			<description>鴎外は小説だけでなく、ご存じのように多彩な人でしたね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
短編小説「沈黙の塔」は読まれましたか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ボンベイのパルシーと呼ばれるゾロアスター教徒の内紛を描いています。沈億の塔はゾロアスター教徒が鳥葬に使用する直径２０メートル高さ７メートｒほどの塔です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ドイツからの帰国途中にボンベイに立ち寄り、沈黙の塔を見た経験があるようです。私の知る限りマラバールの丘の頂付近の森の中に１７世紀からあるのですが、三重の壁に取り囲まれていて内部はみられないほずです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今でこそグーグルの世界を上空から写した映像が見られますが、当時は直接見ることは不可能だったと想います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「沈黙の塔」はボンベイに立ち寄ってから２０余年後に書かれましたが、教徒同士の内紛とうのも鴎外独自の創造ではないかと思われます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
インドのゾロアスター教徒は、イスラム教徒とは何度かの紛争がありましたが、ゾロアスター教徒同士の殺し合うまでの内紛は初耳です。舞姫を丹念に調べた今野勉さんならご存知かな？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それにしても、なぜその頃は知られていないボンベイの沈黙の塔など訪ねたのでしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ひとつ考えられることは、西周のすすめがあったのではないかと思われます。西は森鴎外より４０歳ほど年上ですが、同じる津和野藩藩医の家柄の出身で叔父にあたります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
西は、芸術、科学、哲学などの用語を翻訳のときにつくりだした人としても知られていますが、ゾロアスター教を拝火教と日本語に置き換えた人でもあります。その辺のところからゾロアスター教に関心があり、甥の森鴎外に沈黙の塔の見学をすすめたかも知れません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本初のフリーメーソン入会者である西が、この組織に深く関っているゾロアスター教徒の誰かを紹介し、ボンベイに立ち寄った可能性もあります。&lt;br /&gt;
日本初のゾロアスター教の聖典アベスタを紹介した火教大意は林董ですが、陸軍軍医総監まで上り詰めたことは、森鴎外と共通しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それにしても、森鴎外の墓は本名の森林太郎の名が刻まれているようですが、権力を持ちながらも独自の視点で人間にとっての真実を見詰めたまさに文豪と言えますね。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/cosmorama7272/62189662.html</link>
			<pubDate>Wed, 10 Apr 2013 23:23:02 +0900</pubDate>
			<category>ノンフィクション、エッセイ</category>
		</item>
		<item>
			<title>インドのタタ財閥について</title>
			<description>タタ財閥は、自動車、鉄鋼、電力、ＩＴ、薬品、ホテル、食品など７業種約１００社、従業員３６万人以上のインド最大のコングロマリットです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
創業は１８６８年（日本の明治維新）で現在のトップは６代目です。昨年１２月にラタン・タタ氏が７５歳を迎えたのを機にサイラス・ミストリ氏（４４歳）にバトンタッチしました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
タタと言えば、数年前に世界最安値の自動車「ナノ」（約２０万円）を発売したことで知られています。また、ジャガー・ランドロバーを約２３００億、鉄鋼会社英蘭コーラスを約１兆４０００億円で買収したことでも話題となりました。&lt;br /&gt;
先代のラタン・タタ氏は、この２０年余りで売上を２０倍以上伸ばし、海外での売上率を６０％以上にし、国際企業として世界の舞台に踊り出ました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本との関係は深く明治時代につくも商会（三菱商事の前身）が初代ジャムシェドジー・タタの要請で外洋航路を創設。岩崎だけでなく渋沢栄一らとも親交があり、明治天皇から勲４等瑞宝章を授与されています。５代目ラタン・タタ氏は、昨年４月平成天皇から旭日大綬章をイギリス元首相メージャー氏らとともに受けました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
インドのＧＤＰの５．３％以上をタタ・グループが売りあげているのですが、タタ財閥の総帥は、持株会社タタ・サンズの会長ということになります。このタタ・サンズの最高幹部はボードメンバーと呼ばれる５人によって運営されています。ほんの５年前までは９人いましたが、現在はサイラス・ミストリ会長を含む５人です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
歴代のトップは千年以上前にイランからインドに来たゾロアスター教徒の末裔です。ゾロアスター教徒は、インドに約６万、イランに３万、パキスタン、欧米、豪州など世界でも１７万人ほどしかいません。信者が現在もいる宗教としては世界最古です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
６代目選びの時は、日産のゴーン氏はじめ世界の名だたる辣腕経営者が候補に挙がりましたが、最終的にはサイラス・ミストリ氏が選ばれました。ボードメンバーからゾロアスター教徒が３年前に１人、一昨年１人、そしてラタン・タタ氏と消えましたが、サイラス・ミストリ氏もゾロアスター教徒で、トップがゾロアスター教徒という伝統は守られました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
タタという名前は、１８代前に非常に短気な人がいて「タタ」とい渾名を付けられたことに始まっているようです。タタはグジュラート語で「短気」という意味です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今度のサイラス・ミストリ氏は、３代目に続き２人目のタタ家以外からのトップ就任です。サイラス氏の国籍はアイルランド（母親がアイルランド人）で、父親のパロンジー・ミストリ氏はタタ・サンズの筆頭株主（約１８．４％）です。両親は数年前にアイルランドに移住しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
サイラス氏のお姉さんは、ラタン・タタ氏の異母兄弟ノエル・タタ氏の奥さんですからゾロアスター教徒であるとともにタタ家の親戚でもあります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在、デリー・ムンバイ間約１５００キロをタタ財閥と三菱重工が中心となり、大動脈構想が進行中です。道路、鉄道、港湾、空港、商工業施設、住宅など日本のエコ技術を生かして構想が進められています。最近、ハイデラバード・ムンバイ約５００キロに日本の新幹線の技術が採用されることになりシン首相がサインをしたばかりです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
インドは１２億５千万人の中国に次いで世界第２位の人口です。少子高齢化の日本と異なり、若年層の人口も多く成長が期待されます。世界の人口は一昨年１０月に７０億人を突破しましたが、インドと中国人で２５億人以上になり、３人に１人以上は中国人かインド人ということになります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
インドに進出している企業はスズキを筆頭に数多くなりますが、まだ中国への進出企業の２００分の１以下と言うのが現状です。チャイナリスクを避けて、台湾、ベトナム、インドネシア、タイ、カンボジアに進出の矛先を変更している企業も多いようですが、これからは世界最大の自由主義国インドへの進出が本格的になる時代だと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先代のラタン・タタ氏はコーネル大で建築、ハーバードで経営を学んでいますが、６代目のサイラス氏はロンドンで土木工学を学んだ専門家です。インフラの遅れたインドを飛躍的に整備する潜在能力に期待したいものです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
賄賂の横行するインド社会にあってタタ・グループはきわめて清廉潔白な企業です。日本の企業が付き合っていく上での問題点は、スピード感し尽きると思います。中国や韓国の企業はトップの交流や判断を受けて数週間後には仕事が動くのですが、日本企業の場合は「社内で検討」する期間が長く、タタ・グループとしては痺れをきらせてしまう場面も多々あったようです。なにせ「タタ」とは「短気」の意味ですから。ちなみにヒンディー語では幼児言葉で「バイバイ（さようなら）」の意味です。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/cosmorama7272/62188087.html</link>
			<pubDate>Wed, 10 Apr 2013 14:57:41 +0900</pubDate>
			<category>国際経済</category>
		</item>
		<item>
			<title>２０１２年、大晦日と松</title>
			<description>２０１２年も今日で終わり。&lt;br /&gt;
明日は２０１３年。私にとっての今年最大のニュースは、３日前にインドのタタ財閥のトップが変わったことだ。５代目ラタン・タタ氏が７５歳になったことを機に、６代目サイラス・ミストリ氏（４４歳）にバトンタッチされた。タタ財閥ウォッチャーの私は、約３５年に渡り動向を見続けてきたが、今回のサイラス・ミストリ氏へのタタ・サンズ（タタ財閥の持ち株会社）会長就任は、インド国内のみならず、今後の世界情勢に大きな影響があると確信している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて、タタ財閥の話はこれくらいにして、大晦日と松のことを語る。&lt;br /&gt;
一昨日、氏神様の冨士神社と、そのお隣の庚申様の門松を立てた。&lt;br /&gt;
松枯れ病で山の松がなくなって久しいが、このところ山に新しい松が生え始めている。&lt;br /&gt;
松枯れ病の原因は、松くい虫説などがあるが、今一つ本当の理由はわかっていない。樹齢３５０年の旦那寺の本堂前にあった松も枯れた。山の松はほぼ全滅したのに、国の天然記念物になっている近くの御油並木の松は、かろうじて８割がた健在だ。&lt;br /&gt;
山でも米松やカナダ松は松枯れ病になっていない。日本の松だけが、雄松も雌松も枯れてしまった。それでも、庭の松は枯れないようで、家の庭にの私が小学校２年のころ植えた松は元気がよい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
過去に山の松がほぼ全滅した時代はあったのだろかと時々考える。&lt;br /&gt;
何か時代の変わり目を指し示すように山の松が枯れた気がするのは私だけだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
門松の松として同じ組のＯ氏が立派な雄松と雌松を採って来た。&lt;br /&gt;
工業団地として開発されたところの脇にあったという。&lt;br /&gt;
本日、お墓や仏壇、神棚、荒神様に生ける松を探しに工業団地まで行ったら、確かに大木になる前の松がたくさんあった。松が復活しているようだ。&lt;br /&gt;
芽に白い毛があるのが雄松、芽が茶色の毛でおおわれているのが雌松ということをこの齢で初めて知った。大木になれば、幹の色や葉の形状で雄松と雌松はすぐにわかるが、小さな木のうちの見分け方は知らなかった。また、小さなころから雄松の葉は硬く、雌松の葉は柔らかなので触れてみればよくわかる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神社の門松は、松に南天、熊ザザ、千両万両、梅などを一緒に加える。&lt;br /&gt;
大きな両方の松に笹のついたままの竹を渡し、注連縄をつける。&lt;br /&gt;
太い竹を斜めに切ったものは使わない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この松などを杭に縛るときには、縄を上から七五三で巻きつける。&lt;br /&gt;
七巻、五巻、三巻ということだ。&lt;br /&gt;
おのおの垣根結びにするのだが、この結び方が簡単そうで難しい。&lt;br /&gt;
熟練者を取り囲み、５，６人がしてみたが、５回以上説明を受けてもなかなかできない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
松で思い出すのが、ゾロアスター教寺院で焚かれる木の種類。&lt;br /&gt;
松（パインツリー）、樫（オーク）、白檀（サンダルウッド）と聞いた。&lt;br /&gt;
白檀は非常に高価なので、特別な祭儀のときにしか使われないだろう。&lt;br /&gt;
寺院で使用する薪は直径１０センチ、長さ９０センチほど。&lt;br /&gt;
この燃える大きな火に信者の小さな薪直径（１センチ、長さ１２，３センチ）が投げ入れられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
真言宗の護摩で焚く木はスギやヒノキと思う。&lt;br /&gt;
空海が長安に留学中の青龍寺の向かいにはゾロアスター教寺院があった。&lt;br /&gt;
護摩とゾロアスター教との焚く場所は大いに異なるが、仏具は似たような形状のものが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ブッダは火を拝むことを禁止していたので、真言宗の護摩行などにはゾロアスター教の影響を感じる。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/cosmorama7272/61999502.html</link>
			<pubDate>Mon, 31 Dec 2012 13:39:05 +0900</pubDate>
			<category>写真</category>
		</item>
		<item>
			<title>インド人（比良竜虎氏）は、日本の４８のホテルのオーナー</title>
			<description>　最近、すごいインド人を知った。&lt;br /&gt;
　在日30年の比良竜虎氏だ。正確には帰化しているので日本人だが、出身はまぎれもなくインド。奥さまが日本人で、1948年生まれというからほぼ僕と同世代。&lt;br /&gt;
　この人物を知ったきっかけは、地元の伊良湖ガーデンホテルが休業になっているという話が振り出し。このホテルは伊良湖岬のほぼ先端にあった名鉄が経営していたホテル。&lt;br /&gt;
　知り合いの名鉄関係の役員に聞いたところ、わけのわからないインド人に２年ほど前に買収されたという。さっそくこのホテルを訪ねてみた。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　支配人の話では、オーナーはインド人で２年ほど前に名鉄が売却したという。インド名はパジャンというが、帰化の際に比良竜虎という日本名に改名されたようだ。&lt;br /&gt;
　我が国最大の宝石問屋のある東京・御徒町で財をなし沖縄で20年ほど前にホテル業を始めた。&lt;br /&gt;
　現在、比良竜虎氏は日印協会理事で、在インド商工協会の理事も務められているので、日印関係の実力者といえる。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　ほんの数年前までは、インドは面積が日本の９倍、人口も９倍だった。&lt;br /&gt;
　昨年１０月に世界の人口は７０億人を超えた。中国１３億人、インドは毎年１千万人以上人口が増えているので、今や１２億人を超して、日本の１０倍近い人口となっている。日本と欧米を加えても約８億人の人口だから、中国とインドが今後の世界に与える影響力は想像に難くない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　比良竜虎氏についてざっとネットで調べてみた。&lt;br /&gt;
　２０年前に経営されていた沖縄での事業は２５０億円ほどの負債をだして会社更生法の適用を受けている。わずか２０年で見事に返り咲いたものだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　伊良湖ガーデンホテルは、伊良湖シーパーク・クアとなり営業を続けている。４８あるホテルチェーンのホームページのトップの絵柄がこのホテルだから、主要ホテルに違いないととがわかる。２５０億円もの負債があって今や数千億円の資産を有する優良企業になっているようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　比良竜虎氏はホテル業のほか、昨年他界しインドで国葬となったサティア・サイババの日本でのサイ協会幹部でもあるようだ。サイババの残した遺産は８０００億円とも言われていたが、今や２兆８０００億円ともささやかれている。この資金が日本の経営に行き詰ったホテルの再建に一部まわされているのかも知れない。これは単なる想像です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ところでサイババの熱心な信奉者である竜虎氏は、「仏陀・・・その教え」という著作もある。いま取り寄せているところだ。&lt;br /&gt;
　御徒町で宝石商をしていたということは、ジャイナ教徒はないかとも思っている。御徒町の有力な宝石問屋の経営者はほとんどがジャイナ教徒のインド人だ。外からはわからないがビルの中にジャイナ教の寺院もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　白大理石でできたジャイナ教寺院は神戸の北野にある。竜虎氏も再建ホテルのスタートが神戸だったところから、さらにジャイナ教徒の可能性は高まる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　きょうは時間がないのでこのへんにしておくが、ぜひ一度竜虎氏にあっていろいろお話を伺ってみたいもの。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/cosmorama7272/61577009.html</link>
			<pubDate>Sun, 17 Jun 2012 07:55:59 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>ＩＮＡＸと世界最古のタイル</title>
			<description>　昨年１１月から名古屋の制作会社が県の仕事を請け負い、その仕事をコーディネーターとしてお手伝いさせていただいた。もう、数日でこの仕事も終わるが、思ってもいなかった興味あることに遭遇させていただいた。&lt;br /&gt;
　それは愛知県常滑市あるＩＮＡXライブミュージアムにある「世界のタイル博物館」で世界最古のタイルに遭遇したことだ。このことは、この博物館のパンフレットにも、ＩＮＡＸライブミュージアムのホームページにも表だって書かれていない。もっと広く地域はじめ、全国の人に知ってもらってもよいことだと思う。&lt;br /&gt;
　このタイルは紀元前約２６５０年前のエジプトのピラミッドの地下２８辰里箸海蹐砲△辰臣浪篠模で発見された。ブルーの美しいタイルで、ＩＮＡXは再現して通路の一部をレリーフまで含めて展示している。&lt;br /&gt;
　このピラミッドはエジプトに７９基あるピラミッドにうち最古のもので、階段ピラミッドになってる。ジェセル王が葬られた墓で、ピラミッドで制作者がわかっているのは、この１つだけ。制作者は宰相にして大祭司、医学や天文学、魔術にも通じていたイムホテップという天才。タイルは誰が作ったか不明だが、私はこの鬼才イムホテップと信じている。&lt;br /&gt;
　このタイルの実物は６枚ほど展示しているのだが、再現したタイルで通路の一部を復元したものが「タイル博物館」だけでなく、「土・どろんこ館」にもある。&lt;br /&gt;
　エジプト考古学者として有名な吉村作治氏も１０年前ほどに実物を見に訪れたという。&lt;br /&gt;
　なぜ、ここに世界最古のタイルの実物があるのかと言えば、一生をタイルに捧げた山本正之氏のコレクションの寄贈があったからだ。山本氏はタイルの施工会社を経営するかたわら、世界のタイルを収集した。中近東、ヨーロッパ、中国、朝鮮、日本などの古代からタイル６０００点を集めた。これにＩＮＡＸが収集した１０００点を加え約７０００点の収蔵品があり、常時１０００点くらいを展示している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ＩＮＡＸは昨年４月、トステム、サンウエーブなど５社と合併してＬＩＸＩＬとい社名に変更されたが、いまもブランド名としてＩＮＡＸの名前は残っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　きょうは時間がないので詳しくは書かないが、創業には森村財閥がかかわり、ＴＯＴＯ，ノリタケ、日本碍子なども同様に関係している。ＴＯＴＯは便器などの衛生陶器、ＩＮＡXはタイル、ノリタケは食器と初期のころは別れていたが、いまではＴＯＴＯもタイルを生産しているし、ＩＮＡＸも衛生陶器を生産している。&lt;br /&gt;
　ただ、現在もＩＮＡXはタイルの最大メーカーであり。ＴＯＴＯは衛生陶器の最大メーカーだ。最近、駅やコンビニのトイレに入るとＴＯＴＯかＩＮＡＸかやたら気になる。便器はＴＯＴＯが６割、ＩＮＡＸが３割といわれているが、ほぼその確立だと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/cosmorama7272/61383164.html</link>
			<pubDate>Mon, 19 Mar 2012 23:55:23 +0900</pubDate>
			<category>その他芸術、アート</category>
		</item>
		<item>
			<title>ゾロアスター教とニーチェ、森鴎外、芥川龍之介、松本清張、司馬遼太郎</title>
			<description>　ゾロアスター教は善悪二元論を世界で初めて唱えた現在も信者のいる世界最古の宗教と高校の世界史の教科書にも掲載されているが、最近少々疑問を持ち始めた。ユダヤ教の旧約聖書は、紀元前１３世紀以上に遡る。モーセの十戒は神との契約をしたものだが、このモーセはユダヤ教だけでなく、キリスト教、イスラム教でも重要人物とされている。&lt;br /&gt;
　ゾロアスター教は聖典アヴェスタのヤスナの最古の部分ガーサーの言語学的研究から紀元前１３００年～紀元前９００年前後に成立した宗教と思われる。インドのバラモン教のベーダやリグベーダと同じアーリア人による宗教で言語学的には、ほぼ同じサンスクリットだが、その内容は多神教と一神教で大きく異なっている。&lt;br /&gt;
　ユダヤ教もバラモン教も創始者が不明だが、ゾロアスター教はゾロアスターが開祖とされることから教祖の名前がわかってる宗教としては最古と言えるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さて本題に入るが、ゾロアスター教と関係の深い人物と言えば、ニーチェがその筆頭にあげられる。牧師の子として誕生したニーチェだが、永遠回帰や「神は死んだ」というような特徴的な思想を展開。「悲劇の誕生」では、ギリシャ神話に登場する神々を鋭く分析している。&lt;br /&gt;
　このニーチェの究極の書「ツァラトゥストラかく語りき」の、ツァラトゥストラはゾロアスターのドイツ語読みだ。この書を読んでいる人も意外とツァラトゥストラがゾロアスターのドイツ語読みと知っている方は少ない。２００３年に発行された前田耕作著「宗祖ゾロアスター」で初めて、この辺りのことが詳述された。&lt;br /&gt;
　私がゾロアスター教に興味を持ち始めた３５年ほど前の「ツァラトゥストラかく語りき」の解説書にこのことを記している本は皆無だった。&lt;br /&gt;
「神は死んだ」と宣言したニーチェが何故異国のゾロアスター教の開祖の名前を使ったのかという疑問を長年疑問に思ってきた。その内容はゾロアスターの伝記と符合する部分も多い。&lt;br /&gt;
　興味あるのはニーチェが熱愛したロシア系知的美人のザロメに関係しているように思う。ザロメに結婚を申し込んだが拒否され、彼女は古代イラン学者でゾロアスター教の聖典アヴェスタを研究してる男と結婚した。&lt;br /&gt;
　彼女が結婚した夫が研究対象としているゾロアスターの名前をかりて「ツァラトゥストラかく語りき」を書いた可能性は高いと考えられる。失恋による歪んだ形での未練、あるいは嫉妬心からの変形とも言えよう。&lt;br /&gt;
「ニーチェの言葉」なる本がベストセラーになったが、彼の哲学的な見る目は透徹している。キリスト教社会、特に聖職者の不自然なまでの禁欲主義は、対極の腐敗した快楽主義に通じると語っている。人間は理性や道徳だけで行動するものではなく、突き上げる思いの自然体で生きていると彼の語り口から私は理解した。&lt;br /&gt;
　ドイツ人がその後、ナチスの独裁体制で残酷な仕打ちをしてしまったのは、ドイツ人の好戦的な性格ではなく個を大切にすることよりも従順的国民性にあるという説もあるが、ニューチェはそのことを懸念していたきらいがある。不遇な人生だったが、その死後世界的な哲学者としてクローズアップされたのは人間の本質を見抜いていたからに他ならないと思う。&lt;br /&gt;
　ニーチェの思い描いた世界が、意外に仏教に通じる点を指摘されてる方は知らないが、現実の自然体としての捉え方が共通する点があると思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　次に軍医にして文豪だった森鴎外とゾロアスター教の関係だが、これは短編「沈黙の塔」を書いているから明らかだ。この小説はパルシー（インド在住のゾロアスター教徒をペルシア人の意味でそう呼ぶ）の内紛で遺体がボンベイ（現ムンバイ）のマラバールの丘にある鳥葬をする沈黙の塔に次々運ばれる情景を描いている。内紛の原因は欧州の不道徳な書物を読む教徒と、それを悪とする教徒が死闘を繰り広げたというもの。歴史的にそんな話は耳にしたことがないので、おそらく創作だろう。&lt;br /&gt;
　森鴎外はイギリスからの留学の帰途、ボンベイに立ち寄り沈黙の塔を見たと言う。これは単に三重に囲まれた外から眺めただけと思う。ここの沈黙の塔は１７世紀にできたが、外から沈黙の塔を見ることはできない。私は３０数年前、１週間がかりで知人のゾロアスター教徒にダストゥール（ゾロアスター教の最高指導者）から許可を得て内部に入ったが、１９世紀のイギリスの新聞記者と私しか異教徒で内部に入った人はいないという。&lt;br /&gt;
　森鴎外が「沈黙の塔」を書いたのは、ボンベイに立ち寄ってから約２０年穂のことだ。当時の道徳的観点から作品にクレームがついたことを受けての創作と思われる。&lt;br /&gt;
　森鴎外の先祖は長州藩の藩医だったが、伯父に明治の啓蒙家西周がいる。西の祖先も藩医の一族だが鴎外が上京して、西の自邸に寄宿した時期もある。西は翻訳家でもありゾロアスター教を拝火教と訳したのも彼だ。その関係で伯父の西が鴎外に沈黙の塔の見学を勧めた可能性は大きい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　次に芥川龍之介とゾロアスター教の関係だが、彼の「杜子春」「魔術」に顕著にみられる。「杜子春」は唐時代の伝奇譚をアレンジして書かれたもの。仙人のより大金持ち（今の１５０億円くらい）になるが、沈黙の約束を破り、また貧困生活にもどるという筋書き。ここで登場する仙人はペルシア屋敷に住んでいたからゾロアスター教徒に間違いない。また、同じく短編の「魔術」では、欲がでて魔術が使えなくなる話。&lt;br /&gt;
　両方の物語ともに我欲の虚しさと人の幸せについて示唆するものがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　松本清張は３５年ほど前に朝日新聞夕刊の連載小説「火の回路」を連載。飛鳥時代にペルシアの技術者が多数来日しており、明日香に残る酒船石、益田岩船、石人像、須弥山石、猿石、亀石などは彼らによって制作されたという。また斉明天皇がゾロアスター教を擁護したことも指摘。私がイラン、インドのゾロアスター教関連遺跡や教徒らと付き合うきっかけになった小説だ。&lt;br /&gt;
　いまは、「火の路」と改題され文春文庫上下巻として書店に並んでいる。&lt;br /&gt;
　また、「ペルセポリスから飛鳥へ」（日本放送協会）や「眩人」「日本史の謎と鍵　付・取材ノート」などでも古代の日本とイランの関係をテーマに書かれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　司馬遼太郎は、「ペルシアの幻術師」という小説がある。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/cosmorama7272/61379136.html</link>
			<pubDate>Sun, 18 Mar 2012 09:00:14 +0900</pubDate>
			<category>中東</category>
		</item>
		<item>
			<title>愛知県観光課は、もっと予算を！</title>
			<description>　三河湾には、蒲郡の大島・小島、姫島、吉良の梶島などがあるが、地元でよく知られ人が住んでいるのが佐久島で西尾市一色町に当たる。すぐ近くの日間賀島、篠島は南知多町で尾張だ。&lt;br /&gt;
　このたび佐久島、日間賀島、佐久島に80日間滞在してツイッターやブログで全国に向けて島の魅力を発信する観光促進者の募集があった。せかいから&lt;br /&gt;
　佐久島は人口が激減、高齢化している。島の面積は３島のうちで一番広く周囲11キロほど。近年、現代アートによる散策コースを売り出して集客の一助にしているという。&lt;br /&gt;
　海浜風景、歴史ともに魅力はありそうだ。篠島、日間賀島は宿泊したことがあるが、佐久島は小さな湾内にプレジャーボートで行き、キス釣りをしたくらい。&lt;br /&gt;
　もう30年以上前になるが、旅行雑誌の編集をしてたころ、たびたび県の東京観光案内所や事務所の世話になぅた。沖縄はじめ九州、東北、北関東、北海道など観光に力を入れている県の取材協力や情報提供には常々感謝していた。関東でも山梨の道志村などは、旅行関係の編集者や記者を招き広報に精力的だった記憶がある。&lt;br /&gt;
　一方、京都などは宣伝しなくても観光客が訪れるので、観光客集客に力を入れてなかった印象がある。こんなことを言うと誤解を招きかねないが、あえて言うと最も県の観光課の東京出張所で熱意がなかったのが、愛知県と大阪府だった。&lt;br /&gt;
　愛知県は産業県なのでしかたのないことかも知れないが、逆に産業県であるからこそ観光にも力を入れてほしい。立派な豊田市立美術館ができたときに、世界から産業革命以来の技術関連の絵画を多数購入した。この時も強烈な反発を感じた記憶がある。産業県であるからこそ、逆に純粋アートの作品を購入してバランスをとるべきと思ったからである。&lt;br /&gt;
　三河には、蒲郡、三谷、形原、吉良温泉はじめ、奥三河には湯谷温泉はじめ数々の温泉地がある。三谷温泉の水車風呂で知られた老舗ホテルふきぬきは倒産した。家康の誕生地・岡崎城をはじめ桶狭間や長篠城跡など戦国時代の名所旧跡も多い。合併で豊田市になった足助町は、三州足助屋敷や紅葉の名所として名高い。&lt;br /&gt;
　このたびの「篠島・日間賀島・佐久島」広報員募集の企画はよいが、その内容がおそまつ過ぎないか？&lt;br /&gt;
　月給約30万はよいが、果たしてツイッター、ブログで本当に効果があるか疑う。この企画は数年継続しているようだが、あと300～500万円追加して1冊の本にまとめるくらいの予算はないのか？&lt;br /&gt;
　県の観光雑誌や観光に携わる知人の話では、愛知県の観光予算は全国のワースト３に入るのではないかという。&lt;br /&gt;
　鳳来寺参道には、すばらしい徳川家康や源氏義経、若山牧水、松尾芭蕉、利修仙人らの彫刻が小さな休憩所ある。これは地元で硯店を経営する工芸家が東京藝大彫刻科時代の知り合いに頼んで制作した作品という。具象と抽象の中間的な石像作品が多く魅力的。&lt;br /&gt;
　瀬戸内の島には地元企業のベネッセが数十億円だしてつくられた美術館やアムーズメント施設や宿泊施設もある。ラグーナ蒲郡は蒲郡の海を埋め立ててお店やヨットハーバー、最近は全寮制の高校も造っている。ある意味、せっかくの海浜風景を破壊したとも言える。初期の計画では、高額な別荘を数多く建てる計画もあったようだが、景気の落ち込みで計画を変更して数棟のマンションがあるのみだ。&lt;br /&gt;
　地元銀行は将来性を考えて、債権放棄をして撤退した。その後はトヨタにおんぶに抱っこの経営状態のようだ。この事業の100分の1の予算でよいから「篠島・日間賀島・佐久島」につぎ込めば、はるかにこころ豊かな観光開発ができると思われる。&lt;br /&gt;
　この３島の共通ホームページもなくばらばらにネットで観光情報を流しているのも気にかかるところ。渥美半島と知多半島に挟まれた魅力の３島としてＨＰも足並みを揃えられないのか？　&lt;br /&gt;
　交通の便も佐久島は一色さかな広場横の港から、日間賀島と篠島は師崎から行くしかない。知人の名鉄海上役員の話では、各島をめぐるにはチャーター便しかないという。需要がないから仕方のないこととは思うが、島めぐりの便が常時だせるくらいに観光的に発展してほしい。&lt;br /&gt;
　３島には小中学校、診療所、駐在はあるようだが、自然を壊すことなく観光開発をすつ手段はいろいろ考えられる。&lt;br /&gt;
　噂ではこの広報員は給与のほかに月交通費10万円がでるようだが、宿泊や食事は給与や交通費から個人的に捻出するようで愛知県人のセコさを感じる。せめて民宿の滞在費と食費くらいは観光協会か県の観光課が出すべきではないのか？&lt;br /&gt;
　同じ三河でも岡崎市には市立の美術館（岡崎市美術館、岡崎市美術博物館、子ども造形博物館）が３つもある。&lt;br /&gt;
　産業県であるからこそ、もっと愛知県は観光に力を注ぐべきと言いたい！</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/cosmorama7272/60801433.html</link>
			<pubDate>Sun, 24 Jul 2011 15:36:09 +0900</pubDate>
			<category>その他テーマパーク</category>
		</item>
		<item>
			<title>北野たけしのトイレ掃除と石川遼の洗面所掃除…整理整頓はこころも整える</title>
			<description>　先日テレビを見ていたら、石川遼ゴルファーが洗面所の手入れをする習慣があるという話があった。そのとき別の人が、「たけしさんは、今でも楽屋のトイレ掃除をしている」と語っていた。&lt;br /&gt;
　典型的なＯ型の僕は掃除や整理整頓は苦手なとこ。書斎の資料だｋでなく、ハサミやホチキスの置き場も乱雑で探し出せなく、今から家族用のものを持ってくる始末。ホチキスもハサミも各５つ以上は書斎にあるのに見つけることができない。&lt;br /&gt;
　ここ数日、屋敷の草刈りや生垣の剪定をした。&lt;br /&gt;
　これまで草刈りはしても回収作業はしたことがない。どうせ枯れて土にもどるのだからほっておけばよいと思っていた。年に一度くらい庭師に剪定してもらっているが、庭木などの植物は自然のままがよいのではという考えで、あまり気にとめなかった。&lt;br /&gt;
　昭和天皇は人工的な盆栽より自然な広葉樹を好まれたことと、廊下など室内では素足で歩かれたという。知り合いにも外出時は靴下をはくが、靴をぬぐと素足の方が気分もよいということで、四季を問わずその姿勢をくずさない人もいる。&lt;br /&gt;
　俳優の宍戸錠氏の書斎の乱雑さは有名だが、やはり整理整頓は必要に思えてきた。&lt;br /&gt;
　60歳になった私は、もう鎌は使っても砥石で磨いたことなど50年くらいない。&lt;br /&gt;
　102歳になる祖母は95歳くらいまで、草取りや鎌で草刈りをしていた。&lt;br /&gt;
　ここ数日、刈った草の回収をしていて、そのことが気持ちよく、精神的にもプラスに働くことに気付いた。いま、祖母は今年3月の骨折以来、病院、施設と家にいない。確か祖母の手押し車にお墓参りのロウソクや線香とともにあったはずと思い探してみた。&lt;br /&gt;
　そこに砥石はなかった。納屋や車庫などを探していたら、砥石が見つからない代わりに、まだ新しい厚鎌やメジャーなど使えそうなものを次々発見。30分くらいして砥石見つかった。これから50年ぶりに砥石で鎌を磨いてみる。刃物の砥ぎ方は粗目で片方を刃先に対して斜め平行に砥ぎ、決して局面的になってはいけないという記憶がある。&lt;br /&gt;
　近所の幼馴染はよく鎌だけでなく、あらゆる刃物を研いでいるようだが、あまり気にしたことはなかった。&lt;br /&gt;
　ゆっくりでいいから整理整頓や物への愛着をもった扱いは、自らの精神にも影響を及ぼす。&lt;br /&gt;
　北野たけし氏や石川遼君のトイレや洗面所の掃除も精神的に謙虚な平常心でことに臨む大切な習慣のように思える。&lt;br /&gt;
　日本の道路や鉄道沿線、公共の場はおしなべてきれいだ。&lt;br /&gt;
「きれい」という言葉には、単に美しいだけでなく衛生的という意味も含まれる日本語にしかない独特の単語のようだ。&lt;br /&gt;
　数年前インドに行った時に列車に乗っていたら上品な中年夫婦が斜め前の席で車内販売のお好み焼きのようなものを食べていた。食べ終わったら、包み紙だった新聞紙を平気で窓から外に投げていた。インドの鉄道沿いはゴミの山。紙類ならまだいいが、ビニールや発泡スチロールの腐らないものも多くある。&lt;br /&gt;
　以前、知り合いのインド人と列車に乗っていたら、ミカンの皮を平気で車窓から投げ捨てるので、「鉄道周辺が汚れるので止めたほうがよい」と注意したら、「日本のゴミ箱は小さい」と笑いながら答えた。&lt;br /&gt;
　あまり神経質なる必要はないが、そこそこの公衆道徳が守られている日本は素晴らしいと思う。&lt;br /&gt;
　さらにその上のことをしているのが、北野たけし氏や石川遼君だ。&lt;br /&gt;
　見習いたい習慣ではある。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/cosmorama7272/60800942.html</link>
			<pubDate>Sun, 24 Jul 2011 12:14:21 +0900</pubDate>
			<category>クリスマス</category>
		</item>
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