たくま時間

今日も大切な人と笑顔で過ごせますように。

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3月11日(金)14:45 地震発生時
             私は、たくまと小学校の昇降口で靴を履いたところでした。
             急にグラグラと揺れ出し、大きな揺れでたくまのバギーを押さえてしゃがみこみました。
             近くにしゃがんでいる2年生の子数人に『大丈夫だからね、大丈夫だからね!』と声を掛け 
             たものの 今まで経験したことのない長い時間。
             近くにいる子に『すぐに逃げられるように靴を履こう!』と声をかける。
             まるでコンニャクの上にいるような身体を静止できないほどの横揺れでした。
             2分くらいは揺れていたように思う。
 
        14:59  パパから  「僕は無事です」
 
        15:18  返事⇒「たくまと私は大丈夫だよ。まだ家に入れない
                                        
                      とにかく、余震が頻発して怖くて家に入れない状態。
 
                      雪も降りとても寒い中、ご近所の皆さんと路上で揺れのおさまるのを
                  
                      待っていました。
 
            はるる、帰宅。
 
            灯油・給油のため近所のガソリンスタンドへ向うが既に営業を止めていた。
 
            そこで食料の確保にスーパーへ向おうとしたが、信号機の先は大渋滞の為小学校付近の
 
            コンビニに立ち寄りカップ麺、ヨーグルト、スープなど持てるだけ購入。
 
                  コンビニは既にお弁当やパン類はなく、入店の規制をしていた。
 
           帰宅、ガス(プロパン)水道使用できた。電気×使えない状態。
 
           夜に備え、家中のロウソクや懐中電灯、乾電池を準備。
 
           また、買い置きの食料も一箇所に集める。 水の汲み置き。 
 
           電気のいらない暖房器具が無かった為、重ね着をする。
 
       17:31 パパから  ・・・『 津波はしのぎました 』
 
           ・・・・・・えっ??? まだ海の近くにいるの???
 
           パパはこの日海の近くの仕事先で被災したのでした。
         
           このメールの後、連絡が取れない状態になってしまう。 
 
          そして、
 
          仕事で仙台に来ているパパのお父さんとも連絡が取れないとお義姉さんから連絡がある。
         
        イメージ 2 結局この日パパはは帰らず。
       
       パパは寒くないかな。ご飯は食べれているかな・・どうか・無事でいますように・・・と祈る。
       
 
       キャンドルの明かりで はるる、たくまと3人心細く夕食をとる。
 
 
3月12日(土) 午前 :前日連絡が取れなかった義理のお父さんが我が家へ無事到着。
              お義父さんは・・・
              仙台駅東口で地震に会い宿泊できるホテルを探したが水道が使えない理由で断られ、
              親切な『東横イン』ホテルの従業員に避難所の学校に案内され一晩過ごしたそう。
              体育館は満員だったため2階の教室に誘導されたが、暖房器具も毛布も無く、豆電球
              の小さな明かりの中で食べ物の支給も無く朝まで過ごしたということ。
 
            地震発生からあまり時間がたっていなかったため、物資が間に合わないのは仕方ない
            とは思うけれど、雪の降る寒い日だったから避難所で過ごした人々には一層厳しい夜だった            ことでしょう。
 
              たくまは、というと
              暖房が使えず寒い部屋で過ごし、ゼロゼロしながらもよく頑張っていました。
              電気が使えないため、吸引機を使用する時は、たくまを車に連れて行き、
              車に常備していたインバーターで吸引機を動かし たんの吸引をしなければ
              なりませんでしたからとても不便でした。
              
              
              家のラジオが電池切れのため使えなかったので、たくまの吸引をする為に 車のエンジン
              をかけたときにだけテレビを付け情報を得ていました。
        
              この2日目の朝〜ご近所さんがストーブを貸してくださり、とても助かっています。
 
            ガス(プロパン)水道使用できた。電気×
          固定電話不通。メール・携帯電話圏外。
 
              夕食後の時間になっても、パパと音信不通。いよいよ探しに行かなければならないか・・・
              と思いはじめたところ
 
           21:10 パパ帰宅 
 
              しかも、食料をたくさん抱えて!! よかった〜〜〜
 
              タクシーを乗り継いで帰ってきたという。
 
              耐震・津波にも耐える頑丈な建物に避難していたそう。
 
              何度か津波にも襲われたと、撮った写真を見せられて、腰が抜けそうになる。
 
 
 
イメージ 1
 
 
              大きなクレーンを飲み込む高さで迫る津波  
 
              よく生きて帰って来てくれたね抱き合って涙
 
              
              付近の民家は押し流され、パパの乗って行った会社の車も流され
 
              そんな中で無傷で元気なまま帰ってくれた。本当に良かった・・・・・。
 
              家族がみんな無事でいたことに感謝です。
             
              
3月13日(日) 午前、パパとお義父さんとはるるにたくまを見ていてもらい、小学校に行ってみる。
              月曜日はお休みだろうか?
              知り合いの家を訪問。今後の日程など確認。
 
              携帯のTVなどで各地の被害状況を少しづつ知り、衝撃!
 
              パパの親戚とも連絡が取れないそう。携帯や電話も圏外のまま。
 
          午後、水道が止まる。
 
 
          23:55 電気が入る。と同時に携帯のメールも開通!水も使用できるようになる。
              
              そこで、一気にキッチンの洗い物、洗濯を1回終えるが、その直後再び断水。
 
 
3月14日(月) 朝     電気が入ったので、ご飯を炊く。それまでは鍋でお粥を炊いていた。
 
          お昼過ぎ お義父さんをお姉さん夫婦が迎えに来る。
                 お姉さんのところも、家の被害があったのにたくさん嬉しい差し入れ助かります。             
                 メールは開通したが固定電話も携帯も通話が出来ない。                
 
          午後   パパ会社へ行く。
               
          電気の灯った明るい食卓
 
3月15日(火)  連絡が取れない知り合いにメールと電話。 
   
 
 
 
            
 スケジュールも家の中もぐちゃぐちゃになってしまったけれど、
 
 越えていかなければならない。少しづつでも。
 
               
 

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